3 / 33
本編
3.不毛な国王と清らかな花嫁
しおりを挟む
アメジスト王国の王女アリーヤを乗せた花嫁の馬車が、クラウン王国の〈黄金宮殿〉へと入城。露台から眺めていた国王カルロスは颯爽と出迎えに現れる。
王女アリーヤと揃いのクラウン王家の正式な金色の婚礼衣装を身に纏う国王カルロス。見惚れるほどの美しさ。
「私の時には着てくださらなかったのに、王女殿下の為には正式な婚儀の衣装を纏うなんて少々妬けますわ」
「無理を言うな、ベリンダ。国同士の婚儀とそなたの後宮入りとではわけが違う」
「陛下……今宵の花嫁との〈初夜の儀〉を済ませた後は、その足ですぐさま私の元へと慰めに来て下さるなら赦しますわ」
「ああっ、もちろんだ。すぐにそなたの元へと駆け付けよう」
「まぁ! 嬉しい!」
これから王女アリーヤを王妃として迎え入れる大切な日にもかかわらず、不毛な会話を続ける2人。
ベリンダは側妃の立場でありながら、国王カルロスの傍らへと平然と寄り添う。自分の身は「王女アリーヤと同等」だと言いたいのだ。
だが、誰もその事に文句は言わない。
〈黄金宮殿〉に仕える者達は、国王カルロスの寵愛を独占している側妃ベリンダは敬意を払うべき存在と捉えている。元々、王妃となる可能性があった令嬢ならなおさら。
大国クラウン王国を統べる国王カルロスは、絶対的な存在として君臨している。その為、国王の意思は深く尊重される。逆らう者はいない。
クラウン王家に存在する〈後宮〉には、側妃ベリンダだけが召し上げられている。他の側妃も妾妃も存在しない。
国王カルロス画寵愛しているのは側妃ベリンダだけ。後々、世継ぎを孕む可能性も秘めている彼女は貴重な存在。
それは王妃となる王女アリーヤにもいえることだが、今のところ王妃アリーヤが寵愛される可能性は低い。
そう見る家臣達は、側妃ベリンダこそが〈後宮〉の女主人だと囁き合う。
◇
今日は、クラウン王家に『王妃』を迎える大切な日。
遠路はるばる輿入れの為に道中を旅した王女アリーヤ。実はかなり疲労困憊。ただ、それは別の案件によるところが大きい。
到着を告げられる王女アリーヤ。
馬車の窓から外の様子をそっと伺う。意外にも多くの出迎えの人々には驚く。
ひときわ偉才を放つのが国王だとすぐにわかる。おまけに傍らには妾妃らしき艶かしい美姫まで侍らせている。不思議と、そのことに驚かない王女アリーヤ。
婚儀では永遠の愛を誓いながら、多くの国では「側妃制度」を設けている。万が一、王妃に御子が授かれなかった場合に備えての「側妃制度」。今では国王の欲情を満たす為の〈後宮〉として機能しているとか。
(……不道徳だわ……)
深く吐息を吐きながら、今の王女アリーヤに正直なところ都合が良い。
「国王陛下に寵愛するお方が存在するなら、私のことはそっとしておいてくれるわよね? 私にはその方が有り難いわ」
誰に聞かせるわけでもなく吐露する。
(私には無理だわ。愛してもいない殿方を受け入れることはできない。私が愛するのはあの方だけ……彼以外は愛せない。願いが叶うのなら、もう一度だけでも貴方に逢いたい。逢いたくて堪らない……)
王女アリーヤの切実な想い。心から秘めた願い。
◇
今回の大国アメジスト王国からの王家の姫の輿入れ。相応の敬意を払うのは当然。多数の宮殿仕えの者達が出迎えるのも当然。クラウン王国の威信にもかかわる。
豪奢な黒檀色の馬車の扉が開けられ、王女アリーヤが降り立つ。足音一つ立てずに優雅に降り立つ様は、さすがは一国の王女。
皆の目が一斉に王女アリーヤへと注がれる。
だが、ベールで隠されているせいで容貌はわからない。ただ、見るからに華奢な様子と長く伸ばされた濡羽色の髪が印象的。国王カルロスから事前に贈られた豪奢な金色の婚礼衣装を見に纏うせいで、煌々しい輝きさえ放っている。
不意に、一陣の風が吹き抜ける。
王女アリーヤのベールがふわりと風に靡く。
その刹那、幼さの残る美しい顔立ちが露わになり、艶めく紫水晶の瞳が国王カルロスの視線と重なる。すぐに視線を逸らす王女アリーヤとは違い、国王カルロスは見つめたまま微動だにしない。
急いでベールを元に戻す王女アリーヤ。
一方、国王カルロスは初めて目にする王女アリーヤの無垢な美しさに釘付け。
一瞬にして心を奪われ、思わず息を呑む。
「これは美しい。清らかで美しい余の姫……」
感嘆の溜息を漏らす。
傍らには不快そうに顔を歪める側妃ベリンダには目もくれず、国王カルロスの視線は王女アリーヤを見捉えたまま。
挙句、笑みさえ浮かべる国王カルロス。
『人はいつの間にか恋に落ちる』
国王カルロスには、それが今訪れる。
先に動いたのは国王カルロス。馬車から降り立つ王女アリーヤの手を自ら引き寄せる。
「ようこそ参られた王女殿下。長旅で疲れているであろうが、この後には婚儀が控えている。余が大聖堂まで共に参ろう。清らかで美しい余の王妃……なんとも愛らしい」
美しい笑みさえ湛える国王カルロス。たじろぐ王女アリーヤには構わず、その折れそうな程に細い腰を抱く。
「さぁ、参ろう」
優しい声音。王女アリーヤを強引に連れ出す国王カルロスは、婚儀を執り行う大聖堂を目指す。
その様子を驚愕の眼で見つめる側妃ベリンダは怒りで叫ぶ。
「カルロス! いったいどうしたというの! 待ちなさい!」
喚く側妃ベリンダ。憤怒に顔が歪む。
王女アリーヤの手を握り、歩みを止めない国王カルロス。清らかな美しさを湛える王女アリーヤしか見えていない。
側妃ベリンダの声は遠ざかるばかり。
寵愛する側妃ベリンダを置き去りにし、王女アリーヤを優先させる国王カルロス。
思わず唖然とする臣下達がいる。
王女アリーヤと揃いのクラウン王家の正式な金色の婚礼衣装を身に纏う国王カルロス。見惚れるほどの美しさ。
「私の時には着てくださらなかったのに、王女殿下の為には正式な婚儀の衣装を纏うなんて少々妬けますわ」
「無理を言うな、ベリンダ。国同士の婚儀とそなたの後宮入りとではわけが違う」
「陛下……今宵の花嫁との〈初夜の儀〉を済ませた後は、その足ですぐさま私の元へと慰めに来て下さるなら赦しますわ」
「ああっ、もちろんだ。すぐにそなたの元へと駆け付けよう」
「まぁ! 嬉しい!」
これから王女アリーヤを王妃として迎え入れる大切な日にもかかわらず、不毛な会話を続ける2人。
ベリンダは側妃の立場でありながら、国王カルロスの傍らへと平然と寄り添う。自分の身は「王女アリーヤと同等」だと言いたいのだ。
だが、誰もその事に文句は言わない。
〈黄金宮殿〉に仕える者達は、国王カルロスの寵愛を独占している側妃ベリンダは敬意を払うべき存在と捉えている。元々、王妃となる可能性があった令嬢ならなおさら。
大国クラウン王国を統べる国王カルロスは、絶対的な存在として君臨している。その為、国王の意思は深く尊重される。逆らう者はいない。
クラウン王家に存在する〈後宮〉には、側妃ベリンダだけが召し上げられている。他の側妃も妾妃も存在しない。
国王カルロス画寵愛しているのは側妃ベリンダだけ。後々、世継ぎを孕む可能性も秘めている彼女は貴重な存在。
それは王妃となる王女アリーヤにもいえることだが、今のところ王妃アリーヤが寵愛される可能性は低い。
そう見る家臣達は、側妃ベリンダこそが〈後宮〉の女主人だと囁き合う。
◇
今日は、クラウン王家に『王妃』を迎える大切な日。
遠路はるばる輿入れの為に道中を旅した王女アリーヤ。実はかなり疲労困憊。ただ、それは別の案件によるところが大きい。
到着を告げられる王女アリーヤ。
馬車の窓から外の様子をそっと伺う。意外にも多くの出迎えの人々には驚く。
ひときわ偉才を放つのが国王だとすぐにわかる。おまけに傍らには妾妃らしき艶かしい美姫まで侍らせている。不思議と、そのことに驚かない王女アリーヤ。
婚儀では永遠の愛を誓いながら、多くの国では「側妃制度」を設けている。万が一、王妃に御子が授かれなかった場合に備えての「側妃制度」。今では国王の欲情を満たす為の〈後宮〉として機能しているとか。
(……不道徳だわ……)
深く吐息を吐きながら、今の王女アリーヤに正直なところ都合が良い。
「国王陛下に寵愛するお方が存在するなら、私のことはそっとしておいてくれるわよね? 私にはその方が有り難いわ」
誰に聞かせるわけでもなく吐露する。
(私には無理だわ。愛してもいない殿方を受け入れることはできない。私が愛するのはあの方だけ……彼以外は愛せない。願いが叶うのなら、もう一度だけでも貴方に逢いたい。逢いたくて堪らない……)
王女アリーヤの切実な想い。心から秘めた願い。
◇
今回の大国アメジスト王国からの王家の姫の輿入れ。相応の敬意を払うのは当然。多数の宮殿仕えの者達が出迎えるのも当然。クラウン王国の威信にもかかわる。
豪奢な黒檀色の馬車の扉が開けられ、王女アリーヤが降り立つ。足音一つ立てずに優雅に降り立つ様は、さすがは一国の王女。
皆の目が一斉に王女アリーヤへと注がれる。
だが、ベールで隠されているせいで容貌はわからない。ただ、見るからに華奢な様子と長く伸ばされた濡羽色の髪が印象的。国王カルロスから事前に贈られた豪奢な金色の婚礼衣装を見に纏うせいで、煌々しい輝きさえ放っている。
不意に、一陣の風が吹き抜ける。
王女アリーヤのベールがふわりと風に靡く。
その刹那、幼さの残る美しい顔立ちが露わになり、艶めく紫水晶の瞳が国王カルロスの視線と重なる。すぐに視線を逸らす王女アリーヤとは違い、国王カルロスは見つめたまま微動だにしない。
急いでベールを元に戻す王女アリーヤ。
一方、国王カルロスは初めて目にする王女アリーヤの無垢な美しさに釘付け。
一瞬にして心を奪われ、思わず息を呑む。
「これは美しい。清らかで美しい余の姫……」
感嘆の溜息を漏らす。
傍らには不快そうに顔を歪める側妃ベリンダには目もくれず、国王カルロスの視線は王女アリーヤを見捉えたまま。
挙句、笑みさえ浮かべる国王カルロス。
『人はいつの間にか恋に落ちる』
国王カルロスには、それが今訪れる。
先に動いたのは国王カルロス。馬車から降り立つ王女アリーヤの手を自ら引き寄せる。
「ようこそ参られた王女殿下。長旅で疲れているであろうが、この後には婚儀が控えている。余が大聖堂まで共に参ろう。清らかで美しい余の王妃……なんとも愛らしい」
美しい笑みさえ湛える国王カルロス。たじろぐ王女アリーヤには構わず、その折れそうな程に細い腰を抱く。
「さぁ、参ろう」
優しい声音。王女アリーヤを強引に連れ出す国王カルロスは、婚儀を執り行う大聖堂を目指す。
その様子を驚愕の眼で見つめる側妃ベリンダは怒りで叫ぶ。
「カルロス! いったいどうしたというの! 待ちなさい!」
喚く側妃ベリンダ。憤怒に顔が歪む。
王女アリーヤの手を握り、歩みを止めない国王カルロス。清らかな美しさを湛える王女アリーヤしか見えていない。
側妃ベリンダの声は遠ざかるばかり。
寵愛する側妃ベリンダを置き去りにし、王女アリーヤを優先させる国王カルロス。
思わず唖然とする臣下達がいる。
957
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
心の中にあなたはいない
ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。
一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
全てがどうでもよくなった私は理想郷へ旅立つ
霜月満月
恋愛
「ああ、やっぱりあなたはまたそうして私を責めるのね‥‥」
ジュリア・タリアヴィーニは公爵令嬢。そして、婚約者は自国の王太子。
でも私が殿下と結婚することはない。だってあなたは他の人を選んだのだもの。『前』と変わらず━━
これはとある能力を持つ一族に産まれた令嬢と自身に掛けられた封印に縛られる王太子の遠回りな物語。
※なろう様で投稿済みの作品です。
※画像はジュリアの婚約披露の時のイメージです。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる