田舎娘は後宮妃になりました。

ゆきむらさり

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王城編

10.王城入りと高貴な貴人の正体

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 宝玉の寄り道により、すっかり日も暮れだした夕暮れ時。王城の裏門を一台の輿車が通過する。

 先に輿車から降り立つ高貴な人。

「さぁ、着いたぞ。宝玉。今日からおまえはここで暮らすことになる。覚悟は良いな?」

 そう告げれば、輿車の中へと手を差し伸べ、自ら出ようとする宝玉の手を掴み、そのまま抱き上げる。宝玉の艶やかな濡羽色の髪がふわりと靡き、高貴な貴人の鼻腔をくすぐる。

「余が抱いて行こう」

「炫様、自分で歩けます。すぐに抱き上げるのはやめてください。赤子ではあるまいし……」

「おまえは赤子のようなものだ。田舎育ちで何ものにも染まっていない。それに真綿のように軽い。風に攫われないとも限らない。大事なおまえを他の者に見せない為にも余が抱いて行くのが一番だ」

「どうして炫様が抱いていくのです。文官様はそこまでするのですか?」

「普通はしない。だが、そもそもおまえは後宮妃がどのような存在なのか? 根本的にわかっていないのが問題だ」

「それぐらいわかっておりますよ。暁明様が教えてくれましたから……後宮妃は皇帝陛下のお妃様でしょう?」

「そうだ。皇帝のものである妃が皇帝以外の男といることは許されないということだ。ましてや、輿車のような狭い空間に二人で乗り合わせるなど言語道断。こうして抱きかかえられていることも断じて許されない」

「……っ?!」

「もし……万が一にもこの事が皇帝の耳に入れば、おまえは即刻捕縛される。挙句、不貞の罪で裁かれることにもなりかねない」

「……えっ? えっ、ええーっ!」

 ようやく事態を把握し始めた宝玉。

「じゃあ、文官の炫様が裁かれてしまうのですか?」

「余だけではない。宝玉、おまえもだ。皇帝を侮辱し、不貞を犯した罪で軽くても流刑。重くて極刑だ」

「極刑っ?!」

 すかさず高貴な貴人が首を斬られるそぶりをしてみせる。

「我が君。あまり宝玉様を驚かすのはおやめください。ご覧ください。宝玉様が震えておられます」

「なに……宝玉にはこれぐらい言わなければ伝わらない。自分がを認識させる必要がある」

 高貴な貴人には、あまりにも無防備な宝玉にわからせたい思いと妬き心から出た戒めの言葉だった。

「我が君もお人が悪い。もうそろそろ、本当のことをお伝えした方が良いのではないでしょうか?」

「武偉……これは、あくまでもお忍びだ。それに余が自ら妃となる娘を召し上げに行ったことが公になれば、他の後宮妃が面倒だ。何より、文官でいる方が宝玉も畏まらずに済む」

 皇帝・王炫にしても、今回の道中は有意義な時間を過ごせたのだ。王城に戻れば“偉大な皇帝・王炫”でいなければならない。

 息をつく暇もない。

 “そうでない己れ”でいられた時間が楽しかったのも確か。

 それは全て宝玉のおかげだ……と思う。


 ◇


 田舎育ちの宝玉は都の貴公子は愚か、男というものに慣れてはいない。純真純朴。それにもかかわらず、こうして高貴な貴人に抱きかかえられていながら顔を赤らめることもない。

 そのことを道中に尋ねれば。

「見た目が綺麗だから、とても異性とは思えません。美しい姐さんを相手にしている感じです」

 それはそれで少々残念な気持ちにさせられる高貴な貴人。

 近臣の張武偉は「我が君は前途多難ですね」と大笑い。

 ――だが、これから愛でていけば良い。育てていけば良い。

 高貴な貴人の想いはブレない。


 さて。

 この重大さに気付き、青ざめている宝玉だが、実はその顔にはベールが掛けられているせいで見えない。

 皇帝の居城へと降り立った以上、皇帝以外に顔を見せることは憚られる為だ。

 だが、高貴な貴人の本音は別にある。

 他の後宮妃への配慮ももちろんあるが、美しい宝玉の花のかんばせを己以外の者に見せたくはないのだ。


 過去に、己が見つけた“珠玉の玉”。

 悲惨な状況でも必死に生きようとする小さな蕾に心惹かれた。

 黒曜石の瞳の奥には困難をも生き抜く気概を見た。

 ーーこの娘は、いずれ美しい大華へと花開く。

 そう確信した。

 だから、どこにいても本人だとわかるように指輪というしるしを贈った。「己のもの」だと印を付けた。

 ーー宝玉は、私だとわかってはいないが……。

 兜をかぶり、血と汗と埃にまみれていた武人姿の王炫と、今の神々しい皇帝衣を纏う皇帝・王炫とでは見るからに様子が違う。

 先ほどの城外までは、ただの宝玉だから素顔を許し、思う存分に食べ歩きをさせたが、今からは後宮妃の宝玉となる。

 ーー美しい宝玉の花のかんばせをあまり晒したくはない.

 それが皇帝・王炫の本音。

「では、宝玉……余が自ら連れて行ってやろう」

 だが、ここで声音が響く。

 待ち構えていた後宮の女官長が口を出したのだ。

「……なりません、皇帝陛下! 皇帝ともあろうお方が自ら後宮妃を抱いて入宮などはあり得ませぬ。他の後宮妃の皆様方にも示しがつきません。あとはこの私がお引き受けいたします」

 うん? と宝玉が自分を抱く高貴な貴人の顔を見上げる。

「えっ? 皇帝陛下……炫様が? えっ、ええっー!!」

 ここに来て、ようやく高貴な貴人「炫様」の正体を知る宝玉。

 意外と鈍感。いや、かなりの天然。
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