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しおりを挟むわたしは開いた傷口を縫って貰い、傷が治るまで安静にする様に言われた。
あれから、王が部屋を訪ねて来る事は無かった。
それには安堵したが、あの時、傍に居てくれた男も姿を見せなかった。
彼はわたしの味方だと言ってくれた。
わたしには、彼だけが頼りで、早く相談したかったが、
名も知らない、顔も知らないでは、どうする事も出来ない。
「分かるのは、声だけ…」
だが、その声を聞く事も無かった。
ヴィムソード王は、わたしがロザリーンで、力が使えないと知れば、
ラッドセラーム王国に騙されたと思い、紛争を起こすのではないか?
もし、本当の事を言ったら…
聖女を騙った者として、王はわたしを処刑するかもしれない…
あの恐ろしい王ならば、やり兼ねない…
わたしは恐怖に震えた。
わたしは行き詰っていた。
そんな中、彼の言葉を思い出した。
『襲われたショックで力が使えないのでしょう』
『今は少し混乱しているだけだ…力は必ず戻る…』
「わたしは、襲われたショックで、《聖女の光》を失った…」
それなら、わたしをロザリーンと思わせた上で、力が使えない言い訳になる。
王は傷を負ったわたしを、《醜女》と言っていたから、国を追い出されるだろう。
でも、何とかして、ラッドセラーム王国まで戻れば…
「ああ、でも、家には帰れないわ…!」
ロザリーンはどうした!と、大騒ぎになるだろう。
それとも、無事に戻れたら、両親に打ち明けるのはどうだろうか?
少なくとも、ロザリーンを心配する必要は無くなる筈だ___
ベッドの中で悶々と過ごし、一月も経つと、傷は完全に塞がり、
痛みもほとんど無くなっていた。
この国には聖女は居ないが、医師の技術、薬の質が高い様だった。
だが、わたしはそれを手放しに喜んだりは出来なかった。
ヴィムソード王から、呼び出しを受けたのだ___
わたしは大きな浴場で身を清め、修道女服に似た、白い衣に着替えさせられた。
臣下と衛兵に付き添われ、謁見の間に向かった。
荘厳な扉の両脇には、衛兵が二人立ち、護っていた。
扉が開かれる。
中央には赤い絨毯が敷かれ、それは、荘厳な椅子に座る王へと続いていた。
わたしにとっては、それは断頭台の様なもので、震えが走り、足が竦んだ。
それでも、「聖女様、どうぞ」と促されれば、従わなくてはいけない…
わたしは震える足を何とか動かし、その道を歩いて行った。
数段高くなった玉座の前まで来ると、わたしは膝を付き、頭を下げた。
「フン!やっと回復したらしいな?聖女だというのに、随分時間が掛かったではないか」
王は尊大に言う。
わたしは極度の緊張に包まれていた。
下手な事をすれば、わたしはこの場で殺されるだろう___
そう思うと、喉がキュっと締まった。
「傷はどうした、自分で消したのだろうな?」
医師の技術や薬では、傷口を塞ぐ事は出来ても、痕を消す事は出来ない。
だが、ロザリーン位の聖女であれば、それも可能だ。
「何とか言ったらどうだ!おまえには口が無いのか!
それとも、俺を馬鹿にしているのか?」
「い、いえ!」
わたしは慌てて顔を上げたが、既に遅かった。
「そいつを脱がせろ!もし、傷が消えていれば、おまえを俺の妃にしてやる。
だが、もし、傷が残っていれば、ハイエナにでもくれてやるわ!」
わたしは両脇から衛兵に押さえられ、服に手を掛けられた。
わたしは咄嗟に叫んでいた。
「いや!!」
「お待ち下さい、王様!」
凛とした声が響き、衛兵が手を止めた。
この声は…あの方?
わたしは声の方へ顔を向けた。
進み出たのは、黒い騎士の衣を纏った、黒髪の男だった。
「これでは辱めです、この様な蛮行が他国に知れれば、外交に差し障ります。
傷を確かめたいのであれば、別室でなさって下さい」
「フン!また、おまえか、オーウェン…
俺の悪名など、疾の昔に知れ渡っておるわ!
だが、こんな小娘を虐めたと言われては、確かに不名誉だな…
おい、女!おまえが答えぬからだぞ!この場で引ん剝かれたくなければ、さっさと答えろ!」
「も、申し訳、ございません…傷を治す事は、出来ません…
襲われた事で…《聖女の光》を、失ってしまいました…」
場が鎮まり返った。
音が全て消えたかの様に思えた。
次の瞬間、王の笑い声が響いた。
「ははは!襲われて、《聖女の光》を失っただと?本気で申しておるのか?
ラッドセラーム王国は、随分お粗末な聖女を寄越したものだな!
ラッドセラーム王は、おまえを国で一番の聖女だと言っておったが、あれは嘘か?」
話が良く無い方へ向かい、わたしは言葉を濁した。
「いえ…この様な事になったのは、初めてで…」
「ラッドセラームの聖女は、戦に出ないというのか?」
「はい…ラッドセラーム王国では、三十年以上、大きな争いは起きておりませんので…」
「フン、三十年も戦をしていないのであれば、兵も聖女も惰弱な筈だ。
おまえはこれまで、国で何をしていたんだ?戦の無い国に、聖女など不要だろう?」
わたしはロザリーンの側に居たので、その仕事は見てきて、良く知っている。
答えに窮する事は無かった。
「対魔族の結界を張り、神に祈りを捧げます。
瘴気を祓い、求められれば、治癒を致します___」
「フン、結界や瘴気など、目に見えぬからな、効き目など分からんではないか!
それに、おまえが神に祈ったからといって、何になる?
修道士や修道女と何が違うというのだ?」
「結界があれば、魔族の侵入を防ぐ事が出来ます。
ラッドセラーム王国では、魔族による被害は出ていません。
聖女であれば、瘴気を見る事が出来ます、土地の瘴気を祓えば、
作物は良く育ち、実りが多くなります。
荒々しい動物の瘴気を祓えば、大人しくなり、人を襲う事も無くなります…」
「フン!人を襲わぬ動物など、つまらん!」
「聖女の祈りは、神に一番近く、届けられ易いと言われています」
「くだらん迷信だな!」
王は一刀両断した。
「おまえは《聖女の光》とやらを失くし、《聖女》ではなくなったのだな?」
「左様でございます…」
「ならば、おまえに用は無い」
無慈悲な言葉に、わたしは息を飲んだ。
「おまえと引き換えに、新たな聖女を送れと言ってやったが、
ラッドセラーム王国が承知せん、我が国の所為にしおって!忌々しい奴等だ!」
筆頭聖女であるアンジェラは結婚しているし、他の聖女では能力も心もとないので、
それは当然に思えた。だが、そんな事がヴィムソード王に分かる筈は無い。
「俺は傷物の女を妃に迎える気など無い、美しくなければ役にも立たぬからな!
だが、放り出したとなれば、俺の蛮行になり、外交に差し障るのだろう?
ならば、オーウェン・カーライト、おまえがその女を妻に娶れ」
「!?」
突然の事に、周囲も驚きに息を飲んだ。
「おまえが言ったのだから、おまえが責任を持て。
おまえの妻は二年前に殺されたのだろう?丁度良かったな、オーウェン」
なんて酷い事を…!
明らかな嫌がらせだ。
彼が王に意見した事を、王が良く思っていない事が分かった。
「どうした、王命だぞ、オーウェン」
王が返事を催促する。
彼は断るだろうと思ったが、一言、「承知しました」と答えた。
王命だもの、この場では拒否出来なかったんだわ…
わたしは本気にはしていなかった。
彼には後で断られるだろう。
これから、わたしはどうなるのか…
だが、不思議と心は落ち着いていた。
目前にあった危機を、取り敢えずは回避出来たからだろうか。
「衛兵、何をしている、女を離してやれ!
その者は、我が国が誇る第一騎士団長、オーウェン・カーライトの妻となるのだぞ!
そう容易く触れては、オーウェンに悪いだろう!」
王の軽口に、衛兵はさっと、わたしの拘束を解き、立ち去った。
だが、わたしは彼の方を見る事が出来なかった。
恥ずかしさと緊張からか、顔が熱く、胸がドキドキとしていたから…
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