11 / 78
迷いの森の生き物
しおりを挟む
森は夜になると骨の髄まで凍るほど寒くなる。昼間は汗が噴き出すほどの暑さだったのに。
まさに迷宮だ。外の常識など通用しない。
また、草木が生木のため焚火もできない。生活環境は地下十一階から一気に悪化した。あそこは居住区のようで、ここに比べればずっと過ごしやすかった。
幸い、ローズの炎魔法で作った火球がある。三個ほど浮かべて貰うと、かなり温かくなった。
また簡易なシェルターを草木で作ったので、風や地面の冷たさは気にならない。そう考えると、状況は悪くないように思える。
だが魔法はローズの体力を着実に奪う。
「ローズ? 大丈夫か?」
「平気!」
「寝たほうが良いんじゃないか?」
「私が寝ると、火球が消えちゃう。大丈夫、一日くらいなら起きてられる!」
泣きたいはずなのに涙も浮かべず、力強い草花のような可愛い笑みに癒される。
「明日には何とかする。だから今日一日だけ、我慢してくれ」
頼りない言葉だ。打開策など見つかっていない。情けない。
「うん!」
それでもローズはにっこりと頷くと、火球をじっと見つめ、集中した。
その姿を見ると、内側から燃えるような悔しさがにじみ出る。
この姿に応えられなくて、何が男だ。
どうする? 遭難には慣れている。だからやるべきことは分かっている。しかしここは迷宮の迷いの森だ。刻一刻と姿を変えている。
「地形が変形するか……拠点を作っても、見失う。何より、地図が描けない」
今まで遭難した中でも最悪の状況だ。
諦めるな。考えろ。ここは森の中、俺の生まれ故郷だ。ここでくたばるなど笑い話にもならない。
「他の生き物はどうやって暮らしているんだ?」
故郷の山の森を思い出すと、ふと動物たちの生活がこの森と結びつく。
動物は基本、根城を作る。そこを中心に縄張りを作る。熊やイノシシがいい例だ。また虫も同じだ。徘徊する虫は多いが、同じくらい根城を持つ虫は居る。
もしもこの森が迷いの森ならば、生き物すべてが迷ってしまうのでは?
「法則がある。迷いの森に潜む生き物にしか分からない法則が!」
希望が見えた時、殺気を感じた。
「お前ら! 起きろ!」
寝ていたリリーとチュリップを起こす。
「どうした?」
リリーが目をしばしばさせながら剣を取る。
「オオカミだ! 俺たちを狙っている!」
チュリップも叩き起こし、外へ出る。
「ローズ! 明かりを頼む!」
「分かった! 光魔法! エアライト!」
周囲が月明かりのように照らされる。数十の野獣の目が光る。
「逃げるぞ! ついてこい!」
「待ってレイ! 私が追い払う!」
ローズの杖の先端がメラメラと燃え上がる!
「炎魔法! ファイア!」
まるで油をまいたかのように、一瞬にして炎が前方に広がった。
「すげえ!」
「この杖のおかげ!」
二へっと月明かりのような光の中で笑顔が輝く。
「皆さん、喜んでいる場合ではないと思いますよ?」
チュリップが無感情に広がる炎を指さす。
炎はまるで森に吸収されるかのように、見る見ると消えていった。
「逃げるぞ!」
ローズを抱えて走り出す! それが競争の始まりの合図! オオカミたちの殺気が膨れ上がった!
「炎魔法! ファイア!」
抱えるローズが近づくオオカミたちに牽制の炎を打ち込む。
オオカミたちは怯むが、すぐに追いかける。このままでは追いつかれる!
「本当に大きなオオカミですね。何を食べたらあんなに大きくなるんでしょうか?」
「暢気なこと言ってる場合か!」
この場に置いてものんびりしたチュリップに思わず怒鳴る。
「走れ! あんな大あごで噛みつかれたら一撃だぞ!」
走っても走っても背筋から寒気が取れない。
オオカミたちは熊よりもはるかに大きかった。熊さえもバリバリと噛み砕くだろう。それが数十頭!
「レイ! 前方に何か居るぞ!」
「夜行性のオオグモだ!」
熊と同じ大きさのクモが、前足を上げて突進してくる!
「リリー! 頼む!」
「任せろ! 剣術魔法! 装甲破壊!」
リリーの一撃でクモは爆散する!
「頼りになるな!」
「称賛は逃げきってからにしろ!」
「炎魔法! ファイア!」
湿る土で足が滑る! それでも止まる訳にはいかない!
「死んでたまるか!」
鬼ごっこは朝まで続いた。
「生き延びた……」
朝になるとオオカミたちは狩りを諦め、撤退した。大型の虫も見当たらない。
誰も死なず、誰とも離れ離れになっていない。奇跡だ。
「治癒魔法、神よ癒したまえ」
チュリップが唱えると見る見ると体力が回復する。
「ありがとう」
「このメイスのおかげです」
チュリップは作り笑いを浮かべる。体力を消耗しているのだろう。
「それにしても、私、いつの間にこんなに体力がついたのかしら? 普通だったら途中で倒れると思います」
「そうか? 一昼夜くらいなら走っても大丈夫だろ?」
「それはレイさんだけだと思います。まあ、このメイスのおかげ、神のご加護があったのでしょう」
チュリップは倒れた樹木に腰を下ろす。
「それより、これからどうしますか?」
チュリップがローズを見てため息を吐く。ローズは魔法の使い過ぎで眠っている。幸い、熱は出ていないので命に別状は無いだろう。しかし、ローズが眠っている最中に、生き物に襲われたら、どうなるか分からない。
「神の水差しが無い以上、新鮮な水も飲めません。どうするんですか? 虫のように樹液で喉を潤しますか?」
非難の声が心に刺さる。
「まずは樹液を舐めよう」
樹液を舐めると力が漲る。これはチュリップも感じているだろう。しかしチュリップの文句は終わらない。
「私、ぐっすり寝たいです。どうしますか?」
「チュリップ! レイを責めるな!」
リリーが見かねて口を出す。
「あら? レイさんはリーダーですよ? こうなったのはリーダーの責任だと思いますが、どう思いますか?」
「非難は分かる。後でしっかり謝る。だから今は口を閉じてくれ」
「はあ! 皆さんがそれで良ければ、それに従います」
チュリップは欠伸をすると目を閉じた。
「レイ、責める訳ではない。だが、どうすればいい? すまないが、山や森を知っているのはレイだけなんだ」
リリーの言葉を聞いて状況と考えを整理する。
俺たちは遭難している。その原因はこの迷いの森を知らないため。だから迷いの森に熟知した仲間が必要だ。ならば誰を仲間にする? 虫はダメだ。また単独で行動するネズミといった動物もダメだ。そもそも仲間意識が芽生えない。芽生えるとしたら、群れで行動し、コミュニケーションが取れる動物だ。
答えはオオカミだ。オオカミは人間にとって脅威だが、頼もしい仲間でもある。
オオカミの仲間が必要だ。
「オオカミたちの親分に合う必要があるな」
考えを纏めた結論を言う。
「それは群れの中に飛び込むことになる! 危険だ!」
リリーの反応は最もであった。だがこの手しか残されていない。
「俺たちの臭いは覚えられた。また夜のうちに襲われる。だから司令塔のリーダーを叩く」
オオカミは数十キロ離れた場所からでも臭いを辿ってくる。逃げきれたと思ってもそれは思い過ごしだ。
現に遠距離からオオカミの視線を感じる。
オオカミたちは持久戦を行うつもりだ。今日の夜にまた襲ってくる。それが何日も続く。音を上げるのはこちらが先だ。
リリーに説明するため、地面にオオカミの勢力図を描く。
「オオカミはリーダーを中心にした群れで獲物を狙う。群れはリーダーの指示で、攻撃するか、引き下がるか決まる。あのオオカミたちが狩りを諦めた時も、その前後で大きな鳴き声があった。リーダーの指示で引き下がった」
「そうなると、リーダーを倒せば、奴らは逃げる?」
「そういうことだ」
「だがそうなるとリーダーを探す必要がある。この迷いの森でどうやって?」
「呼びかけるしかないな。耳を押さえてろ」
立ち上がると喉を調整し、オオカミの鳴き声を出す。
森の中でオオカミたちと戯れて覚えたオオカミの言葉だ。これが通じなければ、覚悟を決めるしかない。
数瞬後、森を揺るがすほどの遠吠えが響く。返事があった!
「な、なんだ今のは? 何をした?」
リリーが形の良い耳を押さえながら言う。
「オオカミの鳴き声で、こっちへ来いって挑発したのさ。そしたらお前が来いって返事があった」
「オオカミの言葉が分かるのか!」
「山に慣れると、嫌でも分かるさ。そら、お迎えが来たぜ」
遠くから監視していた二頭の大オオカミがゆっくりと、牙をむき出しにしながら現れる。
再度オオカミの鳴き声を出すと、二頭はうなりながらも背を向けた。
「ついて来いってさ」
ローズを抱きかかえて笑う。
「お前、ずっとずっと凄い奴だったんだな」
リリーが呆けた顔で笑った。
「チッ!」
チュリップはなぜか舌打ちした。
「チュリップ、怖い思いをさせるが我慢してくれ」
「怖いのは良いんです。ただ、自分が許せないだけですから」
チュリップの声は冷静だった。
「チュリップ? 何かあったのか?」
チュリップに聞いたが、二頭の大オオカミに唸られたので先に進む。
「話は後で聞く。遠慮するなよ」
「そうですね。遠慮しません」
チュリップの物言いに引っかかるが、二頭の大オオカミが走り出したので後を追う。追いつかなければ、二度と相手は返事をしてくれない。
「どんな化け物が出てくるかな!」
拓けた場所に出る。そこには、雪山のように大きく美しい白毛のオオカミが座っていた。
「全く、何喰ったらそんなにデカくなるんだ?」
片手剣を装備して近づく。
「レイ! 一人では危ないぞ!」
「残念だが、これは一人でやるしかない」
「なぜだ!」
「先の鳴き声は、俺がお前よりもリーダーにふさわしいって挑発なんだ。だから一対一じゃないとダメだ。お前まで参加したら、周りの奴らが襲ってくる」
深呼吸して近づく。山のように大きなオオカミが立ち上がる。熊もすっぽり収まりそうな口から真っ赤な舌が出る。それは涎を舐めるようにペロリと鼻下を舐めた。
「怖くないんですか? あなたは恐怖も感じない狂人ですか?」
足を少し進めると、チュリップの冷たい視線が刺さる。
俺を心配しているのか、それとも呆れているのか分からない。
どんな意味でも答えは決まっている。
「お前たちが居るから怖くない」
チュリップの視線が固くなる。それに答える。
「もしもお前たちが居なければ、俺は死んでいた。あの暗闇の中で。迷いの森で。一人で怯えていた」
なぜだろう? 言えば言うほど笑みが湧く。力が湧く。
「でも今はお前たちが居る。俺を信頼してくれるチュリップ、リリー、ローズが居る」
言葉が纏まらない。やはり勉強は大事だ。だからこれで締めるしかない。
「俺は皆が大好きだ。だから頑張れる」
体中の筋肉に力を込める。
「俺は皆が死ぬほうが怖い。そしてあいつは俺たちを救うカギとなる。だから怖くない」
頭が冴えていく。まるで時が止まったかのようだ。
今の俺は、リリーの心配する顔も、チュリップの何とも言えない顔も、背中で分かる。
「行ってくる」
歩を進めると大将の瞳孔が獲物を狙う獣と同じく細くなる。
「お前に感謝する」
一歩一歩踏み占める。
「俺の決闘に応じてくれたありがとう。だからこそお前の誇り高きプライドに全力で答える」
全身から力が漲る。不思議だ。恐怖は無い。あれほどの巨体を誇る白きオオカミが愛おしく思える。
できれば戦いたくない。できれば笑って友達に成りたい。
でもそれは許されない。俺が売った喧嘩だ。自分でケジメを取らなくてはならない。
「もしも俺が己惚れた馬鹿なら、頭から食らってくれ」
そうしないと、俺はお前の仲間になる資格などない。
美しきオオカミの瞳が、薄っすらと、微笑んだ。
そう感じた。
「行くぜ!」
俺に呼応するように、気高き大オオカミが、森全体を揺らす地響きを奏でながら走り出した。
まさに迷宮だ。外の常識など通用しない。
また、草木が生木のため焚火もできない。生活環境は地下十一階から一気に悪化した。あそこは居住区のようで、ここに比べればずっと過ごしやすかった。
幸い、ローズの炎魔法で作った火球がある。三個ほど浮かべて貰うと、かなり温かくなった。
また簡易なシェルターを草木で作ったので、風や地面の冷たさは気にならない。そう考えると、状況は悪くないように思える。
だが魔法はローズの体力を着実に奪う。
「ローズ? 大丈夫か?」
「平気!」
「寝たほうが良いんじゃないか?」
「私が寝ると、火球が消えちゃう。大丈夫、一日くらいなら起きてられる!」
泣きたいはずなのに涙も浮かべず、力強い草花のような可愛い笑みに癒される。
「明日には何とかする。だから今日一日だけ、我慢してくれ」
頼りない言葉だ。打開策など見つかっていない。情けない。
「うん!」
それでもローズはにっこりと頷くと、火球をじっと見つめ、集中した。
その姿を見ると、内側から燃えるような悔しさがにじみ出る。
この姿に応えられなくて、何が男だ。
どうする? 遭難には慣れている。だからやるべきことは分かっている。しかしここは迷宮の迷いの森だ。刻一刻と姿を変えている。
「地形が変形するか……拠点を作っても、見失う。何より、地図が描けない」
今まで遭難した中でも最悪の状況だ。
諦めるな。考えろ。ここは森の中、俺の生まれ故郷だ。ここでくたばるなど笑い話にもならない。
「他の生き物はどうやって暮らしているんだ?」
故郷の山の森を思い出すと、ふと動物たちの生活がこの森と結びつく。
動物は基本、根城を作る。そこを中心に縄張りを作る。熊やイノシシがいい例だ。また虫も同じだ。徘徊する虫は多いが、同じくらい根城を持つ虫は居る。
もしもこの森が迷いの森ならば、生き物すべてが迷ってしまうのでは?
「法則がある。迷いの森に潜む生き物にしか分からない法則が!」
希望が見えた時、殺気を感じた。
「お前ら! 起きろ!」
寝ていたリリーとチュリップを起こす。
「どうした?」
リリーが目をしばしばさせながら剣を取る。
「オオカミだ! 俺たちを狙っている!」
チュリップも叩き起こし、外へ出る。
「ローズ! 明かりを頼む!」
「分かった! 光魔法! エアライト!」
周囲が月明かりのように照らされる。数十の野獣の目が光る。
「逃げるぞ! ついてこい!」
「待ってレイ! 私が追い払う!」
ローズの杖の先端がメラメラと燃え上がる!
「炎魔法! ファイア!」
まるで油をまいたかのように、一瞬にして炎が前方に広がった。
「すげえ!」
「この杖のおかげ!」
二へっと月明かりのような光の中で笑顔が輝く。
「皆さん、喜んでいる場合ではないと思いますよ?」
チュリップが無感情に広がる炎を指さす。
炎はまるで森に吸収されるかのように、見る見ると消えていった。
「逃げるぞ!」
ローズを抱えて走り出す! それが競争の始まりの合図! オオカミたちの殺気が膨れ上がった!
「炎魔法! ファイア!」
抱えるローズが近づくオオカミたちに牽制の炎を打ち込む。
オオカミたちは怯むが、すぐに追いかける。このままでは追いつかれる!
「本当に大きなオオカミですね。何を食べたらあんなに大きくなるんでしょうか?」
「暢気なこと言ってる場合か!」
この場に置いてものんびりしたチュリップに思わず怒鳴る。
「走れ! あんな大あごで噛みつかれたら一撃だぞ!」
走っても走っても背筋から寒気が取れない。
オオカミたちは熊よりもはるかに大きかった。熊さえもバリバリと噛み砕くだろう。それが数十頭!
「レイ! 前方に何か居るぞ!」
「夜行性のオオグモだ!」
熊と同じ大きさのクモが、前足を上げて突進してくる!
「リリー! 頼む!」
「任せろ! 剣術魔法! 装甲破壊!」
リリーの一撃でクモは爆散する!
「頼りになるな!」
「称賛は逃げきってからにしろ!」
「炎魔法! ファイア!」
湿る土で足が滑る! それでも止まる訳にはいかない!
「死んでたまるか!」
鬼ごっこは朝まで続いた。
「生き延びた……」
朝になるとオオカミたちは狩りを諦め、撤退した。大型の虫も見当たらない。
誰も死なず、誰とも離れ離れになっていない。奇跡だ。
「治癒魔法、神よ癒したまえ」
チュリップが唱えると見る見ると体力が回復する。
「ありがとう」
「このメイスのおかげです」
チュリップは作り笑いを浮かべる。体力を消耗しているのだろう。
「それにしても、私、いつの間にこんなに体力がついたのかしら? 普通だったら途中で倒れると思います」
「そうか? 一昼夜くらいなら走っても大丈夫だろ?」
「それはレイさんだけだと思います。まあ、このメイスのおかげ、神のご加護があったのでしょう」
チュリップは倒れた樹木に腰を下ろす。
「それより、これからどうしますか?」
チュリップがローズを見てため息を吐く。ローズは魔法の使い過ぎで眠っている。幸い、熱は出ていないので命に別状は無いだろう。しかし、ローズが眠っている最中に、生き物に襲われたら、どうなるか分からない。
「神の水差しが無い以上、新鮮な水も飲めません。どうするんですか? 虫のように樹液で喉を潤しますか?」
非難の声が心に刺さる。
「まずは樹液を舐めよう」
樹液を舐めると力が漲る。これはチュリップも感じているだろう。しかしチュリップの文句は終わらない。
「私、ぐっすり寝たいです。どうしますか?」
「チュリップ! レイを責めるな!」
リリーが見かねて口を出す。
「あら? レイさんはリーダーですよ? こうなったのはリーダーの責任だと思いますが、どう思いますか?」
「非難は分かる。後でしっかり謝る。だから今は口を閉じてくれ」
「はあ! 皆さんがそれで良ければ、それに従います」
チュリップは欠伸をすると目を閉じた。
「レイ、責める訳ではない。だが、どうすればいい? すまないが、山や森を知っているのはレイだけなんだ」
リリーの言葉を聞いて状況と考えを整理する。
俺たちは遭難している。その原因はこの迷いの森を知らないため。だから迷いの森に熟知した仲間が必要だ。ならば誰を仲間にする? 虫はダメだ。また単独で行動するネズミといった動物もダメだ。そもそも仲間意識が芽生えない。芽生えるとしたら、群れで行動し、コミュニケーションが取れる動物だ。
答えはオオカミだ。オオカミは人間にとって脅威だが、頼もしい仲間でもある。
オオカミの仲間が必要だ。
「オオカミたちの親分に合う必要があるな」
考えを纏めた結論を言う。
「それは群れの中に飛び込むことになる! 危険だ!」
リリーの反応は最もであった。だがこの手しか残されていない。
「俺たちの臭いは覚えられた。また夜のうちに襲われる。だから司令塔のリーダーを叩く」
オオカミは数十キロ離れた場所からでも臭いを辿ってくる。逃げきれたと思ってもそれは思い過ごしだ。
現に遠距離からオオカミの視線を感じる。
オオカミたちは持久戦を行うつもりだ。今日の夜にまた襲ってくる。それが何日も続く。音を上げるのはこちらが先だ。
リリーに説明するため、地面にオオカミの勢力図を描く。
「オオカミはリーダーを中心にした群れで獲物を狙う。群れはリーダーの指示で、攻撃するか、引き下がるか決まる。あのオオカミたちが狩りを諦めた時も、その前後で大きな鳴き声があった。リーダーの指示で引き下がった」
「そうなると、リーダーを倒せば、奴らは逃げる?」
「そういうことだ」
「だがそうなるとリーダーを探す必要がある。この迷いの森でどうやって?」
「呼びかけるしかないな。耳を押さえてろ」
立ち上がると喉を調整し、オオカミの鳴き声を出す。
森の中でオオカミたちと戯れて覚えたオオカミの言葉だ。これが通じなければ、覚悟を決めるしかない。
数瞬後、森を揺るがすほどの遠吠えが響く。返事があった!
「な、なんだ今のは? 何をした?」
リリーが形の良い耳を押さえながら言う。
「オオカミの鳴き声で、こっちへ来いって挑発したのさ。そしたらお前が来いって返事があった」
「オオカミの言葉が分かるのか!」
「山に慣れると、嫌でも分かるさ。そら、お迎えが来たぜ」
遠くから監視していた二頭の大オオカミがゆっくりと、牙をむき出しにしながら現れる。
再度オオカミの鳴き声を出すと、二頭はうなりながらも背を向けた。
「ついて来いってさ」
ローズを抱きかかえて笑う。
「お前、ずっとずっと凄い奴だったんだな」
リリーが呆けた顔で笑った。
「チッ!」
チュリップはなぜか舌打ちした。
「チュリップ、怖い思いをさせるが我慢してくれ」
「怖いのは良いんです。ただ、自分が許せないだけですから」
チュリップの声は冷静だった。
「チュリップ? 何かあったのか?」
チュリップに聞いたが、二頭の大オオカミに唸られたので先に進む。
「話は後で聞く。遠慮するなよ」
「そうですね。遠慮しません」
チュリップの物言いに引っかかるが、二頭の大オオカミが走り出したので後を追う。追いつかなければ、二度と相手は返事をしてくれない。
「どんな化け物が出てくるかな!」
拓けた場所に出る。そこには、雪山のように大きく美しい白毛のオオカミが座っていた。
「全く、何喰ったらそんなにデカくなるんだ?」
片手剣を装備して近づく。
「レイ! 一人では危ないぞ!」
「残念だが、これは一人でやるしかない」
「なぜだ!」
「先の鳴き声は、俺がお前よりもリーダーにふさわしいって挑発なんだ。だから一対一じゃないとダメだ。お前まで参加したら、周りの奴らが襲ってくる」
深呼吸して近づく。山のように大きなオオカミが立ち上がる。熊もすっぽり収まりそうな口から真っ赤な舌が出る。それは涎を舐めるようにペロリと鼻下を舐めた。
「怖くないんですか? あなたは恐怖も感じない狂人ですか?」
足を少し進めると、チュリップの冷たい視線が刺さる。
俺を心配しているのか、それとも呆れているのか分からない。
どんな意味でも答えは決まっている。
「お前たちが居るから怖くない」
チュリップの視線が固くなる。それに答える。
「もしもお前たちが居なければ、俺は死んでいた。あの暗闇の中で。迷いの森で。一人で怯えていた」
なぜだろう? 言えば言うほど笑みが湧く。力が湧く。
「でも今はお前たちが居る。俺を信頼してくれるチュリップ、リリー、ローズが居る」
言葉が纏まらない。やはり勉強は大事だ。だからこれで締めるしかない。
「俺は皆が大好きだ。だから頑張れる」
体中の筋肉に力を込める。
「俺は皆が死ぬほうが怖い。そしてあいつは俺たちを救うカギとなる。だから怖くない」
頭が冴えていく。まるで時が止まったかのようだ。
今の俺は、リリーの心配する顔も、チュリップの何とも言えない顔も、背中で分かる。
「行ってくる」
歩を進めると大将の瞳孔が獲物を狙う獣と同じく細くなる。
「お前に感謝する」
一歩一歩踏み占める。
「俺の決闘に応じてくれたありがとう。だからこそお前の誇り高きプライドに全力で答える」
全身から力が漲る。不思議だ。恐怖は無い。あれほどの巨体を誇る白きオオカミが愛おしく思える。
できれば戦いたくない。できれば笑って友達に成りたい。
でもそれは許されない。俺が売った喧嘩だ。自分でケジメを取らなくてはならない。
「もしも俺が己惚れた馬鹿なら、頭から食らってくれ」
そうしないと、俺はお前の仲間になる資格などない。
美しきオオカミの瞳が、薄っすらと、微笑んだ。
そう感じた。
「行くぜ!」
俺に呼応するように、気高き大オオカミが、森全体を揺らす地響きを奏でながら走り出した。
0
あなたにおすすめの小説
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
レンタル従魔始めました!
よっしぃ
ファンタジー
「従魔のレンタルはじめました!」
僕の名前はロキュス・エルメリンス。10歳の時に教会で祝福を受け、【テイム】と言うスキルを得ました。
そのまま【テイマー】と言うジョブに。
最初の内はテイムできる魔物・魔獣は1体のみ。
それも比較的無害と言われる小さなスライム(大きなスライムは凶悪過ぎてSランク指定)ぐらいしかテイムできず、レベルの低いうちは、役立たずランキングで常に一桁の常連のジョブです。
そんな僕がどうやって従魔のレンタルを始めたか、ですか?
そのうち分かりますよ、そのうち・・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる