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奴隷編
2.利発そうな少年
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「レイケネス、本当に行かないのか?」
「ああ、すまないが休ませてもらうよ」
眉を下げて申し訳なさそうな顔をしたレイケネスが頷く。
「医者を呼ぼうか?」
それにはおよばないと苦りきった顔をするのはレイケネスだ。
ジャケットとベストを脱いで軽装になった彼の顔色は、今もどこか青いように見える。
レイケネスは学園要塞都市・ボステルクでハイデの一行と何度も交戦したという。
なにがあったのか教えてくれなかったのだが、その時に負った疲労が色濃く残ったのだろうかとエディスは案じた。
「なにかあったらすぐ教えてくれよ」
「俺のことなら心配しなくても大丈夫さ」
「私がついている」
たが、彼の肩を抱いて支えるネージュに気兼ねせずに行けばいいと言われ、うんと頷いた。
「ジェネアス! 俺に話があるっていう……トリエランディア大将の新しいパートナーって、どんな人なんだ?」
声を掛けると、高い位置で結わえたベージュの髪が線を描いた。
「知らないんスよ!」
こちらに顔を向けたジェネアスがあっけらかんと言う。
「そんなことあるか?」
「あるんスよねえ~、僕が西にいた頃はいなかったんで」
これは本当ッスと腰に手を当てて前かがみになったジェネアスが、それに! と人差し指を立てる。
「とりさんのお家にいて、ほとんど軍部にも出てこないらしいッス」
「それ、許されるのか?」
「まあ~普通は怒られちゃうッスよね」
けれど相手はトリエランディア大将だ。
元帥ローラの元パートナーであり、恐らく単騎での戦闘力で敵う者はこの国には一人としていない。
彼がなりふり構わず力を振るえばハイデ、エディス両陣営など全て薙ぎ払ってしまえる実力者だ。
能力者のパートナーを連れようが家で休ませようが、誰もなにも言えないだろう。
「顔も知らないんで、僕も今けっこー困ってるんスよ」
むむむ、とこめかみに両手の人差し指を押し付けて目を閉じる親友に、エディスはえぇ? と踏み出す。
「でもっ、迎えに来てくれるって言ってたんで!」
そこはご安心をと腕を開いたジェネアスに、迎えなんてなくても歩き慣れてるんじゃないのかと息を吐いた。
まったく、なにを考えているのやら。
この親友のサプライズにしてやられないことを祈りたい。
「とりさんは凛とした佇まいの人だよって言ってたッスけどね~」
「そうなると年上か?」
エディスがトランク片手に歩き出すと、レイケネスたちも改札まではと着いてくる。
駅のホームを歩いていくと、改札を出た所に"エディス殿下ご一行様"と書かれた旗を手に持っている者がいた。
「……あの子?」
「そうみたいッスね~」
ジェネアスに訊くとにこやかに首肯される。
子ども? とエディスは首を傾げながら近づいていこうとする。
だが「王子、」とレイケネスに肘の内側を掴んで引き戻され、どうした? と見上げる。
レイケネスは眉目いい顔を寄せて囁いてきた。
「あの子から魔力の気配がしない。くれぐれも気を付けるように」
その内容にエディスは目を見開く。
だが「わかった、ありがとう」とだけ返して身を離す。
魔力の気配がしないとは、どういうことか。
魔力枯渇症や拒否症の者でもほんの僅かには魔力を持っている。水一滴程度もない者がいるとしたら、それは――……。
「……ホテルでは奴らがボステルクでなにを仕出かしたか、全土に広げる手配をしようとしていたんだが」
面白い、と目を細めて笑うレイケネスに、なにをたくらんでいるんだとレウが口の端を引き攣らせる。
「おいおい、休むんじゃなかったのか」
「そうしようと思っていたんだがね、あんな面白いものを見せられて休んでいられると思うのかい?」
俄然興味が出てきてしまったなと白い歯を見せるレイケネスに、エディスたちは呆れた。だが、後ろから彼を抱える者がいた。ネージュだ。
「了承しかねる。君は少し休まねばいけない」
「おや、俺が丈夫なことはあなたが一番よく知っているだろう」
「だからこそだ。今の君は常とは違う」
魔眼を使用したのだからと、ネージュがレイケネスの目の下を擦る。
――魔眼。この国で最も研究が進んでいない分野だ。
ネージュ曰く、目に高密度の魔力を持って生まれた赤子へのギフトのようなものだそうだ。
宝石のような輝きを秘め、涙がダイヤやサファイアなどの宝石に変わるもの。
レイケネスのように優れた魔法分析力を持つもの、生き物を石に変えてしまう効果なんてものもあるらしい。
様々にも程がある。
だが、魔眼はひとたび取り出してしまうと屑になってしまう。
それが原因で研究が一向に進まず、原理は未だに不明。
コレクターするなら人間ごとでなければいけないので、奴隷市では最高級品として取引されているらしい。胸糞悪い話だ。
「ならちゃんと寝てろよ。ネージュ、しっかり見張っておいてくれよな」
手は出さずに、という意味をこめて歯車の目を真っ直ぐに見つめる。
レイケネスに合流が遅れた理由を問いただしたら、白い肌を赤くして「ネージュさんが……」と言ったきり黙りこくってしまったのだ。
あの時のレイケネスは深窓の令嬢も顔を真っ青にするレベルで”奥ゆかし”かった。
まあ確かに、レイケネスは自分のような貧相な奴とは違って肉感的だし色々楽しいのだろう。
――なんて、こんなことを考えていたら蛇に睨まれてしまいそうだ。
「おーいっ」
ジェネアスが声を掛けると、丸い頭がこちらを向く。
黒髪が風に揺れ、耳につけている金の棒のような形のピアスが音を奏でた。
凛々しい眉に、黄色みを帯びた肌。利発そうな深紅の双眸がこちらを捉えた。
少年は膝の前で手を合わせ、ゆるりと頭を下げていく。
落ち着いた仕草だが、どこか違和感が過る。
「お初にお目にかかる。私は、ヒョウと申す」
名乗り上げた少年はにこりと黒猫のように目を閉じて微笑み「よろしく頼む」と胸に手を当てた。
「ああ、すまないが休ませてもらうよ」
眉を下げて申し訳なさそうな顔をしたレイケネスが頷く。
「医者を呼ぼうか?」
それにはおよばないと苦りきった顔をするのはレイケネスだ。
ジャケットとベストを脱いで軽装になった彼の顔色は、今もどこか青いように見える。
レイケネスは学園要塞都市・ボステルクでハイデの一行と何度も交戦したという。
なにがあったのか教えてくれなかったのだが、その時に負った疲労が色濃く残ったのだろうかとエディスは案じた。
「なにかあったらすぐ教えてくれよ」
「俺のことなら心配しなくても大丈夫さ」
「私がついている」
たが、彼の肩を抱いて支えるネージュに気兼ねせずに行けばいいと言われ、うんと頷いた。
「ジェネアス! 俺に話があるっていう……トリエランディア大将の新しいパートナーって、どんな人なんだ?」
声を掛けると、高い位置で結わえたベージュの髪が線を描いた。
「知らないんスよ!」
こちらに顔を向けたジェネアスがあっけらかんと言う。
「そんなことあるか?」
「あるんスよねえ~、僕が西にいた頃はいなかったんで」
これは本当ッスと腰に手を当てて前かがみになったジェネアスが、それに! と人差し指を立てる。
「とりさんのお家にいて、ほとんど軍部にも出てこないらしいッス」
「それ、許されるのか?」
「まあ~普通は怒られちゃうッスよね」
けれど相手はトリエランディア大将だ。
元帥ローラの元パートナーであり、恐らく単騎での戦闘力で敵う者はこの国には一人としていない。
彼がなりふり構わず力を振るえばハイデ、エディス両陣営など全て薙ぎ払ってしまえる実力者だ。
能力者のパートナーを連れようが家で休ませようが、誰もなにも言えないだろう。
「顔も知らないんで、僕も今けっこー困ってるんスよ」
むむむ、とこめかみに両手の人差し指を押し付けて目を閉じる親友に、エディスはえぇ? と踏み出す。
「でもっ、迎えに来てくれるって言ってたんで!」
そこはご安心をと腕を開いたジェネアスに、迎えなんてなくても歩き慣れてるんじゃないのかと息を吐いた。
まったく、なにを考えているのやら。
この親友のサプライズにしてやられないことを祈りたい。
「とりさんは凛とした佇まいの人だよって言ってたッスけどね~」
「そうなると年上か?」
エディスがトランク片手に歩き出すと、レイケネスたちも改札まではと着いてくる。
駅のホームを歩いていくと、改札を出た所に"エディス殿下ご一行様"と書かれた旗を手に持っている者がいた。
「……あの子?」
「そうみたいッスね~」
ジェネアスに訊くとにこやかに首肯される。
子ども? とエディスは首を傾げながら近づいていこうとする。
だが「王子、」とレイケネスに肘の内側を掴んで引き戻され、どうした? と見上げる。
レイケネスは眉目いい顔を寄せて囁いてきた。
「あの子から魔力の気配がしない。くれぐれも気を付けるように」
その内容にエディスは目を見開く。
だが「わかった、ありがとう」とだけ返して身を離す。
魔力の気配がしないとは、どういうことか。
魔力枯渇症や拒否症の者でもほんの僅かには魔力を持っている。水一滴程度もない者がいるとしたら、それは――……。
「……ホテルでは奴らがボステルクでなにを仕出かしたか、全土に広げる手配をしようとしていたんだが」
面白い、と目を細めて笑うレイケネスに、なにをたくらんでいるんだとレウが口の端を引き攣らせる。
「おいおい、休むんじゃなかったのか」
「そうしようと思っていたんだがね、あんな面白いものを見せられて休んでいられると思うのかい?」
俄然興味が出てきてしまったなと白い歯を見せるレイケネスに、エディスたちは呆れた。だが、後ろから彼を抱える者がいた。ネージュだ。
「了承しかねる。君は少し休まねばいけない」
「おや、俺が丈夫なことはあなたが一番よく知っているだろう」
「だからこそだ。今の君は常とは違う」
魔眼を使用したのだからと、ネージュがレイケネスの目の下を擦る。
――魔眼。この国で最も研究が進んでいない分野だ。
ネージュ曰く、目に高密度の魔力を持って生まれた赤子へのギフトのようなものだそうだ。
宝石のような輝きを秘め、涙がダイヤやサファイアなどの宝石に変わるもの。
レイケネスのように優れた魔法分析力を持つもの、生き物を石に変えてしまう効果なんてものもあるらしい。
様々にも程がある。
だが、魔眼はひとたび取り出してしまうと屑になってしまう。
それが原因で研究が一向に進まず、原理は未だに不明。
コレクターするなら人間ごとでなければいけないので、奴隷市では最高級品として取引されているらしい。胸糞悪い話だ。
「ならちゃんと寝てろよ。ネージュ、しっかり見張っておいてくれよな」
手は出さずに、という意味をこめて歯車の目を真っ直ぐに見つめる。
レイケネスに合流が遅れた理由を問いただしたら、白い肌を赤くして「ネージュさんが……」と言ったきり黙りこくってしまったのだ。
あの時のレイケネスは深窓の令嬢も顔を真っ青にするレベルで”奥ゆかし”かった。
まあ確かに、レイケネスは自分のような貧相な奴とは違って肉感的だし色々楽しいのだろう。
――なんて、こんなことを考えていたら蛇に睨まれてしまいそうだ。
「おーいっ」
ジェネアスが声を掛けると、丸い頭がこちらを向く。
黒髪が風に揺れ、耳につけている金の棒のような形のピアスが音を奏でた。
凛々しい眉に、黄色みを帯びた肌。利発そうな深紅の双眸がこちらを捉えた。
少年は膝の前で手を合わせ、ゆるりと頭を下げていく。
落ち着いた仕草だが、どこか違和感が過る。
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