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仲直り
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「風魔法! フライ!」
ローズは落とし穴に飛び込むと、魔法で自分とリリー、チュリップの体を浮かばせて木の葉のようにゆっくりと地下十一階へ下りる。
「懐かしいな」
リリーは地下十一階に下りると、朽ち果てた人骨に手を合わせる。
「あの時は助けてくれてありがとう」
リリーに続いて、ローズとチュリップも手を合わせた。
「武器と防具を持っていこう」
アルカトラズ十五世の命で地下十一階に下りると、最初に行ったのは武器と防具の調達だ。
地下十一階から先の化け物は、地上で作られた武器では歯が立たないほど強力であることを身をもって知っているからである。
「進もう」
リリーが歩くと、ローズとチュリップは後に続く。
「シロちゃん!」
三人は地下十二階へ下りると一目散にシロちゃんを探した。
「居た!」
三人が億年樹の立つ草原まで進むと、向こうから尻尾を振って現れた。
「元気にしてた!」
ローズはシロちゃんの大きな鼻に抱き着いて笑う。
リリーとチュリップもその横で顎を撫でる。
シロちゃんは余程嬉しいのか、風が巻き起こるほど尻尾を振って三人の顔を舐めた。
「今日は、シロちゃんと一緒に寝ませんか? 急ぐなら、別に良いですけど」
チュリップはシロちゃんの髭を撫でながら呟く。
「今日一日なら、私は構わない」
リリーもシロちゃんの髭を撫でる。
「私も良いよ」
ローズはシロちゃんの鼻に顔を埋めて臭いを嗅ぐ。
「獣臭い!」
ローズがにへへと笑うと、二人も微笑んだ。
「シロちゃん可愛いー!」
シロちゃんの巣に行くと、ローズはシロちゃんの顔に纏わりつく。母にじゃれる子犬のようだ。
そしてシロちゃんは気持ちよさそうに目を細める。
「それにしても、また虫に食われているな」
リリーはシロちゃんの体に食いつく巨大ノミやダニを一匹ずつ潰して回る。
「これだけ拾いとお手入れが大変」
チュリップはシロちゃんの汚れた巣を綺麗に掃除する。
ふと、シロちゃんが三人の体に鼻を近づけて、寂しそうになく。
「ごめんねシロちゃん……レイは居ないの」
ローズの声が落ちると、空気が重くなる。
シロちゃんはつぶらな瞳で寂しそうな三人を舐めた。
その夜、三人はシロちゃんのお腹を枕に眠った。
シロちゃんは三人を見守るように、朝まで三人を見つめていた。
「バイバイ。今度はレイも連れてくるね」
地下十三階へ続く階段の前で、三人はシロちゃんと別れる。
「寂しいな」
リリーがポツリと言うと、三人の瞳から涙が流れた。
それから三人は無言で歩く。すでに通過した道のりで危険がないとはいえ、危なっかしい空気である。
「嫌なところに来た」
地下二十階に到達すると、チュリップは露骨に嫌悪感を口にする。
「私はあんたと居るほうが嫌」
ローズはそれを受けてチュリップを睨む。
「止めろ。また殺し合いがしたいのか?」
リリーが剣の柄を握る。
場の空気が急速に悪化する。
「……あ」
全員が殺気を丸出しにして固まっていると、ローズがリリーの奥にある建物に走る。
「レイのお家だ」
場の空気が急速に弛緩する。
「……今日はここで寝よう」
リリーはぼそりと呟くと、扉を開ける。
「埃が溜まっていますね」
チュリップは部屋の掃除を始める。
「そういえば、レイって家族と仲良かったんだ……会ってくれば、良かったかな」
ローズは椅子に座って呟く。
一泊すると再度進む。
「懐かしい」
地下二十一階に下りるとリリーは朽ち果てた化け物の死体に触る。
「そういえば、ここから耐性持ちの化け物が現れて、その対策にあたふたしていた」
切り口を見ると慌てふためいていたことが分かる。
「一番慌ててたのは私だったかな。魔法が効かないって、レイに泣きついてた」
ローズは迷宮の通路を見渡す。
そこかしこに化け物の血や彼女たちの血がこびりついている。
刃こぼれした剣や砕けた鎧、燃え残った杖、曲がったメイスが散乱している。
「ここの階から、敵が私たちと同じように連携を組み始めた」
チュリップは足で地面を擦る。ザリザリと細かい金属片が鳴る。
「レイが一番、大変だったのかな?」
ローズは切なそうに天井を見る。
「行こう。レイは随分と先に行っているはずだ」
リリーは強く足を踏み出す。ローズとチュリップも強く足を踏み出す。
皆レイの名を口にすると落ち着きを取り戻す。
爆発の兆候があっても、レイを思い出すと水をかけたように静まり返る。
そうやって危なっかしくも静かに進む。
しかし地下100階にたどり着くと、ついに不満が爆発した。
「ここは!」
地下100階に到達するとローズが顔を歪める。
「あら! 懐かしくて素敵なところ!」
チュリップは大声で挑発する。
「止めろ! イライラする!」
リリーは大声で怒鳴り散らす。
三人は武器を構えてにらみ合う。
「やっぱり私、あんたたちが嫌い!」
ローズが距離を取って戦闘態勢に入る。
「結局こうなるか! ならば今度こそ切る!」
リリーは腰を落として力を貯める。
「本当! 初めて会った時から、あなたたちが大っ嫌いでした!」
チュリップはメイスを両手に握りしめて、筋肉を膨張させる。
「風魔法! フライ!」
ローズの呪文とともに、口火が切られた。
地下100階で斬撃と打撃が交差する。
「この!」
ローズは地面を這うように飛び、高い機動力でヒットアンドアウェイを狙う。
「甘い!」
リリーは華麗な連撃で相手の隙を狙う。
「このクソガキども!」
チュリップは豪快な一発で攻撃も防御も薙ぎ払う一撃必殺を狙う。
三人はそれぞれ、己の体格と気性に合った戦いを行う。
「食らえ!」
一度距離を離したローズは再度チュリップに突っ込む。
チュリップは攻撃していたリリーから距離を取ってローズに狙いを変える。
「ふん!」
チュリップはローズが迫るとカウンターにメイスを振り回す。
「空間魔法! テレポート!」
ローズはチュリップの背後に瞬間移動して、後頭部に蹴りをぶち込む。
「このガキ!」
チュリップは蹴りに堪えるとすぐに後ろを向いて、ローズの足を掴み振り回す。
「死ね!」
そして床が割れるほどの勢いで叩きつけた。
「はっ!」
リリーが攻撃で隙だらけのチュリップに連撃を繰り出す。
「加護魔法! 神よ我を斬撃から守りたまえ!」
チュリップは魔法でリリーの攻撃を防ぐ。
「甘いんだよ!」
リリーは剣を放るとチュリップの顎に肘鉄をぶち込む。
「ぐ!」
チュリップは後ろに飛んで逃げる。リリーはチュリップに追い打ちの連撃を繰り出す。
「加護魔法! 神よ我を打撃から守りたまえ!」
猛攻に耐え切れず呪文を唱える。その隙にリリーは先ほど投げた剣をキャッチして剣げきに切り替える。
「死ね!」
振り下ろしがチュリップの肩に決まる。
「が!」
チュリップは片腕になるが、リリーは油断せず連撃を叩き込む。チュリップの体がズタズタになる。
「がは!」
「が!?」
チュリップの腹を剣が貫くと、リリーが白目を向く。回復したローズがリリーの後頭部に強烈な打撃を叩き込んでいた。
チュリップはリリーが目を回している間に後ろへ走り、十分に距離を取った後、傷を癒す。
目を回していたリリーは気合で立てなおり、剣を振り回す。
ローズはその前に空中へ逃げる。
一進一退、実力が拮抗していること、何よりバトルロワイアル形式のため決着がつかない。
誰かが隙を見せればその隙に攻撃する。その繰り返しだった。決め手に欠ける。
結果、決着はつかず、永遠と殴り合うこととなる。
「は、は、は」
何日彼女たちは殴り合っていただろう。誰も止める者は居ない。もはや気力だけで立っている状態だ。
「強い!」
リリーは膝を付いて二人に呟く。
「もう嫌!」
ローズは先に音を上げて、床に倒れる。
「何で私はこんなことを!」
チュリップも床に座り込む。
戦いは引き分けで終わった。
「私、お前たちが嫌い」
ローズは精魂尽き果てた状態で悪口を言う。
「私もお前たちが嫌いだ」
リリーは一歩も動けない状態で呟く。
「何で私たちって一緒に居れたんでしょう」
チュリップはぼんやりと天井を見つめる。
「レイが居たからか」
リリーは深呼吸すると、遠い目をする。チュリップとローズも遠い目をする。
「私、お前たちが嫌いだけど、切りがないから、もう戦わない」
ローズは荒い息で告げる。
「私は別に、あんたたちと殺し合いがしたい訳じゃないから、何もしないで」
チュリップも荒い息で告げる。
「もう喧嘩は止めよう。これじゃいつまで経ってもレイに追いつけない」
リリーは剣を放り投げて匙を投げる。
喧嘩と言うより殺し合いだった。だが彼女たちは殺し合いではなく喧嘩と認めて、ついに休戦協定を結んだ。
それから彼女たちは以前よりもスムーズに進む。
彼女たちは地下100階の喧嘩で変わった。
一番変わったのは、会話をするようになったことだ。
地下200階で食事をしている最中、こんな会話があった。
「王宮の料理が懐かしいわ。自分で作るなんて面倒」
「当番制にするか。私でも肉を煮るくらいできる」
「私はめんどくさいから当番制は嫌」
「私がやりますよ。自分で作る料理が一番おいしいですから」
地下300階で装備を点検している時はこんな会話があった。
「敵が出てくるようになったな」
「前は皆死んでたよね?」
「おそらく、半死の奴らが回復したのでしょう。さすがのレイも体が大きいから仕留めきれなかった」
「こうなるともう一度戦い方を見直したほうが良いな」
地下400階で休憩しているとこんな会話があった。
「バッカスさんが言ったアドバイスの意味分かる?」
「さっぱり分かりません」
「私たちがレイにも、お前たちにも、誰にも言っていない言葉……何だろう?」
少しずつ少しずつ、皆は胸の内を話すようになる。赤裸々なことも、恥部も話すようになる。
「レイって私たちと居て、どんな気持ちだったんだろ」
休憩中、ローズはコップの水を見つめて呟く。
「地下二十階から、あなたとセックスしているのがばれたらどうしようと不安だったでしょう。現にそれを責めたら、向こうも悪かったと謝りました。輪が乱れるのを嫌ったんです」
チュリップは料理の味付けをしながら言う。
「何時問い詰めたのか聞くとまた喧嘩になるから聞かないけど……だったら私、悪いことしちゃったのかな?」
「何をやったんだ?」
リリーは周りを警戒しながら聞く。
「私がレイに抱いてってお願いしたの」
「どうしてだ?」
「地下二十階で外の様子を見たでしょ。あの時、外の光景がすっごく嫌だった。だからレイに慰めて欲しかった」
「気持ちは分かりますよ。分かりたくありませんけど」
チュリップはため息を吐くと、リリーもため息を吐く。
「私は、レイが眩しかった。レイが頼りになり過ぎて、レイの気持ちを考えたことも無かった。よく考えれば、レイが逃げたのは、負担が大きくなり過ぎたからなんだろう。私はそれに気づこうともしなかった」
リリーは目尻に涙を浮かばせる。
「私たちは初めから歪だった。状況が切羽詰まっていた時なら未だしも、落ち着いても誰も過去を話さない。初めから信頼していなかった。レイはそれを感じていた。だから私はそれに付け込んだ」
チュリップは呆れたように笑う。
「言い返せない私が一番ムカつく」
ローズは悔しそうにコップを握りしめる。
「もう止めよう。これ以上話すとまた喧嘩になる」
リリーはチュリップから渡された食事に手を付ける。二人も口を閉じて食事に手を付けた。
そんなことをしているといつの間にか地下1000階にたどり着いた。そこにレイの姿は無かった。
「やはり行ってしまったか」
リリーは寂し気に呟く。
「急ぎます?」
チュリップはリリーの顔を見る。
「そうしたいがその前に、今後の方針を決めよう」
「どうして?」
ローズが心配そうにリリーを見る。
「レイの気持ちになって考えると、あいつは私たちが戻ってくるとは思っていない。そして地下9999階という長い道のりを踏破する必要がある。そうなると敵をちんたら倒している暇などない。階段を見つけたら即下りだ」
リリーの心配事にチュリップとローズはそれぞれ意見を出す。
「だったら私たちも即下りします?」
「手分けして階段を探すとか? 危ないかもしれないけど」
リリーは二人の意見を踏まえて考える。
「地下1001階に行ってみよう。そこでどうするか結論を出す」
三人は慎重に、未知の領域である地下1001階へ進んだ。
異変は地下1001階に下りた途端襲ってきた!
「魔法が使えない!」
魔術師のローズが違和感に気づく。
そしてリリーの予想通り、多数の敵が目にも止まらぬ速さで接近する!
「私とチュリップが迎え撃つ!」
「何で僧侶が殴り合いをするんでしょうかね!」
「お前みたいな破戒僧が僧侶な訳ないだろ!」
剣を振るうと敵が天井に張り付く。そして後方に居るローズに鋭いナイフを向ける!
「ローズ! そっちへ行った!」
「この!」
ローズは間一髪のところでカウンターを決める。
「こいつら、防御力無いよ!」
「ですがおそらくナイフに毒が塗ってあります!」
「なんて厄介な奴らだ!」
三人は次々に襲い掛かる敵を打ち倒す。
「運が良かった」
すべての敵を倒すと、リリーは唇を噛む。
「魔法が使えないと私何もできない……」
ローズは杖で死んだ敵に悔し紛れの追い打ちをかける。
「慎重に進むしかありませんね」
チュリップは薬で二人を癒す。
「レイ! 生きていてくれ!」
リリーは壁に拳を叩きつける。
三人は焦る気持ちを押さえて進むしかなかった。
「リリー? ローズ? チュリップ?」
懐かしい夢を見て目覚める。
「何であいつらのことを思い出したんだ?」
ここ数十年、前に進むことしか考えていなかった。夢を見ることも無かった。
だから今になって思い出したのが不思議だった。
「まあ、良いか」
色々思うところはある。だがもうあいつらはここに居ない。外で幸せになっているだろう。
俺よりもいい男と付き合って、結婚して、子供を産んでいるはずだ。
「そう考えると、寂しいな」
卑しい話だが、あいつらは滅茶苦茶可愛かった。だからできれば、ずっと一緒に居たかった。
「逃した魚は大きいが、考えても仕方ない」
立ち上がって、足を進める。
それにしても、独り言を呟くなんて何十年ぶりだろう?
始めは寂しくて辛くて涙を流した。独り言もたくさん呟いた。
だけどしばらくすると慣れた。泣いたって助けは来ない。だから進むしかない。
「次は地下3000階か」
ようやく三分の一といったところだ。先は長い。何より敵が強すぎて進みが遅い。急がないと。
「お久しぶり」
地下3000階に下りると懐かしきルシーとアスが立っていた。
「またアスと戦うのか」
「その通り。頑張ってね」
ルシーが下がると、代わってアスが前に出る。
「地下2000階ぶりだな」
「お久しぶりです」
アスは律義に頭を下げる。
「頭を下げるな。どうせ殺しあうんだろ」
「そうですね。では、準備をさせていただきます!」
アスは気合を入れると金色のオーラを身に纏う。
「新しい技だな」
「鎧です。以前よりも頑強になったのでお気をつけて」
アスが発する悪寒に負けないように構える!
「以前はお前を倒すのに、何年かかったかな?」
「二十年です」
「今度は百年か? 嫌なもんだ!」
アスの真似をしてオーラを身に纏う!
「では、初め」
ルシーの合図とともに、床を蹴った!
ローズは落とし穴に飛び込むと、魔法で自分とリリー、チュリップの体を浮かばせて木の葉のようにゆっくりと地下十一階へ下りる。
「懐かしいな」
リリーは地下十一階に下りると、朽ち果てた人骨に手を合わせる。
「あの時は助けてくれてありがとう」
リリーに続いて、ローズとチュリップも手を合わせた。
「武器と防具を持っていこう」
アルカトラズ十五世の命で地下十一階に下りると、最初に行ったのは武器と防具の調達だ。
地下十一階から先の化け物は、地上で作られた武器では歯が立たないほど強力であることを身をもって知っているからである。
「進もう」
リリーが歩くと、ローズとチュリップは後に続く。
「シロちゃん!」
三人は地下十二階へ下りると一目散にシロちゃんを探した。
「居た!」
三人が億年樹の立つ草原まで進むと、向こうから尻尾を振って現れた。
「元気にしてた!」
ローズはシロちゃんの大きな鼻に抱き着いて笑う。
リリーとチュリップもその横で顎を撫でる。
シロちゃんは余程嬉しいのか、風が巻き起こるほど尻尾を振って三人の顔を舐めた。
「今日は、シロちゃんと一緒に寝ませんか? 急ぐなら、別に良いですけど」
チュリップはシロちゃんの髭を撫でながら呟く。
「今日一日なら、私は構わない」
リリーもシロちゃんの髭を撫でる。
「私も良いよ」
ローズはシロちゃんの鼻に顔を埋めて臭いを嗅ぐ。
「獣臭い!」
ローズがにへへと笑うと、二人も微笑んだ。
「シロちゃん可愛いー!」
シロちゃんの巣に行くと、ローズはシロちゃんの顔に纏わりつく。母にじゃれる子犬のようだ。
そしてシロちゃんは気持ちよさそうに目を細める。
「それにしても、また虫に食われているな」
リリーはシロちゃんの体に食いつく巨大ノミやダニを一匹ずつ潰して回る。
「これだけ拾いとお手入れが大変」
チュリップはシロちゃんの汚れた巣を綺麗に掃除する。
ふと、シロちゃんが三人の体に鼻を近づけて、寂しそうになく。
「ごめんねシロちゃん……レイは居ないの」
ローズの声が落ちると、空気が重くなる。
シロちゃんはつぶらな瞳で寂しそうな三人を舐めた。
その夜、三人はシロちゃんのお腹を枕に眠った。
シロちゃんは三人を見守るように、朝まで三人を見つめていた。
「バイバイ。今度はレイも連れてくるね」
地下十三階へ続く階段の前で、三人はシロちゃんと別れる。
「寂しいな」
リリーがポツリと言うと、三人の瞳から涙が流れた。
それから三人は無言で歩く。すでに通過した道のりで危険がないとはいえ、危なっかしい空気である。
「嫌なところに来た」
地下二十階に到達すると、チュリップは露骨に嫌悪感を口にする。
「私はあんたと居るほうが嫌」
ローズはそれを受けてチュリップを睨む。
「止めろ。また殺し合いがしたいのか?」
リリーが剣の柄を握る。
場の空気が急速に悪化する。
「……あ」
全員が殺気を丸出しにして固まっていると、ローズがリリーの奥にある建物に走る。
「レイのお家だ」
場の空気が急速に弛緩する。
「……今日はここで寝よう」
リリーはぼそりと呟くと、扉を開ける。
「埃が溜まっていますね」
チュリップは部屋の掃除を始める。
「そういえば、レイって家族と仲良かったんだ……会ってくれば、良かったかな」
ローズは椅子に座って呟く。
一泊すると再度進む。
「懐かしい」
地下二十一階に下りるとリリーは朽ち果てた化け物の死体に触る。
「そういえば、ここから耐性持ちの化け物が現れて、その対策にあたふたしていた」
切り口を見ると慌てふためいていたことが分かる。
「一番慌ててたのは私だったかな。魔法が効かないって、レイに泣きついてた」
ローズは迷宮の通路を見渡す。
そこかしこに化け物の血や彼女たちの血がこびりついている。
刃こぼれした剣や砕けた鎧、燃え残った杖、曲がったメイスが散乱している。
「ここの階から、敵が私たちと同じように連携を組み始めた」
チュリップは足で地面を擦る。ザリザリと細かい金属片が鳴る。
「レイが一番、大変だったのかな?」
ローズは切なそうに天井を見る。
「行こう。レイは随分と先に行っているはずだ」
リリーは強く足を踏み出す。ローズとチュリップも強く足を踏み出す。
皆レイの名を口にすると落ち着きを取り戻す。
爆発の兆候があっても、レイを思い出すと水をかけたように静まり返る。
そうやって危なっかしくも静かに進む。
しかし地下100階にたどり着くと、ついに不満が爆発した。
「ここは!」
地下100階に到達するとローズが顔を歪める。
「あら! 懐かしくて素敵なところ!」
チュリップは大声で挑発する。
「止めろ! イライラする!」
リリーは大声で怒鳴り散らす。
三人は武器を構えてにらみ合う。
「やっぱり私、あんたたちが嫌い!」
ローズが距離を取って戦闘態勢に入る。
「結局こうなるか! ならば今度こそ切る!」
リリーは腰を落として力を貯める。
「本当! 初めて会った時から、あなたたちが大っ嫌いでした!」
チュリップはメイスを両手に握りしめて、筋肉を膨張させる。
「風魔法! フライ!」
ローズの呪文とともに、口火が切られた。
地下100階で斬撃と打撃が交差する。
「この!」
ローズは地面を這うように飛び、高い機動力でヒットアンドアウェイを狙う。
「甘い!」
リリーは華麗な連撃で相手の隙を狙う。
「このクソガキども!」
チュリップは豪快な一発で攻撃も防御も薙ぎ払う一撃必殺を狙う。
三人はそれぞれ、己の体格と気性に合った戦いを行う。
「食らえ!」
一度距離を離したローズは再度チュリップに突っ込む。
チュリップは攻撃していたリリーから距離を取ってローズに狙いを変える。
「ふん!」
チュリップはローズが迫るとカウンターにメイスを振り回す。
「空間魔法! テレポート!」
ローズはチュリップの背後に瞬間移動して、後頭部に蹴りをぶち込む。
「このガキ!」
チュリップは蹴りに堪えるとすぐに後ろを向いて、ローズの足を掴み振り回す。
「死ね!」
そして床が割れるほどの勢いで叩きつけた。
「はっ!」
リリーが攻撃で隙だらけのチュリップに連撃を繰り出す。
「加護魔法! 神よ我を斬撃から守りたまえ!」
チュリップは魔法でリリーの攻撃を防ぐ。
「甘いんだよ!」
リリーは剣を放るとチュリップの顎に肘鉄をぶち込む。
「ぐ!」
チュリップは後ろに飛んで逃げる。リリーはチュリップに追い打ちの連撃を繰り出す。
「加護魔法! 神よ我を打撃から守りたまえ!」
猛攻に耐え切れず呪文を唱える。その隙にリリーは先ほど投げた剣をキャッチして剣げきに切り替える。
「死ね!」
振り下ろしがチュリップの肩に決まる。
「が!」
チュリップは片腕になるが、リリーは油断せず連撃を叩き込む。チュリップの体がズタズタになる。
「がは!」
「が!?」
チュリップの腹を剣が貫くと、リリーが白目を向く。回復したローズがリリーの後頭部に強烈な打撃を叩き込んでいた。
チュリップはリリーが目を回している間に後ろへ走り、十分に距離を取った後、傷を癒す。
目を回していたリリーは気合で立てなおり、剣を振り回す。
ローズはその前に空中へ逃げる。
一進一退、実力が拮抗していること、何よりバトルロワイアル形式のため決着がつかない。
誰かが隙を見せればその隙に攻撃する。その繰り返しだった。決め手に欠ける。
結果、決着はつかず、永遠と殴り合うこととなる。
「は、は、は」
何日彼女たちは殴り合っていただろう。誰も止める者は居ない。もはや気力だけで立っている状態だ。
「強い!」
リリーは膝を付いて二人に呟く。
「もう嫌!」
ローズは先に音を上げて、床に倒れる。
「何で私はこんなことを!」
チュリップも床に座り込む。
戦いは引き分けで終わった。
「私、お前たちが嫌い」
ローズは精魂尽き果てた状態で悪口を言う。
「私もお前たちが嫌いだ」
リリーは一歩も動けない状態で呟く。
「何で私たちって一緒に居れたんでしょう」
チュリップはぼんやりと天井を見つめる。
「レイが居たからか」
リリーは深呼吸すると、遠い目をする。チュリップとローズも遠い目をする。
「私、お前たちが嫌いだけど、切りがないから、もう戦わない」
ローズは荒い息で告げる。
「私は別に、あんたたちと殺し合いがしたい訳じゃないから、何もしないで」
チュリップも荒い息で告げる。
「もう喧嘩は止めよう。これじゃいつまで経ってもレイに追いつけない」
リリーは剣を放り投げて匙を投げる。
喧嘩と言うより殺し合いだった。だが彼女たちは殺し合いではなく喧嘩と認めて、ついに休戦協定を結んだ。
それから彼女たちは以前よりもスムーズに進む。
彼女たちは地下100階の喧嘩で変わった。
一番変わったのは、会話をするようになったことだ。
地下200階で食事をしている最中、こんな会話があった。
「王宮の料理が懐かしいわ。自分で作るなんて面倒」
「当番制にするか。私でも肉を煮るくらいできる」
「私はめんどくさいから当番制は嫌」
「私がやりますよ。自分で作る料理が一番おいしいですから」
地下300階で装備を点検している時はこんな会話があった。
「敵が出てくるようになったな」
「前は皆死んでたよね?」
「おそらく、半死の奴らが回復したのでしょう。さすがのレイも体が大きいから仕留めきれなかった」
「こうなるともう一度戦い方を見直したほうが良いな」
地下400階で休憩しているとこんな会話があった。
「バッカスさんが言ったアドバイスの意味分かる?」
「さっぱり分かりません」
「私たちがレイにも、お前たちにも、誰にも言っていない言葉……何だろう?」
少しずつ少しずつ、皆は胸の内を話すようになる。赤裸々なことも、恥部も話すようになる。
「レイって私たちと居て、どんな気持ちだったんだろ」
休憩中、ローズはコップの水を見つめて呟く。
「地下二十階から、あなたとセックスしているのがばれたらどうしようと不安だったでしょう。現にそれを責めたら、向こうも悪かったと謝りました。輪が乱れるのを嫌ったんです」
チュリップは料理の味付けをしながら言う。
「何時問い詰めたのか聞くとまた喧嘩になるから聞かないけど……だったら私、悪いことしちゃったのかな?」
「何をやったんだ?」
リリーは周りを警戒しながら聞く。
「私がレイに抱いてってお願いしたの」
「どうしてだ?」
「地下二十階で外の様子を見たでしょ。あの時、外の光景がすっごく嫌だった。だからレイに慰めて欲しかった」
「気持ちは分かりますよ。分かりたくありませんけど」
チュリップはため息を吐くと、リリーもため息を吐く。
「私は、レイが眩しかった。レイが頼りになり過ぎて、レイの気持ちを考えたことも無かった。よく考えれば、レイが逃げたのは、負担が大きくなり過ぎたからなんだろう。私はそれに気づこうともしなかった」
リリーは目尻に涙を浮かばせる。
「私たちは初めから歪だった。状況が切羽詰まっていた時なら未だしも、落ち着いても誰も過去を話さない。初めから信頼していなかった。レイはそれを感じていた。だから私はそれに付け込んだ」
チュリップは呆れたように笑う。
「言い返せない私が一番ムカつく」
ローズは悔しそうにコップを握りしめる。
「もう止めよう。これ以上話すとまた喧嘩になる」
リリーはチュリップから渡された食事に手を付ける。二人も口を閉じて食事に手を付けた。
そんなことをしているといつの間にか地下1000階にたどり着いた。そこにレイの姿は無かった。
「やはり行ってしまったか」
リリーは寂し気に呟く。
「急ぎます?」
チュリップはリリーの顔を見る。
「そうしたいがその前に、今後の方針を決めよう」
「どうして?」
ローズが心配そうにリリーを見る。
「レイの気持ちになって考えると、あいつは私たちが戻ってくるとは思っていない。そして地下9999階という長い道のりを踏破する必要がある。そうなると敵をちんたら倒している暇などない。階段を見つけたら即下りだ」
リリーの心配事にチュリップとローズはそれぞれ意見を出す。
「だったら私たちも即下りします?」
「手分けして階段を探すとか? 危ないかもしれないけど」
リリーは二人の意見を踏まえて考える。
「地下1001階に行ってみよう。そこでどうするか結論を出す」
三人は慎重に、未知の領域である地下1001階へ進んだ。
異変は地下1001階に下りた途端襲ってきた!
「魔法が使えない!」
魔術師のローズが違和感に気づく。
そしてリリーの予想通り、多数の敵が目にも止まらぬ速さで接近する!
「私とチュリップが迎え撃つ!」
「何で僧侶が殴り合いをするんでしょうかね!」
「お前みたいな破戒僧が僧侶な訳ないだろ!」
剣を振るうと敵が天井に張り付く。そして後方に居るローズに鋭いナイフを向ける!
「ローズ! そっちへ行った!」
「この!」
ローズは間一髪のところでカウンターを決める。
「こいつら、防御力無いよ!」
「ですがおそらくナイフに毒が塗ってあります!」
「なんて厄介な奴らだ!」
三人は次々に襲い掛かる敵を打ち倒す。
「運が良かった」
すべての敵を倒すと、リリーは唇を噛む。
「魔法が使えないと私何もできない……」
ローズは杖で死んだ敵に悔し紛れの追い打ちをかける。
「慎重に進むしかありませんね」
チュリップは薬で二人を癒す。
「レイ! 生きていてくれ!」
リリーは壁に拳を叩きつける。
三人は焦る気持ちを押さえて進むしかなかった。
「リリー? ローズ? チュリップ?」
懐かしい夢を見て目覚める。
「何であいつらのことを思い出したんだ?」
ここ数十年、前に進むことしか考えていなかった。夢を見ることも無かった。
だから今になって思い出したのが不思議だった。
「まあ、良いか」
色々思うところはある。だがもうあいつらはここに居ない。外で幸せになっているだろう。
俺よりもいい男と付き合って、結婚して、子供を産んでいるはずだ。
「そう考えると、寂しいな」
卑しい話だが、あいつらは滅茶苦茶可愛かった。だからできれば、ずっと一緒に居たかった。
「逃した魚は大きいが、考えても仕方ない」
立ち上がって、足を進める。
それにしても、独り言を呟くなんて何十年ぶりだろう?
始めは寂しくて辛くて涙を流した。独り言もたくさん呟いた。
だけどしばらくすると慣れた。泣いたって助けは来ない。だから進むしかない。
「次は地下3000階か」
ようやく三分の一といったところだ。先は長い。何より敵が強すぎて進みが遅い。急がないと。
「お久しぶり」
地下3000階に下りると懐かしきルシーとアスが立っていた。
「またアスと戦うのか」
「その通り。頑張ってね」
ルシーが下がると、代わってアスが前に出る。
「地下2000階ぶりだな」
「お久しぶりです」
アスは律義に頭を下げる。
「頭を下げるな。どうせ殺しあうんだろ」
「そうですね。では、準備をさせていただきます!」
アスは気合を入れると金色のオーラを身に纏う。
「新しい技だな」
「鎧です。以前よりも頑強になったのでお気をつけて」
アスが発する悪寒に負けないように構える!
「以前はお前を倒すのに、何年かかったかな?」
「二十年です」
「今度は百年か? 嫌なもんだ!」
アスの真似をしてオーラを身に纏う!
「では、初め」
ルシーの合図とともに、床を蹴った!
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