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奴隷編
4.辺境伯の悍ましい屋敷
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「ぅ……」
呻き声を上げながらエディスは目を覚ました。
体を起こそうとするとぐるりと世界が回り、動けそうにない。手足の指先一つ動かすだけでも緩慢で、感覚が鈍くなっている。
一体なにを盛られたのか。エディスは悔しく思った。
(きっと、俺は薬への耐性がない)
考えれば、半分ではあるものの魔物の魔力があったおかげで大怪我を負っても一日たらずで治っていた。それに大病もしたことがない。
だからこれまで薬を服用したことがなかったのだ。
あるといえば魔力拒否症だが、あれは薬でどうにかなるものではなく、さらに言えばフィンティア家ではなんの処置もされなかった。
国王もそうなのだろう。だから惑わせの魔法が効かない国王は、弱点である薬を投与された。
そう考え――エディスは目を開ける。
(あの時、エドは……どうしてあんなことを言ったんだ?)
強い違和感が拭えなかったが、あの場では訊くこともできなかった。だが、次に会う時には必ず確認しなければなるまい。
そう確信し、エディスは指先を動かし、落胆して息を吐き出した。
(クソッ、やっぱりかよ……!)
後ろ手に縛られている。それも、鉄の鎖や革でできた紐で。
手首だけではなく小指や足首まで括られていて、これでは解きようがない。
だが、それも普通の人であればだ。
すう、と小さく息を吸いこむ。胸の内で練った魔力を四肢に巡らせて、頭で刃をイメージしながら放出する。すると拘束具が切れてベッドに落ちた。
エディスはベッドに手をつき、ゆっくりと頭を揺らさないように起き上がる。有り難いことに嘔吐感はなかった。
身体を動かすと、シャラシャラと音が立つ。それに、どういうわけか肌寒い。
見下した自分の体は裸に近かった。
「なん……ッ!?」
ひっくり返った声が喉からとび出して、そのせいで咽こむ。
一しきり咳き込んだエディスは息を継いで、冷静になって自分の体を見た。
正面の壁に立てかけられた大きな姿見。
そこに映り込む自分の裸体の胸には、肌が透ける程に薄い白の紗が巻かれている。腹部が出ているから肌寒く感じるのだ。
下はも同じ紗の巻きスカート。こちらも左側が大きく裂けていて足の付け根が見えそうだったので手で引っ張って合わせる。
すうすうするので下着はない。つけていたとしたら見えてしまうだろう。
全身を飾るのは金や鮮やかな色彩の宝石だ。滑らかな肌を滑る、長い金でできたネックレスに金環。
「なんだ、これ――」
どこかで見た覚えがある。そうだ、この格好は。
「ヒ……ッ」
ゾッと背中に悪寒が走ったエディスは膝を丸め、腕で体を隠そうとする。
そして、目を動かして辺りを見渡す。部屋の至る所にこれ以上の衝撃が待ち受けていた。
悲鳴すら出ない。あまりの悍ましさにエディスは顔を蒼白にし、口元を手で覆う。
顎を引いたまま、恐る恐る目線だけを上向ける。ぐぅっと喉が鳴り、エディスは喉まできたモノを吐き出した。
胃の中を空にしたエディスはまだ力の入らない体をベッドから下ろすことを決意した。
だが未だに頭がぐらぐらと揺れ、ベッドに伏せてしまう。
吐いたことで胃の辺りが痛み、呻きながら胸の下に手を当てる。最悪な気分だ。
醜悪な部屋だ。主人の趣味を疑う。
この部屋の壁一面には、魔物の首と性器が飾られていた。
下に注釈なのか説明書きらしき白板があったが、見ることさえできない。棚にはビッシリと性具に加工された代物が並べられていた。
その数もおよそ十や二十どころではない。何体の魔物が屠られ、採取されたというのか。考えるだけで胃液が喉元まで迫ってくる。
エディスは軍人として魔物の討伐に向かうことはあれど、それに快楽を覚えることはない。
魔石を取り出した魔物も実験に使わずに静かに眠らせるよう、リキッドに頼んでいるのだ。
(出よう……)
出たい。こんな部屋に一分、いや一秒だりとも長く滞在していたくない。
エディスは霞む景色の中、おぼつかない足を必死に動かした。
もう少しでドアノブに手が届く――……そう安堵し掛けた時、ひたりと両肩を後ろから押さえつけられた。
「どこへ行こうというのだ」
足元から、一匹の蛇が伝ってくる。そんな想像を抱くような、声の冷たさ。
するりと露出した肌を撫でていく手の体温の低さに震えた。
体に腕が巻きつき、大蛇に頭から飲みこまれるという恐怖心から、エディスは大声で叫んだ。
腕を振り払って走ろうとして足をもつれさせる。倒れかけた体を掴んで引き戻され、手になにかを握らされた。
「――ヒッ、うわああぁっ!!」
なにを握らされたのか目で認めたエディスは、床に投げ出した。ぼとりと落ちた玩具は床を転がり、壁にぶつかって止まる。
「大事なコレクションだ、放り投げないでくれるかね」
エディスを解放し、横を通り抜けた男が性具を取り上げ、口元に突き出してきた。
「どうしたのだ」
と詰問するような口調で問い、しっかり握っていろと握りこまされる。
重ねられた手で握り締められ、手が腐り落ちていくのではないかと錯覚しそうになった。
「かつての仕事道具だろう」
「こんな物使ったことねえ!」
床に叩きつけると玩具は割れた。
中から白い骨が見えて、エディスは「違う」」と叫んだ。違う、この魔物を弄したいわけではない。ただ、ただ……混乱しただけだ。
「西九○番、ルーアン市場。お前はそこで性奴隷として育てられた」
「違う!!」
「いいや、違わないのだ。お前は男の慰み者だった。日夜お前のいる小屋の前には大勢の男が辿れた。そして、そこで自慰に耽ったのだよ」
金槌で頭を殴られた気分だった。目の前が真っ白になり、自分が今立っているかどうかも危うくなる。
「ちがう……俺は、そんな」
「フィンティア家に買われたな。奴らはレイガス王とは対立していた家門だ」
政敵の息子だと分かって奴隷にしたのだと言われ、エディスは首を振った。
フィンティア家の家長――ドゥルースの父親は、息子にでさえ愛情を持たない人物だった。
確かにエディスはいかなる時も奴隷として扱われていた。
医者どころか薬の一つさえ貰えなかった。
それに、どうして銀の髪に青い目の自分を王族だと気付かなかったのか。王宮に報告しなかったのかと、考えたことはある。
「悪魔の子など無用。女など宛がうわけにはいかなかったのだろうさ」
その点、お前なら孕む心配もない。犯してから他の貴族に見せつける予定だったのだろと、男が喉奥で笑う。
「そんなこと……っ」
「しないと誰が言い切れる? フィンティア侯はすでに墓の下の住民。口を開くはずがない」
王子、あなたの記憶には抜け落ちているものがあるのではないかね――囁かれた言葉に、愕然とした。
頭を抑え、見開いた目で床を見る。
(俺の記憶が、欠けている……?)
鈴のような音が体からする。
これは奴隷や芸舞手が身に着ける砂鈴と呼ばれる装飾具だ。子どもの時は毎日聴いていた。
「……ぅっ!?」
砂鈴をつけて男に媚びるように舞う女たちを見て、”エディスさん”が嗤う。
『気持ち悪いわよねえ、男に搾取されるだけの奴隷なんて』と。
なにがエディスさんのお歌が好き、だ!
アイツが俺に教えこんだのは女が男の一物を乞う歌だ、奴隷の歌だ!
腸が煮えくりかえる。
白じんでいた景色が赤くなり、 元通りになった。
目の前に立つ男は、印象通り蛇のようだった。
色黒の肌に手入れのされていない紫の髪、陰湿な灰の瞳――問違いない、レイケネスが話していた男、西部の辺境伯、クレマ・ラウヴェルだ。
近づいてこようとするクレマの眼前で氷の魔法を炸裂させる。
体を液状化させる奇怪な魔法を得意としているようだという前情報通り、クレマは凍った。
その隙にエディスはドアを開けてすり抜けた。廊下に飛び出し、慌ててドアを閉める。
へたりこみそうになったが、足に力を入れて壁伝いに歩いていこうとして、上から落ちてくる影に気付いた。
「殿下、お捜ししましたよ」
穏やかな笑みに血の気が更に引き、口の端がひくりと動く。
「レウ……?」
警鐘が鳴る。目の前の騎士への忌避感が拭えない。
腕を掴んでくる力の強さに顔を顰め、なに……? と見上げたエディスの顔に血飛沫が飛んだ。
「うわあああっ……!」
呻き声を上げながらエディスは目を覚ました。
体を起こそうとするとぐるりと世界が回り、動けそうにない。手足の指先一つ動かすだけでも緩慢で、感覚が鈍くなっている。
一体なにを盛られたのか。エディスは悔しく思った。
(きっと、俺は薬への耐性がない)
考えれば、半分ではあるものの魔物の魔力があったおかげで大怪我を負っても一日たらずで治っていた。それに大病もしたことがない。
だからこれまで薬を服用したことがなかったのだ。
あるといえば魔力拒否症だが、あれは薬でどうにかなるものではなく、さらに言えばフィンティア家ではなんの処置もされなかった。
国王もそうなのだろう。だから惑わせの魔法が効かない国王は、弱点である薬を投与された。
そう考え――エディスは目を開ける。
(あの時、エドは……どうしてあんなことを言ったんだ?)
強い違和感が拭えなかったが、あの場では訊くこともできなかった。だが、次に会う時には必ず確認しなければなるまい。
そう確信し、エディスは指先を動かし、落胆して息を吐き出した。
(クソッ、やっぱりかよ……!)
後ろ手に縛られている。それも、鉄の鎖や革でできた紐で。
手首だけではなく小指や足首まで括られていて、これでは解きようがない。
だが、それも普通の人であればだ。
すう、と小さく息を吸いこむ。胸の内で練った魔力を四肢に巡らせて、頭で刃をイメージしながら放出する。すると拘束具が切れてベッドに落ちた。
エディスはベッドに手をつき、ゆっくりと頭を揺らさないように起き上がる。有り難いことに嘔吐感はなかった。
身体を動かすと、シャラシャラと音が立つ。それに、どういうわけか肌寒い。
見下した自分の体は裸に近かった。
「なん……ッ!?」
ひっくり返った声が喉からとび出して、そのせいで咽こむ。
一しきり咳き込んだエディスは息を継いで、冷静になって自分の体を見た。
正面の壁に立てかけられた大きな姿見。
そこに映り込む自分の裸体の胸には、肌が透ける程に薄い白の紗が巻かれている。腹部が出ているから肌寒く感じるのだ。
下はも同じ紗の巻きスカート。こちらも左側が大きく裂けていて足の付け根が見えそうだったので手で引っ張って合わせる。
すうすうするので下着はない。つけていたとしたら見えてしまうだろう。
全身を飾るのは金や鮮やかな色彩の宝石だ。滑らかな肌を滑る、長い金でできたネックレスに金環。
「なんだ、これ――」
どこかで見た覚えがある。そうだ、この格好は。
「ヒ……ッ」
ゾッと背中に悪寒が走ったエディスは膝を丸め、腕で体を隠そうとする。
そして、目を動かして辺りを見渡す。部屋の至る所にこれ以上の衝撃が待ち受けていた。
悲鳴すら出ない。あまりの悍ましさにエディスは顔を蒼白にし、口元を手で覆う。
顎を引いたまま、恐る恐る目線だけを上向ける。ぐぅっと喉が鳴り、エディスは喉まできたモノを吐き出した。
胃の中を空にしたエディスはまだ力の入らない体をベッドから下ろすことを決意した。
だが未だに頭がぐらぐらと揺れ、ベッドに伏せてしまう。
吐いたことで胃の辺りが痛み、呻きながら胸の下に手を当てる。最悪な気分だ。
醜悪な部屋だ。主人の趣味を疑う。
この部屋の壁一面には、魔物の首と性器が飾られていた。
下に注釈なのか説明書きらしき白板があったが、見ることさえできない。棚にはビッシリと性具に加工された代物が並べられていた。
その数もおよそ十や二十どころではない。何体の魔物が屠られ、採取されたというのか。考えるだけで胃液が喉元まで迫ってくる。
エディスは軍人として魔物の討伐に向かうことはあれど、それに快楽を覚えることはない。
魔石を取り出した魔物も実験に使わずに静かに眠らせるよう、リキッドに頼んでいるのだ。
(出よう……)
出たい。こんな部屋に一分、いや一秒だりとも長く滞在していたくない。
エディスは霞む景色の中、おぼつかない足を必死に動かした。
もう少しでドアノブに手が届く――……そう安堵し掛けた時、ひたりと両肩を後ろから押さえつけられた。
「どこへ行こうというのだ」
足元から、一匹の蛇が伝ってくる。そんな想像を抱くような、声の冷たさ。
するりと露出した肌を撫でていく手の体温の低さに震えた。
体に腕が巻きつき、大蛇に頭から飲みこまれるという恐怖心から、エディスは大声で叫んだ。
腕を振り払って走ろうとして足をもつれさせる。倒れかけた体を掴んで引き戻され、手になにかを握らされた。
「――ヒッ、うわああぁっ!!」
なにを握らされたのか目で認めたエディスは、床に投げ出した。ぼとりと落ちた玩具は床を転がり、壁にぶつかって止まる。
「大事なコレクションだ、放り投げないでくれるかね」
エディスを解放し、横を通り抜けた男が性具を取り上げ、口元に突き出してきた。
「どうしたのだ」
と詰問するような口調で問い、しっかり握っていろと握りこまされる。
重ねられた手で握り締められ、手が腐り落ちていくのではないかと錯覚しそうになった。
「かつての仕事道具だろう」
「こんな物使ったことねえ!」
床に叩きつけると玩具は割れた。
中から白い骨が見えて、エディスは「違う」」と叫んだ。違う、この魔物を弄したいわけではない。ただ、ただ……混乱しただけだ。
「西九○番、ルーアン市場。お前はそこで性奴隷として育てられた」
「違う!!」
「いいや、違わないのだ。お前は男の慰み者だった。日夜お前のいる小屋の前には大勢の男が辿れた。そして、そこで自慰に耽ったのだよ」
金槌で頭を殴られた気分だった。目の前が真っ白になり、自分が今立っているかどうかも危うくなる。
「ちがう……俺は、そんな」
「フィンティア家に買われたな。奴らはレイガス王とは対立していた家門だ」
政敵の息子だと分かって奴隷にしたのだと言われ、エディスは首を振った。
フィンティア家の家長――ドゥルースの父親は、息子にでさえ愛情を持たない人物だった。
確かにエディスはいかなる時も奴隷として扱われていた。
医者どころか薬の一つさえ貰えなかった。
それに、どうして銀の髪に青い目の自分を王族だと気付かなかったのか。王宮に報告しなかったのかと、考えたことはある。
「悪魔の子など無用。女など宛がうわけにはいかなかったのだろうさ」
その点、お前なら孕む心配もない。犯してから他の貴族に見せつける予定だったのだろと、男が喉奥で笑う。
「そんなこと……っ」
「しないと誰が言い切れる? フィンティア侯はすでに墓の下の住民。口を開くはずがない」
王子、あなたの記憶には抜け落ちているものがあるのではないかね――囁かれた言葉に、愕然とした。
頭を抑え、見開いた目で床を見る。
(俺の記憶が、欠けている……?)
鈴のような音が体からする。
これは奴隷や芸舞手が身に着ける砂鈴と呼ばれる装飾具だ。子どもの時は毎日聴いていた。
「……ぅっ!?」
砂鈴をつけて男に媚びるように舞う女たちを見て、”エディスさん”が嗤う。
『気持ち悪いわよねえ、男に搾取されるだけの奴隷なんて』と。
なにがエディスさんのお歌が好き、だ!
アイツが俺に教えこんだのは女が男の一物を乞う歌だ、奴隷の歌だ!
腸が煮えくりかえる。
白じんでいた景色が赤くなり、 元通りになった。
目の前に立つ男は、印象通り蛇のようだった。
色黒の肌に手入れのされていない紫の髪、陰湿な灰の瞳――問違いない、レイケネスが話していた男、西部の辺境伯、クレマ・ラウヴェルだ。
近づいてこようとするクレマの眼前で氷の魔法を炸裂させる。
体を液状化させる奇怪な魔法を得意としているようだという前情報通り、クレマは凍った。
その隙にエディスはドアを開けてすり抜けた。廊下に飛び出し、慌ててドアを閉める。
へたりこみそうになったが、足に力を入れて壁伝いに歩いていこうとして、上から落ちてくる影に気付いた。
「殿下、お捜ししましたよ」
穏やかな笑みに血の気が更に引き、口の端がひくりと動く。
「レウ……?」
警鐘が鳴る。目の前の騎士への忌避感が拭えない。
腕を掴んでくる力の強さに顔を顰め、なに……? と見上げたエディスの顔に血飛沫が飛んだ。
「うわあああっ……!」
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