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7章 性欲の中心には魔物が棲んでんねん

7-16 乳ロー先生の講義11【㉝言い訳】

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「もう終わったような関係だし、彼のことは忘れた方がええよ」
「確かにそうなんだけどさぁ」
 ねじが手を握ろうとすると、女は振り払った。
「しんど。断るのはええけど、その断り方はアカンわ」
 女はねじから視線を逸らしたまま言葉は何も発しなかった。
「断るのは構わんけど、そのあしらい方はアカン。おかしな空気にすんなや。かなわんわ、ホンマ」
 女は瞬きを繰り返した。
「……」
「シカトはやめてくれへんか」
 女は視線をあちこちに向けている。
「えっ、いや、ごめんね……。冗談よ、冗談。怒らせたかったわけじゃないのよ。ほんとよ」
「ほんで?」
「ちょっとおっかないよ……、冗談だって言ってるじゃん。でも……、ごめんね」
 女は謝っているが、ねじは明後日の方向を向いて無言を貫いている。女はそのねじの態度に困惑している。
「ほんとにごめんなさい」
 頭を下げて、気持ちを込めて謝ったように観えた。
 ねじは一瞬だけ女の方を向いたが、すぐに夜の公園に視線を戻すと無言もそのままだった。ヒナは気まずい表情になり、再び瞬きが多くなって視線も下がりうつむいてしまった。
 ねじがすっと横に動き、少し離れていた距離を縮めた。すると、女はわずかに身構えた。
「どないしたん?」
 ねじは女のぎこちない動きにジャブをかました。
「いや、別に……」
 女は不安そうな表情をしている。
「ホンマに?」
 再びジャブを入れた。
「しんど。何もせえへんっちゅうの!」
 と言うと、女の頭をぽんぽんした。
「ヒナ、たのむでホンマに……。もう、終わったような存在であっても彼氏がいてるから気になるのはしゃーないと思うし、出会ったばかりやからってグダる気持ちもわかるで。せやけど、あしらい方が下手くそやねん。男と女はかけひきが醍醐味であって、いっちゃん楽しいのにそれではあかんがな。ガキやでホンマに」
 女はねじを見ながら黙って聞いている。
「よく考えてみ。恋愛の失敗の原因は何だったと思う? 一言でいうと、男の経験が圧倒的に少ないからや。話をすればするほど男のことが全くわかってへんと感じた。僕から言わせれば、おしゃまな子どもにしか見えへん。これから同じ過ちを繰り返さないよう僕からようけ学んだ方がええ。もっと色々な男を知らんと結婚してから後悔することになるんやで」
 耳に近づくと、内緒話をするような囁く声が聞こえた。
「ピアスめっちゃ綺麗やん。黒髪とぴったりやわ」
 自信に裏打ちされたその声は、ヒナの心を甘く捕らえるだけじゃなく頬の色をもうっすら赤くした。モニター越しに観ていると、ドラマのワンシーンのように思えてしまった。

「あいつ、俺のやり方をパクりやがったな!」
 乳ローがモニターをバンバン叩きながら言った。
 乳ローがまだモニターを叩いていたので、ガリさんは「壊れるからやめろや」と言った。
「何のことを言ってるのですか?」
「アプローチを断られた場合の対処法だ。女の行動を指摘や否定するのではなく、態度にツッコミという名のジャブを入れることがポイントなんだぜ」
「態度ですか……」
「あぁ。行動(手を出して拒まれる)を指摘すると正論で返されたり、否定すると本当のケンカになったり、どちらも確実に雲行きが怪しくなる。だから、逸らすことが大事なんだ。これを、トーンポリシングという。しかし、必要以上に怖がらせてはダメ。時より優しさやユーモアのある会話を盛り込みながら、女の態度にジャブを打ち続けることで道は開けてくるんだぜ」
 ふとモニターに目をやると、微かに凹んでいるように見えた。
「ここでのキーワードは、『困惑』なんだよ。女がグダったときは、困惑させろ。感情があちらこちらに揺れ動くからこそ隙ができるし突破口が生まれる。『お前が俺をこうさせたんだろ。その気にさせといて逃げんなよ。責任とれよ』と言って女のせいにするのも効果的だ」
 乳ローは目を見開き、拳を手の平で叩くと「パチン!」と鳴らした。
「ねじの無言を観てて思い出した。グリーンじゃ使いこなせねぇが教えてやる。女なんて部屋に入れば何をするかはわかってんだよ。、男共おとこどもは部屋に入れてからいらんことをベラベラ喋り過ぎなんだよ。部屋に入ったらまず黙れ。沈黙というのは女にとって怖いものなんだよ。しかし、その緊張感を逆に利用する。その沈黙中に、目を見据え『こっち来いよ』と言ってから身体を引き寄せればヤレるんだよ。だから、沈黙はポイントなんだぜ」
ということですか……」
「アウト!アウト! 乳ローだけやないで。ねじもアウト!」
 アンパイアがたまらず、声を荒げた。
「乳ロー! お前、またゲームセットやで。何回、試合を終わらすねん」
「2回か?」
「真面目に訊いてへんがな! ホンマに心を入れ替えんと取り返しのつかんことになるぞ」
「ふ~ん」と言うと、そっぽを向いた。
「ったく……」
 空気を変えるために、一言呟いた。
「ところで、この攻防は最終的にどうなるのでしょうか……」
「ワイには、もうラストがくっきりと観えてるで」
「何でそんなことがわかるんですか!?」
「ワイのことを誰やと思ってんねん」
「グリーン、答えてやれ」と乳ローに言われたので、「日本一のナンパ師、ガリさんですよね!」と答えてやった。「せやろ?」と言うと、ガリさんのにやつきは止まらなかった。
「乳ローもわかってるやろ。今日はお前の講義やから最後までよろしく」
「ったく、めんどくせぇなぁ……。おい、グリーン。ねじは今、何をしてると思う?」
「……」
「グリーン、落ち着け。ま、緑茶でも飲めよ」
「はい、ありがとうございます……」
 黙って言われた通りに緑茶を飲み干した。
「さっき、後半戦のポイントを話しただろ」
「あっ、言い訳ですか」
「そうだ。ねじは今までのトークやアクションにおいて、あらゆる言い訳ネタを与え続けたんだ。それが、ワインのように熟成するのを待っているところなんだぜ」
「へっ?」
「わかってねぇみてぇだな。女というのはセックスのしたい生き物だ。ただし、男と違うんだよ。男はいつだってどこだってセックスができる。そこに理由や理屈なんていらねぇ。しかし、女はそうじゃねぇ。女には、『自分に対しての言い訳』が必要なんだよ」
 よくわからなかったので続く言葉を待った。
「女の世界には、という概念がある。だから、『ナンパについていくなんて軽くないかな……』『出会ったばかりでエッチしたら軽くないかな……』と思ってしまうんだ。そんな女には自分を誤魔化ごまかせるような言い訳を与えることが肝心なんだよ。例えば、『私の判断で家に行くのではなく、彼が口説き上手で乗せられてしまったから……』のようにだ。『終電を逃したから』『アグレッシブ過ぎるから』『酔ってしまったから』でもいいし、最終的には『恋に落ちてしまったから』でもいいんだぜ」
 乳ローは拳を強く握り締めた。
「女はその気になればなるほど言い訳をつくる。男の口説く行為とは、女に言い訳を与える行為といえるんだぜ。だから、男は口説き続けなけりゃいけねぇんだよ。さっき、まだ別れていない彼氏がいるって言ってただろ。そこを皮切りに言い訳の膜をさらに広げている最中なんだよ。女は後で言い訳で誤魔化せるように、巧みに口説かれてセックスに臨みたい生命体なんだよ。そのために、優しく騙すことは男の勤めなんだぜ」
 乳ローの話を聞いていて、男と女は同じ世界に生きているようで全く違う世界を生きているように思えてならなかった。
「女は言い訳を欲する生き物。男は言い訳を与える生き物。女にとってのいい言い訳を与えることができる男は結果が出るし、そこで差がついてくるんだよ。巧みに騙せるならば嘘だっていい。嘘も方便だ。女だって上手な嘘なら歓迎するんだからさ」
 ガリさんの下で勉強すればするほど、女という生態がよりわからなくなってきたような気がする。
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