田舎娘は後宮妃になりました。

ゆきむらさり

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後宮編②

22.墨事件と怯える侍女 麗香side

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 皇帝・王炫が不届者と会う少し前へと遡る。

 宝玉へと墨を被せた不届者が、己の侍女であったことには、やはり落胆の色を隠せない後宮妃・麗香。

 だが、生来より気丈な質の彼女。

 そこで終わらないのが彼女の優れたところでもあり、持ち味かもしれない。

 曲がりなりにも自分に仕えている側仕えや侍女たちだからこそ、後宮妃・麗香は思う。

「危険を犯してまで不敬行為をするのだから、そこには何かしらの理由が存在するのでは?」と。


 ◇


 まずは、今回の宝玉への不敬行為を《墨事件》と前置きする。

 表向きは“侍女”として仕える宝玉。

 だが、蓋を開ければ皇帝王炫の寵妃となる稀な娘。その宝玉への不敬行為の究明を皇帝・王炫から一任されている後宮妃・麗香。

 奇しくも、それは弟である王炫が、姉の麗香を信頼しているからこその判断。

 彼女は物事を公平にみる賢明な女性。だから、目に見える事実だけに捉われない。

 《墨事件》に関わったと思われる侍女を呼び付けながらも開口一番、責めることはしない後宮妃・麗香は、「まずは事情を聞くことにしましょう」とくだんの件の侍女を招く。

 ちょうどそこへと現れたのが女官長。

公主ひめ様……くだんの件の侍女をお連れしました」

 女官長に伴われて現れた侍女は俯いたまま、一向にこちらを見ようとはしない。

 ーーあらあら、身に覚えがあると言っているようなものね。

 後宮妃・麗香がじっと見つめれば、「もっ、申し訳ございません!」と即座にひれ伏す侍女。

 罰せられる恐怖ゆえなのか、おのずとカタカタと震え出す侍女の細い肩。次第に激しくなる震えが痛ましい。

「その様子なら……私に呼び出された理由は、すでに承知していることでしょう。そう怯えないで……ここであなたを裁くつもりはありません。まずは事に及んだ経緯を話してもらえないかしら?」

 それでも侍女の震えは止まらない。
 
 ふーっと深く息をつく後宮妃・麗香は、そのまま先を続ける。

「あなたの爪には墨が付いているわね? 私の墨彩画の手伝いをしてくれているあなたなら、己の手指が墨で汚れていようとも特におかしなことではないわ。そうでしょう? ただ……」

 刹那、侍女の体がビクッと震える。

「あなたは真面目で几帳面だから、いつもは必ず汚れを落としている。汚れた手のままで私に仕えることはしない。公主である私へと敬意を払ってくれているからだと思っているわ。あなたは常に身なりを正している。それなのに今回は墨が付いたままでも平然と私に仕え、ましてや雲隠れするわけでもない。それはどうしてなのかしら? 何かよほどの事情でもあるとしか思えないわ」

 そして後宮妃・麗香は「……面を上げなさい」と侍女へと告げる。だが、震える侍女は未だにひれ伏したまま。

「松脂入りの墨なら水では容易には落とせない。しかも爪の間にまで入り込んでいるなら尚更だわ。今回の件ではあなたがことは分かっているのよ?」

「公主様! どうか、お赦しください……どうか、どうか! ひらにご容赦をー……」

 何度も何度も額を床へと擦り付ける侍女。

 やがて、彼女の額が赤く染まりだす。それでも必死に赦しを乞う。その差し迫った侍女の様子から何かを察する後宮妃・麗香。

「あなたはこれまでのところ、私へと真面目に仕えてくれている。そのあなただからこそ何か事情があると思っているのよ」

 その言葉に反応するかのように、侍女の震えが一瞬止まる。

 ーー何かあるのは確かね? 性根は優しく真面目な彼女が他人ひとを貶める行為に及ぶはずがない。

 だから、後宮妃・麗香は思い切って聞く。

「何か困り事があるなら躊躇わずに話して欲しいの。私があなたの助けになるわ」

 椅子からゆっくりと立ち上がる後宮妃・麗香は、ひれ伏す侍女の側まで行き、再度柔らかい声音で言葉をかける。

「何も心配する必要はないのよ。私は主人としてあなたたちを守る義務があると思っているわ。だから……」

 こうして震える侍女を宥めるようにやんわりと問いただし、侍女の口から直接事情を聞き出している後宮妃・麗香がいる。


 ◇


 侍女の「止むに止まれぬ事情」を聞き出している後宮妃・麗香は、その件について皇帝・王炫に助力を求めることにする。

 まずは、侍女の身の安全を確保する為に、光王城の地下に造られた〈地牢〉へとあえて侍女を入牢させる。

 帝家が管轄する「秘密の地下牢」とも呼ばれる〈地牢〉なら、よそ者は容易に入れない。

 そこへと実弟である皇帝・王炫を案内する後宮妃・麗香。侍女を牢獄に留め置く理由を説明する。

「炫……私の侍女は脅されているのよ。だから、止むを得ず宝玉ちゃんへの暴挙に加担したの。実はね……彼女の年の離れた妹が人質に取られているの。まずは、その子を救い出して欲しいの。真の不届者を捕えるのはそれからよ」

 皇帝王炫の密命を受けた近臣の張武偉が動き、速やかに囚われていた侍女の妹を助けだす。

 皇帝王炫の“護り刀”としても存在する彼には造作もないこと。邪魔する者は容赦なく斬り捨てる非情さをも持ち合わせている。

 それが近衛の長である武人の張武偉というおとこ


 さて。

 序列のない〈後宮〉とはいえ、後宮妃同士では互いに牽制し、自ずと序列を作っている。特に目立つのが“後宮の三妃”。

 その中の一人の仕業だ。
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