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森のモンスターと仲良くなった!

世界の異変

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 きな子に連れられて森の広場のような場所に来る。
「ここで話そう。遠慮せず、座るといい」
 遠慮せず地べたに座る。

「そこじゃない。私の腹だ。ここに来い」
「ええ!」

「嫌か?」
「そういう訳じゃありません! では遠慮なく」
 ふさふさの毛とプニプニのお肉に包まれたお腹に座る。



「赤子が殺したのは魔軍の魔人だ」
「魔人!」

「最も齢100年程度の若輩だ。戦果に気を取られ、独断でここに来たのだろう」
「つまり、殺しても問題ないと?」

「もしも魔軍の総意なら、もっと力の強い者が来る。あいつは上昇志向が故に突っ込んだだけの迷い鳥だ。殺されても気づかれもしない」
「なら魔軍はここに攻めてこない。ちょっと安心しました」

「そうだ。あいつは粋がっていただけの小僧。不幸な事故にあっただけ。私を魔軍の配下にしたかったようだがいつものことだ」
「そいつなら勝てました?」

「問題にならん。その証拠に私は傷一つ負っていない。最も、なりふり構わず火を付けられるとは思わなかったが」
 ふー、と鼻を鳴らす。お腹を撫でるとプクプクと波打つ。



「騒ぎが大きく成ったが、魔人が来るのは良くあることだ。その都度返り討ちにしてきたから問題ない。それよりも気になるのは、赤子とスラ子だ」
「あの二人に何がありました?」

「赤子は魔人を瞬きする間も無くミイラにした。スラ子はその配下を数秒で腹に収めた。あいつらは紛れもなく、世界を揺るがす存在だ」
「ええ!」

「その話に関連するが、大陸中のスライムと吸血鬼が迷宮から姿を消した。時期的にあの二人が目覚めた時だと考える。だからこそ魔人が焦ってここに来た」
「色々聞きたいことがありますが、まず一つ。どうしてスライムや吸血鬼が居なくなったからと魔人がここに?」

「スライムはモンスターの食料、水分となる。そのためよく捕食される。スライム自身、反撃をしないから冒険者も捕食する」
「そうですね。遭難した時はスライムの体液を飲めと聞いたことがあります」
「それが無くなればモンスターは困る。大軍を養える水分はスライムが支えてきた」

「それが居なくなったから勝負を焦った?」
「全く、愚かな奴らだ。計画が狂ったのならすぐに停戦すれば良いのに。どこまでも都合のいい考えをしている。それだけの地力と戦果があるのに」
 きな子は残念そうに顔を地面にくっつける。

「その……吸血鬼はどうなんですか?」
 ピクリと耳が動くと顔が跳ね起きる。



「吸血鬼は人間とモンスターに恐れられる特別な怪物だ」
「怪物?」

「血を吸うことで仲間を増やす。それは知っているか?」
「聞いています」

「それは恐ろしいことだ。人間だけでなく、オオカミやゴブリン、あらゆる生物が吸血鬼になる危険がある」
「言われると確かに怖いですね」

「事実、はるか昔、モンスターと人間が手を組んで戦った時がある」
「そんな時があったんですか!」

「2000年以上前、伝説上の存在である吸血鬼が現れた。奴らはネズミすら滅ぼす勢いで血を吸い、仲間を増やした。結果、大陸の七割が吸血鬼に染まった。事態を重く見た魔王と英雄は停戦条約を結び、吸血鬼の打倒に踏み切った」
「七割!」

「最も、真の勇者が吸血鬼の主を倒した。それで吸血鬼たちは迷宮へ逃げた。奴らは陽の光が苦手だったからな。そしてその隙にモンスターと人間は栄え、争うようになった。私から言わせると、今の人間とモンスターは、吸血鬼から逃れた負け犬に過ぎない。それが争っているのだから笑える」
 くつくつと喉を鳴らす。

「吸血鬼が居なくなって何が困るんですか?」
「魔軍の戦力低下だ」

「吸血鬼って迷宮に閉じこもっていたんじゃ?」
「魔軍が吸血鬼の王に話し合いをした。迷宮中の吸血鬼を潤すほどの血を与えると。吸血鬼の王はそれに同意し、魔軍に力を貸した」

「そんなことが」
「最も全盛期の吸血鬼は太陽も克服した存在だったが、和解の後に解き放たれた吸血鬼は太陽を嫌い、夜にしか外へ出られなかった。まがい物だ。それでも勇者クラスでないと太刀打ちできないレベルだから、魔軍としては大助かりだっただろう」

「しかし、それが居なくなったとするなら?」
「魔軍は慌てるだろう」
 納得できる答えだ。

「そしてお前を呼んだ理由だが、あの二人は紛れもなく吸血鬼とスライムの祖だ」
「祖? すごく強い?」

「強いどころではない。その存在は魔王よりも恐ろしい」
「なぜです?」

「吸血鬼の恐ろしさは語ったが、スライムの恐ろしさは語っていなかったな。この世界で最初に世界を統一したのはスライムだ。おじい様から聞いた話だが」
「スライムが世界を統一!」



「スライムは原初の生物と言われている。つまりすべての生物の始まりはスライムだ」
「それは凄い話ですね」

「凄いのはここからだ。吸血鬼と大戦が起こった後、再びモンスターと人間が手を取り合う時代が来た。スライムの反乱だ」
「スライムの反乱?」

「スライムは無害で栄養のあるモンスターと認識されていた。だから人間、オオカミ、ゴブリン、すべての生物がスライムを捕食していた。それが牙を向いた。その結果、世界の九割がスライムに飲み込まれた」
「九割!」

「大昔だから、信じる者は居ない。しかし私は今でも恐ろしいモンスターはスライムと答える。あいつらは命令されたから大人しくしているだけだ」
「止めろと誰かが言ったんですか?」

「吸血鬼大戦と同じく、真の勇者がスライムの祖を倒した。その時スライムの祖が攻撃するなと命じた。結果、猛威を振るったスライムは再び無害なスライムとなった」
「凄まじい歴史ですね」

「そうだろう。話を戻す。赤子は吸血鬼の祖であり、スラ子はスライムの祖だ。あいつらを暴れさせると世界が滅ぶ」
「ええ!」

「最も、今はお前を好いている。お前の言うことを聞く。ならば昔よりも害はない」
「なら、僕はどうすれば?」

「遊べ。楽しめ。私も力を貸す」
 きな子は立ち上がる。

「時折、肉を届けてやる。たっぷり食うといい。後、魔人が来ても私が始末するから大丈夫だ。赤子やスラ子に暴れられるほうが怖いから止めてくれ」
「その……えっと、ありがとうございます」

「困惑しているな」
「当たり前です!」

「案ずるな。あいつらはお前が好き。それは昔ではあり得ない感情だ。だからお前は安心して、二人と接しろ」
「そのつもりですけど、なんだか僕の肩に大陸の未来がかかっているようで怖いです」

「安心しろ。あいつらはお前が好きだ。私と同じく、初めて会話した人間だからな」



 きな子に押されたので赤子さんとスラ子の元に戻る。
「随分と遅かったな?」
「眠い……」
 スラ子と赤子さんが近寄る。

「何でもありません! さあ、帰りましょう」
「そうか。それはそれとして腹が減った」
「分かりました」
 手のひらを切ると舌が這う。

「美味い」
 その顔は花のように明るい笑顔だった。
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