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鈴蘭編
2.逃げて、捨ててーー離さないで
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わけも分からず走って、走って、走ってーー気が付いたら、見知らぬ土地まで来ていた。
クレマ・ラウヴェルの住処がどこにあるかも知らないのにこんな無茶をと、路地裏でしゃがみこむ。馬鹿だと呟く。彼の傍にいたいのに、抱き締められて口づけを交わして、安心したい。
だけどーーこんなにも自分は汚らわしい生まれだ。
「っふぅ……っ、う、っんぐ……」
触れた髪の色を変えても、乾いた精子はこびりついて取れやしない。
形がいいと言ってくれた唇も、綺麗だと撫でられた髪も……どこもかしこも、汚い。ぽつ、と頭に雫が落ちてきて顔を上げる。叩きつけるような雨に全身が濡れていくが、それでも汚れはこびりついて取れないのだとエディスは膝に顔を押し付けた。
「あれ~、どうしたんだよ。こんな所で」
肩を叩かれ、顔を上げて後ろを見る。すると、見知らぬ男たちが囲んで見下ろしてきていた。レウたちが着ていた衣装に形は似ているが、それよりも派手な色柄だ。中央にもいる、荒くれ者なのだろう。擦れた雰囲気が醸し出されていて、こんな輩が西部にいるのかとエディスは瞬きをした。
「どっかの娼館から逃げ出したんじゃねぇ?」
だが、その声に体をビクッと跳ねさせる。やはり、どうしても自分は男娼にしか見えないのだと知らしめられたような気分だった。
両脇に手を差し込まれて立ち上がらせられたエディスの胸を揉んで、「男だった~」と笑う。その下卑た笑い声に涙が滲みそうになる。
「いやでも、この顔はありだろ」
「それはそう」と肩を叩いて笑い合い、こちらを囲んだまま見下ろしてくる。男たちは手を伸ばし、体や髪を撫でてきた。
「足キレー……、触り心地よすぎな」
ぎゃはははっという笑い声が頭に響き、クレマの囁くような声が重なるようにこちらに話しかけてくる。
『お前は男の慰みものだった』
尻を撫で回され、下着をつけていないことに気付いた男たちが深く入った切れ込みから手を差し込んで局部に触れてきた。
「ゃ、やめ……っ」
体の震えが止まらない。次々と伸びてくる手が恐ろしく、だが悲鳴が喉の奥で留まって出てこなかった。男たちは「怖くないよ~」と粘ついた声で涙を流すエディスに話しかけ、頭を撫でてくる。
「こっち来よっか」
と手を引っ張られたエディスは声にならない悲鳴を上げて、留まろうと足に力を入れて抵抗した。だが、後ろから両肩を抱かれて前に押される。遂には恐慌状態に陥りかけたエディスの腕を、力強い手が掴んだ。
抱き寄せた体の温度が、硬さに心に安寧を感じて胴に抱き付く。見上げた人は、ランプの光のせいで逆光になっていて顔が見えない。だが、これはレウだと確信できた。彼を取り巻く雰囲気が、魔力が本人だとエディスに教えてくれる。
「失せろ」
一言、命じられた男たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。ふうと息を吐いたレウに肩を掴まれ、こらと叱責される。
「アンタ、あれだけ一人で出歩くなって……ただでさえ、服装が違って捜し辛いのに」
なにしてんだよと言う声色はいつものように呆れたような、苦り切った色が多分に含まれていた。だが、今はそれすら安堵へと変わる。
「レウ、レウ……ッ!」
しがみ付いて何度も彼の名を呼ぶと、戸惑ったように背中に回ってきた手が落ち着かせようと撫でてくる。怖い、離さないでーー逃げて、捨ててと全く反対の言葉がエディスの頭に浮かんでは消えていく。
(レウが、好きなのに)
「レウくん、王子は……っ」
ホテルのエントランスをくぐり抜けると、ソファーにかけて待っていたレイケネスが立ちあがって駆け足で寄ってくる。レウの腕の中にいるエディスに、ブルーグレーの目が和らぐ。失踪したと聞いて随分と心配させたのだろう。
レウとて驚いた。場所案内をしてくれたジェネアスに背中を叩かれ、今すぐ追うように怒鳴られなければもっと追うのが遅くなったろう。
「見つけました。ですが、ちょっと」
自分の上衣を脱いで巻き付けた状態のエディスの髪に長い指が触れようとした時、レウは彼を睨んだ。
路地裏で発見した時、この人は恐慌状態に陥っていた。随分長い付き合いになるが、あんなに子どものように大声を出して泣くところを見たのは随分久しぶりのことだ。
それにーー趣味の悪い服に、この髪ーーと考えていたレウは、正面から向けられた視線に気が付いて「すみません」と口にする。
「よかったら俺が診ようか。医療知識も少しなら……レウくん?」
憔悴しきっているエディスを他の男に見られたくはない。その想いでエディスに巻き付けた上衣を引き上げると、彼は仕方がないねとばかりに眉を下げた笑みを見せた。
自分の下腹部に手を当てたレイケネスをなにかと怪訝に感じていると「俺には男の象徴がないんだ」と真っ直ぐにこちらの目を見つめて言ってきた。
溜飲が下がるとはこのことだろう。レウは全ての不満を飲みこんだ。そして、頭を下げ「お願いします」と頼み込む。レイケネスはこちらの無礼などなかったかのように魔眼を発動させた。
全ての魔法を分析する眼でもってエディスの体を診る。やがて目を閉じてから「これだね」と指先に描いた紋章魔法を浮かべた。よく見る形状のそれに、レウはクソッと口にする。
「対処法は」と不機嫌そうに睨んでくるネージュに、頷く。
「上級淫魔の群れと遭遇したことがあるから、対処法なら知ってる」
その時は誘惑の魔法が効かないエディスが殲滅させた。そうだ、エディスはこの手の魔法が効きにくいはずだし、なにより陛下の守護紋章があるはずなのにと歯噛みする。
だが、その前に言うべきことがあると口を開く。
「エクセリオさん、悪い。言いたくないことを言わせてしまった」
明らかに告白しなくていいことだった。彼の伴侶であるネージュだけが知っている事実だっただろうに。ばつが悪く、俯きがちに言うとレイケネスは「いいんだ」と首を振る。
「あの状況で見ていなかった君の紳士さの方に驚いたよ」
知られていると思っていたんだがねと言われ、本人の許可なく見るべきではないプライベートなところだろと眉間に皺を寄せる。すると、レイケネスは何故か満足したかのようににっこりと微笑んだ。
「レイケネス、もう部屋に行かないかね」
「おや、もう痺れがきたのかい? 可愛い人」
擦り寄ってくるアンビトン・ネージュの顎をくすぐったレイケネスに、すまないねと微笑み掛けられる。だが、有無を言わさない様子でぐいぐいと抱いた腰を引っ張られると、おやすみと手を振って背を向けられた。寄り添い合う姿は男同士だというのに、長年連れ添ってきた夫婦であるかのよう。
「彼は俺の恩人だよ」
くすくす笑うレイケネスに、ネージュがむっと眉を寄せたのが見えた。
「君を少しでも私以外には見せたくないのだ」
ああーーその気持ちが分かるよと同意の言葉を口にしたくなる。自分だって、この腕の中で眠る尊い人をこれっぽっちだって見せたくないのだからーー……
クレマ・ラウヴェルの住処がどこにあるかも知らないのにこんな無茶をと、路地裏でしゃがみこむ。馬鹿だと呟く。彼の傍にいたいのに、抱き締められて口づけを交わして、安心したい。
だけどーーこんなにも自分は汚らわしい生まれだ。
「っふぅ……っ、う、っんぐ……」
触れた髪の色を変えても、乾いた精子はこびりついて取れやしない。
形がいいと言ってくれた唇も、綺麗だと撫でられた髪も……どこもかしこも、汚い。ぽつ、と頭に雫が落ちてきて顔を上げる。叩きつけるような雨に全身が濡れていくが、それでも汚れはこびりついて取れないのだとエディスは膝に顔を押し付けた。
「あれ~、どうしたんだよ。こんな所で」
肩を叩かれ、顔を上げて後ろを見る。すると、見知らぬ男たちが囲んで見下ろしてきていた。レウたちが着ていた衣装に形は似ているが、それよりも派手な色柄だ。中央にもいる、荒くれ者なのだろう。擦れた雰囲気が醸し出されていて、こんな輩が西部にいるのかとエディスは瞬きをした。
「どっかの娼館から逃げ出したんじゃねぇ?」
だが、その声に体をビクッと跳ねさせる。やはり、どうしても自分は男娼にしか見えないのだと知らしめられたような気分だった。
両脇に手を差し込まれて立ち上がらせられたエディスの胸を揉んで、「男だった~」と笑う。その下卑た笑い声に涙が滲みそうになる。
「いやでも、この顔はありだろ」
「それはそう」と肩を叩いて笑い合い、こちらを囲んだまま見下ろしてくる。男たちは手を伸ばし、体や髪を撫でてきた。
「足キレー……、触り心地よすぎな」
ぎゃはははっという笑い声が頭に響き、クレマの囁くような声が重なるようにこちらに話しかけてくる。
『お前は男の慰みものだった』
尻を撫で回され、下着をつけていないことに気付いた男たちが深く入った切れ込みから手を差し込んで局部に触れてきた。
「ゃ、やめ……っ」
体の震えが止まらない。次々と伸びてくる手が恐ろしく、だが悲鳴が喉の奥で留まって出てこなかった。男たちは「怖くないよ~」と粘ついた声で涙を流すエディスに話しかけ、頭を撫でてくる。
「こっち来よっか」
と手を引っ張られたエディスは声にならない悲鳴を上げて、留まろうと足に力を入れて抵抗した。だが、後ろから両肩を抱かれて前に押される。遂には恐慌状態に陥りかけたエディスの腕を、力強い手が掴んだ。
抱き寄せた体の温度が、硬さに心に安寧を感じて胴に抱き付く。見上げた人は、ランプの光のせいで逆光になっていて顔が見えない。だが、これはレウだと確信できた。彼を取り巻く雰囲気が、魔力が本人だとエディスに教えてくれる。
「失せろ」
一言、命じられた男たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。ふうと息を吐いたレウに肩を掴まれ、こらと叱責される。
「アンタ、あれだけ一人で出歩くなって……ただでさえ、服装が違って捜し辛いのに」
なにしてんだよと言う声色はいつものように呆れたような、苦り切った色が多分に含まれていた。だが、今はそれすら安堵へと変わる。
「レウ、レウ……ッ!」
しがみ付いて何度も彼の名を呼ぶと、戸惑ったように背中に回ってきた手が落ち着かせようと撫でてくる。怖い、離さないでーー逃げて、捨ててと全く反対の言葉がエディスの頭に浮かんでは消えていく。
(レウが、好きなのに)
「レウくん、王子は……っ」
ホテルのエントランスをくぐり抜けると、ソファーにかけて待っていたレイケネスが立ちあがって駆け足で寄ってくる。レウの腕の中にいるエディスに、ブルーグレーの目が和らぐ。失踪したと聞いて随分と心配させたのだろう。
レウとて驚いた。場所案内をしてくれたジェネアスに背中を叩かれ、今すぐ追うように怒鳴られなければもっと追うのが遅くなったろう。
「見つけました。ですが、ちょっと」
自分の上衣を脱いで巻き付けた状態のエディスの髪に長い指が触れようとした時、レウは彼を睨んだ。
路地裏で発見した時、この人は恐慌状態に陥っていた。随分長い付き合いになるが、あんなに子どものように大声を出して泣くところを見たのは随分久しぶりのことだ。
それにーー趣味の悪い服に、この髪ーーと考えていたレウは、正面から向けられた視線に気が付いて「すみません」と口にする。
「よかったら俺が診ようか。医療知識も少しなら……レウくん?」
憔悴しきっているエディスを他の男に見られたくはない。その想いでエディスに巻き付けた上衣を引き上げると、彼は仕方がないねとばかりに眉を下げた笑みを見せた。
自分の下腹部に手を当てたレイケネスをなにかと怪訝に感じていると「俺には男の象徴がないんだ」と真っ直ぐにこちらの目を見つめて言ってきた。
溜飲が下がるとはこのことだろう。レウは全ての不満を飲みこんだ。そして、頭を下げ「お願いします」と頼み込む。レイケネスはこちらの無礼などなかったかのように魔眼を発動させた。
全ての魔法を分析する眼でもってエディスの体を診る。やがて目を閉じてから「これだね」と指先に描いた紋章魔法を浮かべた。よく見る形状のそれに、レウはクソッと口にする。
「対処法は」と不機嫌そうに睨んでくるネージュに、頷く。
「上級淫魔の群れと遭遇したことがあるから、対処法なら知ってる」
その時は誘惑の魔法が効かないエディスが殲滅させた。そうだ、エディスはこの手の魔法が効きにくいはずだし、なにより陛下の守護紋章があるはずなのにと歯噛みする。
だが、その前に言うべきことがあると口を開く。
「エクセリオさん、悪い。言いたくないことを言わせてしまった」
明らかに告白しなくていいことだった。彼の伴侶であるネージュだけが知っている事実だっただろうに。ばつが悪く、俯きがちに言うとレイケネスは「いいんだ」と首を振る。
「あの状況で見ていなかった君の紳士さの方に驚いたよ」
知られていると思っていたんだがねと言われ、本人の許可なく見るべきではないプライベートなところだろと眉間に皺を寄せる。すると、レイケネスは何故か満足したかのようににっこりと微笑んだ。
「レイケネス、もう部屋に行かないかね」
「おや、もう痺れがきたのかい? 可愛い人」
擦り寄ってくるアンビトン・ネージュの顎をくすぐったレイケネスに、すまないねと微笑み掛けられる。だが、有無を言わさない様子でぐいぐいと抱いた腰を引っ張られると、おやすみと手を振って背を向けられた。寄り添い合う姿は男同士だというのに、長年連れ添ってきた夫婦であるかのよう。
「彼は俺の恩人だよ」
くすくす笑うレイケネスに、ネージュがむっと眉を寄せたのが見えた。
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