【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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デート編

10.切り刻みテリーヌを召し上がれ

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「いたっ、」と言ったエディスの手からフォークが抜け落ちていく。
 金属音がやけに響き、周りにいた者は振り返った。そして、エディスの口から血が伝うのを見て目を見開き――駆け寄る。

「おい、どうした!」

 吐き出せと言って顎の下に手を出したレウに、エディスは目を閉じて自分の指を口に突っ込む。
 取り出したのは唾液を纏った透明なガラス片。なんでそんな物が混入されているんだと仰天し、フェリオネルがエディスが食べていたテリーヌを細かく刻む。

「酷い……なんて物を王子に出しているんです!」

 ガラス片だらけのテリーヌを作った者は誰かと問う彼に、給仕をすることもなく扉の前で立っていたメイドは顔を見合わせた。

「まあ、ガラスですって」

「そんな物まで食べるなんて卑しいわね」

「仕方ないわ、ハイデ様と違って奴隷だったんですから」

 くすくすと笑い声を立てるメイドに、レウがなんだとと目を怒らせる。
 何様だと思っているんだと怒鳴りつけようとするが、「なによ、作ったのは私たちじゃないわよ」と言って勝手に部屋を出ていこうとする。

 追おうとするレウの腕をエディスが掴み、首を振った。

「舌を切っただけだ。幸い飲みこんじゃいないから、大事にするな」

 それより口を漱ぎたいと言うとフェリオネルがボウルを持ってきたので、そこに口の中に入った物を吐き捨てる。

 両頬に手を当ててきたレウに促されるがままに口を開くと、彼の優美な眉が歪んだ。
 その顔だけで具合が分かるなと思いつつも立つと、レウとフェリオネルが守るように両側に立つ。

 メイドが開け放っていった扉の向こう側から言い争うような声が聞こえてきて、足早に歩いていく。

「主が食べる物の管理もできない無能が、どの口を開いているんですか。毒味役はどこへ?」

 廊下に出ると、聞こえていましたよと琥珀の目でメイドを睨むアーマーがいた。鋭い眼光にメイドは視線を合わせてたじろぐ。

「エンパイア公に告げ口するつもり?」

「適切な処置が必要であれば、報告も辞しませんが」

 これは王宮全体の問題ですよとハッキリ口にする彼女に怯んだメイドは、慌てて踵を返す。向かう方向に片眉を顰め、苦い顔つきになったアーマーを振り返りながら、あろうことか王宮の廊下を走った彼女たちが口を開く。

「助けてください!」

「キシウ様、聞いてください。また私たちを疑うんです」

 部屋の中に潜んでいたキシウを連れてくるのを察知したレウがエディスを隠そうとするが、そうすると余計に糾弾してくるだろうと伝え、胸元を押さえて前に出る。

「私のメイドたちになにを?」

 アーマーの前に立ち塞がってきたキシウが赤い唇を歪めて笑む。
 お前たちには貸してあげてるだけなのよと嘲笑うキシウの後ろで、メイドはこちらを侮蔑したような目を向けてくる。

「エディス様の食事にガラス片が混じっていました」

「それがどうしたのよ。その小汚いネズミが意地汚い真似をしたんでしょう!?」

 食事のマナーも覚えられないのねと大股で歩いてきたキシウが手を振り上げる。それが見えていながら、事を荒げない為に避けることがエディスには許されない。

 乾いた音が廊下に響き、エディスの白い頬が赤らんでくる。獣のように長く鋭い爪が当たって、三本も赤く線が引かれて血が滲んできた。

「お前はどうして使用人を苛めるの」

「正当な権利を主張しているだけです」

「うるさい小娘ね、処罰するわよ」

 お前を拷問部屋に送ってもいいという顔をするキシウに、レウがアーマーの腕を引っ張ってフェリオネルの後ろに回す。

「下賤の者ばかり集めて……いやね、鼻が腐りそうだわ」

 耳奥を引っ掻くような笑い声に、腸が冷えてくる。

「恐れ入りますが、エンパイア公が待っておられますので失礼してもよろしいでしょうか!」

 フェリオネルがひっくり返りそうな声を出したので、エディスは驚いて後ろを見た。
 緊張に顔を強張らせてはいたものの、しっかりとキシウと目線を合わせている彼に腹の冷たさが消えていく。それどころか、温まっていくくらいだった。

 キシウはギリリと音が出そうな程に奥歯を噛みしめると、「いいでしょう」と低い声を絞り出す。指先が短くなった髪に触れていて、今にも飛びかからんばかりだったがエディスたちはこれ幸いと場を抜け出すことにする。

 早足どころか駆け足になってしまいそうなのを落ち着かせながらも角を曲がり、階段を上がり、長い廊下を進んでいく。

「フェル、ありがとう」

 歩きながら言うと、フェリオネルは頭を振って「力になれず、申し訳ありません」とか細い声を出した。

「よくあんな嘘吐けたな」

「咄嗟に思い浮かんだのがあれしかなく……すみません」

「いいよ、後でエドに口裏を合わせてもらえばいい話だ」

 口を手のひらで覆ったエディスはうえぇと呻く。

「血なまぐさい」と不平を口にすると、レウは悪いと息を吐いた。

「毒見役が買収されてちゃ意味ないよな」

「どんどんやることが露骨になってきたな」

「エドワード様がおられない時を狙ってきてますよね……」

 仕方ないと零す。
 仲間内にはエドワード以外に高位の貴族がおらず、彼以外に宮殿で口を出せる立場の者がいない。父の手助けなどありえない話だ。

「あんなメイド、お義姉さまがいればのさばらせたりしないのに」

 悔しいとアーマーがぎゅうと手を強く握り、唇を噛み締める。

「なら、フェルに頑張って連れて帰ってきてもらわないとな」

 頼むぞと振り返ると、一番後ろを俯きながらついてきていたフェリオネルが顔を上げる。垂れた眉尻にエディスは笑いかけると、花が綻ぶようにささやかな笑みを浮かべた。

「じゃあ、あたしたちは南に行ってくるわね!」

 フェリオネルの腕を掴んでいるリスティーがそう朗らかに告げる。隣の彼も小さく頷き、胸に手を当てて柔らかに微笑んだ。

「フェリオネル、悪いがその暴れ馬を頼んだぞ」

 片方の肩に手を当てて「次に会う時はお前の家族とも一緒にな」と笑いかけると、彼ははいと言って首を頷かせる。
 リスティーとフェリオネル、この二人の任務は南にいるレイアーラ姫とその恋人であるレイヴェンを連れ帰ることだ。

 それと――

「ドゥルース・フィンティア率いる革命軍も、できれば解体したいところだけど……」

 こうなっちゃ難しいわよねとリスティーがため息を吐く。

 革命軍は、現状だとエディスたちに表だって宣戦布告をした唯一の敵対勢力だ。
 それに、ドゥルースは悪魔と呼ばれてはいたものの歴とした高位貴族の子息。
 そんな存在をキシウが見逃すはずもなく、我々はハイデ王子側につくとつい先日宣言されてしまったのだ。

「全面衝突はするな。無事に帰ってこればそれでいいんだから」

「分かってる。あたしたちは忘れ物を取りに行くだけよ」

 リスティーが差す忘れ物がなにかは訊かずとも慮られる。
 彼女にとっても、そして自分にとっても思い出であり大切な存在なのだから。

「ここで皆揃って会いましょ。アーマーちゃんもね!」

「はい。リスティーさんもご無事で」

 手を握ってお辞儀をするアーマーは、一人で北に出発する。今から仕事で出廷するエドワードの車で駅まで行く手筈になっていた。

「北も南も、敵が明確ね」

 アンタたちのおかげでとばかりに視線を向けられ、エディスは俺のせいじゃないと受け流す。
 だが、隣に立つレウは右斜め下に俯いた。

「おい、レウのせいじゃないだろ」

 勝手に懸想して嫉妬心を制御できなくなったギジアが悪い。ハッキリそう口にすると、リスティーは素直にごめんと謝る。

「そうよね、そっちは仕方ない。でもアンタの実家問題は別じゃない?」

「北の砦を抜けられないと少し困りますが、ドラゴンを連れていくので問題はありません」

 兄と同じくアーマーはドラゴンを飼い慣らせ、騎乗したままの戦闘も可能だ。だが、今回は一人きりでの行程なのでできればそのような事態になってほしくはない。

「シルベリアには連絡しておいたんだが……数日内には連絡が取れなくなるって言ってたからなー、アイツ」

 北部最大の貴族、光の公爵様とブラッド家が相手だ。分が悪すぎる。
 北部軍司令部も今までは王族の血を引く外見のシルベリアに配慮してシュウを匿っていることを許せても、ギジアの要請とあれば受け渡さなくてはならないだろう。

「万が一があれば軍司令部を出て、ノルディス宮殿に行くってさ」

「……何故あのような場所へ?」

 ノルディス宮殿といえば、エディス殿下が投身自殺したと噂になっている所ですよと険しい顔つきになったアーマーに訊ねられて肩を竦める。

「だからだよ。シュウと離ればなれになるくらいなら心中してやるって遺書を、官舎に残して出ていくことにするって言ってたからな」

 まあそんなことをするタマじゃねえけどと言うと、アーマーは「ルイース大佐の救援が一刻も早く来てくれるのを祈ります」と嘆息した。

「エドが抱えてる裁判や貴族会議が終わったら増援と向かうって言ってたから安心しろよ」

 一体誰なんだと顔を向かい合うが検討がつかない――エディス以外には。

「ミシアが言ってるんだ、心配しなくていい」

 一番貧乏くじを引いてしまったのではと苦い顔をするアーマーに慰めの言葉を送ると、彼女は悲観していても仕方がありませんしシルベリアさんが上手いことやってくれるのを信じますと毅然と顔を上げた。
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