迷宮サバイバル! 地下9999階まで生き残れ!

ねこねこ大好き

文字の大きさ
55 / 78

人質と甘言

しおりを挟む
 地下9100階のフロアマスターは城の大会議室で、部下たちの報告を聞いていた。
「教育は順調ね」
 フロアマスターは報告を一通り聞くと微笑む。

「はい。そして女王の予測通り、識字率が上がったことで経済が活発に回っています。正直、最初は女王の提案が理解できませんでした。なぜ庶民に教育を進めるのか? しかし今になって分かりました。申し訳ございません」
 貴族委員たちが会釈すると女王は静かに立ち上がり、頭を下げる。

「こちらこそ、無理なお願いを聞いてくれてありがとうございます。庶民に教育を浸透させる。言葉にすれば簡単ですが、実現は難しかった。働かなくては食べられない。その巨大な問題は私だけでは太刀打ちできませんでした。あなた方、貴族の誇り高き力添えが無ければできませんでした。ありがとうございます」
 貴族委員たちは感動したようにスタンディングオベーションで女王を称えた。



 フロアマスターの名はリカと呼ぶ。前世はOLだった。ストーカーに背中を刺されてしまい、異世界へ転生した。

「チート? 今度は殺されないように強くして頂戴」
 彼女は女性でありながら最強の肉体を手に入れた。

 しかし王家の娘として生まれた彼女は、その力を振るうことなく結婚し、子供を産んだ。

 夫は大臣の息子であり、誠実で優しく、知性があり、顔も良かった。
 しかし不運なことにはやり病にかかって、若くして先立ってしまった。

 彼女は泣いたが、子供が居たおかげで立ち直り、夫に代わって国営に勤しんだ。
 イギリスのエリザベス女王のように。



 リカは業務が終わると薄暗くなった廊下を小走りで進む。
「忙しかったから全然かまってあげられなかったけど、泣いてないかしら? それとも気にしてない? どっちも嫌だな」

 子供部屋の前に立つと両手で顔をマッサージし、笑顔を作る。
「よし! 完璧!」

 気合を入れて子供部屋の扉を開ける。
「暗い? おかしいわね。蝋燭は十分にあるはずなのに?」
 蝋燭に火をつける。

「今晩は」
 タケルが子供を抱いて笑っていた!

「あなたは一体誰!」
 リカは歴戦の格闘家のように拳を構える。
 タケルは不敵に笑う。

「俺が誰か? 俺は全王の忠実なる僕にして、お前らの神様だ。首を垂れな」
「ふざけるのも大概にしなさい!」
 リカは子供に目を向ける。
 子供は不自然なほど安らかに寝息を立てている。

「動くなよ。子供が死ぬぜ。そいつらみたいに」
 リカはタケルの視線を追って部屋の隅を見る。血まみれの教育係の死体が山積みされていた!

「何てことを! この外道!」
「落ち着け」
 リカはタケルの笑みに耐えるしかなかった。

「レイたちの討伐任務は知っているな?」
「レイ? 全王の手紙に書かれていた奴ら?」

「そうだ。戦う準備は万全だな?」
「ええ! あなたともすぐに戦えるわ!」

「嘘を吐け。何も準備していないくせに」
 タケルはくつくつ笑う。

「どうもお前は、あの手紙が冗談だと思っているようだ。だから真面目に成れない」
 タケルの笑みが悪魔のように引きつる。

「子供が死ねば、目も覚めるだろう」
「この外道が!」
 リカは我慢できずにタケルに飛び掛かる。その速さは音すらも置き去りにするほど速い。

「遅いな」
 だがタケルにやすやすと首を掴まれた。

 リカはタケルに首を掴まれて宙づりになる。

「どうもお前さんは人間という存在を侮っているようだ」
「ぐ! が!」
 ギリギリとリカの首が締まる。リカは暴れるが、タケルはビクともしない。

「人殺しって言葉の意味は分かるな? ならどうして人殺しなんて言葉が存在すると思う? 本当に人を殺す奴が居るから存在する。俺のような人殺しが居るから存在する。理解できるな?」
 リカの顔が真っ青になり、体が痙攣を始める。

「人殺しってのは、対岸の火事じゃない。すぐそこに存在する。気づいたときには、もう遅い!」
 タケルはリカを放り投げる。リカは壁に背中を打ち付けると、ゴホゴホとせき込んで倒れる。

「目の前で我が子が死ねば、その生ぬるい頭にも火が付くだろう」
 タケルは子供の首を締め上げる。

「やめ……でーーーー!」
 リカの叫びとともに、子供の首が折れた。

「レイを殺せ! そうすれば子供は生き返る!」
 タケルは子供の死体をリカに投げつけて笑う。

 リカは壊れたように子供を揺さぶる。

「れーちぇる? れーちぇる? めをあけて……」
 何度も何度も揺さぶる。

「チッ! 壊れちまった! 詰まらない奴だ」
 タケルは魔法の剣を生み出して、リカに振り上げた!

「この馬鹿野郎が!」
 窓からレイが参上すると、タケルの後頭部をぶん殴る!

「想像以上に早い! 次は気合を入れないとな!」
 突如出現した下り階段に、タケルは逃げ込んだ。



「あの野郎! 何がフロアマスターを倒さないと下り階段は見つからないだ! てめえの気分で作れるんじゃねえか!」
 レイは下り階段を苦々しく睨む。

「レイ!」
 レイはローズに呼ばれたので急いでリカに駆け寄る。

「タケルの奴……罪の無い奴らまで無差別に」
 積み重なる死体と正気を失ったリカを見てため息を吐く。

「こうなると、タケルに狙いを絞ったほうが良い。とてもではないが、こいつらまで庇えない」
 リリーもため息を吐いて、部屋を見渡す。

「ダメだ。それは隙になる」
 レイははっきりとリリーの考えを否定する。
「でしょうね。先ほどのやり取りを見る限り、タケルは人質や甘言を用いて、フロアマスターをけし掛けてきます。良い人でも、愛しい人を殺されるか人質を取られれば、私たちに牙をむきます」
 チュリップは死体やリカ、部屋をじっくりと眺めながらレイに肯定する。

「なるほど。上手い手だ。そして想像以上に厄介だ」
 リリーは死体の前で歯ぎしりする。

「だけどタケルは無視できないよ」
 ローズは空間に浮かび上がる下り階段の周りを調べる。

「無視する気はないが、優先するのはフロアマスターだ」
「なぜだ?」
「フロアマスターは人質であり、あいつにとって駒でもある。必ず接触してくる。何より、残念だがあいつの気配を感じ取ることができない」
 レイは苦々しく部屋を歩き回る。

「考えはそこらへんで止めましょう。下手な考え休むに似たりです」
 チュリップはリカに呪文をかけて眠らせる。

「そうだな。とりあえず、ダメ元で蘇生を再度試みよう」
「またですか? まあやりますけど」
 チュリップは目を瞑ると、額に汗をかくほど集中して呪文を唱える。

「ダメです。やはり魂が消えています」
「待てよ? 魂が消えている? どこに消えたんだ?」
 レイはチュリップの結果を聞くと、子供の胸に手を当てる。

「残り香がある! これを辿れば!」
 レイは息を止めて額に青筋が立つほど集中する。

「これだ!」
 レイはカッと目を見開くと額の玉のような汗を袖で拭う。

「もう一回やってみてくれ」
「分かりました」
 チュリップは再度呪文を唱える。
 子供が息を吹き返した!

「え! 何で!」
「全王だ! あいつが魂を吸っている! だからそれを手繰り寄せた!」
 レイは死体を並べると次々に魂を引き戻す。

 蘇生は成功した。



「あら? 私、何をしていたのかしら?」
 リカは自室のベッドで目を覚ます。隣には我が子が安らかに眠っている。

「可笑しいわね。何で涙が出てくるのかしら」
 リカは子供の頭を撫でると涙を流して微笑む。

「……ありがとう」
 彼女は子供の額にキスをして呟いた。



「蘇生された!」
 地下9101階、タケルは山小屋の中で大声を出す。
『お前が殺した使用人と子供の魂を奪い返された。驚くべき才能だ』
 タケルの影が喋る。

「そうか。予定より随分と早い。こうなると、地下9150階辺りで、俺の気配を感じ取り始めるだろう」
『嬉しい限りだ。早くお前を殺せる程度に成長してほしい』
 影はにたりと笑う。タケルは暗黒を生み出すとそこに手を突っ込み、煙草を取り出す。

「簡単に殺されるつもりはないぜ」
『当然だ。お前は全力で戦え。そうしなければお前を僕にした意味が無い』
「くそったれが。いつか反逆してやる」
『もしもレイに勝てれば相手をしてやろう』
 影は再度、不気味に笑うと、それっきり笑わなくなった。

「全く、レイも嫌な相手に気に入られたもんだ」
 フーと煙を吐き出すと、暗黒に手を突っ込み、ビール缶を取り出す。

「まあ! それとこれとは話が別! 今は全王じゃなくて俺が相手! 存分に遊んでもらうぜ!」
 タケルはビールを一気飲みすると、山小屋から飛び出した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...