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外の様子は? (レイの場合) そして地下二十一階へ

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 リモコンを操作して実家の様子を見る。
『馬鹿野郎!』
『うるさいわね!』
 親父と母さんが大げんかしてやがった!

『なんで酒がねえんだ! あれほど買い足しとけって言っただろ!』
『馬鹿言ってんじゃないわよ! 酒なんて買ったら都に行けないじゃない!』
『なんで行く必要があるんだ!』
『お祭りよお祭り! 分からないの!』
『キャンキャン喚くんじゃねえよ!』
『うるさいわね! とにかく明日はみんなで出かけるわ! 前に約束したでしょ!』
『そんな約束した覚えはねえ!』
『この馬鹿!』
 母さんが親父の顔面にビンタを放つ。

「気持ちの良い音ですね」
 チュリップたちが白い目でテレビを見る。
「いつも通りだ」
 元気そうで安心した。

『絶対絶対行くわよ! もう前金で都までの馬車代払っちゃったんだから!』
『なんでそんなに都に行きたいんだ! 祭りなら村でもやってるだろ!』
『たまには都で買い物したいの! 見てこの服! もう何年着てると思ってるの!』
『まだ着れるじゃねえか! 買う必要なんてねえ!』
『嫌よ! たまにはオシャレしたいの!』
『こんな森の中でオシャレしてどうするんだ! 誰に見せるってんだ!』
『あなたに決まってるじゃない!』
 母さんが、よよよっと泣きまねを始める。

『おいおい! 泣くことは無いだろ?』
 親父は突然の涙に戸惑い、母さんの背中を撫でる。
 親父はいつも泣きまねに引っかかる。嘘だと分かっているが、もしかすると、と考えると放っておけないらしい。

『もう私のことなんてどうでもいいの? そうよね、もう叔母さんだし、若作りしたって無駄よね』
『そんなことねえって! お前は世界一綺麗で可愛い!』
『でもオシャレな私なんて興味ないでしょ?』
『興味あるぞ! だから泣くな!』
『一緒に都に行ってくれる?』
『行くに決まってるだろ!』
『お洋服買ってもいい?』
『どんどん買え!』

『ついでに食器も買っていい?』
『ん?』
 親父が顔をしかめる。
『まあ買っていいんじゃないかな?』
 だが母さんの涙を見ると頬を掻きながら頷く。
『じゃあ、ついでに靴も買いましょう?』
 それから母さんはどんどん要求する。
『あ、ああ? 良いんじゃないか?』
 親父はことごとく了承する。

「手玉ですね」
 チュリップたちが腕組みしながら親父たちを鑑賞する。
 恥ずかしい。

『愛しているわ! あなた!』
 全部終わると母さんは親父に抱き着いてキスの雨を降らせる。
『恥ずかしいからやめろ!』
 そう言いながらもニヤニヤと親父は嬉しそうに笑う。

「その、見ているこっちが恥ずかしくなるな」
 リリーが顔を赤くして笑う。
「俺が一番恥ずかしいよ」
 公開処刑じゃねえか。

『ただいま! 親父! 腹減った!』
『腹減ったぞ親父!』
 二人が馬鹿なことやっている間に弟と妹が泥だらけで家に帰ってきた。
 おそらく村の子供たちと遊んでいたのだろう。

『皆! 明日は都に行くわよ!』
 母さんは弟たちの服を脱がせながら笑う。

『ほんと!』
『やった!』
『ほんとほんと! だから今日はご飯食べたらすぐに寝なさい』

 弟たちが体を洗うと、夕飯が始まる。今日はイノシシの肉のパイだ。

「美味しそうだね」
 ローズがじゅるりと涎を飲み込む。
「母さんの飯は美味い。親父は料理に惚れたってよく言ってた」
 ルシーが用意した飯も美味かったが、母さんのスープやパイには負ける、とテレビを見ていて思った。

『ごちそうさま!』
 飯を食い終わると弟たちが欠伸する。
 それと同時に扉が叩かれた。
『誰だ?』
 親父が扉を開けると、そこには中年の屈強な男性が立っていた。

『私はアルカトラズ冒険者ギルドの長、バッカスだ』
 バッカスは慇懃に頭を下げる。
『おう、よろしく。それで、こんな夜に何の用だ?』
 親父は欠伸をする。

『実は、お宅のレイについてお話があります』
『レイ? あいつに用があるのか』
 親父は家の中を見渡して大声を出す。

『レイ! お客さんだ! 早く来い!』
 しかし、もちろん返事はない。
『ん? お前ら、レイはどこ行った?』

『知らない』
『お休み』
 弟たちはつれなく奥の寝室に引っ込む。

『母さん、レイはどこ行った?』
『さあ? そう言えば朝から見てないわね』
 母さんは洗い物をしながら平然と答える。
 朝から、じゃなくて、もっと前から見てないだろ。

『んー? バッカスさんだっけ? どうもレイは居ねえみてえだ。どこほっつき歩いてんのか知らねえが、腹が減ったら戻ってくると思うから、上がって待っててくれ』
 俺は犬か?

「こいつら俺の存在を忘れていやがったな!」
 テレビ越しに親父たちをぶん殴る!

「薄情と言うか、なんというか」
 チュリップたちは目を点にする。

『レイが迷宮で死亡しました。今日はそのことを伝えに来ました』
 バッカスは淡々と口を動かす。
『死んだ、だと?』
 親父の目が吊り上がる。母さんが手を止めてバッカスを見る。弟たちが寝室から顔を出す。

『死体が、あるのか?』
 親父が声を怒らせる。
『迷宮の落とし穴に落ちたので死体は見つかっていません』
 バッカスは眉一つ動かさず告げる。

『なら死んでねえな』
 親父がため息を吐くと、母さんは洗い物を再開し、弟たちは寝室へ引っ込む。

『死体は見つかっていませんが、状況を考えると最悪です』
『あいつは死なねえよ。腹が減ったら戻ってくる』
 だから俺は犬か?

『しかし、あいつがあんたらを騒がしちまったのは事実だ。明日都に行くから、その時顔を出させてもらう』
『分かりました。冒険者ギルドへ来てください。話はそこでします。ではこれで失礼します』
 バッカスは一礼して家から出た。

『あの馬鹿、迷宮なんぞに潜ったようだ』
『人騒がせな奴だね』
 親父と母さんはため息を吐く。

『でも、帰ってきたらお腹空いてるだろうから、何か持っていこうかね?』
『あいつの好物のパイ焼きでも持っていけばいいだろ。それより! 今日は寝るぞ! 明日は早い!』
 親父たちは洗い物を済ませるとすぐに寝室へ行った。

「何だか、いいお父さんとお母さんだね」
 ローズが微笑む。
「どこが?」
 ため息交じりの笑いが出る。帰ったら殴り合い決定だ。

「もうテレビは見ないか?」
 聞くと皆は頷く。
「今日はありがとう。次は帰ってから、直に見ることにする」
 伝えるとテレビは煙のように消えた。

 迷宮王のルシーが用意しただけあり、家には実家と同じく風呂があった。お湯を張るのに苦労したが、久々に体を温めることができた。
 サッパリしたところで飯を食う。チュリップの料理は母さんと同じくらい美味い。

「狭いが、久々の布団がある。お前たちはそこに寝てくれ。俺は外で寝る」
「良いのか? ここはお前の家だぞ?」
 リリーが遠慮するが首を振る。
「俺は散々そこで寝た。だからお前たちが寝ろ」
 言い切ると何か言われる前に外に出る。
「目指すは地下1000階。必ず、生きて帰る」
 硬く決心すると、毛布を被って目を瞑る。
 睡魔は躊躇いなく襲ってきた。

「レイ、起きてる?」
 眠っていると突然ローズに揺さぶられる。
「どうした? ねむれないのか?」
 眠すぎて起き上がれない。

「レイは私のこと好き?」
「すきだぜ」
「私も好き」
 ローズにキスされる。

「一緒に寝て良い?」
「いいぞ」
 うつらうつらで真面に答えられない。

「レイ、大好き。私、レイが居ないと生きていけない」
 突然の告白に目が覚める。
「何言ってんだよ」
 体を起こすと抱き着かれる。

「レイ、私、レイのお嫁さんになりたい」
「その約束だ。安心しろ」
 背中を撫でて慰める。

「レイ、エッチしよ」
「ああ!」
 体を離すとグズグズの泣き顔が目に入る。

「もうやだ……なんでわたし……きらわれてるの?」
「安心しろ! 俺はお前が大好きだ!」
 ギュッと体を抱きしめる。

「レイ……おねがい……えっち……して」
「……それは……まだ早いだろ」
「いやだ……レイも……わたしのこときらい?」
「そんな訳ないだろ!」
「じゃあ……」

 俺はどうすりゃいいんだ? だがもうローズを止められない。

「おねがい……えっちして」
 なぜローズがこんなことを言い出したのか分からない。
 だけど、死にそうな顔を止めるにはどうするべきか。

 答えは出ない。

「レイ……だいすき……あいしてる」
 ただ、ローズの体はとても良い臭いだった。



「……女を武器に男を堕とす。女の特権ですね」
 物陰からチュリップが親指の爪を血が出るくらい噛む。
「でも、女なのは私も同じなんですよ?」
 チュリップの親指の爪が割れる。

 その音は誰にも聞こえなかった。

 次の日、一同は準備を済ませると二十一階へ進む。
「へへ!」
 ローズは満面の笑みでレイと手を繋ぐ。
「いつにもまして仲が良いな」
 リリーが二人を見て笑う。
「あぁ……まあ、結婚するし」
 レイは気まずさを誤魔化すように苦笑い。

「……なんて憎らしく、欲情的な体なのかしら? ……ふふ」
 そんなレイの背中を見て、チュリップは舌なめずりをした。
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