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寝目田
第5話 1カ月前の悪夢
しおりを挟む1か月ほど前のことを思い出す。
その日、寝目田は課長の無茶ぶりで徹夜残業をさせられ、そのまま通常勤務を
経て疲労困憊の中やっとの思いで駅の改札を出た。さすがに明日は休めるが、
それは前々から希望していた休日に幸運にも重なっただけだ。
(やっぱうちの会社、どう考えてもブラックだよな。もうコンビニ行く気力もねえ。
一刻も早く寝たい……)
その時だった。
あの開ノ戸という爺さんが、駅前に新しく出来たカフェから出て来るのを偶々
見かけた。
そのカフェはコーヒーが1杯1000円近くもする高級店で、いつもなら通り過ぎる
だけの寝目田とは縁がない存在――この時もそうなるはずだった。
きっかけは本当にただ間が悪かっただけ。
でも自分でも知らないうちに溜め込んでいたモノがあったのだろう。
それが背中を押した。
その時の開ノ戸が身に着けているワイシャツとパンツも清潔感のある、パリッと
した仕立ての良いもので、帽子もモダンなハンチングを被っていた。
全体的にとにかく余裕が感じられ、その余裕が寝目田のコンプレックスを刺激
してしまった。
駅構内をゆっくりと歩く開ノ戸に後ろからそっと近づいた寝目田は、ズボンの
ポケットに無造作に入れられた財布を抜き取った。
今までこんなことをしたことはない。
本当に魔が差したとした言いようがなかった。
それが証拠に、自宅の安アパートに戻り正気に戻った寝目田は急に恐ろしく
なってきた。
監視カメラに撮られてはいないだろうか。
男が警察に届けてはいないだろうか。
誰かに目撃されてはいないだろうか。
――あれほど疲れていたのに、不安で全然眠れない。
だが一晩が経過すると、逆に1周回って寝目田は開き直った。
(俺はこれまでそれなりに努力してきた。それでも何も掴めない。掴める奴との差
なんて運だけなのに。だったら少しくらい返してもらっても良いだろう)
それが罪悪感に対する負け惜しみで本心ではないことくらい、寝目田自身自覚
してはいたが、そうでもしないと心の均衡を保てなかった。
しかしどれだけ日が経過しても、警察から連絡が来ることも訪問されることも
なかった。
そしてその代わり、毎日夢に女が現れるようになった。
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