不遇の王妃アリーヤの物語

ゆきむらさり

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本編

3.不毛な国王と清らかな花嫁

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 アメジスト王国の王女アリーヤを乗せた花嫁の馬車が、クラウン王国の〈黄金宮殿〉へと入城。露台から眺めていた国王カルロスは颯爽と出迎えに現れる。

 王女アリーヤと揃いのクラウン王家の正式な金色の婚礼衣装を身に纏う国王カルロス。見惚れるほどの美しさ。

「私の時には着てくださらなかったのに、王女殿下の為には正式な婚儀の衣装を纏うなんて少々妬けますわ」

「無理を言うな、ベリンダ。国同士の婚儀とそなたのとではわけが違う」

「陛下……今宵の花嫁との〈初夜の儀〉を済ませた後は、その足ですぐさま私の元へと慰めに来て下さるなら赦しますわ」

「ああっ、もちろんだ。すぐにそなたの元へと駆け付けよう」

「まぁ! 嬉しい!」

 これから王女アリーヤを王妃として迎え入れる大切な日にもかかわらず、不毛な会話を続ける2人。

 ベリンダは側妃の立場でありながら、国王カルロスの傍らへと平然と寄り添う。自分の身は「王女アリーヤと同等」だと言いたいのだ。

 だが、誰もその事に文句は言わない。

 〈黄金宮殿〉に仕える者達は、国王カルロスの寵愛を独占している側妃ベリンダは敬意を払うべき存在と捉えている。元々、王妃となる可能性があった令嬢ならなおさら。

 大国クラウン王国を統べる国王カルロスは、絶対的な存在として君臨している。その為、国王の意思は深く尊重される。逆らう者はいない。


 クラウン王家に存在する〈後宮〉には、側妃ベリンダだけが召し上げられている。他の側妃も妾妃も存在しない。

 国王カルロス画寵愛しているのは側妃ベリンダだけ。後々、世継ぎを孕む可能性も秘めている彼女は貴重な存在。

 それは王妃となる王女アリーヤにもいえることだが、今のところ王妃アリーヤが寵愛される可能性は低い。

 そう見る家臣達は、側妃ベリンダこそが〈後宮〉の女主人だと囁き合う。


 ◇


 今日は、クラウン王家に『王妃』を迎える大切な日。

 遠路はるばる輿入れの為に道中を旅した王女アリーヤ。実はかなり疲労困憊。ただ、それは別の案件によるところが大きい。

 到着を告げられる王女アリーヤ。

 馬車の窓から外の様子をそっと伺う。意外にも多くの出迎えの人々には驚く。

 ひときわ偉才を放つのが国王だとすぐにわかる。おまけに傍らには妾妃らしき艶かしい美姫まで侍らせている。不思議と、そのことに驚かない王女アリーヤ。

 婚儀では永遠の愛を誓いながら、多くの国では「側妃制度」を設けている。万が一、王妃に御子が授かれなかった場合に備えての「側妃制度」。今では国王の欲情を満たす為の〈後宮〉として機能しているとか。

 (……不道徳だわ……)

 深く吐息を吐きながら、今の王女アリーヤに正直なところ都合が良い。

「国王陛下に寵愛するお方が存在するなら、私のことはそっとしておいてくれるわよね? 私にはその方が有り難いわ」

 誰に聞かせるわけでもなく吐露する。

 (私には無理だわ。愛してもいない殿方を受け入れることはできない。私が愛するのはあの方だけ……彼以外は愛せない。願いが叶うのなら、もう一度だけでも貴方に逢いたい。逢いたくて堪らない……)

 王女アリーヤの切実な想い。心から秘めた願い。


 ◇


 今回の大国アメジスト王国からの王家の姫の輿入れ。相応の敬意を払うのは当然。多数の宮殿仕えの者達が出迎えるのも当然。クラウン王国の威信にもかかわる。

 豪奢な黒檀色の馬車の扉が開けられ、王女アリーヤが降り立つ。足音一つ立てずに優雅に降り立つ様は、さすがは一国の王女。

 皆の目が一斉に王女アリーヤへと注がれる。

 だが、ベールで隠されているせいで容貌はわからない。ただ、見るからに華奢な様子と長く伸ばされた濡羽色の髪が印象的。国王カルロスから事前に贈られた豪奢な金色の婚礼衣装を見に纏うせいで、煌々しい輝きさえ放っている。

 不意に、一陣の風が吹き抜ける。

 王女アリーヤのベールがふわりと風に靡く。

 その刹那、幼さの残る美しい顔立ちが露わになり、艶めく紫水晶の瞳が国王カルロスの視線と重なる。すぐに視線を逸らす王女アリーヤとは違い、国王カルロスは見つめたまま微動だにしない。

 急いでベールを元に戻す王女アリーヤ。

 一方、国王カルロスは初めて目にする王女アリーヤの無垢な美しさに釘付け。

 一瞬にして心を奪われ、思わず息を呑む。

「これは美しい。清らかで美しい余の姫……」

 感嘆の溜息を漏らす。

 傍らには不快そうに顔を歪める側妃ベリンダには目もくれず、国王カルロスの視線は王女アリーヤを見捉えたまま。

 挙句、笑みさえ浮かべる国王カルロス。


『人はいつの間にか恋に落ちる』


 国王カルロスには、それが訪れる。

 先に動いたのは国王カルロス。馬車から降り立つ王女アリーヤの手を自ら引き寄せる。

「ようこそ参られた王女殿下。長旅で疲れているであろうが、この後には婚儀が控えている。余が大聖堂まで共に参ろう。清らかで美しい余の王妃……なんとも愛らしい」

 美しい笑みさえ湛える国王カルロス。たじろぐ王女アリーヤには構わず、その折れそうな程に細い腰を抱く。

「さぁ、参ろう」

 優しい声音。王女アリーヤを強引に連れ出す国王カルロスは、婚儀を執り行う大聖堂を目指す。

 その様子を驚愕の眼で見つめる側妃ベリンダは怒りで叫ぶ。

「カルロス! いったいどうしたというの! 待ちなさい!」

 喚く側妃ベリンダ。憤怒に顔が歪む。

 王女アリーヤの手を握り、歩みを止めない国王カルロス。清らかな美しさを湛える王女アリーヤしか見えていない。

 側妃ベリンダの声は遠ざかるばかり。

 寵愛する側妃ベリンダを置き去りにし、王女アリーヤを優先させる国王カルロス。

 思わず唖然とする臣下達がいる。



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