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地下9997階

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 地下9997階の主、ベルは今までで一番厄介な奴だ!
「前が見えない!」
 極小の虫が体に纏わりつく! 一匹一匹が皮膚に食いつき、骨を砕こうと暴れる!
 魂すらも食らおうと体の中を這いまわる!

「キリがない!」
 ローズやリリーと一緒に武器を振り回すが意味が無い! 数が多すぎる!
 力を吸収しようにも抵抗が強く時間がかかる! その間に食われる!

「控えろ! 虫けら!」
 チュリップが念じると虫けらが一瞬にして離れる。

「こいつらはベルの使い魔。ベルから学んだ私なら、操ることができます」
 チュリップが手を下げると虫けらが一斉に地に落ちる。

「ベルはどこだ?」
 脅威が去ったので周囲を睨む。

「私たちが立っているこれですね」
 チュリップが足元を睨むと地面が脈動を始める!

「ローズ! 離脱だ!」
「空間魔法! テレポーテーション!」
 一気に地面から離れる!

 そして気が遠くなるほど時間をかけて逃げると、ベルの全容が見えた。

「巨大なハエか」
 ベルの本体は、アスさえも一口で食べられるほど巨大なハエだった。

「あれを超える大きさになるのは不可能だ」
 桁が違いすぎて頭が痛くなる。

「ぼうっとしている暇はないですよ!」
 チュリップが舌打ちすると周囲を召喚陣が取り囲む!
 その中から得体の知れない気配が多数生まれる!

 一つ一つがアスも瞬殺できるほどの強さを持つ化け物を生み出す!

 出現したら殺される!

「召喚妨害!」
 チュリップが念じると召喚陣から光が無くなる!

「少しは持ちますが、どうしますか」
 汗だくで必死に歯を食いしばる。

「あいつの体内に潜り込むしかない! そこで急所の脳を破壊する!」
「分かりました。私はここでベルの召喚を防ぎます。あなた方でベルを倒してください!」

「分かった。ローズ。あいつの体内に瞬間移動できるか?」
「無理。あいつの中、とてつもない魔法封じがされてる」
 ローズはギリッと唇を噛む。
 ローズの技量ではベルを傷つけることはできないと表情で察する。

「分かった。あいつの口元に送ってくれ。俺とリリーが何とかする」
「ごめんなさい。私はチュリップに力を分けて時間を稼ぐから」
「気にするな。ここは任せたぜ」
 ローズの頭を撫でて、リリーとともにベルの元へ瞬間移動する。

「ぐあ!」
 ベルの口元まで瞬間移動すると、突風で口に吸い込まれる!

「リリー! 離れるなよ!」
「分かっている! それよりベルに近づくにつれて力が抜けていく!」
 言われると視界が点滅するようにチカチカする!

「俺たちを魂ごと食らう気だ! 気合を入れないとベルのクソになるぞ!」
「何たる化け物! さすがだ!」

 息を止めて、気合を入れて口の中に飛び込む!

「何て広さだ!」
 そこは口の中だと言うのに広大な空間であった。
 しかも猛烈な勢いで力が吸われる! 急がないとチュリップたちが力負けしてしまうのに、これでは脳にたどり着くまで持つか!

「レイ! 奥から化け物が迫ってくるぞ!」

 目を凝らすと、アスさえも食らうほどの化け物が何億も迫ってきていた!

「畜生! 時間がねえのに!」
 撃退するために構える!

 突如、化け物たちは止まり、首を垂れる。

「チュリップだ! あいつがベルの体内に住む化け物を操っている!」
 化け物に触れると力が漲る。俺たちに力を分けてくれる。チュリップの仕業だ!

「一気に脳まで進むぞ!」
 化け物たちを従えて進む!

 早くベルを倒さないとチュリップが死ぬ! そうなったら終わりだ!



 レイがベルの脳へ向かう頃、ローズとチュリップはベルから逃げていた。
「空間魔法! テレポーテーション!」
 ローズは何度も瞬間移動でベルから離れるが、チュリップに力を分けながらでは十分に距離を取ることができない。結果、何度も何度も瞬間移動をすることになる。

「大丈夫ですか」
「平気!」
 力の酷使で喀血しながらも笑う。
 その間にもベルの羽から強烈な破壊光線が放たれる!

「空間魔法! テレポーテーション!」
 宇宙を数兆破壊できるほどのエネルギー波から必死に逃げる。少しでも気を緩めれば直撃し、魂も凍るような化け物が生まれる!

「チュリップ! 頑張って!」
 ローズは背負うチュリップの様子を見ながら、恐ろしきベルから逃げ続ける。

「分かってます。まだまだ頑張れます」
 チュリップは鼻血を出しながら、目を瞑って集中し続ける。

 制限時間は確実に迫っていた。



「うおおおお!」
 リリーや化け物たちと協力して、ベルの強固な肉と骨を削りながら頭へ向かう。

 削る最中もベルの体内は微動だにしない。大きさが違いすぎてチクリともしないのだろう。

「ぐ! レイ! 化け物たちが力尽きていく! 脳が近いぞ!」

 振り返ると化け物の死体で死屍累々だった。ベルの魂の吸収が強くなっている証拠であり、ベルの急所に迫っている証拠だ!

「リリー! 力を分ける! 道を切り開いてくれ!」
 リリーの肩に手を置いて、力を与える。

「分かった!」
 リリーが構えると吐き気とともに力が抜けていく!

「行くぞ!」
 リリーの渾身の一撃、ただの強力な一振りが空間ごと肉の壁を切り裂く! 魔法が使えないなら力づくで切り開く!

 初めてベルの体内が蠢いた。

「見えた!」
 ピンク色のぶよぶよした物体が見えると同時に力が吸収される! 化け物たちが一気に死に絶える!

 その前に終わらせる!

「リリー! 力をありったけくれ!」
「任せた!」
 リリーから力を受け取ると、リリーは力尽きて倒れる! リリーが死ぬ前に終わらせる!

「行くぜ! 現実改変で魔法使用可! 食らえ! 合体魔法! 一切切断! 無塵地獄!」
 剣を作り出し、無限の斬撃でベルの脳を粉微塵にする!

「あれか!」
 顔のような物があったので、掴みかかり、力を吸収する。

「見事だ」
 力を吸収している最中、顔は微笑んだ。



「終わった」
 光だけの空間でローズたちと再会し、笑いあう。

「チュリップがベルから学んでいなかったら無理だったな」
 ベルは迷宮に蠢く化け物の生みの親だった。
 その名に恥じぬ強さだった。

「本当です。最後まで嫌な奴でした」

「性悪なお前に言われたくない」
 突然の声に飛びのく!
 人の姿をしたベルが立っていた。

「ベル! 死んでいなかったのか」

「これはただの残り香だ。すぐに消える」
 ベルの姿が少しずつ透明になる。
 ベルはそれなのに気楽な様子で苦笑い。

「しかし、私を倒すとは驚いた」
「あなたが教えてくれたおかげです」
 チュリップは皮肉気に笑う。

「教えたが無理だと思っていた」
「随分と舐められたものですね!」

「許せ。人間だと侮っていただけだ」
 ベルは黙る。
 俺たちも黙る。

「この先にルシーが居る。あいつは私よりもはるかに強い。私程度に苦戦していては話にならないな!」
 ベルは気障ったらしくかっこつけたような笑みで皮肉を言う!

「へ! お前なんて楽勝だったぜ!」
 強がりを言うとベルは肩を竦めて笑う。
 そしてため息を吐く。

「お前たちと出会ったのは地下5000階だったな。今思うと、もっと早く、ルシーたちの後ろにくっついて行けばよかった。そうすればじっくりと、お前たちを見れた」
 ベルの体が消え去り、頭だけになる。

「私はなぜ神が人間を作り出したのか分からなかった。だが今なら分かる」
 ベルの顔が消え去り、口だけになる。

「お前たちはまだまだ強くなれる」
 ベルの口が消えるその時、不貞腐れたように唇が尖る。

「悔しいが、お前たちは神の子だ。だから、胸を張って進め」
 ベルは跡形もなく消え去った。

「ありがとうございました」
 チュリップは一筋の涙とともに儚げに微笑む。
 俺とローズ、リリーも微笑みながら礼を言う。

 目頭が熱くなって、涙が少しだけ流れた。



「行こう。次は地下9998階、ルシーが待つ階層だ」
 皆に声をかけて、出現した下り階段を見つめる。

「ルシーか……お礼が言いたいな」
 ローズが寂しそうに顔を歪める。

「……そうだな」
 ルシーとの出会いを思うと胸が締め付けられる。

 だけど進むしかない。

「行くぞ!」
 先頭に立って階段を下りる。

 次は迷宮王ルシー、全王に次ぐ力を持つ相手だ!
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