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戦闘の連係
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地下十二階の脱出の準備は整った。
まずは食料。これは草原に居る巨大ネズミや巨大蛇などの干し肉が中心だ。チュリップが見つけてくれた野草も心強い。
またチュリップは薬草を調合して薬を作ってくれた。荷物の関係上多くは持っていけないが、非常に頼もしい。
衣服や寝袋、布も用意できた。獣の皮や内臓を干して加工したものだから臭いはキツイが、温かさは抜群だ。
しかし準備は整ったが一抹の不安で立ち往生する。その不安とは、シロちゃんの行動である。
シロちゃんは出口の空洞まで乗せてくれない。いつもなら快く背中に乗せて、草原を駆けるのに、そこら辺の巨大生物なら近づきもしないほど強いのに、出口に向かうことだけは拒否する。空洞の入り口までとお願いしても聞いてくれない。
シロちゃんすら恐れる何かが居る。
不味い状況だった。俺たち四人の力でシロちゃんすら恐れる化け物を倒せるのか? 空洞の内部も分からない状況だ。少しのミスが命取りとなる。
「本格的な連係を磨く必要があるな」
幸い、個別の特訓は順調に進んでいた。
リリーは巨大ネズミなら瞬殺できるようになった。
ローズはピンポイントに急所を撃ちぬけるようになった。
チュリップは深い切り傷も跡形もなく治せるようになった。
俺は力の制御で身体能力が大幅に向上した。壁くらいなら簡単に駆け上がれる素早さを得た。
後はこれを活かせる動きができるかどうかだ。
「冒険者手帳によると、迷宮で戦う際の基本連係はこのようになる」
朝っぱらに空洞攻略の作戦会議を開くと、リリーが率先して冒険者手帳を開く。
「火力の高い魔術師が遠距離攻撃で致命傷を与える。撃ち漏らした場合は私のような頑強な剣士が盾となり、魔術師等を守る。防ぐだけで精いっぱいの場合は、レイのような素早い剣士が止めを刺す」
リリーが紙に図示する。単語は読めるようになったので、言葉を交えてくれれば意味は分かる。
「俺たちの場合、ローズが敵に魔法をぶち込んで、撃ち漏らしたら俺かリリーが止めを刺すってことか?」
「その通りだ」
「チュリップは戦わないのか?」
「冒険者手帳によると、僧侶のような回復術者が戦いに参加する時点で、勝負は負けているということだ。その場合は即撤退だ」
リリーはふむふむと冒険者手帳を読み進めながら図示を続ける。どの連係も僧侶や魔術師は接近戦に参加していない。
「連係が崩れた証か。確かに、納得できる」
「これって通路とか狭い場所で戦うことを想定してるけど、広い場所で戦う時はどうするの?」
リリーと一緒に納得していると、ローズが冒険者手帳を見ながら首をひねる。
「基本は通路まで逃げ、包囲されることを防ぐ。相手が単体の時のみ包囲して倒す。ただし魔術師と僧侶は絶対に敵に近づかない」
リリーはじっくりと見落としが無いように冒険者手帳を読み進める。これも納得できる答えだった。
「常に有利な状況で戦う。最低でも五分五分の状況。不利になればすぐ逃げる。狩りの基本だ」
俺は当たり前のことを言う。ローズはその当たり前に突っ込む。
「基本かもしれないけど、あの空洞、遠目からでも凄く広そうだよ? その戦法は無理があると思うけど」
ローズの指摘に頭が痛くなる。片手で頭を押さえながら、紙に最悪の状況を図示する。
「空洞の攻略に連携を特化しよう。通路の連携はその時考える」
「確かに、今は直面する課題に対処するほうが先だ」
リリーは冒険者手帳を閉じて、俺が図示した内容をのぞき込む。
皆が絵に注目したところで話を切り出す。
「まず最悪の展開になったときの動きを決める。最悪の展開は囲まれることだ。もしもそうなれば、残念だが冒険者手帳の通り逃げるしかない。そして今考えるべきは、どうやって逃げるか。皆で正面突破だ! ローズもチュリップも一緒。杖とメイスで敵をぶん殴ってもらう」
「彼女たちにそれは無理だ! 私とレイで突破口を作ったほうが安全だ」
「俺たちが突破口を作っている間に、ローズとチュリップが包囲されたらどうする? それに俺たちが殴り合いに手こずったら? 喧嘩は数で勝つ。皆で戦えば怖くない。それでもダメなら死なばもろともだ」
「それは敵に使う言葉だろ」
リリーが目頭を押さえる。その気持ちはよく分かるが、これしか答えは無い。
「チュリップ。体力回復ポーションと状態回復薬を人数分、一口分だけ作ってくれ」
「一口で良いのですか?」
「最悪の状況になったときのためだ。包囲されたら皆で突破する。その時、誰かが必ず傷を負う。その時チュリップが怪我をしていたら? 追手が来て回復する暇も無かったら? それで終わりじゃダメだ。だからお守りとして全員一口分の薬を持つ。そうすれば深い傷を負っていても、一時しのぎができる。そうすれば光が見える。生きていれば再戦できる。今度は準備万端で」
「怪我を負ったら、各自走りながら薬を飲む感じですか?」
「まさにそれだ!」
自分の意見が伝わったことが嬉しくて親指を立てる!
チュリップは微笑むと言った。
「分かりました。それで、不利にならないようにするにはどうすればいいのですか?」
これも頭の痛い質問だった。
俺たちは不利を承知で進まなくてはならない。
「素早い俺が突っ込んで様子を見る。大丈夫なら皆で進む。それぐらいしか手は無い。反論は無しだ」
リリーとローズが口を開く前にぴしゃりと止める。
二人は歯がゆそうに目を伏せた。
「レイさんは頑固ですね」
チュリップは半笑いで地下十二階の地図を広げる。
「レイさんが突っ込むしかないと決めつける前に、一つ連携の練習をしませんか?」
「練習?」
チュリップが広げた地図を見る。
「例えば、今まで近づきませんでしたが、億年樹の近くに森があります。ここは危険だから近づくなと言いましたが、この際行ってみませんか?」
チュリップが示した場所は、マッピング中に危険区域として赤で塗りつぶした森だった。
「そこか……シロちゃんと一緒に調べたところ、迷いの森じゃないから、迷う心配は無いんだが……」
「だが? 何です」
「大型の猿が複数居る。シロちゃんを恐れていたから手を出してこなかったが、俺たちだけだと一斉に襲い掛かってくるだろう」
猿知恵と言うが、知恵を持った獣ほど怖い存在は無い。特に赤で塗りつぶした森の猿は、実家の山で見た猿と雰囲気が違った。
「行ってみませんか? 口で想像するより、危険を冒して練習したほうが、何か分かるかもしれません」
「まずはそこに行ってみよう。レイの指示に従うのはそれからだ」
リリーが剣を持って立ち上がると、ローズも険しい顔で立ち上がる。
「お前たち、猿を舐めるなよ? 特にこの森の猿は雰囲気が違った。草原と危険度が段違いだ!」
「嫌! 行く! レイ一人だけ危ない目に合うなんて嫌!」
バシンと地図を叩くがローズは怯まなかった。
「レイさん、行きましょう。あなたが突っ込んで死んだら、結局私たちも死ぬことになりますから。まさかそれすらも分からないお馬鹿さんではないですよね?」
笑顔のチュリップに言われると、変な笑いが出る。
「確かに、俺は自信過剰だったかもな」
剣を装備して立ち上がる。
「言っておくが、お前たちを心配して言った! それだけは勘違いするなよ!」
「はいはい」
チュリップの小馬鹿にしたような口元が妙に恥ずかしかった。
「シロちゃん、もしものことがあったら呼ぶから、待っててくれ」
ぐしぐしとお座りするシロちゃんの頭を撫でてから、地面に降りる。
「行こう。皆、離れるな」
前に進む。皆武器を持っているため手を繋ぐようなことはしない。
俺たちは皆で戦う。お守りは必要ない。する余裕もない。
森へ一歩足を踏み入れると不気味なほど静かだった。虫一匹の気配も無い。
「何も居ないね」
ローズが体を硬くしてせわしなく視線を動かす。
「シロちゃんが近くに来たから逃げたんだ」
地面に落ちている人間の胴体ほどの大きさをした果実を観察する。猿の歯形が刻まれていた。試しに果実を叩いてみると、岩のように硬い。これを主食とするなら凄まじい顎の力だ。
「これは、手形か?」
リリーが果実の傷跡を撫でる。言われれば確かに手形だ。
「猿のデカさじゃないな」
木々を撫でる。万年樹と呼ぶにふさわしい感触だ。天を仰ぐように枝を見上げると、そこかしこが折れている。猿が枝を伝った証だ。枝の太さはおそらく千年樹と同じくらいか? それが折れるとなると、とてつもない体重だ。
「もしかすると、想像よりたくさん居ますか?」
チュリップが半目になって笑う。果実の食い残しがそこら中に散らばっていた。
「今まで相手したネズミや蛇と比較にならないくらいの強敵だ」
絶望で卒倒しそうだった。
こいつらよりも強い奴が地下十二階の出口を守っている。
神様、冗談だろ? 俺たちが何をした?
「行こう、レイ!」
ローズに手を引っ張られて我に返る。見渡せばリリーの覚悟を決めた顔と、チュリップの不敵な笑みが見える。
「行こう! ここを乗り越えられなくて、何が脱出だ!」
生き残るためには、進むしかない!
森を進んでいく。それなりに歩いたはずなのに、一向に殺気の一つも感じられない。監視するような視線も無い。目を凝らしても一面緑と茶色に埋め尽くされている。どうも変だ。シロちゃんとこの森を歩いたときは、刺さるような視線を複数感じたのに。
あまりの違和感に足を止める。
「さすがに戻ろう。これ以上進むのは不味い」
「どうして?」
やる気と殺気に満ちるローズがぐっと杖を握りしめる。
「そろそろ声がシロちゃんに届かなくなる。そうなると、万が一の時に助けを呼べない」
「それほど歩いたのか? 別段疲れていないぞ」
リリーが足を動かして首をかしげる。
「それだけ体力が付いたってことだ」
「それで、撤退ということで良いのですね?」
チュリップの問いに頷く。
「あくまでも特訓だ。命をかけるのは本番で十分。危険を承知で来たが、本当に死んじゃ意味が無い」
「そうですね。少し残念ですが、戻りましょう」
チュリップがため息を吐いた瞬間地面が爆発した!
「何だ!」
体中泥まみれで堪らずせき込む。その間にも次々と泥が爆発する!
「投泥だ!」
目についた泥を拭って上を見ると、泥の塊が次々と飛来する!
猿どもめ! 超遠距離から泥を投げて攻撃してきた! 俺よりも頭のいい野郎だ!
「脱出するぞ!」
叫んだが投泥はもはや土砂崩れと化して俺たちを飲み込む。胸まで泥に浸かり身動きもできない!
「畜生!」
投泥は止まない! 背の高いリリーすら顔まで埋まっている!
「しくじった!」
さらなる投泥で、ついに視界が真っ暗になった。
巨人のごとき猿たちは泥の山ができると投泥を止めて、木々から顔を出す。そして目配せしてゆっくりと近づく。獲物を仕留めたのに油断は無い。
猿たちは泥の山にたどり着くと、賢く泥の山を取り囲む。一匹が上からぐっと泥の山を押し付けて文字通りダメ押しする。獲物は完全に潰れた。
「剣術魔法! 空一閃!」
しかし、レイたちは獲物ではなかった! 危険を承知で前に進む勇敢な冒険者だ!
リリーの掛け声で泥の山を押さえつけていた猿の腕が飛ぶ!
「この野郎!」
さらに泥の山を跳ねのけてレイが飛び出し、猿の頸動脈を切り裂く!
「炎魔法! ファイヤーレーザー!」
ローズの光線が泥の山ごと猿たちを焼き尽くす!
「今度はこっちの番だ!」
レイの殺気とともに、猿たちは雄たけびを上げて一目散に逃げだす。
レイたちの勝利だ。
「死ぬかと思った」
シロちゃんの背中で帰宅する。体中泥まみれでどこか臭う。もしかするとクソが混じっていたかもしれない。とてもではないが勝利者には見えない。命からがら逃げてきた負け犬だ。
「それにしてもチュリップ! そんな凄い魔法が使えるなら先に言ってくれよ! 心臓が止まるかと思った」
倒れたチュリップを膝の上に寝かせながら叱る。
「何分ぶっつけ本番だったので。上手くいって良かったです」
チュリップは口に手を当てて人の悪い笑みを隠す。
「まさかチュリップが加護魔法を使えるとは思わなかった」
リリーが苦笑する。
「加護魔法ってなんだ?」
「対象者を文字通り守る魔法です。毒はもちろん、裂傷や打撲、それどころか酸欠といった死の要因すべてを防ぎます。まあ、加護魔法にも毒を防ぐ用と種類がありますので、万能ではないですが」
チュリップの説明に呆れる。
「それでも反則技だ」
「実際、最強の魔法の一つだ。使い手は教皇ゼウス様一人だったはずだ。しかも対象者は精々四人ほど、しかも持続時間はかなり短かったはず。私の感触では、不意打ちのため相当長く泥に埋まっていた。途中で誰かが死んでもおかしく無かった。なのにチュリップは自分も皆も守った。チュリップの腕前はゼウス様より強い」
「勉強したらできるようになりました。勉強ってするものですね!」
リリーが唸るとチュリップは事も無げに言ってのけた。もはや嫌味だ。
「ですが、死んでしまったら終わりです。それに使ってみて分かりましたが、かなり体力を消耗しました。明日も動けないでしょう。それに私は加護魔法を発動している間、身動きが取れません」
チュリップの忠告に身を引き締める。
「分かった。肝に銘じる」
「でもこれで! 脱出の準備が整ったね!」
ローズが背中に抱き着いて喜ぶ。こちらも嬉しいので口がにやける。
「チュリップに頼りっきりになっちまうが、広い場所で戦う戦法ができた! 加護魔法で打撃攻撃等を無力化する! その間に俺たちがぶっ殺す!」
「戦法ではなくゴリ押しだ。できればもっとしっかりとした戦法を考えたい」
リリーは疲れた笑いを浮かべる。
「しかし、皆で戦って分かった。この迷宮は危険だ。一人一人の底力が無ければ倒しきれず、結局死んでいただろう」
リリーの瞳が皆を戒める。
「分かっている。そしてだからこそ、大丈夫だと自信を持って言える! 俺たちは強い! 生きて帰れる!」
力を込めて言うと、リリーとローズの顔が綻んだ。
「チュリップが治り次第、出口へ向かう。前に進むぞ!」
拳を天に振り上げると、皆も天に振り上げた。
「レイさん?」
すっかり夜になってしまったころ、膝の上で眠るチュリップが微笑みかけてきた。
「どうした?」
微笑み返すと、なぜかチュリップの目から涙が零れる。
「私、頑張りました。とても頑張りました」
「分かってる」
何をすればよいのか分からないのでとりあえず頭を撫でる。
「レイ? 私が好きですか?」
チュリップが泣きながらも微笑む。
「もちろん好きだ」
涙の意味は分からないが、言葉の意味は分かる。
チュリップは微笑みながら目を閉じて、深くため息を吐く。
「私、もうあなたに遠慮しませんから。チャンスがあれば遠慮しませんから」
涙は吹っ切れたように止まっていた。
「何だ? なぞなぞか?」
「なぞなぞですね。早く答えを見つけないと、後悔しますよ?」
チュリップは満足そうに笑うと、眠りについた。
「なぞなぞにしてはヒントが少なすぎるだろ」
チュリップの美しい顔と髪を撫でる。泥で汚れていても色あせない。
「綺麗な星空だ。まるで宝石箱を散らかしたみたいだ」
空を見上げて星を数える。100まで数えると面倒になったので止めた。
「生きて帰れる。皆と一緒に」
手ごたえはあった。後は進むだけだ。
心臓が高鳴る。血が滾る。
「行くぜ! 何かは知らねえが、邪魔するなら必ずぶっ飛ばす!」
空に向けて、未知の化け物に宣戦布告を告げた。
まずは食料。これは草原に居る巨大ネズミや巨大蛇などの干し肉が中心だ。チュリップが見つけてくれた野草も心強い。
またチュリップは薬草を調合して薬を作ってくれた。荷物の関係上多くは持っていけないが、非常に頼もしい。
衣服や寝袋、布も用意できた。獣の皮や内臓を干して加工したものだから臭いはキツイが、温かさは抜群だ。
しかし準備は整ったが一抹の不安で立ち往生する。その不安とは、シロちゃんの行動である。
シロちゃんは出口の空洞まで乗せてくれない。いつもなら快く背中に乗せて、草原を駆けるのに、そこら辺の巨大生物なら近づきもしないほど強いのに、出口に向かうことだけは拒否する。空洞の入り口までとお願いしても聞いてくれない。
シロちゃんすら恐れる何かが居る。
不味い状況だった。俺たち四人の力でシロちゃんすら恐れる化け物を倒せるのか? 空洞の内部も分からない状況だ。少しのミスが命取りとなる。
「本格的な連係を磨く必要があるな」
幸い、個別の特訓は順調に進んでいた。
リリーは巨大ネズミなら瞬殺できるようになった。
ローズはピンポイントに急所を撃ちぬけるようになった。
チュリップは深い切り傷も跡形もなく治せるようになった。
俺は力の制御で身体能力が大幅に向上した。壁くらいなら簡単に駆け上がれる素早さを得た。
後はこれを活かせる動きができるかどうかだ。
「冒険者手帳によると、迷宮で戦う際の基本連係はこのようになる」
朝っぱらに空洞攻略の作戦会議を開くと、リリーが率先して冒険者手帳を開く。
「火力の高い魔術師が遠距離攻撃で致命傷を与える。撃ち漏らした場合は私のような頑強な剣士が盾となり、魔術師等を守る。防ぐだけで精いっぱいの場合は、レイのような素早い剣士が止めを刺す」
リリーが紙に図示する。単語は読めるようになったので、言葉を交えてくれれば意味は分かる。
「俺たちの場合、ローズが敵に魔法をぶち込んで、撃ち漏らしたら俺かリリーが止めを刺すってことか?」
「その通りだ」
「チュリップは戦わないのか?」
「冒険者手帳によると、僧侶のような回復術者が戦いに参加する時点で、勝負は負けているということだ。その場合は即撤退だ」
リリーはふむふむと冒険者手帳を読み進めながら図示を続ける。どの連係も僧侶や魔術師は接近戦に参加していない。
「連係が崩れた証か。確かに、納得できる」
「これって通路とか狭い場所で戦うことを想定してるけど、広い場所で戦う時はどうするの?」
リリーと一緒に納得していると、ローズが冒険者手帳を見ながら首をひねる。
「基本は通路まで逃げ、包囲されることを防ぐ。相手が単体の時のみ包囲して倒す。ただし魔術師と僧侶は絶対に敵に近づかない」
リリーはじっくりと見落としが無いように冒険者手帳を読み進める。これも納得できる答えだった。
「常に有利な状況で戦う。最低でも五分五分の状況。不利になればすぐ逃げる。狩りの基本だ」
俺は当たり前のことを言う。ローズはその当たり前に突っ込む。
「基本かもしれないけど、あの空洞、遠目からでも凄く広そうだよ? その戦法は無理があると思うけど」
ローズの指摘に頭が痛くなる。片手で頭を押さえながら、紙に最悪の状況を図示する。
「空洞の攻略に連携を特化しよう。通路の連携はその時考える」
「確かに、今は直面する課題に対処するほうが先だ」
リリーは冒険者手帳を閉じて、俺が図示した内容をのぞき込む。
皆が絵に注目したところで話を切り出す。
「まず最悪の展開になったときの動きを決める。最悪の展開は囲まれることだ。もしもそうなれば、残念だが冒険者手帳の通り逃げるしかない。そして今考えるべきは、どうやって逃げるか。皆で正面突破だ! ローズもチュリップも一緒。杖とメイスで敵をぶん殴ってもらう」
「彼女たちにそれは無理だ! 私とレイで突破口を作ったほうが安全だ」
「俺たちが突破口を作っている間に、ローズとチュリップが包囲されたらどうする? それに俺たちが殴り合いに手こずったら? 喧嘩は数で勝つ。皆で戦えば怖くない。それでもダメなら死なばもろともだ」
「それは敵に使う言葉だろ」
リリーが目頭を押さえる。その気持ちはよく分かるが、これしか答えは無い。
「チュリップ。体力回復ポーションと状態回復薬を人数分、一口分だけ作ってくれ」
「一口で良いのですか?」
「最悪の状況になったときのためだ。包囲されたら皆で突破する。その時、誰かが必ず傷を負う。その時チュリップが怪我をしていたら? 追手が来て回復する暇も無かったら? それで終わりじゃダメだ。だからお守りとして全員一口分の薬を持つ。そうすれば深い傷を負っていても、一時しのぎができる。そうすれば光が見える。生きていれば再戦できる。今度は準備万端で」
「怪我を負ったら、各自走りながら薬を飲む感じですか?」
「まさにそれだ!」
自分の意見が伝わったことが嬉しくて親指を立てる!
チュリップは微笑むと言った。
「分かりました。それで、不利にならないようにするにはどうすればいいのですか?」
これも頭の痛い質問だった。
俺たちは不利を承知で進まなくてはならない。
「素早い俺が突っ込んで様子を見る。大丈夫なら皆で進む。それぐらいしか手は無い。反論は無しだ」
リリーとローズが口を開く前にぴしゃりと止める。
二人は歯がゆそうに目を伏せた。
「レイさんは頑固ですね」
チュリップは半笑いで地下十二階の地図を広げる。
「レイさんが突っ込むしかないと決めつける前に、一つ連携の練習をしませんか?」
「練習?」
チュリップが広げた地図を見る。
「例えば、今まで近づきませんでしたが、億年樹の近くに森があります。ここは危険だから近づくなと言いましたが、この際行ってみませんか?」
チュリップが示した場所は、マッピング中に危険区域として赤で塗りつぶした森だった。
「そこか……シロちゃんと一緒に調べたところ、迷いの森じゃないから、迷う心配は無いんだが……」
「だが? 何です」
「大型の猿が複数居る。シロちゃんを恐れていたから手を出してこなかったが、俺たちだけだと一斉に襲い掛かってくるだろう」
猿知恵と言うが、知恵を持った獣ほど怖い存在は無い。特に赤で塗りつぶした森の猿は、実家の山で見た猿と雰囲気が違った。
「行ってみませんか? 口で想像するより、危険を冒して練習したほうが、何か分かるかもしれません」
「まずはそこに行ってみよう。レイの指示に従うのはそれからだ」
リリーが剣を持って立ち上がると、ローズも険しい顔で立ち上がる。
「お前たち、猿を舐めるなよ? 特にこの森の猿は雰囲気が違った。草原と危険度が段違いだ!」
「嫌! 行く! レイ一人だけ危ない目に合うなんて嫌!」
バシンと地図を叩くがローズは怯まなかった。
「レイさん、行きましょう。あなたが突っ込んで死んだら、結局私たちも死ぬことになりますから。まさかそれすらも分からないお馬鹿さんではないですよね?」
笑顔のチュリップに言われると、変な笑いが出る。
「確かに、俺は自信過剰だったかもな」
剣を装備して立ち上がる。
「言っておくが、お前たちを心配して言った! それだけは勘違いするなよ!」
「はいはい」
チュリップの小馬鹿にしたような口元が妙に恥ずかしかった。
「シロちゃん、もしものことがあったら呼ぶから、待っててくれ」
ぐしぐしとお座りするシロちゃんの頭を撫でてから、地面に降りる。
「行こう。皆、離れるな」
前に進む。皆武器を持っているため手を繋ぐようなことはしない。
俺たちは皆で戦う。お守りは必要ない。する余裕もない。
森へ一歩足を踏み入れると不気味なほど静かだった。虫一匹の気配も無い。
「何も居ないね」
ローズが体を硬くしてせわしなく視線を動かす。
「シロちゃんが近くに来たから逃げたんだ」
地面に落ちている人間の胴体ほどの大きさをした果実を観察する。猿の歯形が刻まれていた。試しに果実を叩いてみると、岩のように硬い。これを主食とするなら凄まじい顎の力だ。
「これは、手形か?」
リリーが果実の傷跡を撫でる。言われれば確かに手形だ。
「猿のデカさじゃないな」
木々を撫でる。万年樹と呼ぶにふさわしい感触だ。天を仰ぐように枝を見上げると、そこかしこが折れている。猿が枝を伝った証だ。枝の太さはおそらく千年樹と同じくらいか? それが折れるとなると、とてつもない体重だ。
「もしかすると、想像よりたくさん居ますか?」
チュリップが半目になって笑う。果実の食い残しがそこら中に散らばっていた。
「今まで相手したネズミや蛇と比較にならないくらいの強敵だ」
絶望で卒倒しそうだった。
こいつらよりも強い奴が地下十二階の出口を守っている。
神様、冗談だろ? 俺たちが何をした?
「行こう、レイ!」
ローズに手を引っ張られて我に返る。見渡せばリリーの覚悟を決めた顔と、チュリップの不敵な笑みが見える。
「行こう! ここを乗り越えられなくて、何が脱出だ!」
生き残るためには、進むしかない!
森を進んでいく。それなりに歩いたはずなのに、一向に殺気の一つも感じられない。監視するような視線も無い。目を凝らしても一面緑と茶色に埋め尽くされている。どうも変だ。シロちゃんとこの森を歩いたときは、刺さるような視線を複数感じたのに。
あまりの違和感に足を止める。
「さすがに戻ろう。これ以上進むのは不味い」
「どうして?」
やる気と殺気に満ちるローズがぐっと杖を握りしめる。
「そろそろ声がシロちゃんに届かなくなる。そうなると、万が一の時に助けを呼べない」
「それほど歩いたのか? 別段疲れていないぞ」
リリーが足を動かして首をかしげる。
「それだけ体力が付いたってことだ」
「それで、撤退ということで良いのですね?」
チュリップの問いに頷く。
「あくまでも特訓だ。命をかけるのは本番で十分。危険を承知で来たが、本当に死んじゃ意味が無い」
「そうですね。少し残念ですが、戻りましょう」
チュリップがため息を吐いた瞬間地面が爆発した!
「何だ!」
体中泥まみれで堪らずせき込む。その間にも次々と泥が爆発する!
「投泥だ!」
目についた泥を拭って上を見ると、泥の塊が次々と飛来する!
猿どもめ! 超遠距離から泥を投げて攻撃してきた! 俺よりも頭のいい野郎だ!
「脱出するぞ!」
叫んだが投泥はもはや土砂崩れと化して俺たちを飲み込む。胸まで泥に浸かり身動きもできない!
「畜生!」
投泥は止まない! 背の高いリリーすら顔まで埋まっている!
「しくじった!」
さらなる投泥で、ついに視界が真っ暗になった。
巨人のごとき猿たちは泥の山ができると投泥を止めて、木々から顔を出す。そして目配せしてゆっくりと近づく。獲物を仕留めたのに油断は無い。
猿たちは泥の山にたどり着くと、賢く泥の山を取り囲む。一匹が上からぐっと泥の山を押し付けて文字通りダメ押しする。獲物は完全に潰れた。
「剣術魔法! 空一閃!」
しかし、レイたちは獲物ではなかった! 危険を承知で前に進む勇敢な冒険者だ!
リリーの掛け声で泥の山を押さえつけていた猿の腕が飛ぶ!
「この野郎!」
さらに泥の山を跳ねのけてレイが飛び出し、猿の頸動脈を切り裂く!
「炎魔法! ファイヤーレーザー!」
ローズの光線が泥の山ごと猿たちを焼き尽くす!
「今度はこっちの番だ!」
レイの殺気とともに、猿たちは雄たけびを上げて一目散に逃げだす。
レイたちの勝利だ。
「死ぬかと思った」
シロちゃんの背中で帰宅する。体中泥まみれでどこか臭う。もしかするとクソが混じっていたかもしれない。とてもではないが勝利者には見えない。命からがら逃げてきた負け犬だ。
「それにしてもチュリップ! そんな凄い魔法が使えるなら先に言ってくれよ! 心臓が止まるかと思った」
倒れたチュリップを膝の上に寝かせながら叱る。
「何分ぶっつけ本番だったので。上手くいって良かったです」
チュリップは口に手を当てて人の悪い笑みを隠す。
「まさかチュリップが加護魔法を使えるとは思わなかった」
リリーが苦笑する。
「加護魔法ってなんだ?」
「対象者を文字通り守る魔法です。毒はもちろん、裂傷や打撲、それどころか酸欠といった死の要因すべてを防ぎます。まあ、加護魔法にも毒を防ぐ用と種類がありますので、万能ではないですが」
チュリップの説明に呆れる。
「それでも反則技だ」
「実際、最強の魔法の一つだ。使い手は教皇ゼウス様一人だったはずだ。しかも対象者は精々四人ほど、しかも持続時間はかなり短かったはず。私の感触では、不意打ちのため相当長く泥に埋まっていた。途中で誰かが死んでもおかしく無かった。なのにチュリップは自分も皆も守った。チュリップの腕前はゼウス様より強い」
「勉強したらできるようになりました。勉強ってするものですね!」
リリーが唸るとチュリップは事も無げに言ってのけた。もはや嫌味だ。
「ですが、死んでしまったら終わりです。それに使ってみて分かりましたが、かなり体力を消耗しました。明日も動けないでしょう。それに私は加護魔法を発動している間、身動きが取れません」
チュリップの忠告に身を引き締める。
「分かった。肝に銘じる」
「でもこれで! 脱出の準備が整ったね!」
ローズが背中に抱き着いて喜ぶ。こちらも嬉しいので口がにやける。
「チュリップに頼りっきりになっちまうが、広い場所で戦う戦法ができた! 加護魔法で打撃攻撃等を無力化する! その間に俺たちがぶっ殺す!」
「戦法ではなくゴリ押しだ。できればもっとしっかりとした戦法を考えたい」
リリーは疲れた笑いを浮かべる。
「しかし、皆で戦って分かった。この迷宮は危険だ。一人一人の底力が無ければ倒しきれず、結局死んでいただろう」
リリーの瞳が皆を戒める。
「分かっている。そしてだからこそ、大丈夫だと自信を持って言える! 俺たちは強い! 生きて帰れる!」
力を込めて言うと、リリーとローズの顔が綻んだ。
「チュリップが治り次第、出口へ向かう。前に進むぞ!」
拳を天に振り上げると、皆も天に振り上げた。
「レイさん?」
すっかり夜になってしまったころ、膝の上で眠るチュリップが微笑みかけてきた。
「どうした?」
微笑み返すと、なぜかチュリップの目から涙が零れる。
「私、頑張りました。とても頑張りました」
「分かってる」
何をすればよいのか分からないのでとりあえず頭を撫でる。
「レイ? 私が好きですか?」
チュリップが泣きながらも微笑む。
「もちろん好きだ」
涙の意味は分からないが、言葉の意味は分かる。
チュリップは微笑みながら目を閉じて、深くため息を吐く。
「私、もうあなたに遠慮しませんから。チャンスがあれば遠慮しませんから」
涙は吹っ切れたように止まっていた。
「何だ? なぞなぞか?」
「なぞなぞですね。早く答えを見つけないと、後悔しますよ?」
チュリップは満足そうに笑うと、眠りについた。
「なぞなぞにしてはヒントが少なすぎるだろ」
チュリップの美しい顔と髪を撫でる。泥で汚れていても色あせない。
「綺麗な星空だ。まるで宝石箱を散らかしたみたいだ」
空を見上げて星を数える。100まで数えると面倒になったので止めた。
「生きて帰れる。皆と一緒に」
手ごたえはあった。後は進むだけだ。
心臓が高鳴る。血が滾る。
「行くぜ! 何かは知らねえが、邪魔するなら必ずぶっ飛ばす!」
空に向けて、未知の化け物に宣戦布告を告げた。
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