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レイは誰が好き?
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月明かりが青臭い葉の隙間からシャワーのようにローズたちに降り注ぐ。
「レイが好き? 何で?」
ローズたちはマリアを睨む。マリアの顔は月明かりに照らされて妖艶な雰囲気を醸し出している。
「レイと一緒に居て楽しいから。それでどう?」
「どうって、そんな理由?」
ローズはギリギリとマリアを睨む。マリアは涼しい顔で受け止める。
「私たちはレイと何百万年も一緒に居た。お前には理解できないだろうがな。私たちとレイには特別な絆がある」
「それはあなたたちの理由でしょ? 私が好きになる理由を妨げる理由にはならない」
リリーは息を詰まらせて、無意識のうちに土を握りしめる。
「なるほど、確かに、好きに理由は要りません。顔が良い、金持ち、優しい。好きになってから理由はできる」
「気が合うわね」
マリアはチュリップに微笑む。チュリップは鼻で笑う。
「気が合うから言います。私たちのチームにあなたを入らせたくないのです」
「それが理由。はは!」
マリアは鼻で笑うと足を伸ばす。
「はっきり言えば。取られたくないって」
ローズたちは口を閉じ、押し黙る。
「怖いんでしょ。レイに捨てられたらって」
「怖いに決まっているだろ!」
リリーが声を荒げる。
「私たちはレイと一緒に居た! 何百万年だぞ! 誰にも理解できないほど長い時間一緒に居た! それなのに突然居なくなったら」
「居なくなると決まったわけじゃないでしょ? レイは私と恋人になる。あなたたちはレイの友達。その関係は矛盾するものじゃないでしょ?」
リリーが地面に拳を打ち込む。
「こういう極限の状態で男女の関係があるのはダメだ! 必ず壊れる!」
「つまり、あんたたちは今の関係が壊れるのが嫌で、互いに遠慮してるんだ!」
マリアの口は明らかに煽っている。それに乗せられてリリーの顔はさらに赤くなる。
「お前は何も知らない! 昔何があったのか! それで何が起きたか! 軽々しく笑うな!」
「リリー、もう止めよう。馬鹿らしくなった」
ローズはため息を吐くと、目を瞑る。
「レイは地下9999階に進む。私たちも一緒に行く。あなたは来ないで」
「恋人は認めるってこと?」
「ここだけだから勝手にすれば」
「エッチしても良いの?」
「したらレイをぶん殴るだけ。それで終わり。あなたとはさよなら」
「レイが私を連れて行きたいと言ったらどうするの?」
「私たちの意見を優先してもらう」
ローズの口調はぶれない。腹をくくっている。
「あんたたちって、レイの意見を無視するんだ! それって結局、レイに甘えてることになるんじゃない? そんな人がレイと一緒に居るなんて、私、とっても心配!」
マリアの高笑いにローズが掴みかかる。
「うるさい!」
「図星だったのね!」
ローズが手を振り上げる!
「お前ら静かにできねえのか!」
レイがローズの腕を掴んで、引き止めた。
「レイ!」
ローズが真っ青な顔をするが、構わず頬を叩く。
「俺はお前らに喧嘩させるために席を外したんじゃねえんだよ!」
リリーとチュリップも叱る。
三人は大人しく地面に座る。
「お前も何で俺の仲間を煽ってんだよ」
マリアの頭に拳骨を食らわせる。
「いったー!」
「痛いか? 迷宮の敵の攻撃は死ぬぞ。これくらいで泣きを入れられたら困る」
怒鳴り散らしたい思いを抑えて四人の前に座る。
「俺は半分寝てた。だけどお前らの口論が聞こえた。始めは大丈夫だと思った。だけど、途中で殺気を感じた。だから飛んできた」
じろりと皆を見る。反省の色がないマリアにはさらにきつい視線を送る。
「私のせいじゃないし」
マリアがブツブツ言いながら視線を逸らしたのでため息を吐く。
「何で喧嘩になった? 今まで急ごしらえだけど上手くやってこれた。なぜだ?」
「レイが! レイが……マリアを好きだから」
ローズの声が落ちる。俺は頭がこんがらがる。
「それの何が問題だ? チームなら嫌いあうよりずっといい」
「あなたがマリアを女としてみている。それが私たちは堪らなく嫌なんです!」
チュリップの刺すような視線に頭が痛くなる。
「女として? そりゃそうだ。お前たちだって女だろ?」
「あなたがマリアとセックスしたがっているのが嫌なんです!」
ようやく事態が分かった。地下100階のチュリップ暴走事件の再来だ。
「なんというかなぁー。そういう目で見てたのかな? そうかもなぁー。なら謝る。そして公言する。俺はセックスをしない。それは地下9999階で全王をぶっ倒してからの話だ」
ローズたちの視線から震えが止まる。
「ただ、これは以前にも言ったはずだ。言ってなかったか? とにかく、俺は前の事件で懲りた。だからお前たちともしない。もしもマリアとセックスしたいと思ってるなら、その前にお前らを抱いている。マリアは四番目」
「すっごい説得の仕方」
マリアが口をポカンと開けているが無視する。
「それはそれとして聞きたいんだが、お前たちはマリアと俺がくっつくのが嫌なのか? 何で嫌なんだ? 俺が好きだからか? 浮気だと思ってくれているからか? それなら納得がいく。でももし違うなら、それは理不尽だ。それは嫌だぜ。俺がな」
三人は押し黙る。疲れる。
「何というか、この話題になるとお前たちは俺のことは好きじゃないって言う。別にそれはいい。俺はお前たちに好かれるために努力するだけだ。だけど、こんな事態になるなら、はっきりさせてくれないか? このままだとマリアに協力してもらうことはできない」
「それ言ったら……また喧嘩になる」
ローズがポタポタと涙を流す。チュリップとリリーも涙を流す。
「私たちは……喧嘩をして決めました。脱出するまで、それははっきりさせないと。そうすることで納得しました。だって、私たちは引くに引けないんです。あなたがはっきりしてくれないから」
「俺が!」
チュリップの言葉に耳を疑う。
「お前は……私たち全員好きだと言ってくれた。それは嬉しい。だけど、そうなると諦めがつかない。もしもはっきりさせてくれたのなら、私は引く」
リリーは鼻水を袖で拭って顔を上げる。涙は収まっていない。
「……つまり俺のせいか!」
能天気に三人が欲しいと思ったが、それは三人にとってとてつもなく負担をかけていたようだ。
やっぱり俺は馬鹿だ。
「参ったな。あの時の俺は嬉しくて嬉しくて、どうしてもお前たちが欲しいと思っちまった。だから、ああ言ったんだが、それが不味かったか」
皆を恋人にしたい。だけどそれは嫌だ。二兎を追う者は一兎をも得ず、だ。
「なら、断腸の思いで言う。俺は皆好きだが、一番好きなのはローズだ」
ローズが鼻水と涙塗れの顔を上げる。チュリップとリリーは顔を伏せる。ボタボタと地面に雨のように涙が落ちる。
「ローズは俺に告白してくれた。最初にだ。なら、その約束を守る」
「レイ!」
ローズが満面の笑みを浮かべる。
「レイ!」
チュリップに押し倒される!
「あなたは私の物! 絶対に渡さない!」
チュリップの舌が口の中に滑り込む!
「離れろ!」
ローズがチュリップの髪を引っ張る!
「ま、待てお前ら! 落ち着け!」
「レイ! レイ!」
リリーが泣きながら縋り付いてきた!
「私ではダメなのか! 私はお前に会うために追ってきた! 辛い道中を耐えてきた! それなのに! ああ! 確かに私はお前に好意を示したことは無いかもしれない! だけど!」
「離れろ雌豚!」
チュリップがリリーの顔面に掴みかかる!
「修羅場修羅場!」
マリアは腹を抱えて笑っていやがる。後でしばく。
「お前ら! いい加減にしろ!」
「いい加減にするのはあなたよ! 私の気持ちを知っているくせに! 私はもうあなたしか見えないのよ!」
皆話を聞いていない!
「くそ!」
皆の首に当て身を叩きつける。
皆、うっと呻くと倒れた。
「どうしろってんだよ」
誰が好きか答えろと言われて、答えたらこの騒ぎだ。
「かと言って置いて行くわけにもいかない」
頭が痛い。目が覚めたらまた乱闘騒ぎだ。だが放っておくとタケルに狙われる可能性が高い。
タケルという存在が居るのにこれでは身が持たない。
「モテモテじゃん!」
そしてマリアは能天気に笑っていた。
「こっちは大まじめだ。笑わないでくれ」
「分かってる分かってる! それにしても、はっきりと誰が好きか言ったのに、諦めないなんて! 道理で皆が怖がるわけ」
「怖がる?」
三人を毛布の上に寝かせる。
「さっき、私がどうしてレイを好きになっちゃいけないのか聞いたの。そしたら揉めるって言った。こうなるって分かってたんだね」
「お前が煽ったのか」
ため息が何度も出る。水筒に口を付けると、横にマリアが座ってきて、水筒をひったくる。
「レイは三人のことどう思ってるの」
「大切な人だ。正直選べない」
「でも、さっきはローズを選んだよね?」
「ローズは最初に、好きと言ってくれた女だ。義理を通したって感じだ。チュリップとリリーには、可哀そうだが」
空を見上げると月明かりが眩しく、涙が出る。
二人の思いを知った。ローズ一人を愛するのが正しいのかもしれない。だけど、それは心が痛む。
「ふーん。まあ、選んだからごちゃごちゃ言うのも可笑しいか」
マリアが汗に張り付くシャツの胸元を開ける。
「それはそれとして、私とエッチしてみる?」
「この状況見てよくそんなことが言えるな」
「だって、いい女が三人も夢中になる男よ。試してみたいって思うのは当然でしょ」
マリアが腕に手を回して胸を当てて来る。
「すげえ度胸だ。尊敬する。だけどセックスはダメだ」
腕を振ってマリアを振り払う。
これ以上面倒ごとはごめんだ。
「意志が強いのね。普通なら飛びつくと思うけど。私なら飛びついてる」
「前ならそうだが、今は違う」
マリアは、ふーんと言うと、黙って夜空を見上げる。
その横顔は満足げに笑っていた。
「お前は、俺たちと一緒に居て楽しいのか? だから笑っているのか?」
「楽しいわよ。そして、ローズたちが羨ましい。眩しい」
マリアの目尻が月明かりで宝石のように輝く。
「私は、前の世界で仲間外れにされてた。皆笑ってるのに私だけ笑えなかった。何をしても、私は一人ぼっち。社会すらも私を拒絶した。だから私はこの世界を支配した。一人ぼっちになりたくなかったから。でも、薄々分かってた。私はそれでも一人ぼっち。ずっとずっと」
マリアは笑いながら涙を指で拭く。
「でも、あなたたちと一緒に居たら違った。皆、私のことを見てくれた。私を見捨てなかった。凄く心地よかった」
「それが、俺たちについて行きたい理由か」
「そう。そしてあなたが好きな理由は、あなたが私を見てくれたから。私の事見てたの知ってたんだよ! じろじろ見て!」
「あー。悪かった」
鼻の頭を掻くと、マリアは夜空の下で微笑む。
「この世界じゃなくて、あなたたちが居る世界に転生したかった。一緒に冒険したかった。そしたら、きっと楽しかった」
「辛いことも怖いことも山盛りだったぜ」
「それでもいい。そして、楽しかったからこそ、ローズたちはあなたと離れたくない。分かるなー、その気持ち」
横目でマリアを見ると、横目で見るマリアの視線と合う。
「ローズたちはあなたが心の底から好き。そしてあなたも好き。そんな関係今まで見たことも無かった。だから、羨ましい」
マリアは口を閉じると雑草の絨毯に寝転ぶ。
そしてじっと目を瞑る。
「私たちだけで、タケルをやっつけちゃおうか?」
虫の鳴き声を聞いていると、マリアがポツリと呟く。
「そうしよ! ローズたちはいっぱいいっぱい! だから私たちでタケルを倒す! そして倒したらローズたちを慰める!」
「俺一人だとお前を守り切れないかもしれない。危険だ」
「守り切れないなんて弱音を吐くの? そんなんじゃタケルに一生勝てないよ?」
「言ってくれる奴だ」
マリアの横に寝転ぶ。
「チームで動く。それが俺たちのルールだ。それで今まで生き残れた。そして一緒に居るからこそ、タケルは手を出してこない。気持ちはありがたいが、お前の提案は受け入れられない」
「タケルはあなたが好きだから手を出してこないのよ」
起き上がってマリアの顔を見ると、マリアも起き上がる。
「あなたと一生おふざけがしたい。遊びたい。だからこそ、一瞬で終わらせたくない。あいつが襲ってこない本当の理由はそれ」
「なぜそう思う?」
「あなたに好きだって言ってから。そしてローズたちを見てから。あなたに構ってもらいたい。そんな感じが、タケルにもした」
思い出すと、タケルは戦いの時、いつも笑っていた。あれは煽りではなく、心の底から楽しんでいた。
悪魔のような思考だ。だが、そうと考えれば腑に落ちる。
「このまま時間をかけるとタケルは私たちを弄ぶ方法を考え付く。そうなると私はもちろん、ローズたちも本格的に狙ってくる。夜も昼も無く、敵も味方も無く、ただ己の楽しみのためだけに暴れる。そうなる前に決着を付けないと」
マリアの目つき、視線は真っすぐに俺を見据えている。
「どっちもこっちも大変だ」
ローズたちをチラリと見る。まだ、よく眠っている。
「ローズたちは戦えない。手伝って貰うぞ」
マリアは瞳の中に月を映して笑う。
「良いわ! とっても楽しそう!」
「レイが好き? 何で?」
ローズたちはマリアを睨む。マリアの顔は月明かりに照らされて妖艶な雰囲気を醸し出している。
「レイと一緒に居て楽しいから。それでどう?」
「どうって、そんな理由?」
ローズはギリギリとマリアを睨む。マリアは涼しい顔で受け止める。
「私たちはレイと何百万年も一緒に居た。お前には理解できないだろうがな。私たちとレイには特別な絆がある」
「それはあなたたちの理由でしょ? 私が好きになる理由を妨げる理由にはならない」
リリーは息を詰まらせて、無意識のうちに土を握りしめる。
「なるほど、確かに、好きに理由は要りません。顔が良い、金持ち、優しい。好きになってから理由はできる」
「気が合うわね」
マリアはチュリップに微笑む。チュリップは鼻で笑う。
「気が合うから言います。私たちのチームにあなたを入らせたくないのです」
「それが理由。はは!」
マリアは鼻で笑うと足を伸ばす。
「はっきり言えば。取られたくないって」
ローズたちは口を閉じ、押し黙る。
「怖いんでしょ。レイに捨てられたらって」
「怖いに決まっているだろ!」
リリーが声を荒げる。
「私たちはレイと一緒に居た! 何百万年だぞ! 誰にも理解できないほど長い時間一緒に居た! それなのに突然居なくなったら」
「居なくなると決まったわけじゃないでしょ? レイは私と恋人になる。あなたたちはレイの友達。その関係は矛盾するものじゃないでしょ?」
リリーが地面に拳を打ち込む。
「こういう極限の状態で男女の関係があるのはダメだ! 必ず壊れる!」
「つまり、あんたたちは今の関係が壊れるのが嫌で、互いに遠慮してるんだ!」
マリアの口は明らかに煽っている。それに乗せられてリリーの顔はさらに赤くなる。
「お前は何も知らない! 昔何があったのか! それで何が起きたか! 軽々しく笑うな!」
「リリー、もう止めよう。馬鹿らしくなった」
ローズはため息を吐くと、目を瞑る。
「レイは地下9999階に進む。私たちも一緒に行く。あなたは来ないで」
「恋人は認めるってこと?」
「ここだけだから勝手にすれば」
「エッチしても良いの?」
「したらレイをぶん殴るだけ。それで終わり。あなたとはさよなら」
「レイが私を連れて行きたいと言ったらどうするの?」
「私たちの意見を優先してもらう」
ローズの口調はぶれない。腹をくくっている。
「あんたたちって、レイの意見を無視するんだ! それって結局、レイに甘えてることになるんじゃない? そんな人がレイと一緒に居るなんて、私、とっても心配!」
マリアの高笑いにローズが掴みかかる。
「うるさい!」
「図星だったのね!」
ローズが手を振り上げる!
「お前ら静かにできねえのか!」
レイがローズの腕を掴んで、引き止めた。
「レイ!」
ローズが真っ青な顔をするが、構わず頬を叩く。
「俺はお前らに喧嘩させるために席を外したんじゃねえんだよ!」
リリーとチュリップも叱る。
三人は大人しく地面に座る。
「お前も何で俺の仲間を煽ってんだよ」
マリアの頭に拳骨を食らわせる。
「いったー!」
「痛いか? 迷宮の敵の攻撃は死ぬぞ。これくらいで泣きを入れられたら困る」
怒鳴り散らしたい思いを抑えて四人の前に座る。
「俺は半分寝てた。だけどお前らの口論が聞こえた。始めは大丈夫だと思った。だけど、途中で殺気を感じた。だから飛んできた」
じろりと皆を見る。反省の色がないマリアにはさらにきつい視線を送る。
「私のせいじゃないし」
マリアがブツブツ言いながら視線を逸らしたのでため息を吐く。
「何で喧嘩になった? 今まで急ごしらえだけど上手くやってこれた。なぜだ?」
「レイが! レイが……マリアを好きだから」
ローズの声が落ちる。俺は頭がこんがらがる。
「それの何が問題だ? チームなら嫌いあうよりずっといい」
「あなたがマリアを女としてみている。それが私たちは堪らなく嫌なんです!」
チュリップの刺すような視線に頭が痛くなる。
「女として? そりゃそうだ。お前たちだって女だろ?」
「あなたがマリアとセックスしたがっているのが嫌なんです!」
ようやく事態が分かった。地下100階のチュリップ暴走事件の再来だ。
「なんというかなぁー。そういう目で見てたのかな? そうかもなぁー。なら謝る。そして公言する。俺はセックスをしない。それは地下9999階で全王をぶっ倒してからの話だ」
ローズたちの視線から震えが止まる。
「ただ、これは以前にも言ったはずだ。言ってなかったか? とにかく、俺は前の事件で懲りた。だからお前たちともしない。もしもマリアとセックスしたいと思ってるなら、その前にお前らを抱いている。マリアは四番目」
「すっごい説得の仕方」
マリアが口をポカンと開けているが無視する。
「それはそれとして聞きたいんだが、お前たちはマリアと俺がくっつくのが嫌なのか? 何で嫌なんだ? 俺が好きだからか? 浮気だと思ってくれているからか? それなら納得がいく。でももし違うなら、それは理不尽だ。それは嫌だぜ。俺がな」
三人は押し黙る。疲れる。
「何というか、この話題になるとお前たちは俺のことは好きじゃないって言う。別にそれはいい。俺はお前たちに好かれるために努力するだけだ。だけど、こんな事態になるなら、はっきりさせてくれないか? このままだとマリアに協力してもらうことはできない」
「それ言ったら……また喧嘩になる」
ローズがポタポタと涙を流す。チュリップとリリーも涙を流す。
「私たちは……喧嘩をして決めました。脱出するまで、それははっきりさせないと。そうすることで納得しました。だって、私たちは引くに引けないんです。あなたがはっきりしてくれないから」
「俺が!」
チュリップの言葉に耳を疑う。
「お前は……私たち全員好きだと言ってくれた。それは嬉しい。だけど、そうなると諦めがつかない。もしもはっきりさせてくれたのなら、私は引く」
リリーは鼻水を袖で拭って顔を上げる。涙は収まっていない。
「……つまり俺のせいか!」
能天気に三人が欲しいと思ったが、それは三人にとってとてつもなく負担をかけていたようだ。
やっぱり俺は馬鹿だ。
「参ったな。あの時の俺は嬉しくて嬉しくて、どうしてもお前たちが欲しいと思っちまった。だから、ああ言ったんだが、それが不味かったか」
皆を恋人にしたい。だけどそれは嫌だ。二兎を追う者は一兎をも得ず、だ。
「なら、断腸の思いで言う。俺は皆好きだが、一番好きなのはローズだ」
ローズが鼻水と涙塗れの顔を上げる。チュリップとリリーは顔を伏せる。ボタボタと地面に雨のように涙が落ちる。
「ローズは俺に告白してくれた。最初にだ。なら、その約束を守る」
「レイ!」
ローズが満面の笑みを浮かべる。
「レイ!」
チュリップに押し倒される!
「あなたは私の物! 絶対に渡さない!」
チュリップの舌が口の中に滑り込む!
「離れろ!」
ローズがチュリップの髪を引っ張る!
「ま、待てお前ら! 落ち着け!」
「レイ! レイ!」
リリーが泣きながら縋り付いてきた!
「私ではダメなのか! 私はお前に会うために追ってきた! 辛い道中を耐えてきた! それなのに! ああ! 確かに私はお前に好意を示したことは無いかもしれない! だけど!」
「離れろ雌豚!」
チュリップがリリーの顔面に掴みかかる!
「修羅場修羅場!」
マリアは腹を抱えて笑っていやがる。後でしばく。
「お前ら! いい加減にしろ!」
「いい加減にするのはあなたよ! 私の気持ちを知っているくせに! 私はもうあなたしか見えないのよ!」
皆話を聞いていない!
「くそ!」
皆の首に当て身を叩きつける。
皆、うっと呻くと倒れた。
「どうしろってんだよ」
誰が好きか答えろと言われて、答えたらこの騒ぎだ。
「かと言って置いて行くわけにもいかない」
頭が痛い。目が覚めたらまた乱闘騒ぎだ。だが放っておくとタケルに狙われる可能性が高い。
タケルという存在が居るのにこれでは身が持たない。
「モテモテじゃん!」
そしてマリアは能天気に笑っていた。
「こっちは大まじめだ。笑わないでくれ」
「分かってる分かってる! それにしても、はっきりと誰が好きか言ったのに、諦めないなんて! 道理で皆が怖がるわけ」
「怖がる?」
三人を毛布の上に寝かせる。
「さっき、私がどうしてレイを好きになっちゃいけないのか聞いたの。そしたら揉めるって言った。こうなるって分かってたんだね」
「お前が煽ったのか」
ため息が何度も出る。水筒に口を付けると、横にマリアが座ってきて、水筒をひったくる。
「レイは三人のことどう思ってるの」
「大切な人だ。正直選べない」
「でも、さっきはローズを選んだよね?」
「ローズは最初に、好きと言ってくれた女だ。義理を通したって感じだ。チュリップとリリーには、可哀そうだが」
空を見上げると月明かりが眩しく、涙が出る。
二人の思いを知った。ローズ一人を愛するのが正しいのかもしれない。だけど、それは心が痛む。
「ふーん。まあ、選んだからごちゃごちゃ言うのも可笑しいか」
マリアが汗に張り付くシャツの胸元を開ける。
「それはそれとして、私とエッチしてみる?」
「この状況見てよくそんなことが言えるな」
「だって、いい女が三人も夢中になる男よ。試してみたいって思うのは当然でしょ」
マリアが腕に手を回して胸を当てて来る。
「すげえ度胸だ。尊敬する。だけどセックスはダメだ」
腕を振ってマリアを振り払う。
これ以上面倒ごとはごめんだ。
「意志が強いのね。普通なら飛びつくと思うけど。私なら飛びついてる」
「前ならそうだが、今は違う」
マリアは、ふーんと言うと、黙って夜空を見上げる。
その横顔は満足げに笑っていた。
「お前は、俺たちと一緒に居て楽しいのか? だから笑っているのか?」
「楽しいわよ。そして、ローズたちが羨ましい。眩しい」
マリアの目尻が月明かりで宝石のように輝く。
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マリアは笑いながら涙を指で拭く。
「でも、あなたたちと一緒に居たら違った。皆、私のことを見てくれた。私を見捨てなかった。凄く心地よかった」
「それが、俺たちについて行きたい理由か」
「そう。そしてあなたが好きな理由は、あなたが私を見てくれたから。私の事見てたの知ってたんだよ! じろじろ見て!」
「あー。悪かった」
鼻の頭を掻くと、マリアは夜空の下で微笑む。
「この世界じゃなくて、あなたたちが居る世界に転生したかった。一緒に冒険したかった。そしたら、きっと楽しかった」
「辛いことも怖いことも山盛りだったぜ」
「それでもいい。そして、楽しかったからこそ、ローズたちはあなたと離れたくない。分かるなー、その気持ち」
横目でマリアを見ると、横目で見るマリアの視線と合う。
「ローズたちはあなたが心の底から好き。そしてあなたも好き。そんな関係今まで見たことも無かった。だから、羨ましい」
マリアは口を閉じると雑草の絨毯に寝転ぶ。
そしてじっと目を瞑る。
「私たちだけで、タケルをやっつけちゃおうか?」
虫の鳴き声を聞いていると、マリアがポツリと呟く。
「そうしよ! ローズたちはいっぱいいっぱい! だから私たちでタケルを倒す! そして倒したらローズたちを慰める!」
「俺一人だとお前を守り切れないかもしれない。危険だ」
「守り切れないなんて弱音を吐くの? そんなんじゃタケルに一生勝てないよ?」
「言ってくれる奴だ」
マリアの横に寝転ぶ。
「チームで動く。それが俺たちのルールだ。それで今まで生き残れた。そして一緒に居るからこそ、タケルは手を出してこない。気持ちはありがたいが、お前の提案は受け入れられない」
「タケルはあなたが好きだから手を出してこないのよ」
起き上がってマリアの顔を見ると、マリアも起き上がる。
「あなたと一生おふざけがしたい。遊びたい。だからこそ、一瞬で終わらせたくない。あいつが襲ってこない本当の理由はそれ」
「なぜそう思う?」
「あなたに好きだって言ってから。そしてローズたちを見てから。あなたに構ってもらいたい。そんな感じが、タケルにもした」
思い出すと、タケルは戦いの時、いつも笑っていた。あれは煽りではなく、心の底から楽しんでいた。
悪魔のような思考だ。だが、そうと考えれば腑に落ちる。
「このまま時間をかけるとタケルは私たちを弄ぶ方法を考え付く。そうなると私はもちろん、ローズたちも本格的に狙ってくる。夜も昼も無く、敵も味方も無く、ただ己の楽しみのためだけに暴れる。そうなる前に決着を付けないと」
マリアの目つき、視線は真っすぐに俺を見据えている。
「どっちもこっちも大変だ」
ローズたちをチラリと見る。まだ、よく眠っている。
「ローズたちは戦えない。手伝って貰うぞ」
マリアは瞳の中に月を映して笑う。
「良いわ! とっても楽しそう!」
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