【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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奴隷編

3.信頼するに値しない者

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「へえ、じゃあヒョウは最近雇われたのか」

「うむ」と頷いた少年はしっかりエディスと目を合わせて話す。
 そのことにレウとジェネアスは視線を交わす。

 エディス程、この年頃であからさまに王族だと主張する容姿の者はいない。
 年が違えば同じ銀髪碧眼のキシウ・ティーンスと先代王であるその父がいるが、その系譜を継ぐ者だと分かりやすいだろう。

 王族を目の当たりにして平静を装える少年とは。
 それに――「随分古風な話し方をするんだな?」と誰もが感じたことだろう。選ぶ単語がやけに若者らしくないのだ。

「ふむ、やはりそうか。田舎で祖父と過ごしていたのでな、すまぬ。話し辛いだろうか」

「いや、そこまでじゃないよ」

 トリエランディアはもう四十を越しているが、彼ではなく祖父と話していて癖づいたのだろうか。

 視察を兼ねて歩くのもいいだろうと西部軍司令部まで歩いていくことを勧められたエディスはレイケネスと別れ、レウを伴った。

 少年は余程物事に精通した人物に育てられたのか、エディスの疑問に根気よく答えた。
 一歩引いて歩くジェネアスの手助けはほとんど必要としていない。闊達とした視野で街や人を見る、実に爽やかな心根の少年だ。

 それもこれも、環境のおかげだろう。

「西部は治安がいいな」

 ゴミひとつ見当たらず、裏路地にたむろう連中や身売りの女や路上に座り込む老人も子どもの姿もない。

「西部はとりさんの生まれ故郷で、領地ッスからね!」

 腰に両手を当てて自慢げにふんぞり返るジェネアスに頷き、エディスは辺りを見渡す。

「……すごいな」

 それだけ自治が行き届いているのだ。物資や働いて得る賃金に満足し、荒ぶことのない人たち――。

(みんなでハッピーエンドって笑えればいいな)

 昔、シルベリアにそう言ったことがある。
 見るに、この光景がエディスが目指すものではないかと思える。

「否、とりは見せかけだと言っていたぞ」

 見せかけ? と問うと、ヒョウはそうだと視線を合わせてきた。

「西は魔物が多く出現する土地である。最近では自ら"魔王"などと名乗る愚か者すら現れる始末なのだ」

「魔王!?」

 エディスたちが驚くと、ジェネアスが「あ、あっ」と慌てて手をばたつかせる。
 どうして言っちゃうんスか~という顔だ。彼にとって予想外の暴露で、面倒事なのだろう。

「……はあ。エディス、悪く思わないでほしいんスけど」

「魔王を討伐しろってか」

 こっちは要塞の地下に巣食っていた魔人を退治してきたばかりだ。連戦に次ぐ連戦。その疲れはまだ体にどっぷりと残っている。

「ちがうッスよ~! 魔王は人間だって言おうしただけ~」

「人間?」

 首を傾げると、ジェネアスは「ッス」と首を動かす。
 なあんだと息が肺から出ていく。体から力が抜けた。

「勘違いなさるな、お客人」

 しかし、また吸うはめになった。
 汗ばみそうな直射日光に目が眩みそうな――太陽に見られていると錯覚しそうな、赤。
 丸まるとした大きな目からの視線を一身に受けたエディスは、ごくりと唾を飲みこんだ。

「それは……」

 どういうことだと問おうとしたエディスの横を、子どもがきゃーあと軽やかな声を上げて走りすぎていく。

「でも、子どもだけで出歩けてる」

 攫われることも、魔物に襲われる心配もない。

 トリエランディア大将はパートナーであるローラ元帥が逝去した今、一線を退いたという噂だ。
 懐刀であるジェネアスやバスティスグラン兄妹を貸してくれるところを見る限り、こちらを支援してくれていると信じたいところだが、その心中は計り知れない。

 柔和な笑みの下、こちらを見定めようとしているのではないか。
 滅多に見ることのできない御仁だが、彼を引き込む要素が自分とハイデ、どちらともに足りていないのがよく分かる。

「エディスはとりさんを完璧超人みたいに言うんスよ」

「トリエランディア大将だぞ。軍人なら誰でもそう思うだろ」

 人にぶつかられかけたエディスの肩を抱いて引き寄せたレウがぶっきらぼうながらに熱く言うと、ジェネアスは白けた目を向けた。

 いつも茶化して言葉を交わす彼にしては珍しい。
 まるでブラッド家を目の当たりにしたような冷ややかさに、エディスは唾を飲みこむ。

「……アンタらはそんなだから、とりさんに信頼されないんじゃないッスか」

 どういうことだと問いかける前に、ジェネアスは前を向いて歩き出してしまう。
 完全なる拒絶に、エディスは口を開いて手を前に出そうとする。待ってと彼を引き留めようとした手を止め、下ろした。

 よく分かっていた気分でいた。
 ジェネアスにも、彼が慕う主にも信頼されていないことを。

(友だちだと思っていたのは……俺だけだ)

 ジェネアスにとっての自分は”監査対象”なのだ。
 親しい素振りを取るのはこちらの懐に入る為であり、心からの友愛などではないのかもしれない。

「エディス様?」

 声を掛けられて弾かれるように頭を上げると、気遣わし気にこちらを伺うレウの視線と合う。

「あ……ううん、なんでもない」

 掠れた声が出て、首を振る。
 なにを甘えようとしているのかと、彼からも離れようとすると今度は腰に手を回された。引こうとすると更に力を籠められる。

「エディス、疲れちゃったんスか?」

 ずっと列車だったッスもんねとヒョウとなにやら小声で話していたジェネアスが近づいてきて、二人の間に入ってこようとした。
 エディスは寝すぎたかもなと欠伸をして、ジェネアスに腕を伸ばしてくっつこうとする。

「お二方、ジェネアス殿は別な用件があるそうだ」

 だが、それを遮るようにヒョウが声を投げかけてきた。

「ごめんッス~でもヒョウさんに着いていってもらえばいいんで!」

 今回も大将からの指示で動いているに違いない。
 考えてみればエディスから相談することはあれど、ジェネアスが自分の心境や任務内容を教えてくれたことはなかった。

「分かった! あ、でもまた会えるよな?」

「勿論ッスよ。とりさんが晩ごはん食べにおいで~って言ってたんスけど、エディスも来ます?」

 なんで俺を呼び出してもいないのに晩ごはんを用意するのはトリエランディア大将なんだ? 俺は試されているのか? 

「マジか! 楽しみにしてる」

 言いながら、エディスの心はささくれ荒れていく。

 じゃあ後で~と手を振って離れていくジェネアスに手を振り返していると、ヒョウが頭を跳ねさせる。
 獲物を見つけた猫のような動きで辺りを見渡しているのを怪しんで声を掛けると、彼はふむと頷いた。

「……すまないが、暫し待っていてほしい」

 軽やかな足取りで駆けだした案内人に、エディスはええっ? と声を出して追いかけようとする。
 だが、腰を掴んだままのレウに「こっち来い」と逆の方に引っ張られた。

 人気がないことを確認してから路地裏に入ると抱き締められる。

「なっ、なんだよ……っ!?」

「立ってるだけで目立つんだよ」

 こうしていれば他の奴からは見えないからと言われ、体の力を抜く。
 鎧を身に着けていない彼の体は温かく、強張った心が解けていくようだった。

「アンタ、さっき無理して笑ってただろ」

 なに考えてたんだと頬を指の背で擦られ、エディスは目を丸くする。

「なんでもねえよ」

 素っ気なく言って、体を後ろに引くと両腕を掴まれる。
 レウはこちらの心でも覗こうとしているかのように真剣な表情で睨み付けてきた。

「……キス、してほしいなと思って」

 なにか言わなければという焦りから、震える口が誤魔化そうとする。
 嘘だとバレるに決まっている。なのにレウはなにも言わず、エディスに口づけてきた。

 小さな触れ合いでも胸がじんと熱を発して、レウの首に腕を回す。

 恋人でもないのにその気になって、彼を縛り付けている。
 ギジアの怒りもごもっともだ。
 レウを、バスターグロス家を巻き込んだのは己だ。愛しい人の家族を壊すくらいなら、身を引いた方がいいのではないか――。

「おかあさあぁん、どこ行ったのぉ」

 後ろめたさが足元まで追いついてきそうだった時、子どもの泣き声にエディスは腕を突っ張ってレウから離れた。
 どこだ? と捜すと、路地を出てすぐにエディスの腰元くらいの背丈の少女がウサギのぬいぐるみを引きずって歩いているのが見えた。

「お母さんと離れちゃったのか?」

 話しかけると、少女は大きな目をパチリと瞬いてこちらに寄ってくる。
 そして、レウの腕を掴むと「おにいちゃあん」と大きな声で泣き出した。

「……俺はお前の兄貴じゃないぞ」

 警官に言うんだなと言い、近くを歩いていた男に詰め所の場所を訊ねるレウを見て子どもは大声を上げて泣き出した。
 それに慌てるレウに、エディスは笑い声を立てる。

「いいよ、行ってこい」

「でも、アンタが」

「ここで大人しく待ってるから。すぐ近くなんだろ」

 行ってこいよと言うと、子どもがやった~! と喜んでレウに跳びつく。
 早速子どもに手を引かれ、名残惜しそうにこちらを何度も振り返る従騎士に手を振ってやる。
 彼が向かって行った先に慌てて走って戻ってくるヒョウの姿も見えてきて、ふぅと息を吐きながら路地裏に引っ込む。

 アイツ末っ子だから小さい子に慣れてないなと漏れ出る笑顔を押さえていると、ぬうっと生白い腕が後ろから伸びてきた。

「ゔっ!?」

 口に布を押し当てられる。
 目を大きく見開いたエディスが拘束から外れようと腕を動かすが、後ろでガッチリと抑えられてしまって動きそうにない。

「ん゙っ、ん゙ん~~ッ」

 助けを呼ぼうとしてもがき、息を吸おうとした瞬間、ぐらりと視界が歪む。

 向こう脛を蹴ってやりたいのに足から力が抜けていき、立っていられなくなってくる。
 霞んでいく意識の中、角の先にいるはずの自分の騎士に向かって手を伸ばそうとして指がピクリと動いた。

(レウ……)
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