【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

文字の大きさ
236 / 274
胡蝶編

1.2/10の軽薄

しおりを挟む
 ドアを閉め、人気のない照明が暗く下げられた廊下を歩いていく。
 冷たさが足元から近づいている。窓の外を見れば淡く白い月が灯っていたーーいい夜だとロマンチストのような考えが脳裏に浮かぶ。
 体が心地いい気怠さに包まれているからだ。
(駄目だな、俺の方があの人に溺れてしまいそうだ)
 しっとりとしたなめらかで冷たい肌、わざとらしくない艶めいた声。こちらを見る潤んだ目も、縋り付いてくる腕も、なにもかもに心を奪われた。
「あ……?」
 通り過ぎそうになったロビーの、ソファーにジェネアスの姿があった。見ていると彼もまたこちらを見てーー眉を顰めて顔を手元に戻す。手にも、ソファーの前の長テーブルにも紙の資料やファイルが置いてあった。
「なんでそんな所でやってんだ」
 人に見られたら困るんじゃないのかと話しかけながら向かい側のソファーに座ると、一瞥される。レウからしたジェネアス・フロイードは、軽薄そうな印象の男だ。どこか取り留めがなく、ふらりと風に流れるままに行くような。なので、嫌悪感を露わにした態度に、レウはお? と思った。
「よくヤった後で友だちに話しかけられるッスね」
 見りゃ分かるんスよと冷淡に言われて目を大きく見開く。しまったな、と話しかけるタイミングを見誤ったことを反省する。
「いや、まあ……お前と話したいこともあったしな」
 不機嫌そうに片目を細めたジェネアスは、「はあ?」と吐き捨ててから視線を手元に戻す。それでも話は聞いてくれるつもりがあるのか「なんスか」と言った。
「ギールに手引きしたのお前だろ」
「は? 誰ッスかそれ」
 エディス様のストーカーだよと言うと、ジェネアスは「ああ」と皮肉気に口の片端を吊り上げる。資料をそのままにソファーの背に凭れ掛けると、なんだぁと息を吐いた。
「エディスも口が軽いッスねえ」
「あの人から聞いたんじゃねえよ」
「……となると、情報源はリっちゃんッスか」
 あの女、べらべら人に喋りやがってと吐き捨てるジェネアスに、レウは膝の上に置いた手を握り合わせる。
「エディス様の前とは随分態度が違うんだな」
「そういうんじゃない。僕はアンタに腹を立ててるだけッスよ」
 僕が友だち想いなのは知ってるでしょ。その言葉に、レウは息を吸う。
「リっちゃんたちは怒らねえと思うんで」とジェネアスは言った。彼の手がテーブルの上のコップに伸びーー中の水をレウにぶちまけてくる。避けなかった、いや避けられなかった。
「僕がエディスと南に行ってたって知って、それで? 僕がストーカーと繋がってたと疑う理由はなんスか」
「アンタはトリエランディア大将からの任務を受けて南部に行ったんだよな。ローラ元帥の殺害事件について調べてたんじゃないのか」
「うわ~、安直すぎ。あの時期じゃ誰だってそう考えるでしょ~」
「ギールは情報屋だ。奴となんらかの取引をしたんだろ」
 エディス様と蜜に連絡を取っていたアンタなら、あの人がどこで誰といるのか逐一ギールに知らせるのは簡単だ。そう言うと、ジェネアスは鼻で嗤う。
「やっすい推理ッスね」と腕組をしてソファーの尻を滑らせる。だらしない座り方になって「二割しか僕の考えは当たってないッス」と目を閉じた。
「二割? 少なすぎるだろ、アンタは」
「後の三割くらいはヒョウさんと話したら分かるッスよ」
 うるさいとばかりに被せられ、レウはコイツと青筋を立てそうになる。
「話を聞けば、エディスも僕と同じ仮説を立てるでしょーね」
 で、とレウと視線を合わせてきたジェネアスに、唾を飲みこむ。一体なにを言われるのか、レウはずっと前から分かっていた気がした。
「自分を犠牲にすることを決めるッスよ」
 開いた口からは言葉が出てこず、ただただ息が静かに漏れ出ていく。そうだろうな、あの人ならそうすると納得せざるをえない。自分の為に軍に入ったと言うが、それにしては熱心だ。南部では無血での説得に反軍が応じ、
「僕はそれを止める人がエディスの傍にいてくれればいいな~って思ってたッス」
 リっちゃんでも、アンタでも。たくさん。
 そう言うジェネアスに、レウは瞬きをする。この軽薄そうで、簡単に手のひらを変えそうな雰囲気を醸し出している青年は、時にこちらを驚かせてくるのだ。それは中央を脱出して北部へ向かう時であったり、今のようなーーそう、エディスが関わると。
「こんな偏屈な奴と友だちになってくれるのはエディスくらいッスから。いなくなると寂しいんスよ」
 薄っすらと目に涙を滲ませ、口を引き締めて俯くジェネアス。口元に手を押し当てて目を閉じた彼について、レウが知ることは少ない。だが、エディスが彼のことを語る時はいつだって楽しそうで、たまに軍部や寮で見かけた時も親友なのだと親し気に肩を寄せ合っていた。
「……フロイード、頼む」
 自然と、頭が下がった。
 どうして疑っていたのか。この青年は、愛する人の友であるというのに。
「俺があの人を止める。だから、アンタの仮説を教えてくれないか」
 ジェネアスはその様子を見て思うところがあったのか躊躇ったものの、むっと眉を寄せて首を振った。
「アンタは体で止めそうだから嫌ッス」
 エディスがどんな気持ちをしてきたか分かってねえッスとバッサリ切られたレウは、ぐうの音も出ず髪を両手で掻き乱す。
「でも、そう……ッスねえ。これじゃフェアじゃないと思うんで、条件をつけるッス」
 三つね、と指を一本立てるジェネアスに、レウは手を握った。ジェネアスの持ちかける条件がなにか予測することができない。
「ひとーつ、エディスのお願いはなんでも聞くこと!」
「なんでもは言いすぎだろ。あの人が無茶することくらい、アンタだって知ってるじゃないか」
 反論すると、ジェネアスは握った手を口に当てて、う~~っと目を閉じて考え込む。
「……エディスの身の安全が保障されないとか、傷つくようなことになる時は別で」
「それならまあ、よくあることだしな」
 あの人がボステルクで俺になにを命じたか知らないから言えるんだよと思いつつも頷く。レウとて、敬愛している主人の可愛らしいお願いはいつだって聞いてあげたいのだから。
「ふたつ。アンタ弱えから、せめて……そうッスね~、あの秘書官さんと相打ちできるくらいには強くなってほしいッスね!」
「エクセリオさんと?」
「とりさんよりは難しくないッスよね」
 トリエランディア大将と相打ちできる人間なんて存在するのか。ここはアンビトン・ネージュと言われなかっただけマシなのだろうかと
「相打ちは……無理だ。アンタはトリエランディア大将に育てられたから基準が狂ってるんだろうけどな、エクセリオさんは一人でハイデの仲間三人を追い払ってんだぞ」
 恐らくだが、エディス様が集めた人員の中であの人が一番強い。
「ハイハイ、じゃあ~リっちゃんとタイマンで勝つ。これならいいでしょ」
「魔法はありでいいんだよな」
「骨折したいんスか?」
 おすすめしないッスよと言われ、お前はアイツの技を受けたことないだろと言い返したくなる。だが、ぐっと喉奥へと押し込めて飲み下す。
「努力する」
「みっつめ。エディスを心から大切だって思ってる人たち全員に、ちゃんと彼氏だって認められること!」
 僕含めてと指を顔面に突きつけられたレウは、なんだよそれとテーブルに手を突いて立ち上がる。
「そんな無茶苦茶な条件」
「じゃ、諦めていいッスよ」
 弱い奴とすぐにへこたれる奴は嫌いッスと言ったジェネアスは、ソファーに手を突いて座り直した。
「で? やるんスか。やらないんスか」と訊かれたレウはそっぽを向いて「やるしかねえだろ」と不服そうに言う。その態度を見たジェネアスはふーーっと長く息を吐き出した。
「やっぱリっちゃんじゃなくて、とりさんの方がいいッスかね」
 ふっと笑ったジェネアスに、レウはぐぅっと唸って「やらせてください」と頭を下げた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

腐男子♥異世界転生

よしの こひな
BL
ある日、腐男子で新卒サラリーマン・伊丹トキヤの自室にトラックが突っ込む。 目覚めたトキヤがそこで目にしたのは、彼が長年追い続けていたBL小説の世界――。しかも、なんとトキヤは彼が最推しするスパダリ攻め『黒の騎士』ことアルチュール・ド・シルエットの文武のライバルであり、恋のライバルでもあるサブキャラの「当て馬」セレスタン・ギレヌ・コルベールに転生してしまっていた。 トキヤは、「すぐそばで推しの2人を愛でられる!」と思っていたのに、次々と原作とは異なる展開が……。 ※なろうさん、Caitaさん、PIXIVさんでも掲載しています。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

処理中です...