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3 帝国のお客様
3-2 神の遣い
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トリスタン・フォールドは案内役の娘が扉から出ていったのを確認すると、どかっとベットに腰かけた。帝都からこの村は遠い。野宿で数夜を過ごした彼にとって宿屋は救いだった。
人は彼を「神国の戦士」と呼ぶ。人間離れした身体能力を持ち、神官は彼を神の使いだと、神がこの世界を救うために遣ったのだと、そう言った。
誰が”神の遣い”だ。そんなものクソくらえ、本人はそれを聞くたび心の中で悪態をつく。
彼は物心ついた時に、目の前で両親が殺された。帝国戦士達が村を襲い、罪なき人々を嬲り殺したのだ。後から知った話だが、僻地に派遣された帝国の戦士は自らの戦果を挙げるために、村の悪事をでっちあげる、その一つだったのだ。初めて見た帝国の戦士は、全身を赤黒い血を被り、彼らの表情はまるで飢えた獣のようだった、そして瞳には、冷酷で無情な、命を奪うことを一瞬も躊躇わない、狂気が映っていた。
トリスタンは、右手のひらを広げた。この手で何人を殺めてきただろうか。
今のトリスタンには、彼の記憶に残る両親を殺した戦士達と同じ狂気が心を蝕んでいるのだろうか、と思う。
当時、彼はあまりに綺麗な顔をしていると戦士達の目に留まり、生きたまま奴隷として連行された。それと同時期に帝都の神官が「神の遣い」が都に来ると予言した。神の遣いは鳶色の目をした見目麗しい戦士だという。戦士たちは、トリスタンは、出会った時には神の後光がさしていたなどと嘯き、”神の遣い”として帝国に売り渡した。
それからというもの、血を吐くような訓練を受け、何度も戦場に送られた。苦しくも、武芸に秀でていたトリスタンは”神の遣い”として、帝国では敬われ、戦場では恐れられる存在となった。彼の戦う姿を見て誰もが、彼こそが神の遣いだと謳い、疑わなかった。
そうして、何度も戦を経るごとに、彼の周りは彼に”特別な力”を感じていた。彼が戦に参戦すると、必ず勝機がこちらに来る。彼の意のままに天候が変わり、彼が殺すと決めた相手は必ず命を落とすことになった。本人でさえ、どうせ嘘だろうと信じていた”神の遣い”、本当に自分のことなのかもしれないと思ったほどだ。(しかし、彼はそんなわけがないとは思っていたが。)
現在、28歳になった彼は人を殺すことに何も感じなくなっていた。ただ、命じられたままに、殺し、殺し、殺した。
ただ、命令されていない殺しは行わない。自分の村のような被害者は出さない、もうそんな思いさえ消えてしまったが、単に面倒なだけだ。命令を遂行する。それだけだ。
そんな彼を見て、人々は”悪魔の遣い”だと噂をした。人を一瞬で殺してしまう、視界に入れば終わりだ、という。彼の部隊は、彼の強さを信じ尊敬していた者たちも、彼を恐れ、目を合わすことはなくなった。
ある日、トリスタンがいつも通り戦場から帰ると、帝国の事実上のトップである法皇から今すぐ来いと呼び出しがかかった。流石に法皇の呼び出しは初めてだったが、命令に従うまでだ。法皇からの使者に、わかった、と短く答えると、そのまま使者についていった。
法皇との面会の間に着くと、姿が見えないほど遠くに法皇らしき人が座っていた。
トリスタンは戦の狂気だ。視界に入らないようにしているのだろう。仮にも帝国のために命を捧げてきた自分の処遇に心の中で苦笑しながら、頭を下げて命令を待った。
「神の遣い、トリスタン。新たな予言がされたのだ。心して聞け。耳に入っているかもしれんが、今帝都では伝染病が発生している。さらに1年後、この病は全世界に広がり人々を滅ぼすと、神が仰った。」
法皇は声高らかに宣言した。
「そこでだ。神の遣いトリスタン、この地に伝わる始祖の伝説を知っているか?」
始祖の伝説、幼子でさえ知っている伝説だ。今では童謡として、人々に歌い継がれている。
”魔術師マーリンの魔力の結晶、ここにあらん。
全てを助け、己を失うこの魔法。この地を襲う全ての禍を止める唯一の鍵となる。
人がこれを見つけし時、人は勇者となる。
勇者はクゥザルツの森の魂の泉に、結晶を捧げるべし。
そして、世界を救い、歴史に名を遺すだろう。”
トリスタンは、顔を伏せたまま、うなづいた。
法皇はそれを確認すると、満足そうに笑った。
「今帝国に蔓延る呪いは、マーリンの魔術を以てして解けるという。そこでだ、そなたに勇者となる権利を与える。世界を救い、名を遺すことができる。実に名誉なことだ。頼んだぞ!」
それから、呪いが蔓延っていることを知られてはならぬということで内密に動くため、一人で派遣されることが決定した。そして、文官の調査の結果、まずは結晶を探すためにエリム村という僻地に派遣されることが決まり、数日後には出発することとなった。
トリスタンは気づいていた。
勇者となれば命を失うことになると。
そうして、帝国が恐れをなした神の遣いを始末しようとしていることを。
彼は全てを承知で引き受けた。
もう疲れてしまったのだ。
この世も、この世の人間も。
このまま死んでしまえば、解放されるだろうか。
そんな思いで、エリム村まで駆け抜けた。そこでの出会いが彼を変えるとは知らずに。
人は彼を「神国の戦士」と呼ぶ。人間離れした身体能力を持ち、神官は彼を神の使いだと、神がこの世界を救うために遣ったのだと、そう言った。
誰が”神の遣い”だ。そんなものクソくらえ、本人はそれを聞くたび心の中で悪態をつく。
彼は物心ついた時に、目の前で両親が殺された。帝国戦士達が村を襲い、罪なき人々を嬲り殺したのだ。後から知った話だが、僻地に派遣された帝国の戦士は自らの戦果を挙げるために、村の悪事をでっちあげる、その一つだったのだ。初めて見た帝国の戦士は、全身を赤黒い血を被り、彼らの表情はまるで飢えた獣のようだった、そして瞳には、冷酷で無情な、命を奪うことを一瞬も躊躇わない、狂気が映っていた。
トリスタンは、右手のひらを広げた。この手で何人を殺めてきただろうか。
今のトリスタンには、彼の記憶に残る両親を殺した戦士達と同じ狂気が心を蝕んでいるのだろうか、と思う。
当時、彼はあまりに綺麗な顔をしていると戦士達の目に留まり、生きたまま奴隷として連行された。それと同時期に帝都の神官が「神の遣い」が都に来ると予言した。神の遣いは鳶色の目をした見目麗しい戦士だという。戦士たちは、トリスタンは、出会った時には神の後光がさしていたなどと嘯き、”神の遣い”として帝国に売り渡した。
それからというもの、血を吐くような訓練を受け、何度も戦場に送られた。苦しくも、武芸に秀でていたトリスタンは”神の遣い”として、帝国では敬われ、戦場では恐れられる存在となった。彼の戦う姿を見て誰もが、彼こそが神の遣いだと謳い、疑わなかった。
そうして、何度も戦を経るごとに、彼の周りは彼に”特別な力”を感じていた。彼が戦に参戦すると、必ず勝機がこちらに来る。彼の意のままに天候が変わり、彼が殺すと決めた相手は必ず命を落とすことになった。本人でさえ、どうせ嘘だろうと信じていた”神の遣い”、本当に自分のことなのかもしれないと思ったほどだ。(しかし、彼はそんなわけがないとは思っていたが。)
現在、28歳になった彼は人を殺すことに何も感じなくなっていた。ただ、命じられたままに、殺し、殺し、殺した。
ただ、命令されていない殺しは行わない。自分の村のような被害者は出さない、もうそんな思いさえ消えてしまったが、単に面倒なだけだ。命令を遂行する。それだけだ。
そんな彼を見て、人々は”悪魔の遣い”だと噂をした。人を一瞬で殺してしまう、視界に入れば終わりだ、という。彼の部隊は、彼の強さを信じ尊敬していた者たちも、彼を恐れ、目を合わすことはなくなった。
ある日、トリスタンがいつも通り戦場から帰ると、帝国の事実上のトップである法皇から今すぐ来いと呼び出しがかかった。流石に法皇の呼び出しは初めてだったが、命令に従うまでだ。法皇からの使者に、わかった、と短く答えると、そのまま使者についていった。
法皇との面会の間に着くと、姿が見えないほど遠くに法皇らしき人が座っていた。
トリスタンは戦の狂気だ。視界に入らないようにしているのだろう。仮にも帝国のために命を捧げてきた自分の処遇に心の中で苦笑しながら、頭を下げて命令を待った。
「神の遣い、トリスタン。新たな予言がされたのだ。心して聞け。耳に入っているかもしれんが、今帝都では伝染病が発生している。さらに1年後、この病は全世界に広がり人々を滅ぼすと、神が仰った。」
法皇は声高らかに宣言した。
「そこでだ。神の遣いトリスタン、この地に伝わる始祖の伝説を知っているか?」
始祖の伝説、幼子でさえ知っている伝説だ。今では童謡として、人々に歌い継がれている。
”魔術師マーリンの魔力の結晶、ここにあらん。
全てを助け、己を失うこの魔法。この地を襲う全ての禍を止める唯一の鍵となる。
人がこれを見つけし時、人は勇者となる。
勇者はクゥザルツの森の魂の泉に、結晶を捧げるべし。
そして、世界を救い、歴史に名を遺すだろう。”
トリスタンは、顔を伏せたまま、うなづいた。
法皇はそれを確認すると、満足そうに笑った。
「今帝国に蔓延る呪いは、マーリンの魔術を以てして解けるという。そこでだ、そなたに勇者となる権利を与える。世界を救い、名を遺すことができる。実に名誉なことだ。頼んだぞ!」
それから、呪いが蔓延っていることを知られてはならぬということで内密に動くため、一人で派遣されることが決定した。そして、文官の調査の結果、まずは結晶を探すためにエリム村という僻地に派遣されることが決まり、数日後には出発することとなった。
トリスタンは気づいていた。
勇者となれば命を失うことになると。
そうして、帝国が恐れをなした神の遣いを始末しようとしていることを。
彼は全てを承知で引き受けた。
もう疲れてしまったのだ。
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このまま死んでしまえば、解放されるだろうか。
そんな思いで、エリム村まで駆け抜けた。そこでの出会いが彼を変えるとは知らずに。
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