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〈閑話〉翻弄される林家の女たち 二の妃side
34.優しい側女と荒む実母
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後宮妃・“二の妃”こと氷翠の子ども時代。
当時、自分が一人っ子だったこともあり、義妹とはいえ姉妹ができることが嬉しかった氷翠がいる。
加えて、義妹・美玉の母である側女にも好意を抱いていた。
それほどに側女は優しい女性だったのだ。
◇
林家の当主である父の側女となった女性の名は美玲。
貧しい生まれの彼女は人買いに売られ、そして林家の下女として買われ、衣食住は提供される代わりにタダ働き。
それでも過去の「生きるか死ぬか」の貧しい暮らしを思えば、生きる為の最低限の生活は保障されているのだ。
貧しいがゆえに売られた美玲は、生きていられる今に感謝し、自分を売った父を恨むこともない。
全ては戦により荒れた世の中と、それにより蔓延した流行病が悪いのだ。誰が悪いわけでもない。
――だから、誰も恨まない。感謝しなければバチが当たるわ。
常に無償労働を強いられながらもスレた所はなく、懸命に生きていた下女の美玲。
美しい顔は目立たないように煤で汚し、決して素顔をさらさない美玲。だが、偶然にも水浴びをする姿を林家の当主に見つかり、そのまま手籠めにされ、やがて子を孕む。
下女には、主人である当主が絶対的な存在。
林家の当主の粗暴さにも嘆くこともなく、腹に宿した小さな命の煌めきを愛おしそうに見つめる母となる側女・美玲
柔らかな物腰が物語るように、優しく愛情深い女性。
当家の嫡女である氷翠にも優しく、手先の器用な側女・美玲は手巾に刺繍まで施してくれるのだ。
新緑の若葉に集う鴛鴦の姿の刺繍が施された手巾は、側女・美玲からの贈り物。
――私の宝物。
嬉しそうに笑顔を見せる氷翠は、いつかの自分の幸せな未来を夢に見る。
嫁ぐ相手の殿方には愛されたい……と。
我が子を抱きしめることをしない父母に代わり、そっと抱きしめてくれる側女・美玲。それが氷翠には心から嬉しい。
だから、どのような経緯であれ、側女・美玲のお腹に宿る新たな命には心が躍る。
「私にも義弟か義妹ができるのね?」
氷翠が楽しみにするのは当然の思い。
◇
幼い氷翠が側女・美玲を慕うのには理由がある。
実の母である正妻・氷華が望んだのは家督を継ぐ嫡子。
そうだからと言って、息子ではなかった我が子・氷翠をぞんざいに扱うわけでも態度が冷たいわけでもない。
自らの腹を痛めて産んだ娘が可愛くない母親はいない。
それでも母・氷華には引け目があったのだろう。おまけに正妻としての体裁も矜持もある。
幼い氷翠にも容赦なく名家の令嬢としての矜持や作法を叩き込み、決して人前では甘やかさない。褒めることもしない。
落胆する林家の当主が「娘でも誇りに思うよう……」と一流の令嬢に育てあげることに気持ちを切り替え、心血を注いだのだ。
厳しい母・氷華。
娘の氷翠がどれ程に頑張ろうと「私の娘なら当然でしょう」と言い放つ。
だから、氷翠は側女・美玲に母の愛情を求め、実母・氷華には立派な娘であることを心がけた。
ただ、氷翠は知らなかったのだ。
父を愛する母・氷華が人知れずに涙を流し、いっときでも夫君の心を奪った側女・美玲を心から憎んでいたことを……。
幼い氷翠が知るはずもなく、おかげで側女・美玲に懐けば懐くほど実母・氷華の憎しみを増大させていたことを……。
知らないということは恐ろしい。
◇
やがて氷翠は側女・美玲母子とは距離を置くようになるのだが、それは義妹・美玉が生まれてからのこと。
実母・氷華の冷めた眼差しを目の当たりにした時、氷翠は自分の行動の浅はかさを理解したのだ。
母・氷華をより追い詰めていたことに。
ーーお母様の心は黒く染まってしまっている。私の行動もお母様を追い込んだ要因なの?!
側女・美玲の毎日の食事に毒を盛る母・氷華の姿を偶然にも見てしまう。恐ろしさで足が震える。叫びたいのに声が出ない。
おかげで、恐ろしい母の行動を見ながらも氷翠には止めることもできない。躊躇われる。
もし、この事が林家の人たちが知れば、「蛮行を働く女」として母の立場が悪くなる可能性もある。ただでさえ、「後継ぎも埋めない無能な正妻」との負い目まであるのだ。
余計に追い込むことにもなりかねない。
ーー何より、私を産んでくれた人だから……。
実母なだけに、愛されたいとは思っても「嫌われたくはない」のが氷翠の正直な気持ち。
だから、見て見ぬ振りをした。
側女・美玲を慕っていた自分にも、義妹・美玉を可愛がりたいと思う気持ちにも、母・氷華のことを考えれば考えるほど「いけない行為」だと、その全てに蓋をした。
それでも徐々に衰弱する側女・美玲の姿を見れば心が痛み、彼女が亡くなった時には、誰もいない所で人知れず泣いた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。お母様を止められなくてごめんなさい……」
氷翠には謝ることしかできない。
ーー私はどうすれば良かったの?
心が荒む実母・氷華を見るたびに、どちらを選べば良かったのか、何が正しいのかさえ分からなくなる。
正解がわからない。
自問自答ばかりで心が重くなる。
なにせ、まだ子どもでしかない氷翠。
ーーそんな私に何ができたというの?
◇
義妹・美玉を可愛がりたいのに、気高い母・氷華が泣く姿を思うと心が痛む氷翠。
側女・美玲を慕っていた行為も、正妻の母を知らずに追い詰めていた。そう思えば、自分の行動に少なからず罪悪感が芽生える。
氷翠には、たった一人の母。娘として寄り添うのは当然。
「氷翠……あなたがいてくれて良かったわ。あなたがいるから母は生きていられるのよ。旦那様の心をそそのかし、子まで成した卑しい女が憎い。私を追い詰めたあの側女を許さない。そうでなければ正妻の私は何のために林家にいるの? 氷翠……良い? あの女の娘に負けては駄目よ。あなたこそが林家の息女なのよ」
そう言って、初めて人前でも氷翠を抱きしめる母・氷華。
「愛しているわ、氷翠。あなたは私のたった一人の可愛い娘……」
抱きしめる母・氷華から伝わる温もりと「愛している」との優しい言葉に氷翠の心は満たされていく。
氷翠がずっと欲しかったもの。心に響く。
これより、親子の絆が固く結ばれる。
◇
やがて、血の繋がりがそうさせるのか、母・氷華の憎しみの心は娘の氷翠にも伝播する。
側女母娘を憎むまでになる。
そして、仲違いする義理の姉妹が出来上がる。それでも欲深い実父により、二人ともに後宮妃として入宮させられるのだ。
同じ土俵に立たされた林家の義理の姉妹。
悲しいかな。
林家の家督を継ぐ嫡子に恵まれなかったことが災いし、翻弄される林家の女たちがいる。
当時、自分が一人っ子だったこともあり、義妹とはいえ姉妹ができることが嬉しかった氷翠がいる。
加えて、義妹・美玉の母である側女にも好意を抱いていた。
それほどに側女は優しい女性だったのだ。
◇
林家の当主である父の側女となった女性の名は美玲。
貧しい生まれの彼女は人買いに売られ、そして林家の下女として買われ、衣食住は提供される代わりにタダ働き。
それでも過去の「生きるか死ぬか」の貧しい暮らしを思えば、生きる為の最低限の生活は保障されているのだ。
貧しいがゆえに売られた美玲は、生きていられる今に感謝し、自分を売った父を恨むこともない。
全ては戦により荒れた世の中と、それにより蔓延した流行病が悪いのだ。誰が悪いわけでもない。
――だから、誰も恨まない。感謝しなければバチが当たるわ。
常に無償労働を強いられながらもスレた所はなく、懸命に生きていた下女の美玲。
美しい顔は目立たないように煤で汚し、決して素顔をさらさない美玲。だが、偶然にも水浴びをする姿を林家の当主に見つかり、そのまま手籠めにされ、やがて子を孕む。
下女には、主人である当主が絶対的な存在。
林家の当主の粗暴さにも嘆くこともなく、腹に宿した小さな命の煌めきを愛おしそうに見つめる母となる側女・美玲
柔らかな物腰が物語るように、優しく愛情深い女性。
当家の嫡女である氷翠にも優しく、手先の器用な側女・美玲は手巾に刺繍まで施してくれるのだ。
新緑の若葉に集う鴛鴦の姿の刺繍が施された手巾は、側女・美玲からの贈り物。
――私の宝物。
嬉しそうに笑顔を見せる氷翠は、いつかの自分の幸せな未来を夢に見る。
嫁ぐ相手の殿方には愛されたい……と。
我が子を抱きしめることをしない父母に代わり、そっと抱きしめてくれる側女・美玲。それが氷翠には心から嬉しい。
だから、どのような経緯であれ、側女・美玲のお腹に宿る新たな命には心が躍る。
「私にも義弟か義妹ができるのね?」
氷翠が楽しみにするのは当然の思い。
◇
幼い氷翠が側女・美玲を慕うのには理由がある。
実の母である正妻・氷華が望んだのは家督を継ぐ嫡子。
そうだからと言って、息子ではなかった我が子・氷翠をぞんざいに扱うわけでも態度が冷たいわけでもない。
自らの腹を痛めて産んだ娘が可愛くない母親はいない。
それでも母・氷華には引け目があったのだろう。おまけに正妻としての体裁も矜持もある。
幼い氷翠にも容赦なく名家の令嬢としての矜持や作法を叩き込み、決して人前では甘やかさない。褒めることもしない。
落胆する林家の当主が「娘でも誇りに思うよう……」と一流の令嬢に育てあげることに気持ちを切り替え、心血を注いだのだ。
厳しい母・氷華。
娘の氷翠がどれ程に頑張ろうと「私の娘なら当然でしょう」と言い放つ。
だから、氷翠は側女・美玲に母の愛情を求め、実母・氷華には立派な娘であることを心がけた。
ただ、氷翠は知らなかったのだ。
父を愛する母・氷華が人知れずに涙を流し、いっときでも夫君の心を奪った側女・美玲を心から憎んでいたことを……。
幼い氷翠が知るはずもなく、おかげで側女・美玲に懐けば懐くほど実母・氷華の憎しみを増大させていたことを……。
知らないということは恐ろしい。
◇
やがて氷翠は側女・美玲母子とは距離を置くようになるのだが、それは義妹・美玉が生まれてからのこと。
実母・氷華の冷めた眼差しを目の当たりにした時、氷翠は自分の行動の浅はかさを理解したのだ。
母・氷華をより追い詰めていたことに。
ーーお母様の心は黒く染まってしまっている。私の行動もお母様を追い込んだ要因なの?!
側女・美玲の毎日の食事に毒を盛る母・氷華の姿を偶然にも見てしまう。恐ろしさで足が震える。叫びたいのに声が出ない。
おかげで、恐ろしい母の行動を見ながらも氷翠には止めることもできない。躊躇われる。
もし、この事が林家の人たちが知れば、「蛮行を働く女」として母の立場が悪くなる可能性もある。ただでさえ、「後継ぎも埋めない無能な正妻」との負い目まであるのだ。
余計に追い込むことにもなりかねない。
ーー何より、私を産んでくれた人だから……。
実母なだけに、愛されたいとは思っても「嫌われたくはない」のが氷翠の正直な気持ち。
だから、見て見ぬ振りをした。
側女・美玲を慕っていた自分にも、義妹・美玉を可愛がりたいと思う気持ちにも、母・氷華のことを考えれば考えるほど「いけない行為」だと、その全てに蓋をした。
それでも徐々に衰弱する側女・美玲の姿を見れば心が痛み、彼女が亡くなった時には、誰もいない所で人知れず泣いた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。お母様を止められなくてごめんなさい……」
氷翠には謝ることしかできない。
ーー私はどうすれば良かったの?
心が荒む実母・氷華を見るたびに、どちらを選べば良かったのか、何が正しいのかさえ分からなくなる。
正解がわからない。
自問自答ばかりで心が重くなる。
なにせ、まだ子どもでしかない氷翠。
ーーそんな私に何ができたというの?
◇
義妹・美玉を可愛がりたいのに、気高い母・氷華が泣く姿を思うと心が痛む氷翠。
側女・美玲を慕っていた行為も、正妻の母を知らずに追い詰めていた。そう思えば、自分の行動に少なからず罪悪感が芽生える。
氷翠には、たった一人の母。娘として寄り添うのは当然。
「氷翠……あなたがいてくれて良かったわ。あなたがいるから母は生きていられるのよ。旦那様の心をそそのかし、子まで成した卑しい女が憎い。私を追い詰めたあの側女を許さない。そうでなければ正妻の私は何のために林家にいるの? 氷翠……良い? あの女の娘に負けては駄目よ。あなたこそが林家の息女なのよ」
そう言って、初めて人前でも氷翠を抱きしめる母・氷華。
「愛しているわ、氷翠。あなたは私のたった一人の可愛い娘……」
抱きしめる母・氷華から伝わる温もりと「愛している」との優しい言葉に氷翠の心は満たされていく。
氷翠がずっと欲しかったもの。心に響く。
これより、親子の絆が固く結ばれる。
◇
やがて、血の繋がりがそうさせるのか、母・氷華の憎しみの心は娘の氷翠にも伝播する。
側女母娘を憎むまでになる。
そして、仲違いする義理の姉妹が出来上がる。それでも欲深い実父により、二人ともに後宮妃として入宮させられるのだ。
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