11 / 50
王城編
10.王城入りと高貴な貴人の正体
しおりを挟む
宝玉の寄り道により、すっかり日も暮れだした夕暮れ時。王城の裏門を一台の輿車が通過する。
先に輿車から降り立つ高貴な人。
「さぁ、着いたぞ。宝玉。今日からおまえはここで暮らすことになる。覚悟は良いな?」
そう告げれば、輿車の中へと手を差し伸べ、自ら出ようとする宝玉の手を掴み、そのまま抱き上げる。宝玉の艶やかな濡羽色の髪がふわりと靡き、高貴な貴人の鼻腔をくすぐる。
「余が抱いて行こう」
「炫様、自分で歩けます。すぐに抱き上げるのはやめてください。赤子ではあるまいし……」
「おまえは赤子のようなものだ。田舎育ちで何ものにも染まっていない。それに真綿のように軽い。風に攫われないとも限らない。大事なおまえを他の者に見せない為にも余が抱いて行くのが一番だ」
「どうして炫様が抱いていくのです。文官様はそこまでするのですか?」
「普通はしない。だが、そもそもおまえは後宮妃がどのような存在なのか? 根本的にわかっていないのが問題だ」
「それぐらいわかっておりますよ。暁明様が教えてくれましたから……後宮妃は皇帝陛下のお妃様でしょう?」
「そうだ。皇帝のものである妃が皇帝以外の男といることは許されないということだ。ましてや、輿車のような狭い空間に二人で乗り合わせるなど言語道断。こうして抱きかかえられていることも断じて許されない」
「……っ?!」
「もし……万が一にもこの事が皇帝の耳に入れば、おまえは即刻捕縛される。挙句、不貞の罪で裁かれることにもなりかねない」
「……えっ? えっ、ええーっ!」
ようやく事態を把握し始めた宝玉。
「じゃあ、文官の炫様が裁かれてしまうのですか?」
「余だけではない。宝玉、おまえもだ。皇帝を侮辱し、不貞を犯した罪で軽くても流刑。重くて極刑だ」
「極刑っ?!」
すかさず高貴な貴人が首を斬られるそぶりをしてみせる。
「我が君。あまり宝玉様を驚かすのはおやめください。ご覧ください。宝玉様が震えておられます」
「なに……宝玉にはこれぐらい言わなければ伝わらない。自分が誰のものであるのかを認識させる必要がある」
高貴な貴人には、あまりにも無防備な宝玉にわからせたい思いと妬き心から出た戒めの言葉だった。
「我が君もお人が悪い。もうそろそろ、本当のことをお伝えした方が良いのではないでしょうか?」
「武偉……これは、あくまでもお忍びだ。それに余が自ら妃となる娘を召し上げに行ったことが公になれば、他の後宮妃が面倒だ。何より、文官でいる方が宝玉も畏まらずに済む」
皇帝・王炫にしても、今回の道中は有意義な時間を過ごせたのだ。王城に戻れば“偉大な皇帝・王炫”でいなければならない。
息をつく暇もない。
“そうでない己れ”でいられた時間が楽しかったのも確か。
それは全て宝玉のおかげだ……と皇帝・王炫は思う。
◇
田舎育ちの宝玉は都の貴公子は愚か、男というものに慣れてはいない。純真純朴。それにもかかわらず、こうして高貴な貴人に抱きかかえられていながら顔を赤らめることもない。
そのことを道中に尋ねれば。
「見た目が綺麗だから、とても異性とは思えません。美しい姐さんを相手にしている感じです」
それはそれで少々残念な気持ちにさせられる高貴な貴人。
近臣の張武偉は「我が君は前途多難ですね」と大笑い。
――だが、これから愛でていけば良い。育てていけば良い。
高貴な貴人の想いはブレない。
さて。
この重大さに気付き、青ざめている宝玉だが、実はその顔にはベールが掛けられているせいで見えない。
皇帝の居城へと降り立った以上、皇帝以外に顔を見せることは憚られる為だ。
だが、高貴な貴人の本音は別にある。
他の後宮妃への配慮ももちろんあるが、美しい宝玉の花の顔を己以外の者に見せたくはないのだ。
過去に、己が見つけた“珠玉の玉”。
悲惨な状況でも必死に生きようとする小さな蕾に心惹かれた。
黒曜石の瞳の奥には困難をも生き抜く気概を見た。
ーーこの娘は、いずれ美しい大華へと花開く。
そう確信した。
だから、どこにいても本人だとわかるように指輪という徴を贈った。「己のもの」だと印を付けた。
ーー宝玉は、私だとわかってはいないが……。
兜をかぶり、血と汗と埃にまみれていた武人姿の王炫と、今の神々しい皇帝衣を纏う皇帝・王炫とでは見るからに様子が違う。
先ほどの城外までは、ただの宝玉だから素顔を許し、思う存分に食べ歩きをさせたが、今からは後宮妃の宝玉となる。
ーー美しい宝玉の花の顔をあまり晒したくはない.
それが皇帝・王炫の本音。
「では、宝玉……余が自ら連れて行ってやろう」
だが、ここで声音が響く。
待ち構えていた後宮の女官長が口を出したのだ。
「……なりません、皇帝陛下! 皇帝ともあろうお方が自ら後宮妃を抱いて入宮などはあり得ませぬ。他の後宮妃の皆様方にも示しがつきません。あとはこの私がお引き受けいたします」
うん? と宝玉が自分を抱く高貴な貴人の顔を見上げる。
「えっ? 皇帝陛下……炫様が? えっ、ええっー!!」
ここに来て、ようやく高貴な貴人「炫様」の正体を知る宝玉。
意外と鈍感。いや、かなりの天然。
先に輿車から降り立つ高貴な人。
「さぁ、着いたぞ。宝玉。今日からおまえはここで暮らすことになる。覚悟は良いな?」
そう告げれば、輿車の中へと手を差し伸べ、自ら出ようとする宝玉の手を掴み、そのまま抱き上げる。宝玉の艶やかな濡羽色の髪がふわりと靡き、高貴な貴人の鼻腔をくすぐる。
「余が抱いて行こう」
「炫様、自分で歩けます。すぐに抱き上げるのはやめてください。赤子ではあるまいし……」
「おまえは赤子のようなものだ。田舎育ちで何ものにも染まっていない。それに真綿のように軽い。風に攫われないとも限らない。大事なおまえを他の者に見せない為にも余が抱いて行くのが一番だ」
「どうして炫様が抱いていくのです。文官様はそこまでするのですか?」
「普通はしない。だが、そもそもおまえは後宮妃がどのような存在なのか? 根本的にわかっていないのが問題だ」
「それぐらいわかっておりますよ。暁明様が教えてくれましたから……後宮妃は皇帝陛下のお妃様でしょう?」
「そうだ。皇帝のものである妃が皇帝以外の男といることは許されないということだ。ましてや、輿車のような狭い空間に二人で乗り合わせるなど言語道断。こうして抱きかかえられていることも断じて許されない」
「……っ?!」
「もし……万が一にもこの事が皇帝の耳に入れば、おまえは即刻捕縛される。挙句、不貞の罪で裁かれることにもなりかねない」
「……えっ? えっ、ええーっ!」
ようやく事態を把握し始めた宝玉。
「じゃあ、文官の炫様が裁かれてしまうのですか?」
「余だけではない。宝玉、おまえもだ。皇帝を侮辱し、不貞を犯した罪で軽くても流刑。重くて極刑だ」
「極刑っ?!」
すかさず高貴な貴人が首を斬られるそぶりをしてみせる。
「我が君。あまり宝玉様を驚かすのはおやめください。ご覧ください。宝玉様が震えておられます」
「なに……宝玉にはこれぐらい言わなければ伝わらない。自分が誰のものであるのかを認識させる必要がある」
高貴な貴人には、あまりにも無防備な宝玉にわからせたい思いと妬き心から出た戒めの言葉だった。
「我が君もお人が悪い。もうそろそろ、本当のことをお伝えした方が良いのではないでしょうか?」
「武偉……これは、あくまでもお忍びだ。それに余が自ら妃となる娘を召し上げに行ったことが公になれば、他の後宮妃が面倒だ。何より、文官でいる方が宝玉も畏まらずに済む」
皇帝・王炫にしても、今回の道中は有意義な時間を過ごせたのだ。王城に戻れば“偉大な皇帝・王炫”でいなければならない。
息をつく暇もない。
“そうでない己れ”でいられた時間が楽しかったのも確か。
それは全て宝玉のおかげだ……と皇帝・王炫は思う。
◇
田舎育ちの宝玉は都の貴公子は愚か、男というものに慣れてはいない。純真純朴。それにもかかわらず、こうして高貴な貴人に抱きかかえられていながら顔を赤らめることもない。
そのことを道中に尋ねれば。
「見た目が綺麗だから、とても異性とは思えません。美しい姐さんを相手にしている感じです」
それはそれで少々残念な気持ちにさせられる高貴な貴人。
近臣の張武偉は「我が君は前途多難ですね」と大笑い。
――だが、これから愛でていけば良い。育てていけば良い。
高貴な貴人の想いはブレない。
さて。
この重大さに気付き、青ざめている宝玉だが、実はその顔にはベールが掛けられているせいで見えない。
皇帝の居城へと降り立った以上、皇帝以外に顔を見せることは憚られる為だ。
だが、高貴な貴人の本音は別にある。
他の後宮妃への配慮ももちろんあるが、美しい宝玉の花の顔を己以外の者に見せたくはないのだ。
過去に、己が見つけた“珠玉の玉”。
悲惨な状況でも必死に生きようとする小さな蕾に心惹かれた。
黒曜石の瞳の奥には困難をも生き抜く気概を見た。
ーーこの娘は、いずれ美しい大華へと花開く。
そう確信した。
だから、どこにいても本人だとわかるように指輪という徴を贈った。「己のもの」だと印を付けた。
ーー宝玉は、私だとわかってはいないが……。
兜をかぶり、血と汗と埃にまみれていた武人姿の王炫と、今の神々しい皇帝衣を纏う皇帝・王炫とでは見るからに様子が違う。
先ほどの城外までは、ただの宝玉だから素顔を許し、思う存分に食べ歩きをさせたが、今からは後宮妃の宝玉となる。
ーー美しい宝玉の花の顔をあまり晒したくはない.
それが皇帝・王炫の本音。
「では、宝玉……余が自ら連れて行ってやろう」
だが、ここで声音が響く。
待ち構えていた後宮の女官長が口を出したのだ。
「……なりません、皇帝陛下! 皇帝ともあろうお方が自ら後宮妃を抱いて入宮などはあり得ませぬ。他の後宮妃の皆様方にも示しがつきません。あとはこの私がお引き受けいたします」
うん? と宝玉が自分を抱く高貴な貴人の顔を見上げる。
「えっ? 皇帝陛下……炫様が? えっ、ええっー!!」
ここに来て、ようやく高貴な貴人「炫様」の正体を知る宝玉。
意外と鈍感。いや、かなりの天然。
151
あなたにおすすめの小説
愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?
四折 柊
恋愛
公爵令嬢ジョゼフィーヌには好きな人がいた。その人は隣国の王子様リック。ジョゼフィーヌはリックと結婚したくて努力をしてきた。そして十六歳になり立派な淑女になれたと自信を得たジョゼフィーヌは、リックにプロポーズをしようとした。ところが彼に婚約者がいたことが発覚し悲しみに暮れる。今まで確認しなかった自分も悪いが、なぜかリックも家族もそのことを教えてくれなかった。そんなときジョゼフィーヌに婚約の打診が来た。その相手は自国のアルバン王太子殿下。断りたいが王命が下り仕方なく受け入れた。それなのに、ある日夜会でアルバンが可憐な令嬢に一目惚れをした。その後、アルバンはその令嬢を側室にしたいと望んだので、お互いのために婚約を解消したいと申し出たが拒絶されて……。ジョゼフィーヌの未来はどうなるのか?!
子供のままの婚約者が子供を作ったようです
夏見颯一
恋愛
公爵令嬢であるヒルダの婚約者であるエリックは、ヒルダに嫌がらせばかりしている。
嫌がらせには悪意しか感じられないのだが、年下のヒルダの方がずっと我慢を強いられていた。
「エリックは子供だから」
成人済みのエリックに、ヒルダの両親もエリックの両親もとても甘かった。
昔からエリックのやんちゃな所が親達には微笑ましかったらしい。
でも、エリックは成人済みです。
いつまで子供扱いするつもりですか?
一方の私は嫌がらせで寒い中長時間待たされたり、ご飯を食べられなかったり……。
本当にどうしたものかと悩ませていると友人が、
「あいつはきっと何かやらかすだろうね」
その言葉を胸に、私が我慢し続けた結果。
エリックは子供を作りました。
流石に目が覚めた両親とヒルダは、エリックと婚約破棄するも、今まで甘やかされたエリックは本当にしつこい。
ねえエリック、知ってる?
「私にはもっと相応しい人がいるのよ?」
非常識な婚約者に悩まされていたヒルダが、穏やかな結婚をするまでの物語。
一年だけの夫婦でも私は幸せでした。
クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。
フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。
フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。
更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます
nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。
アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。
全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる