迷宮サバイバル! 地下9999階まで生き残れ!

ねこねこ大好き

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迷いの森の生き物

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 森は夜になると骨の髄まで凍るほど寒くなる。昼間は汗が噴き出すほどの暑さだったのに。
 まさに迷宮だ。外の常識など通用しない。
 また、草木が生木のため焚火もできない。生活環境は地下十一階から一気に悪化した。あそこは居住区のようで、ここに比べればずっと過ごしやすかった。
 幸い、ローズの炎魔法で作った火球がある。三個ほど浮かべて貰うと、かなり温かくなった。
 また簡易なシェルターを草木で作ったので、風や地面の冷たさは気にならない。そう考えると、状況は悪くないように思える。
 だが魔法はローズの体力を着実に奪う。
「ローズ? 大丈夫か?」
「平気!」
「寝たほうが良いんじゃないか?」
「私が寝ると、火球が消えちゃう。大丈夫、一日くらいなら起きてられる!」
 泣きたいはずなのに涙も浮かべず、力強い草花のような可愛い笑みに癒される。
「明日には何とかする。だから今日一日だけ、我慢してくれ」
 頼りない言葉だ。打開策など見つかっていない。情けない。
「うん!」
 それでもローズはにっこりと頷くと、火球をじっと見つめ、集中した。
 その姿を見ると、内側から燃えるような悔しさがにじみ出る。
 この姿に応えられなくて、何が男だ。

 どうする? 遭難には慣れている。だからやるべきことは分かっている。しかしここは迷宮の迷いの森だ。刻一刻と姿を変えている。
「地形が変形するか……拠点を作っても、見失う。何より、地図が描けない」
 今まで遭難した中でも最悪の状況だ。
 諦めるな。考えろ。ここは森の中、俺の生まれ故郷だ。ここでくたばるなど笑い話にもならない。
「他の生き物はどうやって暮らしているんだ?」
 故郷の山の森を思い出すと、ふと動物たちの生活がこの森と結びつく。
 動物は基本、根城を作る。そこを中心に縄張りを作る。熊やイノシシがいい例だ。また虫も同じだ。徘徊する虫は多いが、同じくらい根城を持つ虫は居る。
 もしもこの森が迷いの森ならば、生き物すべてが迷ってしまうのでは?
「法則がある。迷いの森に潜む生き物にしか分からない法則が!」
 希望が見えた時、殺気を感じた。
「お前ら! 起きろ!」
 寝ていたリリーとチュリップを起こす。
「どうした?」
 リリーが目をしばしばさせながら剣を取る。
「オオカミだ! 俺たちを狙っている!」
 チュリップも叩き起こし、外へ出る。
「ローズ! 明かりを頼む!」
「分かった! 光魔法! エアライト!」
 周囲が月明かりのように照らされる。数十の野獣の目が光る。
「逃げるぞ! ついてこい!」
「待ってレイ! 私が追い払う!」
 ローズの杖の先端がメラメラと燃え上がる!
「炎魔法! ファイア!」
 まるで油をまいたかのように、一瞬にして炎が前方に広がった。
「すげえ!」
「この杖のおかげ!」
 二へっと月明かりのような光の中で笑顔が輝く。
「皆さん、喜んでいる場合ではないと思いますよ?」
 チュリップが無感情に広がる炎を指さす。
 炎はまるで森に吸収されるかのように、見る見ると消えていった。
「逃げるぞ!」
 ローズを抱えて走り出す! それが競争の始まりの合図! オオカミたちの殺気が膨れ上がった!

「炎魔法! ファイア!」
 抱えるローズが近づくオオカミたちに牽制の炎を打ち込む。
 オオカミたちは怯むが、すぐに追いかける。このままでは追いつかれる!
「本当に大きなオオカミですね。何を食べたらあんなに大きくなるんでしょうか?」
「暢気なこと言ってる場合か!」
 この場に置いてものんびりしたチュリップに思わず怒鳴る。
「走れ! あんな大あごで噛みつかれたら一撃だぞ!」
 走っても走っても背筋から寒気が取れない。
 オオカミたちは熊よりもはるかに大きかった。熊さえもバリバリと噛み砕くだろう。それが数十頭!
「レイ! 前方に何か居るぞ!」
「夜行性のオオグモだ!」
 熊と同じ大きさのクモが、前足を上げて突進してくる!
「リリー! 頼む!」
「任せろ! 剣術魔法! 装甲破壊!」
 リリーの一撃でクモは爆散する!
「頼りになるな!」
「称賛は逃げきってからにしろ!」
「炎魔法! ファイア!」
 湿る土で足が滑る! それでも止まる訳にはいかない!
「死んでたまるか!」

 鬼ごっこは朝まで続いた。
「生き延びた……」
 朝になるとオオカミたちは狩りを諦め、撤退した。大型の虫も見当たらない。
 誰も死なず、誰とも離れ離れになっていない。奇跡だ。
「治癒魔法、神よ癒したまえ」
 チュリップが唱えると見る見ると体力が回復する。
「ありがとう」
「このメイスのおかげです」
 チュリップは作り笑いを浮かべる。体力を消耗しているのだろう。
「それにしても、私、いつの間にこんなに体力がついたのかしら? 普通だったら途中で倒れると思います」
「そうか? 一昼夜くらいなら走っても大丈夫だろ?」
「それはレイさんだけだと思います。まあ、このメイスのおかげ、神のご加護があったのでしょう」
 チュリップは倒れた樹木に腰を下ろす。
「それより、これからどうしますか?」
 チュリップがローズを見てため息を吐く。ローズは魔法の使い過ぎで眠っている。幸い、熱は出ていないので命に別状は無いだろう。しかし、ローズが眠っている最中に、生き物に襲われたら、どうなるか分からない。
「神の水差しが無い以上、新鮮な水も飲めません。どうするんですか? 虫のように樹液で喉を潤しますか?」
 非難の声が心に刺さる。
「まずは樹液を舐めよう」
 樹液を舐めると力が漲る。これはチュリップも感じているだろう。しかしチュリップの文句は終わらない。
「私、ぐっすり寝たいです。どうしますか?」
「チュリップ! レイを責めるな!」
 リリーが見かねて口を出す。
「あら? レイさんはリーダーですよ? こうなったのはリーダーの責任だと思いますが、どう思いますか?」
「非難は分かる。後でしっかり謝る。だから今は口を閉じてくれ」
「はあ! 皆さんがそれで良ければ、それに従います」
 チュリップは欠伸をすると目を閉じた。
「レイ、責める訳ではない。だが、どうすればいい? すまないが、山や森を知っているのはレイだけなんだ」
 リリーの言葉を聞いて状況と考えを整理する。
 俺たちは遭難している。その原因はこの迷いの森を知らないため。だから迷いの森に熟知した仲間が必要だ。ならば誰を仲間にする? 虫はダメだ。また単独で行動するネズミといった動物もダメだ。そもそも仲間意識が芽生えない。芽生えるとしたら、群れで行動し、コミュニケーションが取れる動物だ。

 答えはオオカミだ。オオカミは人間にとって脅威だが、頼もしい仲間でもある。
 オオカミの仲間が必要だ。

「オオカミたちの親分に合う必要があるな」
 考えを纏めた結論を言う。
「それは群れの中に飛び込むことになる! 危険だ!」
 リリーの反応は最もであった。だがこの手しか残されていない。
「俺たちの臭いは覚えられた。また夜のうちに襲われる。だから司令塔のリーダーを叩く」
 オオカミは数十キロ離れた場所からでも臭いを辿ってくる。逃げきれたと思ってもそれは思い過ごしだ。
 現に遠距離からオオカミの視線を感じる。
 オオカミたちは持久戦を行うつもりだ。今日の夜にまた襲ってくる。それが何日も続く。音を上げるのはこちらが先だ。

 リリーに説明するため、地面にオオカミの勢力図を描く。
「オオカミはリーダーを中心にした群れで獲物を狙う。群れはリーダーの指示で、攻撃するか、引き下がるか決まる。あのオオカミたちが狩りを諦めた時も、その前後で大きな鳴き声があった。リーダーの指示で引き下がった」
「そうなると、リーダーを倒せば、奴らは逃げる?」
「そういうことだ」
「だがそうなるとリーダーを探す必要がある。この迷いの森でどうやって?」
「呼びかけるしかないな。耳を押さえてろ」
 立ち上がると喉を調整し、オオカミの鳴き声を出す。
 森の中でオオカミたちと戯れて覚えたオオカミの言葉だ。これが通じなければ、覚悟を決めるしかない。
 数瞬後、森を揺るがすほどの遠吠えが響く。返事があった!
「な、なんだ今のは? 何をした?」
 リリーが形の良い耳を押さえながら言う。
「オオカミの鳴き声で、こっちへ来いって挑発したのさ。そしたらお前が来いって返事があった」
「オオカミの言葉が分かるのか!」
「山に慣れると、嫌でも分かるさ。そら、お迎えが来たぜ」
 遠くから監視していた二頭の大オオカミがゆっくりと、牙をむき出しにしながら現れる。
 再度オオカミの鳴き声を出すと、二頭はうなりながらも背を向けた。
「ついて来いってさ」
 ローズを抱きかかえて笑う。
「お前、ずっとずっと凄い奴だったんだな」
 リリーが呆けた顔で笑った。
「チッ!」
 チュリップはなぜか舌打ちした。
「チュリップ、怖い思いをさせるが我慢してくれ」
「怖いのは良いんです。ただ、自分が許せないだけですから」
 チュリップの声は冷静だった。
「チュリップ? 何かあったのか?」
 チュリップに聞いたが、二頭の大オオカミに唸られたので先に進む。
「話は後で聞く。遠慮するなよ」
「そうですね。遠慮しません」
 チュリップの物言いに引っかかるが、二頭の大オオカミが走り出したので後を追う。追いつかなければ、二度と相手は返事をしてくれない。
「どんな化け物が出てくるかな!」

 拓けた場所に出る。そこには、雪山のように大きく美しい白毛のオオカミが座っていた。
「全く、何喰ったらそんなにデカくなるんだ?」
 片手剣を装備して近づく。
「レイ! 一人では危ないぞ!」
「残念だが、これは一人でやるしかない」
「なぜだ!」
「先の鳴き声は、俺がお前よりもリーダーにふさわしいって挑発なんだ。だから一対一じゃないとダメだ。お前まで参加したら、周りの奴らが襲ってくる」
 深呼吸して近づく。山のように大きなオオカミが立ち上がる。熊もすっぽり収まりそうな口から真っ赤な舌が出る。それは涎を舐めるようにペロリと鼻下を舐めた。
「怖くないんですか? あなたは恐怖も感じない狂人ですか?」
 足を少し進めると、チュリップの冷たい視線が刺さる。
 俺を心配しているのか、それとも呆れているのか分からない。
 どんな意味でも答えは決まっている。
「お前たちが居るから怖くない」
 チュリップの視線が固くなる。それに答える。
「もしもお前たちが居なければ、俺は死んでいた。あの暗闇の中で。迷いの森で。一人で怯えていた」
 なぜだろう? 言えば言うほど笑みが湧く。力が湧く。
「でも今はお前たちが居る。俺を信頼してくれるチュリップ、リリー、ローズが居る」
 言葉が纏まらない。やはり勉強は大事だ。だからこれで締めるしかない。
「俺は皆が大好きだ。だから頑張れる」
 体中の筋肉に力を込める。
「俺は皆が死ぬほうが怖い。そしてあいつは俺たちを救うカギとなる。だから怖くない」
 頭が冴えていく。まるで時が止まったかのようだ。
 今の俺は、リリーの心配する顔も、チュリップの何とも言えない顔も、背中で分かる。
「行ってくる」
 歩を進めると大将の瞳孔が獲物を狙う獣と同じく細くなる。
「お前に感謝する」
 一歩一歩踏み占める。
「俺の決闘に応じてくれたありがとう。だからこそお前の誇り高きプライドに全力で答える」
 全身から力が漲る。不思議だ。恐怖は無い。あれほどの巨体を誇る白きオオカミが愛おしく思える。
 できれば戦いたくない。できれば笑って友達に成りたい。
 でもそれは許されない。俺が売った喧嘩だ。自分でケジメを取らなくてはならない。
「もしも俺が己惚れた馬鹿なら、頭から食らってくれ」
 そうしないと、俺はお前の仲間になる資格などない。
 美しきオオカミの瞳が、薄っすらと、微笑んだ。
 そう感じた。

「行くぜ!」
 俺に呼応するように、気高き大オオカミが、森全体を揺らす地響きを奏でながら走り出した。
 
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