田舎娘は後宮妃になりました。

ゆきむらさり

文字の大きさ
37 / 50
後宮妃・二の妃と林家編②

35.皇帝の想いと欲深い林家当主

しおりを挟む
 元後宮妃・“三の妃”の生家である林家。

 その林家の当主からの「後宮妃の娘を退宮させたい」との申し出には、あえては応えない皇帝・王炫。

 案の定、何度も催促の封書が届けられる。

「……何様のつもりだ? 武偉、燃やせ」

 側に控える近臣の張武偉へと放り投げる。

「皇帝陛下……中身を拝見してもよろしいでしょうか?」

「構わない。好きに見るが良い」

「どうやら……林家のご当主は身の程をわきまえておられないようですね。しまいには皇帝陛下との謁見を求めておられるとは……」

 やれやれ……と失笑する近臣の張武偉。

 彼が失笑するのも当然。


 ◇


 そもそも、後宮妃として入宮した以上、余程の理由がない限りは退宮は許されない。それに後宮妃の身の振り方を決めるのは皇帝であって臣下ではない。

 挙句、上から物言う形で皇帝・王炫に謁見を乞う林家の当主。容易に応じてもらえると思っているあたり厚かましい。

「どうやら、未だに過去の栄光に縋っているようだ。高官であったのは過去の話。今や一介の役人に過ぎないものを……」

「林家のご当主は皇帝陛下からの温情をお忘れのようですね?」

 近臣の張武偉が告げる通り、林家の当主は自分が帝位簒奪をした現皇帝・王炫の先代である皇帝・昭耀に仕えていた咎人であることを忘れているようだ。

 一介の役人とはいえ、林家が今の地位にいられるのも、これ以上の争いを好まない皇帝・王炫の温情によるものだ。

「過ぎたる野心は身を滅ぼすことになると……余はそう告げていたはずだが?」

「皇帝陛下、畏れながら申し上げれば……林家のご当主はぬるま湯に漬かるあまり、過去の行為を忘れ、再びの栄光欲しさに欲望のみが膨れ上がるのでしょう」

「元々、娘二人を〈後宮〉へと入宮させたいと願い出たのは林家の当主自身。それを手前勝手に退宮させたいだと? 烏滸がましいにもほどがある」

 皇帝・王炫は言い放つ。


 ◇


 過去において「二人の娘を入宮させたい」と願い出た林家の当主に、皇帝・王炫は苦言を呈している。

「林家の当主よ、誠に良いのか? 〈後宮〉に入宮したからといい、誰しもが寵愛を授かれるわけではない」

 この時、すでに皇帝・王炫には望む娘が存在していた為に、娘の後宮入りを望む全ての臣下へと同じような言葉をかけている。

 林家も然り。

 それでも引かない林家の当主は、己の欲望の方が先に立つようだ。人の欲には飽きがないから恐ろしい。

「当家の二人の娘の美しさを見れば、皇帝陛下のお心も動くかもしれません。是非ともご検討ください」

 平然と言い切る。

 臣下との諍いを望まないまでも皇帝・王炫も非情ではない。後宮入りして後悔するよりは先にほのめかし、諦めるならそれも良し。

 一夜の恩寵は与えても、寵愛を授ける気もない相手を嬉々として受け取る気もない。

 皇帝・王炫が欲しいのは、泥の中でも倒れない野に咲く花。

 その生命の輝きに惹かれた己を誇りにさえ思う。

 ーー『宝玉』という珠玉の宝を、健気な野の花を……必ずや手に入れてみせる。

 それを己の手で大華へと咲かせることを心待ちにしているぐらいだ。ゆえに、どのような後宮妃にも心動かされることはない。

 だからこそ、あくまでも相手方が「そう望んだから……」でなければならない。そうでなければ角が立つ。

 何より、生粋の武人気質の皇帝・王炫は、色香に溺れるよりも剣技を磨く方を好む。好む相手との睦み事は別として。

 世継ぎをもうける場所と言いながら、色欲の吐き出し場所とも言われる後宮自体が、彼には無用の長物と化している。

 古来から存続する〈後宮〉ゆえに残っているだけの話だ。

「貴公の自慢の娘なら尚更だ。容姿の優れた娘二人を無駄にする可能性もある。〈後宮〉へと入宮すれば籠の鳥も同然。若い娘なら当然のように得られる人並みの幸せを逃すことにもなりかねない。寵愛を得られずに花の盛りを過ぎるよりは、同程度の家門に嫁ぐ方が娘たちには良いのではないのか?」

「いえいえ、我が娘たちなら喜んで後宮入りを受け入れます。そして皇帝陛下のご期待に必ずや応えることでしょう」

 不遜な笑みさえ浮かべる林家の当主。

 寵愛を授かれる方に賭けていたのだろう。


 ◇


 皇帝・王炫には林家の次女・美玉を林家に返すつもりはない。

 すでに後宮妃・“三の妃”は後宮妃の身分を返上し、今では宝玉付きの宮女・美玉としてのだ。

 墨事件のことも公にされていない以上、林家の当主が言う「愚かな行為を犯した娘」は存在しない。

 彼の世迷いごとでしかない。

「相手にする必要はない。放っておけ」

 畏まりました……と一礼をする近臣の張武偉は、侍従に申し付け、林家からの封書は取り次がないように指示する。

「それよりも皇帝陛下……今宵も〈温宮〉住まいの宝玉様の元には会いに行かれないのですか?」

 微笑する近臣の張武偉へと人目で睨みする皇帝・王炫。

「武偉……お前も人が悪い。あれは余の心を翻弄する天才だ。毎晩のように宮女と眠り、さすがに深夜に忍んでは行けない。さて、どうしたものか? 〈帝宮〉へと攫ってくるか……」

 冗談とも本気とも取れる発言をする皇帝・王炫。

 だが、事態は意外な方へと動く。

 〈温宮〉住まいの宝玉と宮女・美玉のもとへと密かに訪れた“二の妃”が、生家からの催促により義妹を貶める行動に出たのだ。

 巻き添えを食らった宝玉がいる。

しおりを挟む
感想 217

あなたにおすすめの小説

愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?

四折 柊
恋愛
公爵令嬢ジョゼフィーヌには好きな人がいた。その人は隣国の王子様リック。ジョゼフィーヌはリックと結婚したくて努力をしてきた。そして十六歳になり立派な淑女になれたと自信を得たジョゼフィーヌは、リックにプロポーズをしようとした。ところが彼に婚約者がいたことが発覚し悲しみに暮れる。今まで確認しなかった自分も悪いが、なぜかリックも家族もそのことを教えてくれなかった。そんなときジョゼフィーヌに婚約の打診が来た。その相手は自国のアルバン王太子殿下。断りたいが王命が下り仕方なく受け入れた。それなのに、ある日夜会でアルバンが可憐な令嬢に一目惚れをした。その後、アルバンはその令嬢を側室にしたいと望んだので、お互いのために婚約を解消したいと申し出たが拒絶されて……。ジョゼフィーヌの未来はどうなるのか?!

子供のままの婚約者が子供を作ったようです

夏見颯一
恋愛
公爵令嬢であるヒルダの婚約者であるエリックは、ヒルダに嫌がらせばかりしている。 嫌がらせには悪意しか感じられないのだが、年下のヒルダの方がずっと我慢を強いられていた。 「エリックは子供だから」 成人済みのエリックに、ヒルダの両親もエリックの両親もとても甘かった。 昔からエリックのやんちゃな所が親達には微笑ましかったらしい。 でも、エリックは成人済みです。 いつまで子供扱いするつもりですか? 一方の私は嫌がらせで寒い中長時間待たされたり、ご飯を食べられなかったり……。 本当にどうしたものかと悩ませていると友人が、 「あいつはきっと何かやらかすだろうね」 その言葉を胸に、私が我慢し続けた結果。 エリックは子供を作りました。 流石に目が覚めた両親とヒルダは、エリックと婚約破棄するも、今まで甘やかされたエリックは本当にしつこい。 ねえエリック、知ってる? 「私にはもっと相応しい人がいるのよ?」 非常識な婚約者に悩まされていたヒルダが、穏やかな結婚をするまでの物語。

一年だけの夫婦でも私は幸せでした。

クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。 フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。 フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。 更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。 アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。 全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

処理中です...