上 下
7 / 9
3 帝国のお客様

3-3 悪魔の遣いとも知らずに

しおりを挟む
 トリスタンはさっきまでいた宿屋の娘のことを思い出した。あの娘が、魔力の結晶があるという森を案内するという。
 ここの村の人間は、帝都の噂を聞いていないのだろうか。少なくとも、帝都の人間のように、トリスタンを恐れ、視界に入らぬように逃げ回ることはなかった。

 すると、扉をノックする音が聞こえた。
「どうそ。」
静かに答えて扉を開けると、さっきの娘が大きなお盆を持っていた。
「昼食をお持ちしましたが、本当にこちらでお召し上がりですか?その、食堂ではもう少し良いものがご用意できると思いますが。」
先程までは機械のように対応していた女が、少し人間らしい表情を見せる。なるほど、帝国の人間を丁重にもてなすように、と言われているのだろう。
「いえ、お気になさらず。大した身分のものでもないので。」
すると、女性は了解したというように礼をすると、メモを取り出してまっすぐにトリスタンを見た。

「それと、森の案内ですが、いつから始めますか?目的地など詳細を伺ってもいいでしょうか。経路をこちらで考えておきます。」
首をかしげて尋ねる彼女はこの村の民族衣装だろうか、柔らかな布を体に巻き付けた服装をしている。都の人間とは違うが、女を魅せる術を身に付けているのだろうか。柔らかな白い肌を見せつけ、赤いリップが視界にちらつく。帝都では女性が男性の部屋に一人で来るなど、そういう目的の時でしかありえない話だ。この村にも、そういう女がいるものだ、と一種の呆れを覚えたが、いつもの笑顔を作って答えた。
「できるだけすぐ。食事を摂ったらすぐ向かいます。あなたがよければですが。」
彼女はすぐに切り返す。
「目的地は?」
「こちらに地図にあります。ここでお見せするのは少しあれなので、もう少し人気のないところでお見せしたい。それと、安心してください。私は女性に興味がないので、あなたに危害を加えることはありません。」

そういうと、彼女は少し驚いたような顔をすると、安心したように笑った。
「そうですか。大丈夫です、私は自分の身は自分で守れますので。では、12時すぎでいいでしょうか。宿屋の扉の前でお待ちしております。」

トリスタンこそ、少し驚くと、すぐにいつもの笑顔を作り「了解した。よろしくお願いします。」と答えると、彼女を部屋の外へ見送った。この村の人間は自分が誰かもわかっていないのだ。そうでなければ、トリスタン相手に自分の身を守れるなど宣言することはあるまい。

 なんだか少し荷が下りたような、そんな気持ちになったのは束の間、自分の短剣に視界に入ると、歴戦の記憶が脳裏を走る。ああ俺は悪魔の遣いなのかもしれないな、この村の人間など一瞬で手にかけることもできるだろうな、と考えた。
 何も知らない彼女を、もしかしたら巻き込んでしまうのだろうか。
 己の運命に、心から憎いこの世との別れと。
 
 まあ、何でもよいだろう。
 自分は命令のまま動くだけだ。もしそうなれば彼女も必要な犠牲なのだろう。

 そう割り切ると、すぐに昼食を食べ、準備をして彼女の待つ場所へ向かった。




しおりを挟む

処理中です...