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学園要塞ー中編ー
9.罪過の清算
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まさか、本当にこんな男が説得してくるとは思ってもいなかった。
「いかにも。はて、汝の腕に抱かれている男が誰か理解しているのかね」
知らないとでも言えば全身を切り裂かれてしまいそうな、冷えた視線だ。唾を飲みこんだレウは恐れながらと口を開いた。
「名前までは」
「ふむ。して……何故、汝如きが彼に手を触れているのだ」
どう答えれば言い訳がましくないか思考を巡らせる。ネージュの信頼を得られ、尚且つ領主の尊厳を守れる言葉でなければいけない。
上手い切り出し方を探していると、布擦れの音がして視線だけを上向ける。
カツンと音がして振り向くと、見えない階段があるかのようにネージュが空中を歩いてくる。赤いヒールを履いた足が地面に着くのが見えた。音を立てて、コートの裾をはためかせてこちらに歩いてくるネージュに領主を抱えて逃げ出してしまいたくなる。
だが、ドラゴンの巣に入って宝を盗み出そうとしていたのは自分なのかもしれないという危機感から動けない。
ネージュが羽織っている黒と深紅のローブが床につく。
服が汚れることも厭わずに膝をついたネージュの目が和らいだ。親が子を見守るような――いや、まるで夫が妻を守るような柔らかな目元、ほんの微かに口の端も横に広がる。
「ネぇジュ゙、っん゙?」
どうにも反応が薄く、虚ろ気だった領主の目に光が灯り、口が動いたが喉が嗄れていて言葉にならない。
グレイッシュブルーの瞳が揺れ、切なげに細められる。
「話さずともいい。君が伝えたいことは分かる」
そう言ったネージュの大きな手が、領主の頬に触れる。
冷水を浴びせかけられた肌はひどく冷えていて、ネージュの低い体温ですら奪っていく在り様だった。シーツに隠された腕を引きだして見たネージュはふむとロ元に指を運ぶ。
一見落ち着いたように見えていた目の瞳孔が縮まっていく。
「拷問か」
腕をシーツに戻したかと思えば、ネージュが指をパチンと弾くと、領主の体に黒い布が巻きついていく。もう一度指を鳴らすと、布は領主が着ていたスーツ一式に変わっていた。
ネージュはレウから取り上げた領主を膝に抱き上げると、ハイデたちの方にただならぬ様子の炯眼を向ける。ずるりとローブが床に擦れて、ネージュが立ちあがった。
床を蹴った彼は宙に浮きあがると、長い脚を組んで膝の上に領主を抱える。紺の髪を撫で、愛おし気に額に唇を当てたネージュの瞳が開かれた。
「して、我らが領主に何故、このような無体を働いたのだ」
ことと次第によっては王子であれどといったところだろうかとレウが息を呑んで見守っていると、ネージュは片手を上げた。
「ご苦労」と言った彼に首を傾ぐと、戸口から二体のドーリーが飛び込んできた。
人と変わらない大きさのドーリーが手に手を取り合い、口を大きく聞く。煌々と光る口内に仰天したレウは、慌てて防御シールドの種類を攻撃を吸収する型に切り替えた。
マディは血相を変えて走りだし、クレマは床に沈みこんでいく。
一人残されたハイデはえ……と呆然と口にする。しかし、自分を守るはずの騎士もおらず、対抗する手段を持ち得ていない。
「マ、マディ! クレマ……た、たすけ」
放たれた強裂な光魔法に、ハイデが飲みこまれたかのように見えた。
レウもそう確信したのだが――光が散っていくと、見たことのない鎧姿の男がハイデの前に煙立つ盾を構えて立っていた。
「ハイデ様、ご無事ですか!」
黒髪を後ろに撫でつけた男が叫ぶ。尻もちをついていたハイデは「うん」と幼子のような返事をする。
「ありがとう、オスカル」
「マーガン卿! それにラウヴェル辺境伯も。この体たらくはなんですか」
叱責されたマディは、うるせえと叫び返す。
「こっちは武器も持ってきてねえし、他の魔物だって貸出してんだぞ」
俺自身が手伝ってやるだけ有り難いと思えよと腕を振り上げるマディに、その男は鋭い眼光を向ける。
「それなのにこれ程の騒ぎを起こしたというのか」と冷静沈着に言い返す。
「一番イカれてんのはそこの王子だぞ」
「不敬な。私の王子はそこらの凡俗のような思考は持たれていない」
「だろうなァ!? 俺はあのクソババアが面倒臭ェ根回しをしてきたから仕方なく来てやってるだけだ。クレマだってそうだろうよ」
オスカルと呼ばれた重騎士はふむ、と一見考えるような素振りを取る。
「キシウ様にどう思われても構わない。王子に無礼な物言い、行為をする輩を切り捨てるのが私に課された使命だ」
だが、即座に無慈悲に言い返す。
それを聞いたレウは向こうの陣営全体が腐っていると判断した。
自分の主がボステルクの地でなにを仕出かしたか、この領主にどのような仕打ちを行ったか。それを考え、時には進言することもやむをえない――それこそが真の臣下というものではないのかと苛立ちを覚える。
ロイは分からないが、エディスの陣営の者ならば皆が口を合わせてそう言うだろうという信頼がレウの胸中にある。
「黙れ。御託を抜かすな、疾れ者どもが」
だが、冷気が場を通っていく。
「汝らが起こした、此度の珍事。我が領主からの責を負う覚悟はあるのだろうな」
王子の首で贖ってもらうつもりであったがと首を傾げたネージュに、オスカルはじりりと距維を伺う。
「……必ず王宮から謝罪を」
なるほど、と動いた口から尖った歯列が見え、ハイデを中心とした床面に白の大きな扉が浮かび上がった。
「食わそうと思った深淵ももういないようであるしな……いつの時代も人とはくだらぬ生物だ」
ネージュが指を鳴らすと異様な圧がかかってくる。
内側に開けた扉の向こう側に吐血したハイデたちを潰し入れたネージュは、埃を吹き上げたかのような些細さで視線を外した。
「ああ~よかったあ、作戦完了~~っ」
額の汗を拭ったロイが息を吐くと、その音を聞き咎めたネージュが指を振るう。
「気安く口を開くな、蝙蝠めが」
足元で魔方陣が光ったロイは慌ててロイが近くの壁にへばりつこうとして、足をもつれさせる。ひっくり返った先に開いた穴に頭から突っ込んだロイの悲鳴を聞きながら、レウはネージュを見つめた。
「なんだ」と片方の眉を上げたネージュの目には、厳格さはあっても苛烈さはない。
「……いや、意外と親切なんだなと」
エディス様の所に送ってくれるつもりなんだろと言うレウに、ネージュは額に指の背を押し付けて目を閉じる。
「レウ・バーンズグロスには手荒なことはするなと咎められているのでな」
誰から? エディス様? と呆然と見上げるレウの足元に、深淵の魔人の元へと繋がる魔方陣を描きながらネージュはため息を吐いた。
「顔だけの男に憧れるなと常日頃から言っているのに……嘆かわしいことだ」
「いかにも。はて、汝の腕に抱かれている男が誰か理解しているのかね」
知らないとでも言えば全身を切り裂かれてしまいそうな、冷えた視線だ。唾を飲みこんだレウは恐れながらと口を開いた。
「名前までは」
「ふむ。して……何故、汝如きが彼に手を触れているのだ」
どう答えれば言い訳がましくないか思考を巡らせる。ネージュの信頼を得られ、尚且つ領主の尊厳を守れる言葉でなければいけない。
上手い切り出し方を探していると、布擦れの音がして視線だけを上向ける。
カツンと音がして振り向くと、見えない階段があるかのようにネージュが空中を歩いてくる。赤いヒールを履いた足が地面に着くのが見えた。音を立てて、コートの裾をはためかせてこちらに歩いてくるネージュに領主を抱えて逃げ出してしまいたくなる。
だが、ドラゴンの巣に入って宝を盗み出そうとしていたのは自分なのかもしれないという危機感から動けない。
ネージュが羽織っている黒と深紅のローブが床につく。
服が汚れることも厭わずに膝をついたネージュの目が和らいだ。親が子を見守るような――いや、まるで夫が妻を守るような柔らかな目元、ほんの微かに口の端も横に広がる。
「ネぇジュ゙、っん゙?」
どうにも反応が薄く、虚ろ気だった領主の目に光が灯り、口が動いたが喉が嗄れていて言葉にならない。
グレイッシュブルーの瞳が揺れ、切なげに細められる。
「話さずともいい。君が伝えたいことは分かる」
そう言ったネージュの大きな手が、領主の頬に触れる。
冷水を浴びせかけられた肌はひどく冷えていて、ネージュの低い体温ですら奪っていく在り様だった。シーツに隠された腕を引きだして見たネージュはふむとロ元に指を運ぶ。
一見落ち着いたように見えていた目の瞳孔が縮まっていく。
「拷問か」
腕をシーツに戻したかと思えば、ネージュが指をパチンと弾くと、領主の体に黒い布が巻きついていく。もう一度指を鳴らすと、布は領主が着ていたスーツ一式に変わっていた。
ネージュはレウから取り上げた領主を膝に抱き上げると、ハイデたちの方にただならぬ様子の炯眼を向ける。ずるりとローブが床に擦れて、ネージュが立ちあがった。
床を蹴った彼は宙に浮きあがると、長い脚を組んで膝の上に領主を抱える。紺の髪を撫で、愛おし気に額に唇を当てたネージュの瞳が開かれた。
「して、我らが領主に何故、このような無体を働いたのだ」
ことと次第によっては王子であれどといったところだろうかとレウが息を呑んで見守っていると、ネージュは片手を上げた。
「ご苦労」と言った彼に首を傾ぐと、戸口から二体のドーリーが飛び込んできた。
人と変わらない大きさのドーリーが手に手を取り合い、口を大きく聞く。煌々と光る口内に仰天したレウは、慌てて防御シールドの種類を攻撃を吸収する型に切り替えた。
マディは血相を変えて走りだし、クレマは床に沈みこんでいく。
一人残されたハイデはえ……と呆然と口にする。しかし、自分を守るはずの騎士もおらず、対抗する手段を持ち得ていない。
「マ、マディ! クレマ……た、たすけ」
放たれた強裂な光魔法に、ハイデが飲みこまれたかのように見えた。
レウもそう確信したのだが――光が散っていくと、見たことのない鎧姿の男がハイデの前に煙立つ盾を構えて立っていた。
「ハイデ様、ご無事ですか!」
黒髪を後ろに撫でつけた男が叫ぶ。尻もちをついていたハイデは「うん」と幼子のような返事をする。
「ありがとう、オスカル」
「マーガン卿! それにラウヴェル辺境伯も。この体たらくはなんですか」
叱責されたマディは、うるせえと叫び返す。
「こっちは武器も持ってきてねえし、他の魔物だって貸出してんだぞ」
俺自身が手伝ってやるだけ有り難いと思えよと腕を振り上げるマディに、その男は鋭い眼光を向ける。
「それなのにこれ程の騒ぎを起こしたというのか」と冷静沈着に言い返す。
「一番イカれてんのはそこの王子だぞ」
「不敬な。私の王子はそこらの凡俗のような思考は持たれていない」
「だろうなァ!? 俺はあのクソババアが面倒臭ェ根回しをしてきたから仕方なく来てやってるだけだ。クレマだってそうだろうよ」
オスカルと呼ばれた重騎士はふむ、と一見考えるような素振りを取る。
「キシウ様にどう思われても構わない。王子に無礼な物言い、行為をする輩を切り捨てるのが私に課された使命だ」
だが、即座に無慈悲に言い返す。
それを聞いたレウは向こうの陣営全体が腐っていると判断した。
自分の主がボステルクの地でなにを仕出かしたか、この領主にどのような仕打ちを行ったか。それを考え、時には進言することもやむをえない――それこそが真の臣下というものではないのかと苛立ちを覚える。
ロイは分からないが、エディスの陣営の者ならば皆が口を合わせてそう言うだろうという信頼がレウの胸中にある。
「黙れ。御託を抜かすな、疾れ者どもが」
だが、冷気が場を通っていく。
「汝らが起こした、此度の珍事。我が領主からの責を負う覚悟はあるのだろうな」
王子の首で贖ってもらうつもりであったがと首を傾げたネージュに、オスカルはじりりと距維を伺う。
「……必ず王宮から謝罪を」
なるほど、と動いた口から尖った歯列が見え、ハイデを中心とした床面に白の大きな扉が浮かび上がった。
「食わそうと思った深淵ももういないようであるしな……いつの時代も人とはくだらぬ生物だ」
ネージュが指を鳴らすと異様な圧がかかってくる。
内側に開けた扉の向こう側に吐血したハイデたちを潰し入れたネージュは、埃を吹き上げたかのような些細さで視線を外した。
「ああ~よかったあ、作戦完了~~っ」
額の汗を拭ったロイが息を吐くと、その音を聞き咎めたネージュが指を振るう。
「気安く口を開くな、蝙蝠めが」
足元で魔方陣が光ったロイは慌ててロイが近くの壁にへばりつこうとして、足をもつれさせる。ひっくり返った先に開いた穴に頭から突っ込んだロイの悲鳴を聞きながら、レウはネージュを見つめた。
「なんだ」と片方の眉を上げたネージュの目には、厳格さはあっても苛烈さはない。
「……いや、意外と親切なんだなと」
エディス様の所に送ってくれるつもりなんだろと言うレウに、ネージュは額に指の背を押し付けて目を閉じる。
「レウ・バーンズグロスには手荒なことはするなと咎められているのでな」
誰から? エディス様? と呆然と見上げるレウの足元に、深淵の魔人の元へと繋がる魔方陣を描きながらネージュはため息を吐いた。
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