迷宮サバイバル! 地下9999階まで生き残れ!

ねこねこ大好き

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皆の悩み

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「レイ? 大丈夫か」
 目を覚ますとリリーの顔が目に入る。
 顔を見るだけで、三人が無事だと分かり、涙が出た。
「大丈夫だ」
 体を起こし、背筋を伸ばして筋肉と関節の具合を確かめる。ゴキゴキと気持ちの良い音が鳴る。以前よりも調子が良くなった気がした。
「皆は?」
「おかげで皆大丈夫だ」
 リリーがギュッと痛いくらいに手を握りしめる。温かさが心にしみる。
「ローズとチュリップは?」
「チュリップは洗濯している。ローズは、そこに寝ている」
 リリーと反対の方を見ると、ローズがベッドに突っ伏して寝ていた。
「心配かけたな」
「私たちのほうがレイに迷惑をかけてしまった」
 リリーが椅子に腰かける。
「チュリップが感心していた。よくもここまで根気強く看病できたと」
「そうか? 必死で全然気づかなかった」
「気絶するほどフラフラの状態で必死になれるなんて、レイさんくらいですよ」

 チュリップが洗濯物と着替えを持って現れる。
「着替えです」
 手渡された着替えは、冒険者の服では無かった。
「これ? どこにあった?」
「この階の部屋中引っかきまわして見つけました。前の服はぐちゃぐちゃで洗濯しても着れない状態だったので」
 よく見れば全員服装が違っていた。前は厚手の長袖長ズボンで、色気のないものだった。今は寝巻のような薄手だった。
「そんな酷かったのか? 洗ったはずだが?」
「あの洗い方じゃ、大小便のシミは落ちません」
 含みのある言い方に嫌な予感がした。毛布を除くと全裸だった。
「おう……見た?」
「それ聞くんですか」
 チュリップが腹を抱えて笑う。リリーが気まずそうに顔を背ける。
「立派でした。とても私では扱えません」
「褒めてる?」
「さあ、どうでしょう」
 チュリップはくっくっくと人の悪そうな笑みを浮かべ続ける。
「それで、私たちの裸を見た感想は如何ですか?」
「チュリップ! それは!」
「いいじゃないですか。見られたことなど分かりきっているのですから」
 チュリップは真っ赤なリリーを小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「皆綺麗な体だったと思うけど、正直記憶にねえ」
「それは残念」
「何で残念なんだ?」
「看病中に犯されたのでは? と期待したのですが、その様子では誰も犯していないようですね」
「おいおいおいおいおい! チュリップ! さすがにそれはねえって!」
「分かっています。冗談です冗談」
 チュリップの言動がぶっ飛んでいたので目が点になる。
「チュリップって、僧侶なのに結構ぶっ飛んでるな」
 冗談だった。
 だがチュリップは笑みを止める。
「僧侶だから、かもしれませんね」
 チュリップは神の水差しを持つと、鏡のように磨かれた表面を見つめる。
「教会は、罪を許す場所です。罪を許すということは、それだけ、罪を見ているということです」
 チュリップの顔は見えなかった。だが雰囲気は寒気がするほど冷えていた。
「正直、私たちはレイさんに犯されても文句が言えない立場だったと考えています」
 チュリップは神の水差しに爪を立てる。憎しみが籠っているようだった。

「大小便や吐しゃ物は永遠の愛を無かったことにすることなど簡単な代物です。私は僧侶という職業柄、結婚式を見てきました。皆さまとても幸せそうでした。ところが、不運な病気や怪我となりますと、たちまち不幸となります。最初は愛があるから耐えられると言います。しかし大小便や吐しゃ物を見ると、途端に触れなくなります。キスもできなくなります。そして、永遠の愛は永遠の別れとなります。残された人は、教会でひたすら嘆きます。教会は病人の保護もやっていますから。私はひたすら、その嘆きを聞きます。恨まれます!」
 ギリギリと神の水差しの表面が爪で削れていく。不協和音、心の叫び。
「まあ! それでも助けてくれる人は居ます! ええ! 永遠の愛など無いと理解している人です! その人は永遠の愛など無いと理解しているから、条件付きの愛を提示します! その人はとてもいい人です! 何せ、大小便も吐しゃ物も恐れません! 金、体、土地、食べ物、水! 何かを差し出せば愛してくれます! 裏切りません! とても信頼できます! ええ! 差し出し続ければ愛してくれる! 守ってくれる! 何と素晴らしく分かりやすい人なのでしょう! 私はそういう人が! だ! い! す! き! です!」
 チュリップは神の水差しを地面に叩きつけた。
 残ったのは静寂だった。

「申し訳ありません。こんなこと言うつもりでは無かったのです」
 チュリップははく製のような笑みを向ける。
「レイさん? リリーさん? ローズさん? 先ほどの私の言葉は忘れてください。これから長い時間、一緒に居るのですから」
 リリーも、ローズも、あっけにとられている。俺自身驚いている。
 チュリップの印象は、年上のエッチなお姉さんという感じだった。それでいて、自分よりも周りを気にするお姉さんだと思っていた。
 それは違った。否! それだけではなかった。彼女は、辛い思いをしてここに来た。
 肩で息をする彼女を見て、それを理解した。

「チュリップ。悪いが、俺はお前の辛さが分からない。正直! 何があったのかすら分からない!」
「……そうでしょうね」
 チュリップが落胆の笑みを浮かべる。どうやらチュリップは何があっても笑うのが癖のようだ。
「おっと! 不貞腐れるのは早いぜ!」
 ベッドから降りてチュリップの手を握る。
「良いか! 俺が女を犯す時は、女が俺に心底惚れた時だ! ベッドの上で濡れた股をおっぴろげた時だ!」
「……は?」
 チュリップが笑みを止めて滅茶苦茶怖い顔になる。
「待て待て! 言葉を間違えた! 少し考える時間をくれ」
 貧乏ゆすりして必死に言葉を探し出す。
「あれだ! 俺はお前の辛さも過去も分からない! でも仲間だ! だから安心してくれ!」
「はぁ?」
 目つきがヤバい。ブチ切れた母さんと同じだ。
「落ち着けって。俺はな、馬鹿なんだ! だからこう! 自分が言いたいことが口に出せない!」
 貧乏ゆすりしまくってとにかく考える! 何だか鎧に囲まれた時よりも怖いぞ!
「チュリップ!」
 全身をはく製のように硬くしたチュリップを抱きしめる! これしか俺の気持ちを伝える術は無い! 親父と母さんから学んだ!
「俺は! お前が想像するような悪い男じゃねえ! 絶対に! だから見捨てない! 裏切らない! 信じてくれ! もう俺にはこれしか言えねえ! だから今は信じてくれ!」
 静かになる。その間、ずっと抱きしめ続ける。
「……離してください」
 チュリップが体の強張りを解くと同時に言う。
「分かった」
 雰囲気が落ち着いたように感じた。良かった!
「汚らしい物をぶらぶらさせて! 私に押し付けるな!」
 バチンと火花が飛んだ! 何か言う前に、チュリップは外へ飛び出した!
「何で叩かれるんだよ!」
「いいからさっさと服を着ろ!」
「レイったら、最低」
 罵詈雑言を受けながら、投げ渡された服を着る。素晴らしく着心地がいい。
「でも、チュリップが羨ましいな」
 リリーがくつくつと膝を叩いた。

「羨ましい?」
「あれだけ大声で叫んだことは一度もない。叫んでも仕方ないと諦めていたから」
 リリーが寂しそうに天井を見上げる。
「少しだけ、私の不満を聞いてくれるか?」
「遠慮するな。全部聞くよ」
 服を着終わるとベッドに座り、リリーに体を向ける。

「私の家系は代々騎士団に務める。女の私も例外ではない」
 リリーは磨かれた剣の横腹を見る。
「女騎士の門は狭い。需要が無いからだ」
「需要が無い?」
「女騎士の役目は、女王や姫、貴族の女性の護衛だけだ。しかもただの護衛ではない。寝室や風呂場など、女性でしかできない場所の護衛だ。陸路等は男性騎士で十分だからな」
「つまり、騎士は基本男だけで十分ってことか?」
「そうだ。しかもお声がかかるかも分からない。男性のほうが頼りになると皆思っているからな。だから騎士団に所属しても、ほとんど仕事が無い。そんなことが良くある」
「それだと女騎士って要らないんじゃ?」
「嫌なことをズバズバ言うな」
 リリーは苦笑する。
「だがその通りだ。騎士学校に行かされたが、私以外全員男だった。馬鹿にされもした。最も、全成績一番になって見返してやったがな。しかしそれでも騎士団に所属できるかは分からない。それぐらい女騎士には需要が無い」
「それってつまり、くいっぱぐれる可能性が大きかったってことか?」
「そうだ。騎士団に所属できなければ、私は家系に泥を塗ることになる。だから、騎士団の採用試験に呼ばれて嬉しかった。ユリウス様が採用試験を突破すれば騎士団に所属できるとお墨付きをくれたから。まさか迷宮に潜ることになるとは思わなかったがな」
 リリーはいったん話を区切り、息継ぎをする。
「私は女王やお姫様の隣に立つ輝かしい未来を想像していた。だが本当は無理だと分かっていた。すでに、専属の女騎士が居る。新参者の私を雇ってくれる人など居ない。せいぜい、書類を整理するのが精いっぱいだ。騎士団に所属しても、それだけだ」
 リリーの目に涙が見えた。
「嫌だったのか?」
 リリーは首を振る。
「嫌だったんじゃない。そうするしかないと思っていた。私の道は一つだけ。それで納得していた。だが……」
 リリーは剣を床に突き立てると、持ち手に額をこすり付ける。
「私には荷が重いと、ずっと思っていた! 私には無理だと言いたかった!」
 気丈な顔がボロボロと涙を流すだけの女の顔になった。
「お前は俺の騎士だ」
「……お前の?」
「だってお前のおかげで俺は助かっている。お前が居なかったら、今頃俺は鎧に殺されている。お前が居たから俺は生きている。となると、お前は俺の騎士だ。違うか?」
 リリーは涙を拭いながら笑う。
「女騎士は、男に仕えない。色々と問題が起きるからな」
「どんな?」
「雇う代わりに体を差し出せ。これが問題になって、今は禁止令が出ているほどだ」
「俺はそんなこと言わないぞ!」
「分かっている。それは安心している。だが私を雇うとなると、お前は給料を払わないといけない。払えるか?」
 リリーが腫れぼったい目で笑う。
「今は払えないな」
「じゃあ、お前の騎士にはなれないな」
「騎士なのに現金だな」
「騎士は飯を食うために騎士になる。騎士道は飯を食うための礼儀作法だ」
「ヤバいな。俺金持ってねえ」
「そうだな。だからお前は、私の仲間だ」
 リリーが手を差し出す。
「愚痴を聞いてくれてありがとう。これからもよろしく頼む」
「頼りにしているよ」
 リリーが可憐な笑みを浮かべた。
「もう良いのか? 愚痴が残っているなら全部聞くぜ」
「探せばいくらでもある。あり過ぎて困るくらいだ。でも、今はスッキリした。だからまた、言いたくなったら言わせてもらうよ」
 リリーは剣を装備する。
「見回りに行ってくる。罠はすべて破壊したと思うが、見落としがあるかもしれないし、チュリップも心配だからな」
「気をつけてな」
 リリーはサッパリした顔で外へ出た。

「レイ? 私も愚痴言っていい?」
 ローズがベッドに上がって足をパタパタさせる。
「愚痴大会か。良いぞ。どんどん言え」
「じゃあ、よいしょっと」
 ローズが膝の上に乗る。
「その前に、レイには悩みないの?」
「俺の悩み?」
「お父さんと仲が悪いとか、お母さんと仲が悪いとか」
「んー? 喧嘩したけど仲が悪いって訳じゃないな」
「学校に行けなかったって聞いたけど?」
「ああ! 確かに! おかげで未だに文字が読めない! これは悩みだ! それに金がねえ! そう考えるとたくさんあるな!」
「文字が読めなくて、お金が無くて、困ったことある?」
「あるぞ! というか、それが原因でここに来たんだ!」
「何で!」
 ローズが目を輝かせる。
「実はな……俺には片思いの女が居た!」
「ええ! そ、そうなの……」
「そうなんだよ! 俺は山暮らしだが、たまに近くの村に行って、肉とか売りに行くんだ。引き換えに塩とか野菜とかお菓子とか買う。で! その村でお菓子を作っている女の子が居てよ! 中中にいい女だった! こいつしか居ねえと思った! ところが! 告白すると、なんとすでに彼氏が居やがった! そいつは貴族で金持ちだ! その子は、お金を持っていない人はちょっと、なんて言いやがった!」
「だからお金持ちになるために迷宮に潜ったの?」
「そうだ! 金持ちになって見返してやるって思った! そうすれば俺が良い男だと証明できる! しかしそれを親父たちに言ったら大げんか! 荒れたなー! 三時間くらい殴り合った!」
「三時間もお父さんと殴り合ったの!」
「親父だけじゃねえ、母さんもだ! それどころか妹や弟まで面白半分に参加しやがった! 後半になると何で喧嘩してんのか分からなくなった」
「そ、それで家出した?」
「そんな感じ。まあ、俺の家だと喧嘩なんて日常参事だから、謝れば済むことだけどな」
「そ、そうなんだ」
 もじもじとローズが体を揺らす。
「ところで、レイは片思いの人、まだ好き?」
「嫌いじゃないけど好きじゃないぞ」
「ええ!」
「いやー王都に来るとたくさん美人が居るねー! あれを見たら、こっちのほうが良いなって思った」
「き、切り替え早いね」
「そうか?」
「そうだよ!」
 改めて片思いだった女の子を思い出す。
「まあ、いい子だったと思う。未練がねえと言い切るには惜しい。でももう仕方ねえと思ってる。つか、ここに来て思った。いい女は他に居る。振られたなら次の女を探したほうが良いってな! うじうじしたってしょうがねえ!」
「ふーん……誰か良い人見つけた?」
「そいつは難しいな……何せ王都に来て日が浅い。冒険者ギルドの受付の姉ちゃんは綺麗だったと思うけど、顔を思い出せねえ!」
「えっと、つまり、居ない?」
「んー。まあ、そうなるな」
 ローズに思いっきり太ももを抓られる!
「いててて! 何だよ!」
「知らない!」
 ローズは何度も何度も背中で俺の体を叩く。
「なんだなんだ? もしかして、やきもち焼いてんのか?」
 ピタリとローズが止まる。
「そうだよ。私、レイが好き! 大好き!」
 そして、信じられない言葉を聞いた。

「ま、マジか?」
「こんなこと冗談で言わないよ!」
 プルプルとローズは震える。
「私に好きだって言われて、嫌だった?」
「嬉しいよ」
 即答する。
「ほ、本当?」
 ローズが背を向けたまま聞く。
「好きって言われて、嫌な奴は居ないさ」
「じゃあ! 結婚してくれる!」
 クルリと反転して心臓が口から飛び出るようなことを言いやがった!
「ちょっと待った! それは無理だ」
 ローズが口をパクパクさせる。そしてジワリと涙目になる。
「やっぱり、馬鹿な私じゃダメ?」
 おいおいおい! 話がとんでもない方向に行ってるぞ! そもそも結婚なんて早いだろ! それにいつ俺に惚れた! 俺の家は金持ちでも何でもないぞ! それどころかお前を巻き込んだ張本人だぞ!
「落ち着け!」
「何にもできないから? テストで満点取れないから? 実技で笑われるから? 臆病だから? 弱いから?」
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「話を替える。なんでローズはここに来たんだ?」
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「王宮魔術師?」
「私の家、お父さんもお母さんもお爺さんもお婆さんも妹も弟もお兄ちゃんもお姉ちゃんも全員王宮魔術師なの。それなのに、私だけ違うの。そんな実力ないって笑われてるの。皆に皆に笑われてるの! でもレイは違う! 私のこと笑わなかった! 私を助けてくれた! 他の皆だったら私のこと見捨てる! 絶対に!」
 ぐすぐすとローズの泣き声だけが部屋に響く。
「辛かったんだな」
 頭を撫でて、落ち着かせる。
「ローズ、まずは、友達から始めないか?」
「……友達?」
 ローズがぐしゃぐしゃの顔を上げる。
「友達だ。いきなり結婚ってのは、びっくりする。でも友達ならいい」
「何で? 結婚しようよ?」
「結婚の前に、お前友達居るのか?」
 ぐっと涙をこらえる。
「お前の申し出は嬉しい。お前が必死なのも分かった。だからこそ、まずは友達になろう」
「エッチだったらいっぱいさせてあげるよ?」
 何でそういうことはしっかり聞いてんだよ!
「素直に言う! 実は! 俺は結婚が怖い! したことないからな! ビビってる!」
「なら私としよう? 私は弱いから怖くないよ?」
「お前、凄い奴だな。そう切り返されるとは思わなかった」
 ここまで来ると根負けだ。
「分かった。結婚しよう。でも正式な結婚は、外に出てからだ」
「何で? どうして?」
「結婚式をやりたいんだ。そこで、綺麗な服着たローズを親父たちに見せたいんだ」
 ローズがギュッと服を掴む。
「嘘つかない?」
「つかない」
「愛してる」
「お前の熱意に負けた。愛している」
「じゃあキスして」
 気づくと年貢の納め時だ。
 だが、ここまで言ってくれるなら、悪くない。
 軽く、ピンク色で瑞々しい唇にキスをする。
「お前、可愛いな」
 俺も安い男だ。キスしただけで好きになった。それだけローズが魅力的なのかもしれない。
「うふ!」
 ローズに押し倒される! どこにそんな力秘めていた!
「大好き! 大好き! 大大大好き!」
 キスの雨が顔じゅうに振る。凄まじい。
「くすぐってえよ」
「好きだから大丈夫!」
「リリーとチュリップに見られたら恥ずかしいだろ」
「私は恥ずかしくない!」
「強情な奴だ!」
 強く、痛いくらいに抱きしめてキスをする。
「お前とイチャイチャしたいが、そろそろ十二階へ出発したい。続きは今度だ」
「……分かった」
 ローズは頬を膨らませながらも退いてくれた。



「はは! 全く! 本当に! 嫌な小娘!」
 扉の前でチュリップが親指の爪を噛む。
「覗いてみたら! レイを惑わすなんて!」
 親指から血が滲む。
「本当! ムカつく!」
 チュリップは目を血走らせる。
「レイもレイよ? 何で私を助けたの? 何で私を犯さなかったの? そうすれば割り切れたのに? 無償の愛も、永遠の愛も無いって思えたのに? 何でそいつと結ばれるの? だったら何で私を助けたの? これじゃあ私、馬鹿みたい!」
 握りしめる拳から血が滴る。
「許さない! お前たちだけが幸せになるだなんて! 汚してやる! 私みたいに汚してやる!」
 呪詛がチュリップの周りを取り囲む。
「チュリップ! ここに居たのか」
 リリーが遠めからチュリップを見つける。
「リリーさん? どうしました?」
 チュリップは美しい笑顔を浮かべる。作り物よりも冷たい笑顔だ。
「外に出て行ったから探したんだ」
「そうでしたか。すいません」
「別にいいさ。あれはレイが悪い」
「そうですね。本当に酷い人です」
「でもそろそろ許してやれ。あれでもあいつは仲間だ」
「そうですね。憎らしいくらいです」
 チュリップは笑みを浮かべたまま部屋に入る。続いてリリーが中へ入る。
「ローズ、どうした?」
 リリーはウキウキ顔のローズを見て笑う。
「別に! それより、次の階に進むんでしょ! 早く行こう!」
「随分と乗り気だな。前はかなり怯えてたのに?」
「レイに勇気をもらったから!」
 リリーはじっとローズとレイを見る。
「何があったのか知らないが、元気ならいいことだ」
 リリーは微笑むと椅子に座る。チュリップもレイの横に密着するほど近くに座った。



「レイ、起きたばかりで悪いが、悪い知らせだ。食料が尽きた。節約すればあと二日持つが、気休めにもならない」
 覚悟していた知らせがリリーの口から告げられる。
「だろうな。あの食料は食えないし、絶体絶命だ」
「各部屋を満遍なく調べたが、上り階段も無かった。こうなると、道は一つしかない」
「地下十二階だな」
「私たちは進むことに賛成している。レイはどうだ?」
「当然賛成だ」
「ありがとう。そこで次の問題だが、何を持っていくべきか、指示が欲しい。一応、皆が持っていくべきと考えたリストを作った。参考にしてほしい」
 リストを受け取る。かなり吟味されている感触だ。
「武器は当然だな。だが、宝はすべて置いていこう。神の水差しも、だ」
「置いて行っちゃうの? もったいないよ? それにお水が無いとダメだよ?」
「地下十二階に行ったら、すぐ戻る予定だ」
「なぜだ? もうここに戻る意味はないと思うが?」
「地下十二階には、生き物が居る」
「生き物? まさか、化け物か!」
「その可能性が高い」
 全員の目を見る。なぜかチュリップが真横に居て照れるが、そんな場合ではない。
「時間は無い。しかし、まだ一日残っている。だから、階段付近の安全を調べた後、再度ここに戻る。その時、改めて荷物を持っていこう」
「安全確認が先ということだな」
「そうだ。俺たちは、化け物と戦ったことは無い。何が起きるか分からない。まずは下りて様子を見る。それが先だ」
「分かった。準備に移ろう」

 装備を整えると下り階段の前に立つ。
「光魔法! エアライト!」
 階段が光で照らされる。松明以上の性能で、足元がくっきり見える。
「すげえな」
「でしょ!」
 にへへと自慢げに笑う。うーむ。可愛い。
「行くぞ」
 ローズの手を引いてゆっくりと下りる。
「光だ!」
 階段を下りていくと、出口から光が漏れていた。

「……森? 太陽? 山?」
 地下十二階は、暑い日差しで照らされる森の中だった。遠くには山がかすかに見える。
「ここは、本当に地下迷宮なのか?」
 リリーが呟く。
「あら、むしろ迷宮らしいと思いますよ」
 チュリップが薄く笑う。
「迷宮。迷う宮殿。戸惑わなくては、むしろ失礼ではありませんか?」
 チュリップの様子がおかしい。先ほどの失態を引きずっているのだろうか? だが謝るのは後だ。
「行くぞ」
 今は、前に進むしかない。
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