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4話
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赤ん坊に栄養価の高いミルクを飲ませないといけない。
その問題を解決するために、ミミックは苔むした広間を出ることにした。
今、このダンジョンのほとんどの生き物が繁殖期を迎えている。
その中に、栄養価の高い乳を出すものがいるはずだ。
最初に向かったのは入り組んだ迷路のような空間。
地面は石畳ではなく、細長い草が茂っている。
踏みしめるたび、わずかに湿った土の感触が伝わってきた。
空気はぬるく、草の青い匂いが濃い。
自然の洞窟というより、放置された庭園のような場所だった。
そして、音がする。
細かく、せわしなく、絶え間ない物音。
草をかき分ける音。
魔獣が跳ねる音。
短く高い鳴き声。
しかしその姿は見えない。
しばらく進むと、踏み固められた広い空間に出た。
だが、巣らしいものは見当たらない。
草はただ静かに揺れているだけ。
地面も、どこも同じに見える。
しかしミミックは気づいた。
わずかに沈んだ場所がある。
ほんの少しだけ、地面がやわらかく落ち込んでいる。
草をかき分ける。
その下には――くぼみ。
浅く掘られた地面の穴。
内側はびっしりと毛が敷き詰められ、乾いた草が重ねられている。
まるで毛布の中だ。
毛の生えていない赤ん坊を温める小さなゆりかご。
その中心で、耳の長い赤ん坊たちが身を寄せ合っていた。
ここで待っていれば、母親にも会えるだろう。
ミミックは身を低くし、くぼみの縁に沿って静かに身を潜めた。
赤ん坊たちは身を寄せ合い、ときどき小さく鳴くだけ。
待つ。
やがて――
草が揺れた。
軽い跳躍音。
すぐ近くで足が止まる。
親が戻ってきた。
長い耳。丸みを帯びた体。
そして額には、小さな角が一本。
母獣はくぼみの手前でぴたりと止まった。
鼻を鳴らし、周囲の空気を何度も確かめる。
……誰かが近づいた気配を感じ取ったのだろう。
わずかに身を強張らせ、しばらく動かない。
耳が細かく揺れ、警戒が空間に張りつめる。
だが異常はないと判断したのか、やがて力を抜いた。
ゆっくりとくぼみに降りる。
腹が地面に触れた瞬間――
赤ん坊たちが一斉に群がった。
押し合い、重なり、必死に吸いつく。
弾き出された個体は無理やり潜り込み、
一匹たりとも離れようとしない。
母親の腹は、小さな体でびっしり埋まった。
――入り込む隙はない。
ミミックは動かず待つ。
飲み終わったあとを狙うつもりだった。
だが、授乳はすぐに終わった。
ほんのわずかな時間。
この魔獣は巣に留まらない。
巣の匂いが濃くなれば、外敵に場所を知られる。
だから訪れるのは一瞬だけ――与えて、すぐ去る。
赤ん坊たちはまだ離れたがらないが、やさしく押し戻され、母親は巣の向こう側へと跳ねていった。
静けさが戻る。
あの速さで授乳を終えられるということは、かなり栄養効率のいい乳なのだろう。
だが――時間が、あまりにも足りない。
他を当たった方がよさそうだ。
ミミックは、一度赤ん坊にミルクを与えに戻ってから、再び探しに行くことにした。
次に向かったのは、やけに天井の高い空間。
空気は冷たく、ちょっとした音が遠くまで響く。
ここにいる魔獣は探す必要がない。
天井を覆う暗闇。そのすべてが魔獣の集まりだ。
蝙蝠型の魔獣。
彼らは天井にびっしりと群がり、巨大な一枚の影のように重なり合っている。
翼膜を身体に巻きつけ、足の爪で岩肌をつかみ、果実の房のように密集してぶら下がっていた。
遠目では判別しづらいが、一匹一匹の体はかなり大きい。
人間の大人と、ほとんど変わらないほどだ。
ミルクを分けてもらうには、あの高さまで近づかなければならない。
だが軟体の身体を持つミミックにとって、壁を登ることなど造作もないことだった。
岩の凹凸に合わせて形を変え、隙間にぴたりと密着する。
力を込めて踏ん張る必要はない。
ただ貼りつき、重さを分散させ、カタツムリのように静かに上へと進んでいく。
蝙蝠型の魔獣は、わずかな振動や空気の揺らぎにも反応するほど音に敏感だ。
その点でも、軟体の身体は都合がよかった。
足音はない。
擦れる音もない。
岩肌に吸いつくように移動するため、空気すらほとんど揺らさない。
もし硬い爪で岩を掴んだり、翼をはばたかせて近づこうとしたなら、とうに気づかれていただろう。
だがミミックは違う。
ただ静かに――まるで壁の一部になったかのように、
存在の輪郭を曖昧にしたまま、上へと進んでいく。
徐々に、頭上の闇が個々の形を帯びてくる。
折り畳まれた翼膜。
重なり合う爪。
微かに上下する胸の動き。
あともう少しで――。
その時。
ミミックの内側で、赤ん坊がもぞもぞと動き始めた。
「……ぁぅ」
小さな声が漏れる。
ミミックは咄嗟に宝箱の殻を閉じ、泣き声を遮断しようとした。
だが完全に閉じるには、壁に貼り付いている体をすべて内側へ引き戻さなければならない。
それは、支えを失うということ。
――落下を意味していた。
高さは約十五メートル。
ミミック自身なら落ちても致命的な損傷にはならない。
だが、中にいる赤ん坊の安全は、まったく保証できなかった。
「……ぅう…あぅぅ……んやぁぁあああ!!」
泣き声が弾けた。
空間を震わせるほどの音量。
天井の影がざわめき、無数の気配が揺れる。
――もう、迷う時間はない。
ミミックが選んだのは、落下。
だが――ただ落ちるわけではない。
壁に貼りついた身体を一気に引き剥がす。
その直前、ほんの一点だけを残した。
人間の拳ほどの接触面。
そこだけを支点にする。
次の瞬間。
身体が落ちた。
重力に引かれ、真下へ――
だが完全には離れない。
残された一点から、軟体の身体が引き延ばされていく。
伸びる。
さらに伸びる。
柔らかな体は細く、長く、紐のように変形し、
落下の勢いをそのまま吸い取っていく。
伸びて。
伸びて。
限界まで引き延ばされ――
動きが止まる。
そして、
ぶつん。
伸びた身体の中央が耐えきれずに切れた。
残されていた張力が一気に解放され、ミミックの身体が縮みながら落ちる。
どさり。
柔らかな衝撃とともに、床へ転がり落ちた。
伸びきっていた体が波のように揺れ、ゆっくりと元の厚みを取り戻していく。
ちぎれた体の一部が、トカゲのしっぽのように魔獣の注意を引きつけている。
ミミックの内側には大きな泣き声が響き渡っている。
しかし、それが天井に響くことはなかった。
その問題を解決するために、ミミックは苔むした広間を出ることにした。
今、このダンジョンのほとんどの生き物が繁殖期を迎えている。
その中に、栄養価の高い乳を出すものがいるはずだ。
最初に向かったのは入り組んだ迷路のような空間。
地面は石畳ではなく、細長い草が茂っている。
踏みしめるたび、わずかに湿った土の感触が伝わってきた。
空気はぬるく、草の青い匂いが濃い。
自然の洞窟というより、放置された庭園のような場所だった。
そして、音がする。
細かく、せわしなく、絶え間ない物音。
草をかき分ける音。
魔獣が跳ねる音。
短く高い鳴き声。
しかしその姿は見えない。
しばらく進むと、踏み固められた広い空間に出た。
だが、巣らしいものは見当たらない。
草はただ静かに揺れているだけ。
地面も、どこも同じに見える。
しかしミミックは気づいた。
わずかに沈んだ場所がある。
ほんの少しだけ、地面がやわらかく落ち込んでいる。
草をかき分ける。
その下には――くぼみ。
浅く掘られた地面の穴。
内側はびっしりと毛が敷き詰められ、乾いた草が重ねられている。
まるで毛布の中だ。
毛の生えていない赤ん坊を温める小さなゆりかご。
その中心で、耳の長い赤ん坊たちが身を寄せ合っていた。
ここで待っていれば、母親にも会えるだろう。
ミミックは身を低くし、くぼみの縁に沿って静かに身を潜めた。
赤ん坊たちは身を寄せ合い、ときどき小さく鳴くだけ。
待つ。
やがて――
草が揺れた。
軽い跳躍音。
すぐ近くで足が止まる。
親が戻ってきた。
長い耳。丸みを帯びた体。
そして額には、小さな角が一本。
母獣はくぼみの手前でぴたりと止まった。
鼻を鳴らし、周囲の空気を何度も確かめる。
……誰かが近づいた気配を感じ取ったのだろう。
わずかに身を強張らせ、しばらく動かない。
耳が細かく揺れ、警戒が空間に張りつめる。
だが異常はないと判断したのか、やがて力を抜いた。
ゆっくりとくぼみに降りる。
腹が地面に触れた瞬間――
赤ん坊たちが一斉に群がった。
押し合い、重なり、必死に吸いつく。
弾き出された個体は無理やり潜り込み、
一匹たりとも離れようとしない。
母親の腹は、小さな体でびっしり埋まった。
――入り込む隙はない。
ミミックは動かず待つ。
飲み終わったあとを狙うつもりだった。
だが、授乳はすぐに終わった。
ほんのわずかな時間。
この魔獣は巣に留まらない。
巣の匂いが濃くなれば、外敵に場所を知られる。
だから訪れるのは一瞬だけ――与えて、すぐ去る。
赤ん坊たちはまだ離れたがらないが、やさしく押し戻され、母親は巣の向こう側へと跳ねていった。
静けさが戻る。
あの速さで授乳を終えられるということは、かなり栄養効率のいい乳なのだろう。
だが――時間が、あまりにも足りない。
他を当たった方がよさそうだ。
ミミックは、一度赤ん坊にミルクを与えに戻ってから、再び探しに行くことにした。
次に向かったのは、やけに天井の高い空間。
空気は冷たく、ちょっとした音が遠くまで響く。
ここにいる魔獣は探す必要がない。
天井を覆う暗闇。そのすべてが魔獣の集まりだ。
蝙蝠型の魔獣。
彼らは天井にびっしりと群がり、巨大な一枚の影のように重なり合っている。
翼膜を身体に巻きつけ、足の爪で岩肌をつかみ、果実の房のように密集してぶら下がっていた。
遠目では判別しづらいが、一匹一匹の体はかなり大きい。
人間の大人と、ほとんど変わらないほどだ。
ミルクを分けてもらうには、あの高さまで近づかなければならない。
だが軟体の身体を持つミミックにとって、壁を登ることなど造作もないことだった。
岩の凹凸に合わせて形を変え、隙間にぴたりと密着する。
力を込めて踏ん張る必要はない。
ただ貼りつき、重さを分散させ、カタツムリのように静かに上へと進んでいく。
蝙蝠型の魔獣は、わずかな振動や空気の揺らぎにも反応するほど音に敏感だ。
その点でも、軟体の身体は都合がよかった。
足音はない。
擦れる音もない。
岩肌に吸いつくように移動するため、空気すらほとんど揺らさない。
もし硬い爪で岩を掴んだり、翼をはばたかせて近づこうとしたなら、とうに気づかれていただろう。
だがミミックは違う。
ただ静かに――まるで壁の一部になったかのように、
存在の輪郭を曖昧にしたまま、上へと進んでいく。
徐々に、頭上の闇が個々の形を帯びてくる。
折り畳まれた翼膜。
重なり合う爪。
微かに上下する胸の動き。
あともう少しで――。
その時。
ミミックの内側で、赤ん坊がもぞもぞと動き始めた。
「……ぁぅ」
小さな声が漏れる。
ミミックは咄嗟に宝箱の殻を閉じ、泣き声を遮断しようとした。
だが完全に閉じるには、壁に貼り付いている体をすべて内側へ引き戻さなければならない。
それは、支えを失うということ。
――落下を意味していた。
高さは約十五メートル。
ミミック自身なら落ちても致命的な損傷にはならない。
だが、中にいる赤ん坊の安全は、まったく保証できなかった。
「……ぅう…あぅぅ……んやぁぁあああ!!」
泣き声が弾けた。
空間を震わせるほどの音量。
天井の影がざわめき、無数の気配が揺れる。
――もう、迷う時間はない。
ミミックが選んだのは、落下。
だが――ただ落ちるわけではない。
壁に貼りついた身体を一気に引き剥がす。
その直前、ほんの一点だけを残した。
人間の拳ほどの接触面。
そこだけを支点にする。
次の瞬間。
身体が落ちた。
重力に引かれ、真下へ――
だが完全には離れない。
残された一点から、軟体の身体が引き延ばされていく。
伸びる。
さらに伸びる。
柔らかな体は細く、長く、紐のように変形し、
落下の勢いをそのまま吸い取っていく。
伸びて。
伸びて。
限界まで引き延ばされ――
動きが止まる。
そして、
ぶつん。
伸びた身体の中央が耐えきれずに切れた。
残されていた張力が一気に解放され、ミミックの身体が縮みながら落ちる。
どさり。
柔らかな衝撃とともに、床へ転がり落ちた。
伸びきっていた体が波のように揺れ、ゆっくりと元の厚みを取り戻していく。
ちぎれた体の一部が、トカゲのしっぽのように魔獣の注意を引きつけている。
ミミックの内側には大きな泣き声が響き渡っている。
しかし、それが天井に響くことはなかった。
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