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突然の告白
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マリアと行動を共にして二週間、俺たちは森の中で潜伏していた。
「どうやらタケルはここに私たちをおびき寄せたいようだ」
敵の襲撃から逃れて一息ついたところに、リリーが地図を広げ、ある場所を示す。
「渓谷の行き止まり? どうしてそう思うの?」
マリアが地図を覗き込むと、リリーは地図に線をかき込む。
「私たちは敵の襲撃から逃れるため、ここ一週間南下していた。ところが本日は西へ移動している」
リリーはコンパスで方角を確認する。
「ほんとだ。東には駐屯所も何も無いのに、どうしてそこから兵隊が来たんだろ?」
「このまま西へ移動すれば、渓谷の行き止まりに追い詰められるからだ」
マリアはリリーの指を追って道のりを確認すると、静かに頷く。
それを見て、何度も思う。
「こいつを仲間にしたいな」
マリアと二週間一緒に居て思ったことは、マリアは非常に頭の良く、根性のある女性だということだ。これはリリーたちも暗に認めている。
マリアは敵に襲われても泣き言を言わない。怯えもしない。俺たちの指示に黙って従う。しかし時に分からなければ遠慮なく質問する。そして俺たちの拙い説明を咀嚼し、理解する。
しかし俺たちが脱帽するのは、マリアの明るさだ。
ここ二週間、風呂にも入らず、食事は魚や獣の肉で、下手すると生のまま食べることもある。排せつは茂みで拭くのは葉っぱ、四六時中一緒に居るからプライバシーなど存在しない。
それなのに彼女は楽しそうに、生き生きと笑うことができる。
正直に言おう。非常にありがたい!
もちろん、疑問はある。極限状態で俺たちですらため息を吐く状況なのに、今まで仲間だった国民が敵に回ったのに、なぜ笑っていられるのか?
しかしその疑問を問うことは、リリーたちもしない。
イライラは伝染する。仲間が落ち込むと心が重くなり、頭も働かない。ついには仲間割れが起きる。
俺たちがそうだった!
幸い、俺たちは仲直りできた。
だからこそ、チームの空気という奴を大事にしたいと考えている。
それを踏まえると、マリアは力が無くても俺たちの期待に十分応えられる仲間であった。
どんな状況でも明るい! それは俺たちに元気をくれる太陽のような存在だ!
「ちょっと可笑しくてもいい。変わっていてもいい。何せ、俺たちの状況そのものが、おかしいのだから」
そう考えると、彼女がなぜ明るいのか、詮索するなど無意味であった。落ち込んでほしい訳でもない。
ただそれでも、気になることではある。
いつかマリアから、それを告げて欲しい。
最もそれを口にするわけにはいかない。彼女には彼女の事情があり、俺たちには俺たちの事情がある。
今は、この関係にありがとうと言うだけだ。
「レイ! ご飯ですよ」
ぼうっとしているとチュリップに頬をつねられる。痛い。
「何で抓るんだよ?」
「色ボケしてるからです!」
プリプリとチュリップは食事を配る。
食事は火を起こせないので捌いた生の魚だ。味付けは無し。
「頂きます!」
それでもマリアは笑顔で、手掴みで食べる。
「うん! 不味い! 醤油が欲しい!」
「文句言うなら食べなくていいですよ。むしろ食うな」
チュリップはローズたちにも食事を配る。別段、マリアから食事を取り上げるようなことはしない。
「レイ、今後のことについて話したいんだが」
リリーが食べながら俺の腕にしがみつく。
何で?
「何で今後のことを話すのに腕を掴む?」
「レイが色ボケしてマリアに手を出さないようにするため!」
ローズがどさりと膝の上に乗る。だから痛い。
「ほんっと、レイってば私たち三人を嫁にするって言うんですよ? 重婚ですよ重婚。女の敵ってこういう男を言うんですよ」
食事を配り終えたチュリップにガッチリと腕を取られる。これ関節決まって無いか?
「重婚? それって最低! やっぱし私一人を愛してほしいな」
マリアが足を組み替えるとスカートが動く。隙間から白いパンツが見えた!
ゴキ! ボキ! ベキ!
「腕が! 首が!」
両腕と首が変な方向に!
「レーイ! じろじろ女の子を見ちゃダメだよ!」
「済まないな、マリア。レイにはこうして教育しておくから安心してくれ」
「困った人ですね。ですが、マリアさん。あなたはこうして守るのでご安心ください」
三人が何か言ってるがそれより関節を戻さないと!
「お前ら、最近俺の扱いが乱暴じゃないか? 少なくとも首は止めろ」
ガッチリと張り付いて離れない三人を見る。
三人は、そう? と惚けている。その顔は可愛く、怒る気が失せる。
「そうか! お前ら焼きもち焼いてるのか!」
「そんな訳ないじゃん!」
ローズの声が上ずる。チュリップとリリーは知らん顔で顔を逸らす。
「可愛い奴らだ! 安心しろ! 俺は一番好きなのはお前たちだ!」
「私は?」
「マリアも同じくらい好きかもしれない」
ゴキ! ボキ! ベキ!
「腕が! 首が!」
「レイは私たちに喧嘩売ってるの?」
「ま、待て、今のはタケルの腹話術だ。俺は何も言っていない。だが勘違いさせたことは謝る。許してくれ。そして関節をはめてくれ」
悪魔の心臓すらも凍り付かせるような目をするローズたちに謝る。
「何で私こんな奴好きになったんだろ?」
「全く、好きじゃなかったら愛想をつかしているところだ」
「垂らしで困るわ。私だけに愛の言葉を囁けばいくらでも都合のいい女になってあげるのに」
すごく嬉しい言葉が聞こえた気がする。でも関節が痛くてそれどころではない。
「良いな……楽しそう」
マリアの切なそうな声が、小さく聞こえた。
「本題に入るとして、リリーは何か気になることがあったのか?」
腕や首をコキコキ鳴らして、足と足がくっつくほど近くに居るリリーに顔を向ける。
可愛い、綺麗ってのは卑怯だ。関節を外されたのに怒る気にならない。まあ自分ですぐに戻せるからそもそも怒る気など無いが。
「私たちは追い回されている不利な状況だ。打開するために魔法を許可しても良いのではと思って。もちろん、タケルが魔法を使うのは承知の上で、だ」
リリーは顔を引き締める。俺も顔が引き締まる。
「確かに俺もそれを考えていた。だがそれはタケルの策略のような気がして、少々怖い」
「策略? 確かにあいつは底知れない相手だが、それでは現状維持のままで、何も進展しないぞ」
「それが悩みどころだ。俺たちはタケルに振り回されっぱなしだ」
言葉を切るとローズが魚の切り身を口に持ってきてくれたので食べる。
「私は魔法を使えるようにすることに賛成です。このままでは埒が明かないです。もしもタケルが凄い魔法を使えるのなら、私たちはとっくに死んでいると思いますし」
チュリップの意見も分かる。しかし、どうしても、不安が消えない。
「しかし、全王って私たちフロアマスターに何して欲しいんだろ?」
悩んでいるとマリアが寝そべりながら地図を眺める。
「そう言えば、マリアは全王に何を言われた?」
「レイって奴が来るから倒せって。褒美に新たな力を与える」
「妙な内容だな。俺たちの実力を語らなかったのか? というか新たな力を与える? 初めから与えてやればいいのに?」
首を捻っていると、チュリップがモソモソと魚の切り身を食べる。
「全王のことは考えないほうが良いかと。今の問題はタケルです。あっちへ行ったりこっちへ行ったりと考えを巡らせると思考が迷子になります」
確かにその通りだが、何か頭に引っかかる。
「そう言えば、タケルってマリアを襲った日から見てないね」
ローズが何気なく言うと、ハッとする。
「……あいつ、遊んでいやがるな」
皆が眉を額に寄せる。
「発想を変えると、ここ二週間、あいつは俺たちを追い回している。これはあいつにとって、俺たちと同じように苛立たしいはずだ。ところがあいつは悠長に罠を仕掛けている」
皆が小声で、あ、と言う。
「タケルにはその手しかないとしたら?」
リリーが手を上げて発言する。
「違うな。もしも罠に頼るしかないのなら、あいつも追手に加わるべきだ」
見る見ると皆の目が冴えて来る。
「確かに……身体能力は追手より私たちのほうが上。マリアに気を使って進んできたが、無茶をすれば振り切ることも容易。それなのに追手に任せるのは、ふざけているとしか思えない」
リリーの言葉に頷く。
「あいつは以前、魔法が無い戦いが楽しみと言った。つまり今の状況は奴にとって遊びだ。そこにつけ込む隙がある。だから魔法解除はしない。遊びが無くなったと感じれば、奴は興ざめして、何をしてくるか分からない」
「でも、つけ込む隙はあるかもしれないけど、どうやって?」
ローズがこちらに振り向いたので、マリアに笑いかける。
「あいつは罠を仕掛けている。ならこっちも罠を仕掛ければいい」
「……まさか、私に囮になれって言うの?」
マリアは顔を歪める。
俺はにっこりと笑う。
「タケルの目的は俺たちで遊ぶこと。マリアはその餌だ。もしも餌が放り出されたら? 予測と違って、イライラするに違いない。そこを狙う」
「私、滅茶苦茶嫌な予感がするの。そしてその予感は当たっていると確信しているけど、念のために聞く。どんな罠?」
「渓谷の行き止まりに一人で行ってもらう」
「ぎゃー!」
マリアがゴロゴロと地面に転がる。
「酷い酷い酷い! 私に死ねって言っているような物でしょう! 外道! 鬼畜! 人でなし!」
元気のよい喚き方だ。弟たちと度胸試しに熊の洞穴に入ったときのことを思い出す。弟たちもマリアのように親父や母さんに怒られるとギャアギャア笑っていた。あの時の熊は美味かった。
「それしか手がない。頼む」
頭を下げる。
喚き声がピタリと止む。
「疑問だけど、私がそれで死んじゃったらどうするの?」
「俺たちは隠れて後を追う。危なくなったら助ける」
「ほんと?」
「本当だ」
「途中で逃げない?」
「俺たちはタケルとここで蹴りを付けるために戦っている。絶対に逃げない」
ふーんとマリアは考える。
「今日レイと一緒に寝るなら良いよ。もちろん、成功したらずっとレイと一緒に寝るから」
マリアは満面の笑みで、顔を近づける。
「何で?」
何でそんな報酬を望む? 俺と一緒に寝る? 俺は嬉しいが、お前はそんなので良いのか?
「あ!」
ローズたちの体が炎のように熱くなる。体を掴むのは止めてくれ。引きちぎるつもりか。
「マリア、ちょっと待ってくれ。成功したらずっと一緒って、俺は次の階層に進むから無理だぞ」
「私もついて行けばいいだけでしょ」
「え、この世界どうするの?」
「敵に回るような奴らが居る世界なんて要らないわよ」
「軽い口調でとんでもないこと言う奴だな」
「別に良いじゃん。それで、どうするの?」
「待て待て。俺と一緒に寝る? どうしてそんな報酬なんだ? 飯とか金なら未だしも、俺?」
「私、レイが好きだもん」
「マジですかぁあ!」
「マジですよぉお!」
面白い奴だ。改めて思う。
ゴキ! ボキ! ベキ!
「腕が! 首が!」
何度目だよ! しかもまだ力込めてるし!
「マリアさん! さすがにふざけるのは止めようよ?」
「そうですよ? レイはエッチなんですから。本気にしたらどうするんです? 後悔しますよ?」
「男女の関係は厳禁だ! それで過去とんでもない目になった!」
お前ら離れろ! 関節を戻さないと!
「ふざけてないわよ。私は本気。だからあなたたちは私がレイの近くに居るのが嫌だったんでしょ?」
どういう意味?
「……レイ。ちょっと席を外してて」
「私たちはマリアさんとお話があります」
「すぐに済むはずだ」
ローズたちが殺気丸出しで立ち上がる。マリアはそれなのに笑っている。
「えっと。終わったら呼んで」
コキコキと骨を元通りにすると、こそこそ四人から離れる。
俺は何か悪いことをしたのか?
なぜマリアは突然告白してきたのか!
「好きって言われて悪い気分はしないけど!」
不味いな。滅茶苦茶嬉しい。心が浮つく。
「男は馬鹿! なるほど! その通りだ!」
俺はすでに心に決めた! マリアを連れて行く! 絶対に守る! もちろんローズたちも守る!
皆俺の嫁だ!
「でもそのためにはあいつらに仲良くしてもらわないと」
前途多難だ。とりあえず寝よう。
話の内容? 知らん。起きたら何か言ってくるだろ。
どんな内容だろうと、マリアが好きと言ってくれた。それは変わらない事実だ。
「本気で言ったんだね? 嘘だったら殺すから」
ローズがマリアを射殺すような目で睨む。
「本気よ。私はレイが好き」
マリアは足を崩して、不敵に答えた。
「どうやらタケルはここに私たちをおびき寄せたいようだ」
敵の襲撃から逃れて一息ついたところに、リリーが地図を広げ、ある場所を示す。
「渓谷の行き止まり? どうしてそう思うの?」
マリアが地図を覗き込むと、リリーは地図に線をかき込む。
「私たちは敵の襲撃から逃れるため、ここ一週間南下していた。ところが本日は西へ移動している」
リリーはコンパスで方角を確認する。
「ほんとだ。東には駐屯所も何も無いのに、どうしてそこから兵隊が来たんだろ?」
「このまま西へ移動すれば、渓谷の行き止まりに追い詰められるからだ」
マリアはリリーの指を追って道のりを確認すると、静かに頷く。
それを見て、何度も思う。
「こいつを仲間にしたいな」
マリアと二週間一緒に居て思ったことは、マリアは非常に頭の良く、根性のある女性だということだ。これはリリーたちも暗に認めている。
マリアは敵に襲われても泣き言を言わない。怯えもしない。俺たちの指示に黙って従う。しかし時に分からなければ遠慮なく質問する。そして俺たちの拙い説明を咀嚼し、理解する。
しかし俺たちが脱帽するのは、マリアの明るさだ。
ここ二週間、風呂にも入らず、食事は魚や獣の肉で、下手すると生のまま食べることもある。排せつは茂みで拭くのは葉っぱ、四六時中一緒に居るからプライバシーなど存在しない。
それなのに彼女は楽しそうに、生き生きと笑うことができる。
正直に言おう。非常にありがたい!
もちろん、疑問はある。極限状態で俺たちですらため息を吐く状況なのに、今まで仲間だった国民が敵に回ったのに、なぜ笑っていられるのか?
しかしその疑問を問うことは、リリーたちもしない。
イライラは伝染する。仲間が落ち込むと心が重くなり、頭も働かない。ついには仲間割れが起きる。
俺たちがそうだった!
幸い、俺たちは仲直りできた。
だからこそ、チームの空気という奴を大事にしたいと考えている。
それを踏まえると、マリアは力が無くても俺たちの期待に十分応えられる仲間であった。
どんな状況でも明るい! それは俺たちに元気をくれる太陽のような存在だ!
「ちょっと可笑しくてもいい。変わっていてもいい。何せ、俺たちの状況そのものが、おかしいのだから」
そう考えると、彼女がなぜ明るいのか、詮索するなど無意味であった。落ち込んでほしい訳でもない。
ただそれでも、気になることではある。
いつかマリアから、それを告げて欲しい。
最もそれを口にするわけにはいかない。彼女には彼女の事情があり、俺たちには俺たちの事情がある。
今は、この関係にありがとうと言うだけだ。
「レイ! ご飯ですよ」
ぼうっとしているとチュリップに頬をつねられる。痛い。
「何で抓るんだよ?」
「色ボケしてるからです!」
プリプリとチュリップは食事を配る。
食事は火を起こせないので捌いた生の魚だ。味付けは無し。
「頂きます!」
それでもマリアは笑顔で、手掴みで食べる。
「うん! 不味い! 醤油が欲しい!」
「文句言うなら食べなくていいですよ。むしろ食うな」
チュリップはローズたちにも食事を配る。別段、マリアから食事を取り上げるようなことはしない。
「レイ、今後のことについて話したいんだが」
リリーが食べながら俺の腕にしがみつく。
何で?
「何で今後のことを話すのに腕を掴む?」
「レイが色ボケしてマリアに手を出さないようにするため!」
ローズがどさりと膝の上に乗る。だから痛い。
「ほんっと、レイってば私たち三人を嫁にするって言うんですよ? 重婚ですよ重婚。女の敵ってこういう男を言うんですよ」
食事を配り終えたチュリップにガッチリと腕を取られる。これ関節決まって無いか?
「重婚? それって最低! やっぱし私一人を愛してほしいな」
マリアが足を組み替えるとスカートが動く。隙間から白いパンツが見えた!
ゴキ! ボキ! ベキ!
「腕が! 首が!」
両腕と首が変な方向に!
「レーイ! じろじろ女の子を見ちゃダメだよ!」
「済まないな、マリア。レイにはこうして教育しておくから安心してくれ」
「困った人ですね。ですが、マリアさん。あなたはこうして守るのでご安心ください」
三人が何か言ってるがそれより関節を戻さないと!
「お前ら、最近俺の扱いが乱暴じゃないか? 少なくとも首は止めろ」
ガッチリと張り付いて離れない三人を見る。
三人は、そう? と惚けている。その顔は可愛く、怒る気が失せる。
「そうか! お前ら焼きもち焼いてるのか!」
「そんな訳ないじゃん!」
ローズの声が上ずる。チュリップとリリーは知らん顔で顔を逸らす。
「可愛い奴らだ! 安心しろ! 俺は一番好きなのはお前たちだ!」
「私は?」
「マリアも同じくらい好きかもしれない」
ゴキ! ボキ! ベキ!
「腕が! 首が!」
「レイは私たちに喧嘩売ってるの?」
「ま、待て、今のはタケルの腹話術だ。俺は何も言っていない。だが勘違いさせたことは謝る。許してくれ。そして関節をはめてくれ」
悪魔の心臓すらも凍り付かせるような目をするローズたちに謝る。
「何で私こんな奴好きになったんだろ?」
「全く、好きじゃなかったら愛想をつかしているところだ」
「垂らしで困るわ。私だけに愛の言葉を囁けばいくらでも都合のいい女になってあげるのに」
すごく嬉しい言葉が聞こえた気がする。でも関節が痛くてそれどころではない。
「良いな……楽しそう」
マリアの切なそうな声が、小さく聞こえた。
「本題に入るとして、リリーは何か気になることがあったのか?」
腕や首をコキコキ鳴らして、足と足がくっつくほど近くに居るリリーに顔を向ける。
可愛い、綺麗ってのは卑怯だ。関節を外されたのに怒る気にならない。まあ自分ですぐに戻せるからそもそも怒る気など無いが。
「私たちは追い回されている不利な状況だ。打開するために魔法を許可しても良いのではと思って。もちろん、タケルが魔法を使うのは承知の上で、だ」
リリーは顔を引き締める。俺も顔が引き締まる。
「確かに俺もそれを考えていた。だがそれはタケルの策略のような気がして、少々怖い」
「策略? 確かにあいつは底知れない相手だが、それでは現状維持のままで、何も進展しないぞ」
「それが悩みどころだ。俺たちはタケルに振り回されっぱなしだ」
言葉を切るとローズが魚の切り身を口に持ってきてくれたので食べる。
「私は魔法を使えるようにすることに賛成です。このままでは埒が明かないです。もしもタケルが凄い魔法を使えるのなら、私たちはとっくに死んでいると思いますし」
チュリップの意見も分かる。しかし、どうしても、不安が消えない。
「しかし、全王って私たちフロアマスターに何して欲しいんだろ?」
悩んでいるとマリアが寝そべりながら地図を眺める。
「そう言えば、マリアは全王に何を言われた?」
「レイって奴が来るから倒せって。褒美に新たな力を与える」
「妙な内容だな。俺たちの実力を語らなかったのか? というか新たな力を与える? 初めから与えてやればいいのに?」
首を捻っていると、チュリップがモソモソと魚の切り身を食べる。
「全王のことは考えないほうが良いかと。今の問題はタケルです。あっちへ行ったりこっちへ行ったりと考えを巡らせると思考が迷子になります」
確かにその通りだが、何か頭に引っかかる。
「そう言えば、タケルってマリアを襲った日から見てないね」
ローズが何気なく言うと、ハッとする。
「……あいつ、遊んでいやがるな」
皆が眉を額に寄せる。
「発想を変えると、ここ二週間、あいつは俺たちを追い回している。これはあいつにとって、俺たちと同じように苛立たしいはずだ。ところがあいつは悠長に罠を仕掛けている」
皆が小声で、あ、と言う。
「タケルにはその手しかないとしたら?」
リリーが手を上げて発言する。
「違うな。もしも罠に頼るしかないのなら、あいつも追手に加わるべきだ」
見る見ると皆の目が冴えて来る。
「確かに……身体能力は追手より私たちのほうが上。マリアに気を使って進んできたが、無茶をすれば振り切ることも容易。それなのに追手に任せるのは、ふざけているとしか思えない」
リリーの言葉に頷く。
「あいつは以前、魔法が無い戦いが楽しみと言った。つまり今の状況は奴にとって遊びだ。そこにつけ込む隙がある。だから魔法解除はしない。遊びが無くなったと感じれば、奴は興ざめして、何をしてくるか分からない」
「でも、つけ込む隙はあるかもしれないけど、どうやって?」
ローズがこちらに振り向いたので、マリアに笑いかける。
「あいつは罠を仕掛けている。ならこっちも罠を仕掛ければいい」
「……まさか、私に囮になれって言うの?」
マリアは顔を歪める。
俺はにっこりと笑う。
「タケルの目的は俺たちで遊ぶこと。マリアはその餌だ。もしも餌が放り出されたら? 予測と違って、イライラするに違いない。そこを狙う」
「私、滅茶苦茶嫌な予感がするの。そしてその予感は当たっていると確信しているけど、念のために聞く。どんな罠?」
「渓谷の行き止まりに一人で行ってもらう」
「ぎゃー!」
マリアがゴロゴロと地面に転がる。
「酷い酷い酷い! 私に死ねって言っているような物でしょう! 外道! 鬼畜! 人でなし!」
元気のよい喚き方だ。弟たちと度胸試しに熊の洞穴に入ったときのことを思い出す。弟たちもマリアのように親父や母さんに怒られるとギャアギャア笑っていた。あの時の熊は美味かった。
「それしか手がない。頼む」
頭を下げる。
喚き声がピタリと止む。
「疑問だけど、私がそれで死んじゃったらどうするの?」
「俺たちは隠れて後を追う。危なくなったら助ける」
「ほんと?」
「本当だ」
「途中で逃げない?」
「俺たちはタケルとここで蹴りを付けるために戦っている。絶対に逃げない」
ふーんとマリアは考える。
「今日レイと一緒に寝るなら良いよ。もちろん、成功したらずっとレイと一緒に寝るから」
マリアは満面の笑みで、顔を近づける。
「何で?」
何でそんな報酬を望む? 俺と一緒に寝る? 俺は嬉しいが、お前はそんなので良いのか?
「あ!」
ローズたちの体が炎のように熱くなる。体を掴むのは止めてくれ。引きちぎるつもりか。
「マリア、ちょっと待ってくれ。成功したらずっと一緒って、俺は次の階層に進むから無理だぞ」
「私もついて行けばいいだけでしょ」
「え、この世界どうするの?」
「敵に回るような奴らが居る世界なんて要らないわよ」
「軽い口調でとんでもないこと言う奴だな」
「別に良いじゃん。それで、どうするの?」
「待て待て。俺と一緒に寝る? どうしてそんな報酬なんだ? 飯とか金なら未だしも、俺?」
「私、レイが好きだもん」
「マジですかぁあ!」
「マジですよぉお!」
面白い奴だ。改めて思う。
ゴキ! ボキ! ベキ!
「腕が! 首が!」
何度目だよ! しかもまだ力込めてるし!
「マリアさん! さすがにふざけるのは止めようよ?」
「そうですよ? レイはエッチなんですから。本気にしたらどうするんです? 後悔しますよ?」
「男女の関係は厳禁だ! それで過去とんでもない目になった!」
お前ら離れろ! 関節を戻さないと!
「ふざけてないわよ。私は本気。だからあなたたちは私がレイの近くに居るのが嫌だったんでしょ?」
どういう意味?
「……レイ。ちょっと席を外してて」
「私たちはマリアさんとお話があります」
「すぐに済むはずだ」
ローズたちが殺気丸出しで立ち上がる。マリアはそれなのに笑っている。
「えっと。終わったら呼んで」
コキコキと骨を元通りにすると、こそこそ四人から離れる。
俺は何か悪いことをしたのか?
なぜマリアは突然告白してきたのか!
「好きって言われて悪い気分はしないけど!」
不味いな。滅茶苦茶嬉しい。心が浮つく。
「男は馬鹿! なるほど! その通りだ!」
俺はすでに心に決めた! マリアを連れて行く! 絶対に守る! もちろんローズたちも守る!
皆俺の嫁だ!
「でもそのためにはあいつらに仲良くしてもらわないと」
前途多難だ。とりあえず寝よう。
話の内容? 知らん。起きたら何か言ってくるだろ。
どんな内容だろうと、マリアが好きと言ってくれた。それは変わらない事実だ。
「本気で言ったんだね? 嘘だったら殺すから」
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「本気よ。私はレイが好き」
マリアは足を崩して、不敵に答えた。
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