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後宮妃・一の妃編
47.一の妃の事情・後
世の中には貧しさに喘ぎ、飢えて亡くなる人もいる。そうかと言い、裕福な家の出身でも病気で早逝する者もいれば、不幸に見舞われることもある。
誰もが、生涯幸せな人生を送れるとは限らない。それも世の常人の常、だから仕方がないことかもしれない。
田舎の貧しい村。その狭い世界の中だけで生きてきた宝玉。
そこから一歩踏み出した外の世界は、宝玉には全てが新鮮で、全てが輝いて見えた。
でも、それは表の部分。一部でしかない。
ーー父さん、母さん……世の中には色々なことがあるみたいです。宝玉には驚くことばかりです。世の中は……とても複雑なんですね。ただただ、生きるためだけに生きていた“あの頃”が懐かしいです。
しみじみと思う宝玉。
ただ、転んでもタダでは起きないのが宝玉。
人生は七転び八起き。
だから、“一の妃”の両手を掴み、宝玉は真っ直ぐに見つめる。美しい黒曜石の瞳には、いっさいの迷いも、一片の曇りもない。
ハッキリと言い放つ。
「“一の妃”様っ! 人生楽もあれば苦もあります。私は思うのです。もし、何かに躓いたなら起き上がればいいのです。一人で起き上がれないのなら私が手を差し伸べます。だから、“一の妃”様……どうか一人で背負わないでください」
◇
さて、“一の妃”が語ったことへと戻る。
後宮妃・“一の妃”の実の名は沐辰。
実の姉の名は沐瑶。
二人は双子だという。
一卵性ではないにもかかわらず、二人ともに美しい生母の容姿を受け継ぎ、よく似た顔立ちから時には立場を入れ替え、周囲を驚かし、イタズラ好きの仲の良い姉弟だったという。
不謹慎にも「面白そう……」と思ってしまった宝玉。
だが、さすがに声には出さない。
それでも姉弟仲が良さそうな印象を受けるせいで「楽しそう」と内心では羨ましい。
一人娘の宝玉には、兄と呼べる人も姉と呼べる人もいない。ましてや、可愛い弟や妹がいるわけでもない。
宝玉には少し羨ましい気持ちもある。
哀しいことに父と母が戦で命を落としても兄弟姉妹がいれば、天涯孤独ではなかったかもしれない。
そうは言っても、子どもは天からの授かりもの。だから、沢山の子宝に恵まれなかったのは、それも仕方がない。
貧しい村の子沢山の家では、食い扶持を減らすために、養えない子どもを人買いに売ることもあるぐらいだ。
売られるぐらいなら、沢山の子宝に恵まれなくていい。
可哀想な子を生み出してはいけない。
なら、子どもは一人でいい。
両親の愛情を独り占めできた……そう思えば気持ちも上を向く。
◇
“一の妃”・沐辰が、姉・沐瑶の身代わりになったのは、姉・沐瑶には既に愛する人がいたからだという。
驚くことに、その人は遠い他国の役人。
当時は身分を明かさなかったらしいが、戦に巻き込まれ、姉・沐瑶に偶然にも助けられ、甲斐甲斐しく世話されるうちに惹かれ合うようになる。
彼は主君の命を受け、そこらの国中を訪れては『あるもの』を探していたらしい。
やがて戦に巻き込まれ、怪我を負ったのだ。そのため『あるもの』探しは一旦頓挫。
どのみち、争いで乱れて荒廃した国々を巡るのは危険を伴う。
――『あるもの』もおそらくは、もう……。
彼の落胆は相当だった。主君の願いを叶えられないのだ。消沈する彼を懸命に宥める姉・沐瑶。
互いに恋情を抱くのは、もはや必然。
双子の姉弟の父も最初こそ反対をしていたが、彼の熱意と愛娘・沐瑶の幸せを考え、『二人の仲を許そう……』と折れる。
それほどに子どもたちを愛していた双子の父。
「姉の沐瑶は……彼が自国へと戻る日が来ることに心を痛めておりました。だから、自分の無垢の花を彼へと差し出し、その思い出を胸に生きていこうとしたのです
『私は貴方様を愛しております。貴方達との思い出が一つでもあれば、私は生きていけます』
そう告げた姉・沐瑶。
「だから、姉の沐瑶は……彼と自分の中へと“一夜の夫婦の契り”を心にも体にも刻みつけたのです。姉の沐瑶は彼以外とは夫婦にならない覚悟でした」
ひと息つきながらも先を続ける“一の妃”・沐辰。
「彼が国へと戻る日、運命は二人を夫婦とみなしたのです。姉・沐瑶の腹の中には愛しい人の子どもが宿っていることが分かったのです」
そこへ湧いたのが、「国中の美女を後宮妃として差し出すように……」と〈皇命〉を出す先の皇帝・昭耀。
「だから、私が姉・沐瑶の代わりに〈入宮〉し、二人をこの国から逃したのです」
“一の妃”の沐辰は、そう締めくくる。
◇
一方。
過去の宝玉といえば、貧しい暮らしでも父と母に愛され、寒い夜でも互いに温め合い、人肌の温もりに癒やされていた。
畑仕事で汗水垂らす毎日でも楽しかった。
懸命に生きることは悪いことではない。
それだけで生きている実感が湧く。
日々が輝いてみえた。
充実した毎日があるから、貧しさに喘いでも明日を生きることができるのだ。
ーーそう、戦乱の世の中で全てを奪われるまでは……。
“一の妃”・沐辰の話を聞くうちに、自分も感傷的になってしまった涙脆い宝玉。
「あっ……申し訳ございません。突然、目から鼻水が……」
やはり宝玉らしい。
だから、皇帝・王炫も愛さずにはいられないのだ。
この飾らない無垢な花を心から愛おしみたいのだ。
誰もが、生涯幸せな人生を送れるとは限らない。それも世の常人の常、だから仕方がないことかもしれない。
田舎の貧しい村。その狭い世界の中だけで生きてきた宝玉。
そこから一歩踏み出した外の世界は、宝玉には全てが新鮮で、全てが輝いて見えた。
でも、それは表の部分。一部でしかない。
ーー父さん、母さん……世の中には色々なことがあるみたいです。宝玉には驚くことばかりです。世の中は……とても複雑なんですね。ただただ、生きるためだけに生きていた“あの頃”が懐かしいです。
しみじみと思う宝玉。
ただ、転んでもタダでは起きないのが宝玉。
人生は七転び八起き。
だから、“一の妃”の両手を掴み、宝玉は真っ直ぐに見つめる。美しい黒曜石の瞳には、いっさいの迷いも、一片の曇りもない。
ハッキリと言い放つ。
「“一の妃”様っ! 人生楽もあれば苦もあります。私は思うのです。もし、何かに躓いたなら起き上がればいいのです。一人で起き上がれないのなら私が手を差し伸べます。だから、“一の妃”様……どうか一人で背負わないでください」
◇
さて、“一の妃”が語ったことへと戻る。
後宮妃・“一の妃”の実の名は沐辰。
実の姉の名は沐瑶。
二人は双子だという。
一卵性ではないにもかかわらず、二人ともに美しい生母の容姿を受け継ぎ、よく似た顔立ちから時には立場を入れ替え、周囲を驚かし、イタズラ好きの仲の良い姉弟だったという。
不謹慎にも「面白そう……」と思ってしまった宝玉。
だが、さすがに声には出さない。
それでも姉弟仲が良さそうな印象を受けるせいで「楽しそう」と内心では羨ましい。
一人娘の宝玉には、兄と呼べる人も姉と呼べる人もいない。ましてや、可愛い弟や妹がいるわけでもない。
宝玉には少し羨ましい気持ちもある。
哀しいことに父と母が戦で命を落としても兄弟姉妹がいれば、天涯孤独ではなかったかもしれない。
そうは言っても、子どもは天からの授かりもの。だから、沢山の子宝に恵まれなかったのは、それも仕方がない。
貧しい村の子沢山の家では、食い扶持を減らすために、養えない子どもを人買いに売ることもあるぐらいだ。
売られるぐらいなら、沢山の子宝に恵まれなくていい。
可哀想な子を生み出してはいけない。
なら、子どもは一人でいい。
両親の愛情を独り占めできた……そう思えば気持ちも上を向く。
◇
“一の妃”・沐辰が、姉・沐瑶の身代わりになったのは、姉・沐瑶には既に愛する人がいたからだという。
驚くことに、その人は遠い他国の役人。
当時は身分を明かさなかったらしいが、戦に巻き込まれ、姉・沐瑶に偶然にも助けられ、甲斐甲斐しく世話されるうちに惹かれ合うようになる。
彼は主君の命を受け、そこらの国中を訪れては『あるもの』を探していたらしい。
やがて戦に巻き込まれ、怪我を負ったのだ。そのため『あるもの』探しは一旦頓挫。
どのみち、争いで乱れて荒廃した国々を巡るのは危険を伴う。
――『あるもの』もおそらくは、もう……。
彼の落胆は相当だった。主君の願いを叶えられないのだ。消沈する彼を懸命に宥める姉・沐瑶。
互いに恋情を抱くのは、もはや必然。
双子の姉弟の父も最初こそ反対をしていたが、彼の熱意と愛娘・沐瑶の幸せを考え、『二人の仲を許そう……』と折れる。
それほどに子どもたちを愛していた双子の父。
「姉の沐瑶は……彼が自国へと戻る日が来ることに心を痛めておりました。だから、自分の無垢の花を彼へと差し出し、その思い出を胸に生きていこうとしたのです
『私は貴方様を愛しております。貴方達との思い出が一つでもあれば、私は生きていけます』
そう告げた姉・沐瑶。
「だから、姉の沐瑶は……彼と自分の中へと“一夜の夫婦の契り”を心にも体にも刻みつけたのです。姉の沐瑶は彼以外とは夫婦にならない覚悟でした」
ひと息つきながらも先を続ける“一の妃”・沐辰。
「彼が国へと戻る日、運命は二人を夫婦とみなしたのです。姉・沐瑶の腹の中には愛しい人の子どもが宿っていることが分かったのです」
そこへ湧いたのが、「国中の美女を後宮妃として差し出すように……」と〈皇命〉を出す先の皇帝・昭耀。
「だから、私が姉・沐瑶の代わりに〈入宮〉し、二人をこの国から逃したのです」
“一の妃”の沐辰は、そう締めくくる。
◇
一方。
過去の宝玉といえば、貧しい暮らしでも父と母に愛され、寒い夜でも互いに温め合い、人肌の温もりに癒やされていた。
畑仕事で汗水垂らす毎日でも楽しかった。
懸命に生きることは悪いことではない。
それだけで生きている実感が湧く。
日々が輝いてみえた。
充実した毎日があるから、貧しさに喘いでも明日を生きることができるのだ。
ーーそう、戦乱の世の中で全てを奪われるまでは……。
“一の妃”・沐辰の話を聞くうちに、自分も感傷的になってしまった涙脆い宝玉。
「あっ……申し訳ございません。突然、目から鼻水が……」
やはり宝玉らしい。
だから、皇帝・王炫も愛さずにはいられないのだ。
この飾らない無垢な花を心から愛おしみたいのだ。
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