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しおりを挟む◆◆ ロザリーン ◆◆
三十歳以上年の離れた男、ヴィムソード王国国王、ビクターとの結婚が決まった時、
ロザリーンは酷く嫌悪し、反発し、自身の不幸を呪った。
ロザリーンには、若く見目の良い男友達が沢山いて、その中の一人と結婚するつもりでいたからだ。
「老い耄れと結婚なんて!冗談じゃないわ!若くて美しい私が可哀想じゃない!」
ロザリーンは何とか、その縁談を破談にしたかったが、周囲はそれを許さず、
皆が説得に来た。
中でも、ロザリーンが許せなかったのは、姉、クレアによる説得だった。
自分よりも二歳上の姉は、《聖女の光》を持っていない。
それが意味する事は、《家族ではない》という事だ。
両親は「誰かが赤ちゃんをすり替えた」と疑っていた。
直系の娘であっても、極稀に、《聖女の光》を持たない者が生まれる…
という事もある様だが、両親は自尊心から、その事実を認められなかった。
両親はクレアに冷たく、愛情を示した事は無かった。
クレアは、家族として認められていない、下女の様なものだった。
ロザリーンは早くからそれに気付き、クレアを虐めてきた。
「下女だもの、私に従うべきよ!」
「あんな女、姉だなんて認めないわ!」
「きっと卑しい女の娘ね、私の姉は今も何処かで生きているわ」
「いえ、死んでるかしら?どっちでもいいけど」
そうして、見下してきた相手が、自分を憐れんでいる___
いや、腹の中では、笑っているのだろう。
ロザリーンはこの縁談以上に、その事に怒りを覚えた。
全てに怒りを持っていたロザリーンに、ある考えが浮かんだ。
「これなら、結婚せずに済むし、私を馬鹿にしたクレアも排除出来るわ!」
ロザリーンは、まず、軟禁状態から解放されるべく、態度を改めた。
縁談に乗り気であると見せれば、周囲はそれに安堵した。
次にロザリーンは、自分付きの修道女を買収し、手紙を運んで貰った。
相手は、男友達である、バーナード侯爵子息のリチャードだ。
金も力もある、そして、彼はロザリーンに好意を持っていた。
彼女の計画には、打って付けの人物だった。
二人は手紙のやり取りをし、計画を進めていった。
ロザリーンはクレアを油断させる為、クレアを「お姉様」と呼び、弱々しく憐れな妹を演じた。
クレアはそれに対し、疑う事も無く、簡単に信じた。
「破滅に向かっているとも知らずに、馬鹿なクレア」
ロザリーンの描いたシナリオは、ヴィムソード王国の王都到着前に、
一行が賊に襲われ、花嫁が死ぬ事だった。
花嫁が死ねば、当然、結婚は出来ない。
それに、自国の賊に殺されたとなれば、落ち度はヴィムソード王国にある。
ラッドセラーム王国が責めを負う事もない。
自分は自由の身となり、これからは好き勝手に生きられるのだ___
「聖女なんて、つまらないわ、神殿は辛気臭いし、煩い規則ばかり!」
ロザリーンは《聖女》としての暮らしに、不満を持っていた。
「リチャードと結婚して、社交界の華になるわ!」
その為に必要な、自分の身代わり、《花嫁の死体》には、クレアになって貰う。
「《聖女》を見下した罪よ!」
ロザリーンは自分の計画に満足していた。
◆◆
花嫁の一行は、国境を越え、ヴィムソード王国に入った。
旅は順調だった。
王都に着くという日の朝、ロザリーンはクレアを、自分と同様に、豪華に着飾った。
「今日、王様に会うでしょう?お姉様を、姉として紹介したいの、
それには、綺麗な恰好をしなくちゃ!」
ロザリーンが言うと、クレアは涙まで浮かべ、喜んでいた。
ロザリーンたちがそうしている間に、宿では、賊の手下により、
騎士団員たちの料理に毒が盛られていた。
それは、命に別状は無く、気分が悪くなる、吐き気を催す、腹痛を起こさせる…
程度のものだった。
賊の襲撃の際、反撃を避ける為だ。
生き証人も必要で、幾つかには入っていなかった。
昼近くになり、峠に差し掛かった所で、一行は馬車を停めた。
丁度、毒の症状が出始める時間で、多くの騎士団員たちが、酷い腹痛を訴え、
乗馬処か、動く事も困難となった。
無事だった者が、王都に助けを呼びに行った。
峠の方から、馬に乗った一団が、凄い勢いで下って来た。
騎士団員たちは、助けが来たのだと思い、手を振った。
「おーい!こっちだ!」
「助けてくれ!」
だが、返って来たのは、鋭い矢だった。
シュ!!シュ!!
体を貫かれた騎士団員たちは、そのまま地面に倒れた。
「ぞ、賊だ__!」
叫ぼうとした騎士団員は、長剣により首を刎ねられた。
碌に動けない者たちが多く、皆、抵抗も出来ずに斬られ、息絶えた。
「殺せ殺せ!皆殺しだ!!」
外の騒ぎに、ロザリーンも気付いていた。
始まったみたいね___
同様に、何かを察したクレアが、カーテンの隙間から外を覗いた。
そして、顔色を失くしていた。
「ロザリーン!賊よ!ここに居てはいけないわ、早く逃げましょう!」
彼女はロザリーンの手を握ってきた。
普段は自分に触れたりはしない、《聖女》には理由無く、易々と触れてはいけないのだ。
ロザリーンは振り払いたかったが、まだ早い…と、それを押し止めた。
「でも、怖くて動けないわ」
「わたしも怖いわ、でも、ここに居たらどうなるか…
ロザリーン、一緒ならきっと大丈夫よ、行きましょう!」
クレアがロザリーンの手を引く。
ロザリーンは冷めた目でクレアを見ていた。
「ロザリーン?」
「一緒に行くわ、だけど、あなたとじゃない___」
その時だ、馬車の扉が勢いよく開かれた。
出口を塞ぐ様にし、黒いローブ姿の男が立っていた。
「きゃー…!」
クレアが上げた悲鳴は、直ぐに掻き消された。
男の持っていた長剣が、彼女の胸を斬り裂いたのだ___
ロザリーンの席からは良く見えなかったが、
クレアが成す術も無く、座席に倒れたので、それが分かった。
クレアの胸は抉れ、赤い血に染まっている。
流石、リチャードね!これは確実に死ぬわ!
ロザリーンは興奮していた。
そして、饒舌になった。
今まで我慢していたのだ、それに、どうせ相手は死ぬ身だ、何を言っても構わない。
「ごめんなさい、私が結婚を回避するには、これしか方法が無かったの!
でも、妹の幸せを願うのが姉の務めだから、許してくれるでしょう?
それに、このまま死ねば、あなたは《聖女》として葬られるんだから、きっと幸せよね?
《聖女の光》が羨ましかったんでしょう?いつも、物欲しそうに見てたもの!
願いを叶えてあげたのよ、だから恨まないでね、それじゃ、さようなら、クレア」
ロザリーンは明るく別れを告げ、黒いローブの男に抱き着いた。
「会いたかったわ、リチャード!」
「僕もさ、ロザリーン!」
「退屈な旅で疲れちゃった!」
「これからは退屈しなくて済むよ、僕と一緒だ」
リチャードは雇っていた賊に金を渡し、自分たちの事を口止めしてから、
ロザリーンにローブを着せ、馬で逃走した。
ヴィムソード王国には、リチャードの叔父が住んでいて、
リチャードは別邸を好きに使う事が許されていた。
リチャードとロザリーンは、そこに潜伏し、二人きりの甘い生活をしようと話していた。
それは、実際に叶ったのだが…
一月もすると、この退屈な日々に、二人共が不満を持ち始めた。
ロザリーンは潜伏の身だ、人目を避けなくてはならず、別邸の敷地以外には出られない。
一方、リチャードは退屈すると、好きに別邸を出て行き、朝まで戻って来なかった。
三月もすると、二人の仲は険悪になっていた。
ロザリーンが幾ら文句を言っても、リチャードは遊びを止めようとせず、
それ処か、「文句があるのなら、出ていっていい」と言い放った。
「私にそんな口を聞いていいと思っているの?私は聖女なのよ!」
「ここでは君は、ただの女だ、そういう約束だっただろう?」
「そんな約束は無効よ!私に出て行けというなら、あなたがした事を話すわよ!」
「出来ないさ、君も同罪だ、いや、僕を嗾けたのは君だ!
証拠もある、僕は全部手紙を取っているんだ、変な事をしたら、君も破滅だぞ!」
リチャードが手紙を取っていた事は誤算だった。
ロザリーンは、リチャードが変な気を起こさない様、機嫌を取る事にした。
女遊びも黙認した。
そして、リチャードが別邸を空けている間に、必死になり、手紙を探した。
だが、それを見つける事は出来ず、悶々としていた。
それから、更に二月が過ぎた頃…別邸に、リチャードの叔父が訪ねて来た。
ロザリーンは、リチャードと叔父が話しているのを、盗み聞いた。
「王の花嫁を襲った賊というのが、見つかったらしい。
その賊が言うには、貴族が絡んでいるそうだ。
王の花嫁を襲わせるなど、全く、世も末だな…」
「ええ、そうですね…僕はそろそろ、国に帰ろうと思います」
「彼女を連れてか?確か、名は…」
「ローズですよ」
ロザリーンは潜伏中の為、名を変えていた。
身分は、伯爵令嬢と偽っていた。
「それでは、両親はおまえたちの結婚を、許してくれたのか?」
「いいえ、彼女との結婚は諦めます、可哀想ですが、国に帰ったら別れますよ」
「ああ、それがいい、あの女は愛想も悪いし、態度も悪い、躾もなっとらん!
それに、見た目も平凡で、どうしておまえがあんな女を妻にと考えたのか、
私には不思議だったが、これで安心だ」
「心配をお掛けしてすみませんでした、準備が整い次第、直ぐに出て行きます」
ロザリーンは茫然となった。
そして、一瞬後、激しい怒りに駆られた。
「私を馬鹿にして!!私は聖女なのよ!?それに、私は平凡なんかじゃない!
美しく、完璧な女性よ!それを、あの男共め…!!絶対に許さないわよ!!」
リチャードは酷く焦り、荷物を纏め始めた。
ロザリーンは素知らぬ顔で近付いて行き、声を掛けた。
「リチャード、慌ててどうしたの?」
「いや!別に…その、父が倒れたと聞いて、急いで帰らなくてはいけなくなったんだよ!
君も来てくれるだろう?」
リチャードが笑みを見せたが、それは、強張っていた。
リチャードが自分を連れて帰れる筈は無い。
だからと言って、ここに自分を置いていく事も出来ない。
ロザリーンの正体が露見すれば、リチャードが疑われるからだ。
ふぅん…途中で、私を処分する気ね?
「ええ、勿論よ。
ねぇ、リチャード、考えたんだけど…
私たちの秘密の手紙は、早く処分した方がいいんじゃないかしら?
もし、誰かに見られたら大変でしょう?
私もあなたからの手紙は処分しようと思っているわ、一緒に焼かない?」
「ああ…そうか、確かにそうだね、そうしよう!」
リチャードは手紙の束を取り出し、暖炉に放った。
ロザリーンも用意していた手紙の束を暖炉に投げる。
火を点けると、直ぐにそれは燃え上がった。
ロザリーンは笑みを浮かべ、それを眺めた。
実の所、ロザリーンはリチャードからの手紙など、既に燃やしていた。
だが、リチャードは余程焦っていたのか、確かめようともしなかった。
これで、ロザリーンが計画を持ち掛けた事や、
リチャードとの仲を裏付ける証拠は、全て消えた。
馬鹿な男___
「さぁ、君も早く準備して!直ぐにここを立とう!」
「分かったわ、でも、あなたはお酒でも飲んだ方がいいみたい…」
ロザリーンは酒を注ぎ、リチャードに差し出した。
リチャードは疑いもせず、それを受け取ると、一気に飲み干した。
暫くして、リチャードは強い眠気に襲われ、立って居られなくなり、
ソファに寄り掛かる様にして、倒れた。
ロザリーンはそれを見届けてから、リチャードが纏めていた荷物を漁り、金を抜き取った。
「それじゃ、リチャード、さようなら、次に会う時、あなたは断頭台かしら?
精々、捕まらない様に逃げてね」
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