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極冬の国 篇
果てる異世界の姫の悲しき運命
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冬子を抱き締める常春の王の腕には力が入る。
「愛しい余の姫、もはや其方の生命が危うい……余では其方を救えぬー……救えぬのだ……」
「……いいの……いいのよ、ソウ……」
冬子は常春の王へと縋り付く。
細く、か弱い腕ながらも必死で縋る冬子は、常春の王からは離れようとはしない。
「……だから、お願い。私を貴方の側から離さないでー……離れたくはないの……だから、だからどうかー……おねがっ……あっ、ああっ……!」
冬子は突如ー、胸を抑える。
「……冬子っ!!」
落ち着いていたはずの冬子の血脈が、また元のように赤黒く浮かび上がる。
更には、冬子の胸に浮かぶ白銀の氷華の紋様が、その美しさ失いつつある。此処に来て、紋様が色褪せ始めている。
それが、何を意味するのか。
「最早時間切れだ。彼の王よ。我の氷華の姫を返してもらおうかー」
いつの間にか、冬子と常春の王の側へと来ていた極冬王は、淡々と言い放つ。
片腕を冬子へと差し出す極冬王。
「……王っ! 腕がー……ああっ、どうして……」
今更に、極冬王の片腕が失せている事に気が付く冬子。
意識を失くしていて冬子には、その間に起こった事などは知る由もない。常春の王によって斬り落とされたとは、よもや思うまい。
常春の王も極冬王も両者共に、何も語らず、無言を貫く。互いの王らは、あえて愛しい冬子の心を煩わせるような瑣末な事は語らない。
冬子は極冬王の失くした方の腕へと手を伸ばし、斬り落とされた疵口へと触れる。
両国の始祖の王の血脈を受け継ぐ純血の姫、冬子。
大地を豊かに潤わせ、恵みと再生の力を持つ稀有な姫。
非情な極冬王によって生命の窮地へと追い込まれていながらも、その極冬王を助けるべく、再生の力を使い、極冬王の失くした腕を再生させる。
どこまでも、どこまでも優しく、儚げで慈悲深い冬子。
「やめよ……!」
「やめよ……!!」
二人の王らが同時に叫ぶ。
この状態で力を使えばどうなるかー、あえて言わなくてもわかる。
極冬王の血と魔力を受けない身体では、いたずらに生命を縮める。
うぅっ……、苦しみに胸を抑える冬子。
「冬子……!!」
再びー、常春の王の胸の中で、意識を失う冬子を奪う極冬王。
咄嗟に、己れの唇を噛み、その流れ出る血と共に、冬子の唇を塞ぎ、魔力ごと注ぎ込む。
長いこと、注ぎ続ける極冬王の傍ら、無言で見遣る常春の王に、成す術はない。
救い出すつもりで、遥々と極冬の国まで赴いた常春の王。絶大なる君主として存在しながらも、心底に愛した女一人すら救えない愚かな王。
己れの不甲斐なさに、固く握る拳からは血が滲む。
その一方では、極冬王により冬子の口内へと注ぎ込まれた魔力は、冬子の全身へと行き渡り、すぐさま心の臓に植られた氷華の種にも作用を及ぼす。
極冬王の腕の中に包まれ、意識を取り戻す冬子へと告げる極冬王。
「我の愛しい姫……此度ばかりは、その身に染みたはず。其方が生きられる場所は我の側のみ……この国からは永劫に出られぬ。さぁ、否を申さず、我と行こうー」
「……いいえ、いいえ。私はソウの側を離れない……」
冬子は極冬王に抱かれながらも、常春の王へと美しい黒曜石の瞳を向ける。
常春の王を見つめる冬子のその眼差しには、温かな光りが宿る。
「……赦して、王。貴方が嫌いなわけではないの……ただ、どうしても、どうしても……心がソウを求めてやまないのー……」
冬子は力を振り絞り、常春の王の元へと縋って見せる。
「……この国からは、出られないと云うなら……ソウ、貴方の側には、どうしてもいられないと云うならー……私は、私には最早生きている意味はないのー……ソウ、貴方が好き……愛しているのー……だから、どうか赦してー……!」
常春の王が、その手に握る金色の王の剣を抜き去る冬子。
冬子に躊躇いはない。
生きてー、この国からは出られないと云うなら、死して出るまでのこと。それが全て。
(……死してでも……貴方の側にー……)
自身の氷華の種が植わる心の臓へと思い切り剣を突き立てる冬子。
かはぁっ! 多量の血が、冬子の口からは吐き出される。
(……ああっ、これでやっと貴方の……元に……)
夥しい血が流れ落ち、その場で自ら果てた冬子。
ついぞ息絶える。
血だらけになるのも構わず、冬子を抱き、絶叫の元に哭き叫ぶ常春の王。
両国の王らの慟哭は、大地を揺るがす程に響き渡る。
両国の王らは思う。
「……誰も、誰もこの様な事は望んではいなかった……」
互いの慟哭は、やがて絶望へと変わる。
「愛しい余の姫、もはや其方の生命が危うい……余では其方を救えぬー……救えぬのだ……」
「……いいの……いいのよ、ソウ……」
冬子は常春の王へと縋り付く。
細く、か弱い腕ながらも必死で縋る冬子は、常春の王からは離れようとはしない。
「……だから、お願い。私を貴方の側から離さないでー……離れたくはないの……だから、だからどうかー……おねがっ……あっ、ああっ……!」
冬子は突如ー、胸を抑える。
「……冬子っ!!」
落ち着いていたはずの冬子の血脈が、また元のように赤黒く浮かび上がる。
更には、冬子の胸に浮かぶ白銀の氷華の紋様が、その美しさ失いつつある。此処に来て、紋様が色褪せ始めている。
それが、何を意味するのか。
「最早時間切れだ。彼の王よ。我の氷華の姫を返してもらおうかー」
いつの間にか、冬子と常春の王の側へと来ていた極冬王は、淡々と言い放つ。
片腕を冬子へと差し出す極冬王。
「……王っ! 腕がー……ああっ、どうして……」
今更に、極冬王の片腕が失せている事に気が付く冬子。
意識を失くしていて冬子には、その間に起こった事などは知る由もない。常春の王によって斬り落とされたとは、よもや思うまい。
常春の王も極冬王も両者共に、何も語らず、無言を貫く。互いの王らは、あえて愛しい冬子の心を煩わせるような瑣末な事は語らない。
冬子は極冬王の失くした方の腕へと手を伸ばし、斬り落とされた疵口へと触れる。
両国の始祖の王の血脈を受け継ぐ純血の姫、冬子。
大地を豊かに潤わせ、恵みと再生の力を持つ稀有な姫。
非情な極冬王によって生命の窮地へと追い込まれていながらも、その極冬王を助けるべく、再生の力を使い、極冬王の失くした腕を再生させる。
どこまでも、どこまでも優しく、儚げで慈悲深い冬子。
「やめよ……!」
「やめよ……!!」
二人の王らが同時に叫ぶ。
この状態で力を使えばどうなるかー、あえて言わなくてもわかる。
極冬王の血と魔力を受けない身体では、いたずらに生命を縮める。
うぅっ……、苦しみに胸を抑える冬子。
「冬子……!!」
再びー、常春の王の胸の中で、意識を失う冬子を奪う極冬王。
咄嗟に、己れの唇を噛み、その流れ出る血と共に、冬子の唇を塞ぎ、魔力ごと注ぎ込む。
長いこと、注ぎ続ける極冬王の傍ら、無言で見遣る常春の王に、成す術はない。
救い出すつもりで、遥々と極冬の国まで赴いた常春の王。絶大なる君主として存在しながらも、心底に愛した女一人すら救えない愚かな王。
己れの不甲斐なさに、固く握る拳からは血が滲む。
その一方では、極冬王により冬子の口内へと注ぎ込まれた魔力は、冬子の全身へと行き渡り、すぐさま心の臓に植られた氷華の種にも作用を及ぼす。
極冬王の腕の中に包まれ、意識を取り戻す冬子へと告げる極冬王。
「我の愛しい姫……此度ばかりは、その身に染みたはず。其方が生きられる場所は我の側のみ……この国からは永劫に出られぬ。さぁ、否を申さず、我と行こうー」
「……いいえ、いいえ。私はソウの側を離れない……」
冬子は極冬王に抱かれながらも、常春の王へと美しい黒曜石の瞳を向ける。
常春の王を見つめる冬子のその眼差しには、温かな光りが宿る。
「……赦して、王。貴方が嫌いなわけではないの……ただ、どうしても、どうしても……心がソウを求めてやまないのー……」
冬子は力を振り絞り、常春の王の元へと縋って見せる。
「……この国からは、出られないと云うなら……ソウ、貴方の側には、どうしてもいられないと云うならー……私は、私には最早生きている意味はないのー……ソウ、貴方が好き……愛しているのー……だから、どうか赦してー……!」
常春の王が、その手に握る金色の王の剣を抜き去る冬子。
冬子に躊躇いはない。
生きてー、この国からは出られないと云うなら、死して出るまでのこと。それが全て。
(……死してでも……貴方の側にー……)
自身の氷華の種が植わる心の臓へと思い切り剣を突き立てる冬子。
かはぁっ! 多量の血が、冬子の口からは吐き出される。
(……ああっ、これでやっと貴方の……元に……)
夥しい血が流れ落ち、その場で自ら果てた冬子。
ついぞ息絶える。
血だらけになるのも構わず、冬子を抱き、絶叫の元に哭き叫ぶ常春の王。
両国の王らの慟哭は、大地を揺るがす程に響き渡る。
両国の王らは思う。
「……誰も、誰もこの様な事は望んではいなかった……」
互いの慟哭は、やがて絶望へと変わる。
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