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6章 コンドームおばあさん
6-1 池袋でナンパ祭【⑰「だから、声をかけなきゃわからねーってガリが言ってたろ?」】
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片手で携帯を持ち、高く掲げて写真を撮っている人がいる。一人や二人ではない。
「かわいい」
という声も聞こえ、人だかりができているので掻き分けて中に進む。
地下一階にあるいけふくろうと呼ばれるふくろうの石像の上には、本物の鳥が羽根を休めてぐっすりと寝ていた。待ち合わせスポットとしては不人気のいけふくろうは、お株を奪われたので不満そうな表情をしている。
これだけの人だかりの中で、しかも、あらゆる方角から写真を撮られているのに図太い鳥だなぁと思っていると、次の瞬間、「どこかで見たような」と独り言を漏らしてしまった。
近くでよく見てみると、枯葉を纏ったような羽根をしている。
「こいつは、モヤイ像前で俺にフンをかけた鳥だ!」
と叫ぶと鳥は飛び起きて一瞬取り乱したが、「フッ」と笑い不敵な表情を浮かべながら俺に向かってきた。瞬きせずに見つめていると頭に着地して、「痛ッ!」と呻くころには地上に向けて飛んでいってしまった。
「おい、起こすなよ。可哀想だろ」
「あっ、え、すいません」
ギャラリーに怒られてしまい、人差し指で頭を掻きながら謝った。
この鳥は石像が好きなのかなぁ。石フェチなのかもしれない。
「何してるの、お前」
自分勝手な分析にうんうん頷いていると、乳ローがやってきた。
「ブーイングが起きてて、その中心を見たらお前がいたからさ。なんか、やったの?」
「いえいえいえ」
「随分鳥の羽根が頭についてるけど、自己流のお洒落か? やめとけ。そんなの個性でも何でもないぞ」
「いや、別に。そういうわけでは……」
面倒臭い輩だから、詳細は説明しなかった。
『来週土曜は、四時から池袋でナンパ祭をやるで。待ち合わせはいけふくろう前』
ガリさんからのLINEにはそう記されていたが、この時間に来ていたのは俺と乳ローだけだった。
「ガリからのLINE見た?」
「いや、見てないです」
すぐさま、スマホを手にとってLINEのメッセージを確認した。
『わりぃ。アポが長引いちゃったから、ちょっと遅れるわぁ』
さすが、ガリさん。どれだけの女を囲っているんだか。
「今日は、子凛も十太もアポで遅れるって言ってたしなぁ。夜になれば夜行性ナンパ師やクラブナンパ師も合流するし、お前も今度飲み会に来いよ」
飲み会に行けば、さらに色々なナンパ師と合流できることは知っていた。しかし、お酒を飲んでしまうと疲れてしまい、集中してナンパができないので断っていた。
「そうですね。今度行きますね。皆アポみたいですが、乳ローさんはないのですか」
「この俺をバカにしてるのか。俺はさっきまで、キープのメンテ(メンテナンスの略語。女性との関係維持の活動を指す)をこなしてたんだよ。アポはたいてい平日に入れてるよ」
俺にとって、女のメンテなんて夢のまた夢だな。
「それと、さっきちょっと時間があったから、声をかけて即ってきた」
「えっ、もう」
「あぁ。容貌が悪い女ではなかったがバカだったから、それに見合う安あがりな満喫でサクっとな。バカ女に金をかけてもしょうがないからな」
乳ローは、指を鼻にあててしきりに匂いを気にしている。その指がスッと伸びて綺麗だったので見惚れてしまっていると、
「あいつのアソコの匂いが残ってるよ。ほらっ」
その指を鼻に押しつけられてしまった。
「やめてください、乳ローさん」
手を払いのけて顔を遠ざけるとよろけてしまったので、マトリックスのように仰け反ってしまった。何とか態勢を取り戻してから言葉を発した。
「自分も、乳ローさんと同じように即ができるようになりたいです」
「『乳ローさんと同じように』」
どこにカチンと来たのだろうか……。
「声をかければ誰にでもやらせてくれるような女でさえも即れないお前と一緒にするな」
間隔を開けずに一気に捲し立てられた。
「いや、別にそういう意味で言ったわけじゃ……」
「お前は全然わかってない。よく聞け、グリーン。尻軽の女をオトすことは誰だってできる。しかし、誰が声をかけてもガンシカされるような優雅で知性のある女を、短時間で自ら股を開くように仕向けることは誰でもできることではない。これができるのは選ばれた超トップレベルのナンパ師だけであり、これこそが俺にとってのナンパなんだよ。だから、お前と一緒にすんじゃねぇよ!」
「あっ、はい」
それしか答えようがなかった。腑に落ちない部分はあったが、乳ローのナンパに対するポリシーを垣間見たような気がして興味深かった。
「とりあえず、巡回しようぜ」と言うと歩き出し、手すりに囲まれているいけふくろうから離れると階段を上がっていった。
「最近、完ソロしてるみたいじゃん。調子はどうなの」
「散々ですね。一日五十声かけというノルマを課してるですが、三百声かけ連続失敗です」
まあさに声かけを譲って帰宅した後、部屋で体育座りを三時間するほど落ち込んでしまったので気持ちを入れ直したんだ。しかし、一向に結果が出なかった。最初のうちは「次があるさ」とモチベーションを維持することができたが、さすがにこれだけ結果が出ないと、早くも引退の二文字が過り心が折れかけていた。
「絶望的に酷すぎるな……。お前には素質がないから、もう辞めた方がいいんじゃね」
1%も否定できなかった。
突然、強い南風が吹くと、埃を弄ぶように浮かしている。
「それにしても、ほんと池袋はブスとガキしかいねぇ街だな。いい女いねぇから帰ろっかな。俺は『表参道でやろうぜ』って散々言ったんだぜ。だが、総長は首を縦に振らなかった。ま、ブサイクなガリにはお似合いな街だよ」
こいつは、マジでボロクソに言うな……。
乳ローが続けてブツクサ呟いていると、前方からブルーとイエローのツートンカラーの長髪を後ろで束ねたまあさが身体をくねらせて踊りながらやってきた。この前は意識して外見を見てなかったが、よく見てみると耳には十個を優に超えるリングのピアスが連なっていて、下唇にもピアスがあった。しかし、それだけではなかった。
「お疲れ、まあさ。鼻にピアスをあけたの?」
「はい」と言いながらアカンベーをした。すると、舌にもピアスがあり、露出狂のように服をめくっているので見てみると、臍にもピアスがあった。……が、その上に、ILOVEまあさと描かれている。
「これ、もしかして、タトゥー?」
「はい。何か問題でも?」
どんだけナルシストなんだよ。
「遅れてすいません。メンテで遅れちゃって」
「えっ。まあさ、メンテだったの」
「そうっすよ。この前、グリーンさんが地蔵してた娘です」
「まさか、あの可愛い娘を即っちゃったの」
「もちろんですよ。って生意気ですかね、サーセン。これも、ガリさんの教えの賜物ですよぉ」
マジかよ。あれは絶対無理だと思ったのに……。
ちょっとムカついたので、鼻のピアスを思いっきり下に引っ張って引きちぎりたくなった。
乳ローは、俺に人差し指を向けてニヤニヤ笑っている。
「何、後輩に抜かれてんだよ」
うるさいな。このサディズム野郎は。
「だから、声をかけなきゃわからねーってガリが言ってたろ? あまりにもいい女だと男共は敬遠しがちで声をかけられ慣れていないからうまくいくことがあるし、もしくは突然フラれた傷心で人恋しくなっていたり、ホルモンバランスの変化や満月の夜で身体が欲してるかもしれねぇだろ? とにかく、声をかけなきゃ何にも始まらねぇんだよ。案ずるより産むが易しだ。悔しくねぇのかよ」
悔しいさ。
「まぁ、今のお前が声をかけたって、まあさみたいな結果になるとは思わねぇけどな」
イチイチ、癇に障ることを言う奴だなぁ。
苛々したので、八つ当たりしたくなった。まあさの耳に連なるピアスに紐を通して引き摺り回し、その紐で乳ローの首を絞め殺したくなった。
「ナンパにもビギナーズラックはあるからな。ぎこちなさや初々しさがはまるときがある。ナンパ慣れしてくると、それが相手に遊び人として伝わって足枷になるときがあるからなぁ。でも、まあさの場合は実力だろな」
「いえいえ。ガリさんの教えはマジ半端ねぇっス。質問したら目から鱗が落ちるほどの百点の回答をくれるんですごいっス」
「それに引き替えお前は成長しねぇなぁ」
と言うと、天に向けて大声で笑われてしまった。
その瞬間、俺は確実に『プチッ』とキレてしまった。別に乳ローやまあさにキレたわけではない。自分の不甲斐なさにキレてしまったのだ。ナンパの世界は弱肉強食。結果の出ない輩の遠吠えなんて情けないだけだ。次の声かけで結果が出なければ、この世界からきっちり足を洗うと決心した。
「かわいい」
という声も聞こえ、人だかりができているので掻き分けて中に進む。
地下一階にあるいけふくろうと呼ばれるふくろうの石像の上には、本物の鳥が羽根を休めてぐっすりと寝ていた。待ち合わせスポットとしては不人気のいけふくろうは、お株を奪われたので不満そうな表情をしている。
これだけの人だかりの中で、しかも、あらゆる方角から写真を撮られているのに図太い鳥だなぁと思っていると、次の瞬間、「どこかで見たような」と独り言を漏らしてしまった。
近くでよく見てみると、枯葉を纏ったような羽根をしている。
「こいつは、モヤイ像前で俺にフンをかけた鳥だ!」
と叫ぶと鳥は飛び起きて一瞬取り乱したが、「フッ」と笑い不敵な表情を浮かべながら俺に向かってきた。瞬きせずに見つめていると頭に着地して、「痛ッ!」と呻くころには地上に向けて飛んでいってしまった。
「おい、起こすなよ。可哀想だろ」
「あっ、え、すいません」
ギャラリーに怒られてしまい、人差し指で頭を掻きながら謝った。
この鳥は石像が好きなのかなぁ。石フェチなのかもしれない。
「何してるの、お前」
自分勝手な分析にうんうん頷いていると、乳ローがやってきた。
「ブーイングが起きてて、その中心を見たらお前がいたからさ。なんか、やったの?」
「いえいえいえ」
「随分鳥の羽根が頭についてるけど、自己流のお洒落か? やめとけ。そんなの個性でも何でもないぞ」
「いや、別に。そういうわけでは……」
面倒臭い輩だから、詳細は説明しなかった。
『来週土曜は、四時から池袋でナンパ祭をやるで。待ち合わせはいけふくろう前』
ガリさんからのLINEにはそう記されていたが、この時間に来ていたのは俺と乳ローだけだった。
「ガリからのLINE見た?」
「いや、見てないです」
すぐさま、スマホを手にとってLINEのメッセージを確認した。
『わりぃ。アポが長引いちゃったから、ちょっと遅れるわぁ』
さすが、ガリさん。どれだけの女を囲っているんだか。
「今日は、子凛も十太もアポで遅れるって言ってたしなぁ。夜になれば夜行性ナンパ師やクラブナンパ師も合流するし、お前も今度飲み会に来いよ」
飲み会に行けば、さらに色々なナンパ師と合流できることは知っていた。しかし、お酒を飲んでしまうと疲れてしまい、集中してナンパができないので断っていた。
「そうですね。今度行きますね。皆アポみたいですが、乳ローさんはないのですか」
「この俺をバカにしてるのか。俺はさっきまで、キープのメンテ(メンテナンスの略語。女性との関係維持の活動を指す)をこなしてたんだよ。アポはたいてい平日に入れてるよ」
俺にとって、女のメンテなんて夢のまた夢だな。
「それと、さっきちょっと時間があったから、声をかけて即ってきた」
「えっ、もう」
「あぁ。容貌が悪い女ではなかったがバカだったから、それに見合う安あがりな満喫でサクっとな。バカ女に金をかけてもしょうがないからな」
乳ローは、指を鼻にあててしきりに匂いを気にしている。その指がスッと伸びて綺麗だったので見惚れてしまっていると、
「あいつのアソコの匂いが残ってるよ。ほらっ」
その指を鼻に押しつけられてしまった。
「やめてください、乳ローさん」
手を払いのけて顔を遠ざけるとよろけてしまったので、マトリックスのように仰け反ってしまった。何とか態勢を取り戻してから言葉を発した。
「自分も、乳ローさんと同じように即ができるようになりたいです」
「『乳ローさんと同じように』」
どこにカチンと来たのだろうか……。
「声をかければ誰にでもやらせてくれるような女でさえも即れないお前と一緒にするな」
間隔を開けずに一気に捲し立てられた。
「いや、別にそういう意味で言ったわけじゃ……」
「お前は全然わかってない。よく聞け、グリーン。尻軽の女をオトすことは誰だってできる。しかし、誰が声をかけてもガンシカされるような優雅で知性のある女を、短時間で自ら股を開くように仕向けることは誰でもできることではない。これができるのは選ばれた超トップレベルのナンパ師だけであり、これこそが俺にとってのナンパなんだよ。だから、お前と一緒にすんじゃねぇよ!」
「あっ、はい」
それしか答えようがなかった。腑に落ちない部分はあったが、乳ローのナンパに対するポリシーを垣間見たような気がして興味深かった。
「とりあえず、巡回しようぜ」と言うと歩き出し、手すりに囲まれているいけふくろうから離れると階段を上がっていった。
「最近、完ソロしてるみたいじゃん。調子はどうなの」
「散々ですね。一日五十声かけというノルマを課してるですが、三百声かけ連続失敗です」
まあさに声かけを譲って帰宅した後、部屋で体育座りを三時間するほど落ち込んでしまったので気持ちを入れ直したんだ。しかし、一向に結果が出なかった。最初のうちは「次があるさ」とモチベーションを維持することができたが、さすがにこれだけ結果が出ないと、早くも引退の二文字が過り心が折れかけていた。
「絶望的に酷すぎるな……。お前には素質がないから、もう辞めた方がいいんじゃね」
1%も否定できなかった。
突然、強い南風が吹くと、埃を弄ぶように浮かしている。
「それにしても、ほんと池袋はブスとガキしかいねぇ街だな。いい女いねぇから帰ろっかな。俺は『表参道でやろうぜ』って散々言ったんだぜ。だが、総長は首を縦に振らなかった。ま、ブサイクなガリにはお似合いな街だよ」
こいつは、マジでボロクソに言うな……。
乳ローが続けてブツクサ呟いていると、前方からブルーとイエローのツートンカラーの長髪を後ろで束ねたまあさが身体をくねらせて踊りながらやってきた。この前は意識して外見を見てなかったが、よく見てみると耳には十個を優に超えるリングのピアスが連なっていて、下唇にもピアスがあった。しかし、それだけではなかった。
「お疲れ、まあさ。鼻にピアスをあけたの?」
「はい」と言いながらアカンベーをした。すると、舌にもピアスがあり、露出狂のように服をめくっているので見てみると、臍にもピアスがあった。……が、その上に、ILOVEまあさと描かれている。
「これ、もしかして、タトゥー?」
「はい。何か問題でも?」
どんだけナルシストなんだよ。
「遅れてすいません。メンテで遅れちゃって」
「えっ。まあさ、メンテだったの」
「そうっすよ。この前、グリーンさんが地蔵してた娘です」
「まさか、あの可愛い娘を即っちゃったの」
「もちろんですよ。って生意気ですかね、サーセン。これも、ガリさんの教えの賜物ですよぉ」
マジかよ。あれは絶対無理だと思ったのに……。
ちょっとムカついたので、鼻のピアスを思いっきり下に引っ張って引きちぎりたくなった。
乳ローは、俺に人差し指を向けてニヤニヤ笑っている。
「何、後輩に抜かれてんだよ」
うるさいな。このサディズム野郎は。
「だから、声をかけなきゃわからねーってガリが言ってたろ? あまりにもいい女だと男共は敬遠しがちで声をかけられ慣れていないからうまくいくことがあるし、もしくは突然フラれた傷心で人恋しくなっていたり、ホルモンバランスの変化や満月の夜で身体が欲してるかもしれねぇだろ? とにかく、声をかけなきゃ何にも始まらねぇんだよ。案ずるより産むが易しだ。悔しくねぇのかよ」
悔しいさ。
「まぁ、今のお前が声をかけたって、まあさみたいな結果になるとは思わねぇけどな」
イチイチ、癇に障ることを言う奴だなぁ。
苛々したので、八つ当たりしたくなった。まあさの耳に連なるピアスに紐を通して引き摺り回し、その紐で乳ローの首を絞め殺したくなった。
「ナンパにもビギナーズラックはあるからな。ぎこちなさや初々しさがはまるときがある。ナンパ慣れしてくると、それが相手に遊び人として伝わって足枷になるときがあるからなぁ。でも、まあさの場合は実力だろな」
「いえいえ。ガリさんの教えはマジ半端ねぇっス。質問したら目から鱗が落ちるほどの百点の回答をくれるんですごいっス」
「それに引き替えお前は成長しねぇなぁ」
と言うと、天に向けて大声で笑われてしまった。
その瞬間、俺は確実に『プチッ』とキレてしまった。別に乳ローやまあさにキレたわけではない。自分の不甲斐なさにキレてしまったのだ。ナンパの世界は弱肉強食。結果の出ない輩の遠吠えなんて情けないだけだ。次の声かけで結果が出なければ、この世界からきっちり足を洗うと決心した。
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