【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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北部編

1.鳴りやまぬ降伏放送

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「まるで魔物がアリのようですね」

 外套の胸元を引き寄せたアーマーの眼に映りこんでくるのは大量の魔物だ。

 彼女が現着した時、すでに北部軍司令棟には魔物が大挙して押し寄せてきていた。だが、その割には大人しく、号令を待つように周りを囲むだけなのだという。

 仕方なく彼女は何人かの軍人に先導されて隠し通路を通って、中へと入っていく。
 狭い暗い地下道は湿り気を帯びていて靴の上を虫や蛇が通っていくこともあった。普通の少女ならば帰りたいと泣くところだろう。

 だが、アーマーは前のみを見据えて黙して歩いていく。

(無事でいてください、シュウさん。シルベリアさんも、皆)

 すべては兄の友人を想うこそだ。
 そして、エディスやエドワードの信頼に報いる為でもある。

 ついに地下道を抜けて、北部軍司令棟の中に入ることができた。
 こっちだと手招かれ、アーマーは油断せずに地下道を塞いで、よく来たなと肩を叩く軍人たちに頭を下げながら急ぎ足で進む。

 連れていかれた先、奥まった小部屋に入る。
 大きなデスクと何脚かの椅子、それに壁際のソファーしかない簡素な内装。

 そこには、立ち上がってこちらを驚愕して見やる、親しい青年たちの姿があった。

「シュウさん、シルベリアさん!」

 ご無事でしたかと兄の友人たちに駆け寄ると、彼らに抱き締められる。
 怪我はないかと案じられて首を振った。

 二人とも疲労や寝不足がたたっているのか、目の下にうっすらとクマができており顔色も良くはないが、こちらの予想を越えて元気そうではある。

 戦況を聞くともう一週間もこう着状態なのだと説明を受けた。

「ハイデが潰れたらシュウを使おうって魂胆なんだろうな」

「冗談じゃない、俺には王族の血は流れてないんだぞ!」

 親父もキシウ・ティーンスもどうかしていると椅子に腰を下ろしたシュウが頭を掻きむしる。
 勘弁してくれと頭を抱える彼の肩を気遣わし気にシルベリアが抱き寄せた。

「それで……あの降伏放送ですか」

 北部軍司令棟に来てから今に至るまで、アーマーの神経を逆なでしていたものがある。
 常にではないものの、一定の間隔で”ある声”が聞こえてくるのだ。

『兄さ~んっ、僕と帰りましょう!』

『牢屋があなたを待っていますよ』

『出てこなければ北部軍司令棟を壊滅させます!』

 などという降伏放送だ。地下にいた時は聞こえてこなかったが、今も遠くから届く。
 一体どこにいるのかと窓辺に寄ると、隣に立ったシルベリアが「さっきまでは車の中だったが、今はあそこにいるな」と指差して教えてくれる。

 見張り用の高台に拡声器を片手に持って、格好をつけて片足を掛けた姿の、シトラス・ブラッド。

「あれはなんの為にいるのでしょう」

 冷ややかなアーマーの顔と声色に年上のお兄さん二人は顔を見合わせた。

「ど、どうした」

「なにか嫌なことあったのか」

 と訊いてくる二人に首を傾げ、いいえと答える。

「ただ、あの方が好きではないだけです」

 兄であるシュウさんの前で言うのは申し訳ないのですがと前置きをしてから伝えた言葉に、シュウは俺に気を遣わなくていいと手を振った。

「エディスにも嫌われてたしな」

 笑ったシュウに対し、小さく「エディス様……」と呟く。

 俯いたアーマーの脳裏に王宮での様々な嫌がらせや、絶え間なく流れた謂れのない悪評が過り、手を握り締める。
 絶対に許せないと普段は波立たせないようにしている精神が崩れるのを感じて、二人の前なのだから堪えろと息を細く吐き出す。

「アーマー、俺があそこまで行って代わりに殴ってくるぞ」

 その様子を驚いたように見ていたシルベリアが自分を指差してそう言うが、アーマーは慌てて首を振った。
 いつでも自分に自信を持っていて、気高く美しいシルベリアがあの凡俗と口を交わすどころか触れるだなんて! とんでもないことだ。

「いいえ、結構です! シルベリアさんの手が汚れますので」

 シュウさんも駄目ですからねと必死に止めると、二人は分かった分かったと苦笑いを浮かべる。

「前線の指揮をあんな方に任せるだなんて、敵もなにを考えているんでしょうね」

 なにができるというのかと鼻で嗤うと、シュウが「何回かは攻めてきたんだぞ」と腰に手を当てた。

「遠くから見ましたが、建物も無傷のようだったんですが」

「そりゃ、その前に一掃したからな」

 北部軍の中心基地なのになと呆れを通り越してどう扱えばいいのか分からない様子のシルベリアに、アーマーは「それでは」と背を伸ばす。

「泳がせず全部片づけてしまえばいいのでは」

「俺たちもそうしたい。でも魔物が無尽蔵に増えてくるんだ」

 どこかに増殖機があるみたいでと苦い顔をするシュウに、アーマーはなるほどと頷いた。

「怪しい地点を教えてください。潰しに行ってきます」

 その為に来ましたからと言うアーマーに、シュウは顔に困惑を滲ませる。

「……アーマー、その」

「シュウさんがエディス様の招集に応じなかったというのは聞いております」

 目を丸くした彼は、聞いていたのかと己を恥じるように眉を寄せ、目を細めた苦笑いを浮かべた。
 それならどうして来たんだと言いたげな目線を寄越したシュウに、アーマーはしかと目を合わせる。

 いい人ばかりが苦しい気持ちをしなくてはならない世の無情に、どうしてだと叫びたい気持ちを抱えて――少女は口を開く。

「ですが、このままでいいのですか。ブラッドというに囚われたままで……」

 窓の方へとてを伸ばし、視線を誘導させるよう指で指し示す。

「シュウさんは、あの空のようだとエディス様が言っていました」

 空? とシュウが顔を横向けて窓の外を見やる。
 北では珍しい、雲一つない快晴が広がっていた。

「空のように広く、なんでも包み込むように見る人なんだと。私もそのように思っています」

 その時、シュウの目に光が映りこんだ。ただアーマーの目にそう映っただけかもしれないが。

「優しいあなたを悪辣な者の前に連れ出すのは、私だって心が痛みます。ですが、綺麗なものが閉じ込められているのもそれと同じくらい腹立たしいんです!」

 お願いですと薄い胸に手を当てて見つめた顔は、困惑に満ちている。だが、決してそれだけではない。
 兄の友人、身分や性別など気にしないと親しくしてくれた兄のような人。
 貴族に縁ある家に生まれた母から受け継いだ琥珀色の目を真っ直ぐ見て、美しいと言ってくれた。

「あんな男の不出来な作戦なんか、突破しましょう。魔物が増える? 上等です、エディス様へのお土産にさせていただきます」

 いきましょうよと両手でシュウの手を握ると、彼は狼のような灰色の目を細めた。

「……兄貴分としちゃ、行かないわけにいかないな」

 目を閉じて密やかに微笑んだ男の肩を、白く長い腕が抱く。
 体を寄せたシルベリアに、シュウもまた凭れかかった。

「帰るよ、俺の故郷に――」
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