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学園要塞ー前編ー
1.あなたの便り
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『ご用件ヲお伺いいましマス』
事務局に行くと、受付口に置かれていた金の巻き毛の可愛らしい人形が喋った。幼女が持っていそうな布製の人形の口元は、赤い糸で笑顔が作られている。
「王子、これもドーリーなんですよね?」
耳打ちしてくるロイに頷き、エディスは腰を曲げて彼女と視線を合わせた。
「アンビトン・ネージュとの面会の予約をお願いします。出来れば早いめがいいんですけど」
「調べてきまス、お待ちくださいな」
人形はおしゃまに丸い手でスカートを抓んでお辞儀をすると、ぴょんと跳んで事務局に入っていく。ジャンプをして奥まで行き、他のドーリーに話しかける様子を耳に触りながら見ていると、腕を引っ張られた。
「アンビトン・ネージュにって、会えるんですか!?」
もうほとんど目的達成じゃないですか! と驚くロイのこめかみ近くを拳で小突いて、そこからが大変なんだよと苦笑する。
「頼りにしてるからな。俺は交渉が得意じゃねえんだから」
「え゙ッ……それ俺の仕事だったんですか!?」
「当たり前だろ。俺がなにでお前を選んだのか忘れたのかよ」
「流石に覚えてますけど、うっそ……交渉役で選ばれたとは思ってなかった」
そりゃリスティーちゃんじゃないわと両頬に手を当ててため息を吐くロイに、エディスは声を出して笑う。
「リスティーじゃ対話がタイマンになるだろうな」
今頃そうしてるよと言うと、ロイはひええと肩を竦めた。怖々といった様子のロイに「お前には荒事は任さねえって」と言いながら、事務局の様子を伺う。
(えらく警備が厳重だな……こんなにドーリーが集まって、事務局ってよりかは――)
カウンターに肘をついた手を口に押し当てて観察していると、人形がぴょこんと顔を出した。手を伸ばして上るのを手伝うと「ありがとうですの」とお礼を言われる。
「今日の夜九時なら十分ほど取れます。それが無理なら一ヵ月先まで待ってほしいですの」
「十分、って」
そんな短さで交渉なんかできないですってと顔を引き攣らせたロイの隣で、エディスは笑顔を見せた。
「じゃあ今日でお願いします」
「ぅえっ!? いや、無理ですって!」
「顔合わせだけでもいいだろ」
直接会えば次の機会を貰えるかもしれないしと言って、人形に礼を言ってカウンターを離れていく。
「王子ってば、無理ですよ~」
「俺の無茶と無理を押し通せるくらいになってもらわないと困る」
これからこんなこといくらでも経験するんだぞと歩みを止めないまま言うと、ロイはなにか勝算でもあるのかと訊いてきた。
「ない、わけじゃあない」
「ちょっとはあるってことですか!?」
うわあすごい、なんなんですかと目を輝かせたロイから視線を外す。
「いやー……勝算はレウが握ってるというか、アイツの動き次第でもあるんだよなあ」
呟いた言葉に、ロイは両拳を握って口を膨らませた。
「あんっな立場も場所もタイミングも考えない男になにができるっていうんですか!」
*** *** *** *** ***
「……っくし!」
くしゃみをしたレウは、あ~……と声を長く出す。
「ロイが俺の悪口でも言ってんのか?」
なんでアイツは俺を目の敵にし始めたんだと考えるが、原因が昨晩のこととしか思えない。
だが、ギールにならともかく、エディスに懸想をしているわけでもなく、自分が愛人なのだと知っているロイから妬まれる理由が分からなかった。
不可解なのは、今回のエディスの行動もだ。
それぞれの役割を伝えていた時の主人の様子を思い起こす。
「レウ、お前には単独で行動してもらう」
真っ直ぐ自分の方へ向けられた、青い瞳。
長年部下として仕えてきた経験から、あなたの護衛がいないと伝えたとして撤回されはしないと一発で理解した。
「どうしてもレウじゃないと任せられないことがあるんだ」
「内容次第で受けるか決めてやる」
この人からの信頼を向けられて断ることも出来ずにそう言うと、エディスは目を閉じて微笑んだ。
(あ――しまった、断るべきだった)
その顔を見て厄介事だと確信したが、さっきの言葉は引き受けたも同じだ。
「領主を捜して保護してほしいんだ」
「……どんな奴か知ってんのか」
「さあ? 知らねえよ。それ調べて捜せって言ってんだ」
厄介事な上に最大級の無茶振りをしてきたなと目の前が暗くなり、頭が揺れるような心地になる。
「あーのさあ、せめて性別や年齢なんかは教えてくれてもいいだろ」
卒業生だからって知らないことの方が多いんだからと言うと、ロイが「えぇ?」と首を傾げた。
「なんで領主が分かんないんだよ。学園長? みたいなもんなんじゃないの」
「違えよ、学園長と領主は全然別人。要塞内に何校あると思ってんだよ」
カリキュラムとして取れば別の学校の授業も受けられるが、一応専門としている魔法によって学校は分かれていると教えるとロイはへーっと感嘆の声を上げる。
「それに、ここの運営は全てアンビトン・ネージュが作った魔法生物がやってるんだ」
「それぞれに個体名はなくて全てドーリーって呼ぶんだよな」
「生徒が勝手にあだ名を付けてるのはいるけどな。俺がいた寮の門番はローズさんって呼んでた」
背中に薔薇の紋が彫られててと言うと、エディスが可愛いなと笑った。その笑顔があまりに愛らしくて、思わず前のめりになって「要塞内で会えたら案内するぞ」と誘い言葉が出てしまう。
「でも、領主だけは人間のはずだよね」
遊んでる暇ないでしょと言いたげにギールが横やりを入れてきて、レウは眉を顰めた。
「そこはドーリーに任せないんだ!?」
話に乗ったロイに腕を引っ張られたギールは、「面倒だからね」と頷いた。
「ドーリーだらけだと学園長や生徒と話す相手がいなくて困るんじゃないのかな」
「領主も学校の運営には関わるんだ」
「それも調べてみたけど、領主によって違うから一概には言えないんだよね」
ドーリーや学園長に任せきりだったり、全部領主が指示をしていたり。領主によって特性がほんの僅かにだが変わる。
だが、抜本的な改革をした領主が今までいなかったから、ハッキリとは分からないとギールは言う。
「アンビトン・ネージュの仕業かなあ、どの領主も名前すら残されてないし変わった年も分からないようにされてて」
今の領主に変わった期間も分からないから、年齢の予測がしにくいんだよねと悩むギールに「使えない」などと言うことも出来ない。
情報を専門として扱っている奴に分からないことをどう調べればいいんだと、レウは腕を組んだ。
だが、エディスに名前を呼ばれて瞼を開ける。
僅かの緩みも許さないという強い眼差しが突き刺さる。
「領主の性別は男で、年齢は……そうだな、確実に二十代後半だ」
捜して、護ってくれと。
こちらを見つめる瞳があまりにも印象に残り、レウは悩ましい息を吐き出した。
預けられた信頼に唇で触れ、たった一人の人を脳裏に思い浮かべて囁く。
「……アンタが言うなら、多少の無茶でもやってみせますよ」
事務局に行くと、受付口に置かれていた金の巻き毛の可愛らしい人形が喋った。幼女が持っていそうな布製の人形の口元は、赤い糸で笑顔が作られている。
「王子、これもドーリーなんですよね?」
耳打ちしてくるロイに頷き、エディスは腰を曲げて彼女と視線を合わせた。
「アンビトン・ネージュとの面会の予約をお願いします。出来れば早いめがいいんですけど」
「調べてきまス、お待ちくださいな」
人形はおしゃまに丸い手でスカートを抓んでお辞儀をすると、ぴょんと跳んで事務局に入っていく。ジャンプをして奥まで行き、他のドーリーに話しかける様子を耳に触りながら見ていると、腕を引っ張られた。
「アンビトン・ネージュにって、会えるんですか!?」
もうほとんど目的達成じゃないですか! と驚くロイのこめかみ近くを拳で小突いて、そこからが大変なんだよと苦笑する。
「頼りにしてるからな。俺は交渉が得意じゃねえんだから」
「え゙ッ……それ俺の仕事だったんですか!?」
「当たり前だろ。俺がなにでお前を選んだのか忘れたのかよ」
「流石に覚えてますけど、うっそ……交渉役で選ばれたとは思ってなかった」
そりゃリスティーちゃんじゃないわと両頬に手を当ててため息を吐くロイに、エディスは声を出して笑う。
「リスティーじゃ対話がタイマンになるだろうな」
今頃そうしてるよと言うと、ロイはひええと肩を竦めた。怖々といった様子のロイに「お前には荒事は任さねえって」と言いながら、事務局の様子を伺う。
(えらく警備が厳重だな……こんなにドーリーが集まって、事務局ってよりかは――)
カウンターに肘をついた手を口に押し当てて観察していると、人形がぴょこんと顔を出した。手を伸ばして上るのを手伝うと「ありがとうですの」とお礼を言われる。
「今日の夜九時なら十分ほど取れます。それが無理なら一ヵ月先まで待ってほしいですの」
「十分、って」
そんな短さで交渉なんかできないですってと顔を引き攣らせたロイの隣で、エディスは笑顔を見せた。
「じゃあ今日でお願いします」
「ぅえっ!? いや、無理ですって!」
「顔合わせだけでもいいだろ」
直接会えば次の機会を貰えるかもしれないしと言って、人形に礼を言ってカウンターを離れていく。
「王子ってば、無理ですよ~」
「俺の無茶と無理を押し通せるくらいになってもらわないと困る」
これからこんなこといくらでも経験するんだぞと歩みを止めないまま言うと、ロイはなにか勝算でもあるのかと訊いてきた。
「ない、わけじゃあない」
「ちょっとはあるってことですか!?」
うわあすごい、なんなんですかと目を輝かせたロイから視線を外す。
「いやー……勝算はレウが握ってるというか、アイツの動き次第でもあるんだよなあ」
呟いた言葉に、ロイは両拳を握って口を膨らませた。
「あんっな立場も場所もタイミングも考えない男になにができるっていうんですか!」
*** *** *** *** ***
「……っくし!」
くしゃみをしたレウは、あ~……と声を長く出す。
「ロイが俺の悪口でも言ってんのか?」
なんでアイツは俺を目の敵にし始めたんだと考えるが、原因が昨晩のこととしか思えない。
だが、ギールにならともかく、エディスに懸想をしているわけでもなく、自分が愛人なのだと知っているロイから妬まれる理由が分からなかった。
不可解なのは、今回のエディスの行動もだ。
それぞれの役割を伝えていた時の主人の様子を思い起こす。
「レウ、お前には単独で行動してもらう」
真っ直ぐ自分の方へ向けられた、青い瞳。
長年部下として仕えてきた経験から、あなたの護衛がいないと伝えたとして撤回されはしないと一発で理解した。
「どうしてもレウじゃないと任せられないことがあるんだ」
「内容次第で受けるか決めてやる」
この人からの信頼を向けられて断ることも出来ずにそう言うと、エディスは目を閉じて微笑んだ。
(あ――しまった、断るべきだった)
その顔を見て厄介事だと確信したが、さっきの言葉は引き受けたも同じだ。
「領主を捜して保護してほしいんだ」
「……どんな奴か知ってんのか」
「さあ? 知らねえよ。それ調べて捜せって言ってんだ」
厄介事な上に最大級の無茶振りをしてきたなと目の前が暗くなり、頭が揺れるような心地になる。
「あーのさあ、せめて性別や年齢なんかは教えてくれてもいいだろ」
卒業生だからって知らないことの方が多いんだからと言うと、ロイが「えぇ?」と首を傾げた。
「なんで領主が分かんないんだよ。学園長? みたいなもんなんじゃないの」
「違えよ、学園長と領主は全然別人。要塞内に何校あると思ってんだよ」
カリキュラムとして取れば別の学校の授業も受けられるが、一応専門としている魔法によって学校は分かれていると教えるとロイはへーっと感嘆の声を上げる。
「それに、ここの運営は全てアンビトン・ネージュが作った魔法生物がやってるんだ」
「それぞれに個体名はなくて全てドーリーって呼ぶんだよな」
「生徒が勝手にあだ名を付けてるのはいるけどな。俺がいた寮の門番はローズさんって呼んでた」
背中に薔薇の紋が彫られててと言うと、エディスが可愛いなと笑った。その笑顔があまりに愛らしくて、思わず前のめりになって「要塞内で会えたら案内するぞ」と誘い言葉が出てしまう。
「でも、領主だけは人間のはずだよね」
遊んでる暇ないでしょと言いたげにギールが横やりを入れてきて、レウは眉を顰めた。
「そこはドーリーに任せないんだ!?」
話に乗ったロイに腕を引っ張られたギールは、「面倒だからね」と頷いた。
「ドーリーだらけだと学園長や生徒と話す相手がいなくて困るんじゃないのかな」
「領主も学校の運営には関わるんだ」
「それも調べてみたけど、領主によって違うから一概には言えないんだよね」
ドーリーや学園長に任せきりだったり、全部領主が指示をしていたり。領主によって特性がほんの僅かにだが変わる。
だが、抜本的な改革をした領主が今までいなかったから、ハッキリとは分からないとギールは言う。
「アンビトン・ネージュの仕業かなあ、どの領主も名前すら残されてないし変わった年も分からないようにされてて」
今の領主に変わった期間も分からないから、年齢の予測がしにくいんだよねと悩むギールに「使えない」などと言うことも出来ない。
情報を専門として扱っている奴に分からないことをどう調べればいいんだと、レウは腕を組んだ。
だが、エディスに名前を呼ばれて瞼を開ける。
僅かの緩みも許さないという強い眼差しが突き刺さる。
「領主の性別は男で、年齢は……そうだな、確実に二十代後半だ」
捜して、護ってくれと。
こちらを見つめる瞳があまりにも印象に残り、レウは悩ましい息を吐き出した。
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