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地下9999階

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 レイたちはついに目的地である地下9999階にたどり着いた。

 そこは炎はおろか魂さえも凍らせる永久凍結の世界だった!

 足を動かすことすら一苦労するほどの寒さ。骨や肉が凍り付き、目を瞑れば永久の眠りへ迷い込むほどの辛さ。
 
 数多の困難を乗り越えたレイたちですらも震える世界で一人、全王は笑う。

「どうした? 威勢が良いと思ったが気のせいか?」
 氷すらも凍り付く白い肌に付いたあざを撫でる。あざは触れると一瞬にして消え去る。

「うるせえ!」
 ガチガチと歯を鳴らしながら殴りかかる。
 重心をずらして避けたところで、レイの後ろに居たリリーの斬撃が全王の喉に当たる。

「く!」
 リリーの魔法剣は全王の肌で止まっていた。
 しかしチュリップのメイスが全王の後頭部に直撃する。

「欠伸をしても良いかね?」
 全王はよろめきもせず、血の一滴も流さないでチュリップに振り返る。

「空間魔法! ギガブラックホール!」
 ローズの魔法で全王は暗黒に包まれる。

「ルシーの技が俺に通用すると思ったのか?」
 全王は何事もなく暗黒から歩み出る。

「この野郎!」
 レイの打撃が全王の顎を捉える。その時、全王の足が揺れる。
 しかし追撃をしようと拳を固めなおした瞬間、全王と目が合うと脱兎のごとく距離を取る。

「レイの攻撃は効いてしまうな。嬉しいことだ」
 全王は不敵な笑みをレイに向ける。

「化け物が!」
 レイは凍り付く肌を震わせる。

 全王は一度も攻撃していない。
 それなのに四人は疲労困憊であった。

「そろそろ、攻撃させてもらおう」
 レイは胸に迫る全王の拳を受け止める。鈍い音が響き渡り吐血するが、全王の拳は胸を貫かなかった。

「お、お前ら……」
 しかしローズ、チュリップ、リリーは違った。
 三人は胸に大穴を開けて倒れた。

「良くぞ俺の攻撃を受け止めた。褒めてやろう」
 全王が鼻で笑いながら腕を引くとレイは倒れる。
 レイは歯を食いしばりながら体を引きずって、ローズたちの様子を見る。

「……ローズ? チュリップ? リリー?」
 ローズたちの体を揺するが、ローズたちはピクリともしない。

「あっけないものだ」
 全王はあざ笑う。

「しかしこの結果は当然。元々三人は俺と戦えるレベルではなかった。シロアリはいくら強くなってもシロアリなのだ」
「殺してやる!」
 レイは一瞬で傷を治すと全王の顔面に蹴りを叩き込む!
 全王が膝を付いた!

「見事だ!」
 全王は立ち上がると恐るべき連撃を放つ。
 レイはそれを瞬きせず捌く!
 そして刹那の隙を見逃さずにカウンターを叩き込む!

「強いな!」
 全王は初めて飛びのく! レイはそれを追って反撃の拳を放ち続ける!

「本気を出そう!」
 全王が足を止めると殴り合いが始まる!



 どれくらい殴ったのか分からない。どれくらい殴られたのか分からない。
 ただ必死だった。
 目の前の憎き全王を殺すことで頭はいっぱいだった。

「ぐ!」
 全王の横っ面に拳を叩き込むと疲労で膝が崩れる。
 全王も膝を付く。

「見事だ。ついにこの絶対凍結空間を克服するとは」
 全王は息を整えながら立ち上がる。

「絶対凍結空間?」
「封印術の一種だ。この空間で動けるのは、俺の力を受けた存在か、俺に匹敵する力を持つ存在だけだ」
 チラリと手先を見る。あれほど纏わりついていた霜が無い。

「全く、ついに俺も絶体絶命のピンチという奴だ」
 全王は言葉とは裏腹に笑みを浮かべている。

「こうなると、助っ人を呼び出すしかあるまい」
 ギリギリとローズたちの体が動く! あいつらは死んだはずなのに!

「て、てめえ! この野郎! クソ野郎! やりやがったな!」
 全王の奴! ローズたちを生き返らせた! 先ほどローズたちが蘇生できなかった理由は全王が魂を奪ったためだ!

「何という恐ろしい顔だ。こうなるとローズたちでは足りないな」
 全王の影から人影が無数に現れる!

 まさか!

「レイ? ……そんな!」
 ローズの泣き顔が! チュリップの苦悶に満ちた表情が! リリーの屈辱に満ちた表情が!

「……どこまでも僕たちは、全王のおもちゃだ!」
 歯を食いしばるルシーが! 全王に憎しみの目を向けるベルが! 拳を震わせるアスが!

「趣味が悪い!」
 血が出るほど唇を噛むタケルが! 絶望に顔を染めるマリアが!

「な、何でまた?」
 体を震わせるフロアマスターたちが!

 俺の敵となって蘇った!

「さ、レイと戦え。そして死ね!」
「くそったれ!」
 ローズの魔法を! リリーの剣を! チュリップのメイスを避ける!

「止めろ! 一対一で戦え!」
「何を言う? 複数で襲い掛かるのは戦術の基本だ。シロアリでも大軍になれば足止めくらいできる」
 全王は笑う! その間にも皆が襲ってくる!

「ローズ! チュリップ! リリー! 止めろ!」

「ごめんなさい!」
「殺してください! 早く!」
「殺せ! レイを傷つけたくない!」
 ローズたちは涙を流すが攻撃を止めない!

 全王に支配されてしまった!

「畜生! 畜生!」
 攻撃なんてできない! ローズたちはもちろん、ルシーやタケルも!

 だって! 俺よりも明らかに弱い!
 攻撃なんて痛くもかゆくもない!

 ただ邪魔なだけだ! 戦力の一つにもならない!

「全王! ルシーたちを蘇らせるならフルパワーにしろ!」
 全員の攻撃を体で受け止めて叫ぶ!
 全王はふざけた笑みを崩さない!

「フルパワーで蘇らせた。お前が傷つかないのは単純に、そいつらがシロアリなだけだ。おめでとう。お前は確かに強くなった!」
「ふざけやがって!」
 ローズたちの間をすり抜けて全王に迫る!

「危ない危ない」
 全王の姿が消える! 振り返るとローズたちの背後に居た!

「て、てめえ! ふざけているのか! 何の意味がある!」
 襲い掛かるローズたちの攻撃を受け止めて全王を睨む!

「お前を足止めできているじゃないか」
 全王はペロリと舌で唇を舐める。

「殺してやる!」
 全速力で再度全王に殴りかかる!

「迂闊だな」
 突然視界が揺れる! カウンターを食らった! そしてローズたちに抑え込まれる!

「よしよし。では、最後のテストだ」
 全王が手を上げると、周囲の冷気が全王に集まる!

「光栄に思うがいい! この光! この熱さ! これは神々と天使を生み出した創世記の力である!」
 目もくらむような光が放たれる!

「神魔法! 光あれ!」
 迷宮が震えた。



 地下9999階が恐るべき光で包まれる。

 その光は地下9999階の空間をぶち壊し、地下9998階を焼き尽くす。

 光は止まらない。迷宮を震わせながら、あらゆるものを破壊しながら突き進む。

 地下9995階の召喚の間を跡形もなく消滅させる。

 無を突き抜けて地下9000階を突破する。

 星々を内包する空間系の化け物を焼き尽くして地下8000階を突き進む。

 圧倒的なエネルギーで地下5000階の森を破壊する。

 誰にも止められぬ力で地下1000階も吹き飛ばす。

 そして圧倒的な破壊で地下100階に到達する。

「地震だ!」

 地下100階を突破したところで、レイたちの故郷にも異変が起きる。

 地上は大地が裂けるかのように揺れ、建物に亀裂が入る。

 その間にも光は進む。

「何だ!」

 地下30階に居た一流冒険者は瞬く間に消し炭となった。

「何だこの揺れは!」

 地下20階の冒険者たちは瓦礫の上から焼死した。

 そして地下12階、シロちゃんが居る迷いの森に到達する。

 シロちゃんは突然の揺れに目を覚ますと、寝床から出て草原に出る。

 そこは灼熱の炎が支配する火炎地獄となっていた。

 破滅の揺れは止まらない。ますます強くなる。

 シロちゃんの悲しい遠吠えは、地面から漏れる光に飲み込まれて消える。

 そして光は地下1階に到達する。

「逃げろ!」

 避難する冒険者をねじ伏せながら光は進む。

 身を隠すことなど無意味であった。その上から光に押しつぶされる。

「出口だ!」

 冒険者たちは振り返らずに進む。その間にも死体は増える。

 そして迷宮の出口に到達すると、日の光に遮られるように消えた。

「と、止まった」

 玉座に座るアルカトラズ十五世は立ち上がる。飾りも何もかもなぎ倒され、壁には亀裂が入り倒壊寸前だ。

 それでもようやく、破壊は終わった。



 一方地下9999階は未だに光に包まれていた。圧倒的な質量、概念すらも消し飛ばす圧倒的な力が渦巻いていた。

 そのような神々すらも死に絶えるような場所で、全王とレイは向き合っていた。

「て、てめえ!」

 レイは傷だらけだが生きていた。圧倒的な暴力を耐えきった。
 それどころかローズたちも守り抜いた!

「あの力を吸収するとは。さすがだ」

 全王は光を吸収し続けるレイに笑いかける。

 レイは膨大なエネルギーを自身に取り込んだ。そうすることでローズたちが巻き添えになることを防いだ。

 それでも吸収しきれない力は地下9999階から漏れ出てしまった。

「殺してやる!」

 レイは光が収まりかけたところで全王に掴みかかる!

「お前の力! すべて奪いつくしてやる!」

 全王に掴みかかる指から血が噴き出る。目から血の涙が零れる。鼻や口からも血が噴き出る。

「ふふ。凄いな。どんどん力が吸われていく」
 全王はそれを笑う。そしてレイの頭を掴む。

「レイ! 地下9999階にたどり着いた褒美をやろう!」
 レイの肌が全王と同じく白く染まる!

「我が力! 神の呪いとともに受け取るがいい!」
 光とともに、全王の真っ白な肌が、健康的な肌色に変化する!

「ぜ、全王!」

「全王ではない! 我が名はサタン! 神が作りし最初の存在にして! 神が作りし最後の人間だ!」

 全王の高笑いとともに、光が収まった。
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