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9章 あの日本一の誠実系ナンパ師、子凛が逮捕!?

9-16 人間を操作しようとする性欲が大嫌い

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 乳ローが「俺、ナンバー2!」と目を爛々らんらんとさせながら座布団を投げている。
 それを見ている妖精は、うるさい乳ローをむすっとしながら睨んでいる。
「やっぱ、男同士で飲んだ方が楽しいよな! 女なんて澄ましてっから、あんまり飲まねぇし、話はつまんねぇしよ。飲むなら、やっぱり男同士だぜ。女人禁制・ゲス民のゲス民によるゲス民のためのガリ祭は最高だぜ!」
 俺らはしらーと聞いていたが、乳ローはにやつきながら近づいてきた。
「いたいたいたいた、子凛がいた。淫行で捕まったんだって?」
 気持ちを落ち着かすようにレモンティを口に含み、一息ついてから喋り始めた。
「噂はやはり尾ひれがついて広まってしまうので怖いですね」
 と言うと、妖精も腕を組み可愛く口を膨らましてご立腹の様子である。
「じゃ、淫行って嘘だったの?」
「いえ、淫行容疑は本当です。彼女とドライブに行ったんですよ。あまり人気のない海岸で、夜七時くらいに帰ろうとしたら警察官に職務質問をされました。彼女が十七歳ということで淫行の容疑をかけられたのですが、その場で『親公認の付き合いで結婚の約束もしています』と伝え、彼女のお母さんからも電話で説明してもらったらその場で釈放されました」
「なんだ、良かったですね」
 子凛は芯のある瞳でゆっくりと口を開いた。
「彼女とは十年以上の付き合いがあります。ガリさんの元でナンパ修行に励んでいましたが、最後に辿り着いたのはやはり彼女でした」
 子凛の表情を見ると、何かが吹っ切れていてとても晴れやかだった。妖精は微笑ましい表情で子凛を見つめている。子凛の周りには人だかりができていて、祝福する者もいればエールを送る奴もいた。
 それを見ていた俺は泡のないビールを飲み干すと、視線が自然と下向きになり、そのまま固定して動けなくなってしまった。
「おい、グリーン。どないしたんや? 急に考え込んで」
「ガリさん。俺、即ったんすよ」
「えっ、そうなん? やったやん。おめでとう」
 にやつきながら乳ローがこちらに向かってきた。
「お前、即れたんだ。どんだけ時間がかかってんだよ。ボランティア精神の固まりのような女が、あまりにも可哀想だと思って恵んでくれたんだろ。感謝しろよ、そのマリアのような女に」
 祝福の一杯なのかグラスにワインを注いでくれた。乾杯すると、俺は一気に飲み干した。残ったボトルを乳ローはラッパ飲みしている。
 確かに、即ったことはうれしかった。
 でも、次の日にLINEを送ったが返信は来なかった。かりんとはあれっきりになってしまった。彼とはうまくいっているのだろうか。
「でも、即をしてからなんか目標を失ってしまったんですよ。これから何のためにナンパをすればいいんだろって思ってしまって」
「何言ってんだよ。一度即しただけでさ」
 と乳ローに言われてしまった。その通りだと思う。
 俺は酔いたかったから、側にあった誰のだかわからないビールを一気飲みした。
「そもそも、何で女を求めなきゃいけないのかわからなくなってしまって」
「どうしたんや、グリーン」
「自分にとって女って何なのかなと思ってしまって」
 ガリさんは黙って聞いている。乳ローは「うめぇうめぇ」言いながら、大根サラダを一心不乱に食べている。子凛の肩に乗っている妖精と目が合うと、おぼろげと尻尾の生えた悪魔に見えてきた。酔いが悪い方向に回ってきたようだ。
「別に男を好きだっていいんじゃないかと思っちゃって……。いや、自分が男を好きだと言いたいわけじゃないんですよ」
「何が言いたいねん……。言ってる意味がようわからんで」
「すいません……」
 近くにあったテキーラを飲み干すと吹っ切れた。
「自分は性欲というものに違和感を覚えるんですよ。だって、性欲って受動でしょう? 受動じゃないですか? いつの間にか人間として生まれて、精通を迎えて、テストステロンや性的指向や性的嗜好に沿って他者や何かを求めさせられてしまう」
 ガリさんは、ほとんど残っていないホッケをわずかに箸でつまんで口に放り込んでいる。
「自分は……、自分は性欲が嫌なんです。怖いんです。操作されたくないんです。男を操作しようとする……、女を操作しようとする……、いや違う。人間を操作しようとする性欲が大嫌いなんですよ。だから、だから……、逃げたくなるんですよ。消えたくなるんですよ。死にたくなるんですよ!」
 ガリさんは箸を止めた。
「……やっぱりなんか……、性欲っておかしくないですか? だから、自分は性欲の奥には何かがあるような気がするんです。その奥には何があるのだろうと思ってしまって」
 ガリさんはテーブルの上で肘を立てて両手の指を絡ませると、真っすぐ俺の目を見据えながら口を開いた。
「面倒くせぇ奴やな。考えればええってもんじゃないねん。考えすぎは毒や。世の中、考えたってしゃーないことはようけあるんやから」
「でも」と言う俺の言葉を遮ると喋り続けた。
「人間である限り、そないなことを考えても答えを見つけることはできん。ワイたち人間は、この宇宙で逆らったって、ジタバタしたってあかん。ただただ、委ねることしかできんねん。それが、人間の限界なんやで」
 ガリさんは、お猪口に入れた日本酒をゆっくりと飲んだ。すると、気分が良くなったのか「フフフ」と笑いウインクをした。なぜだか三回も。
「お前はおなごが好きなんやろ。ほんなら、それに従って好みのおなごに声をかければええねん。それがお前の答えなんやで。気になったら声をかける。それだけでええねん」
「確かにそうですが……」
「もうええ加減、自己啓発や自意識の問題によるナンパは卒業しろ。自分にではなく対象に向けろ。おなご本人を深く見つめろ。それがこの世を知る一歩になるだけでなく、おのれを知ることにも繋がっていくんやで」
「でも、ガリさん……」
「なんて顔してんねん。そんな顔じゃガンシカされるで」
 ガリさんが立ち上がると、右手でよしよしされてしまった。
「泣きべそをかいた罰や。今からナンパ修行に出かけるで」
「マジっすか」
 ガリさんは、なぜだか目を瞑ってそのまま顔を近づけてきた。
 えっ。もしかして、キスをされるのか。
 俺はゲイではなくバイでもなく女オンリーで生きてきたつもりだが、どうしよう……。考えている暇もなくそのまま近づいてきたと思っていたら、俺の顔を掠めて崩れるように倒れ込んでしまった。
「ガリさんガリさん! 大丈夫ですか!」
 いびきのする方向を見ると、口元に大根サラダのゲロをつけた乳ローがポール君を抱きしめながら気持ち良さそうに寝ていた。
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