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「あなたのお陰で、多くの民にルクシュが渡りました、ヴァレリー」
「いえ、ルネ様の魔法があってこそですわ、わたしは集めただけですもの」
「いいえ、あなたは僕の五倍は働いていました」
体力的にはその位は働いただろう。
ルネがそれを認め、褒めてくれる事に驚く。
アンドレであれば、自尊心を傷つけられたと、絶対に認めたり、褒めたりはしないだろう…
「わたしは…出過ぎた真似をしておりませんか?」
わたしが聞くと、ルネは灰色の目を丸くした。
それから、困った様に苦笑する。
「僕は感謝を伝えたかったのですが、分かり難かったですね、申し訳ありません。
あなたの働き無しでは、あれ程の収穫は出来ませんでした。
そうであれば、皆ガッカリしていたでしょう。
皆の喜ぶ顔が見れたのも、あなたのお陰です、感謝しています、ヴァレリー」
「お役に立てたのでしたら…光栄です…」
赤くなり、ぼそぼそと返すと、ルネは「くすくす」と笑った。
わたしは誤魔化す様に、紅茶を飲んだ。
「皆、ルクシュの実を喜んでいましたが、城のルクシュは、他の物と違うのですか?」
この地方では馴染みがあると言っていたが、皆有難がっていた。
「実が大きく、味も濃いと言われています、恐らく、泉の水のお陰でしょう」
「城のルクシュを売ったりはしないのですか?」
「城の敷地ですからね、収穫の半分は城で使っています。
残りは町の市場で売りますが、値が高いので手に入り難いのだと思います」
値を同じにすると、農園の物が売れなくなってしまうのだという。
色々と問題があるものだ。
「それでは、今回は良い機会だったという事ですね」
「はい、僕たちの象徴になりますので、毎年、僕たちの結婚記念日には、
今日の様に、城のルクシュを配ろうと思います」
「それは良いですわ!《ルクシュ祭り》はいかがですか?」
「どういった祭りですか?」
「ルクシュを使った料理やお菓子を持ち寄り、売っても良いですし、皆で食べるのも良いと思います」
「それは楽しそうですね、考えてみましょう」
こういった催しならば、リーズも喜ぶだろう。
わたしたちは夢中になって、まだ先の催しの事を話し合っていた。
教会で休憩をさせて貰った後、わたしたちは軽くなった荷馬車で城へと戻った。
ルクシュの実を配っていた時に、町の人から様々な差し入れを貰っていたので、
それで昼食にする事にした。
具が沢山挟まれたサンドイッチ、パンケーキ、ローストビーフ…
飲み物や酒、デザートの差し入れまであった。
わたしは大食漢だが、家族以外の前では小食に止めていた。
理由は言わずもがな、『人間離れした胃袋』と揶揄されない為だ。
一般的な令嬢の胃袋はこんなものだろうと手を止めると、
「もう、よろしいのですか?」とルネに驚かれた。
「はい、十分に頂きました」と、澄ませて答えたものの、
珍しい料理や美味しそうな匂いに「ぐー-」と鳴ってしまった。
相手がアンドレや妃教育の教師たちであれば、罵倒の嵐だっただろう。
だが、ルネは嫌な顔処か、「くすくす」と笑い、料理を勧めてくれた。
「遠慮なさらずに、召し上がって下さい、その方が町の者たちも喜びますので」
押しつけがましくなく、わたしに負担を掛けない言葉…何という神対応なのか!
でも、本当に食べても良いのだろうか?
「大食漢の王太子妃など、みっともないと思われませんか?」
「大食漢の王太子妃は、我が国では大歓迎です、僕もですよ。
僕は体が弱く、体質的に食も細いので、あなたが羨ましい位です。
あなたには、いつまでも健康で長生きをして頂きたい」
それはうれしいが、やはり、何処かズレている気がする。
この国の風潮では『大歓迎』というのも、分かる気はするが…
大食漢の王太子妃など、外交では恥にならないか?
外交は無いと言っていたが、別に鎖国している訳でもないし…
いや、それよりも!
「わたしは背も高いですし…これ以上逞しくなっては…
ルネ様の…女性の好みから、外れませんか?」
自分が傷つかない様、言葉を選んでみたものの…
大して違いは無かった。
背が高い、逞しいなんて!
それに、好きに食べていたら、肉が付き太る…など、やはり言えないわ!!
ルネは灰色の目を丸くし、それから「ふっ」と笑った。
「僕の女性の好みでしたら、正に、あなたですよ、ヴァレリー」
!!!?
ああ…それが真実であるなら、どれ程良いだろう?
《竜の血を引く一族》と知っても、変わらないでいてくれたら…
一抹の不安はありつつも、わたしはその甘い言葉にうっとりとしてしまっていた。
仕方が無いのよ!今まで、誰からも、こんな風に言われた事は無かったのだから…
気付けば、わたしはルネに促されるまま、美味しい料理で胃袋を満たしていたのだった。
◇◇
二日程、織物が出来なかったので、その分を取り戻す為、集中し織っていた。
徹夜をしても平気だが、何時間か仮眠を取ろうと、わたしは手を置いた。
その時だった、「コン!」と何かが窓に当たった気がした。
「何かしら?」
虫か小動物だろうと思い、気にせずに二階へ行こうとしたが、
窓の外がやけに明るい事に気付いた。
引き返し、窓から外を覗いたわたしは、唖然とした。
窓の外が燃えている!!!
炎が大きく、一体、何処が燃えているのか、何処まで燃えているのか分からない。
「火を消さなきゃ!!」
そう思ってみても、小さな火ならばまだしも、どうやって消せば良いのか分からない。
だが、このままでは、炎は塔まで焼き尽くし…
折角織った敷物が灰になってしまうわ___!!
「そんなの、絶対に駄目よ!!!」
この織物と織機は絶対に守らなければ!!
「わたしは竜の血を引く一族の末裔よ!雨位、降らせられる筈だわ!!」
何といっても、ご先祖様は天地を操ると言われる竜だ!!
「さぁ!雨よ!降りなさい!!」
わたしは両手を高く天井に伸ばし、念じた。
だが、雨が降る処か、部屋の中が熱くなってきている。
額から汗が流れ落ちる。
身体も汗ばんできた…
「雨よ降れ!!お願いだから、降ってよー――!!!」
叫んだ時だ、ザー―――――――!!!
凄い音を立て、雨が降って来た。
桶を引っ繰り返した様な凄い水量に、わたしは茫然としていた。
「想像とは違ったけど、助かった…」
わたしが織機を抱きしめた時だ、バン!!と勢いよく扉が開き、ルネが駆け込んで来た。
「ヴァレリー!!」
ルネは見た事も無い、真剣な表情でわたしの両肩を掴み、わたしを覗き込んだ。
わたしはその剣幕に驚き、目を丸くした。
「ルネ様?」
「ヴァレリー!息は出来る?気分は悪くない!?」
「は、はい、わたしは何処も悪くありません…」
わたしが答えると、ルネは目を閉じ、深く息を吐いた。
「良かった…!」
「ええ、雨乞いが利いて良かったですわ!」
「雨乞い?」
ルネが訝し気な顔をする。
「はい、雨乞いをしました処、無事に雨が降り、この通り、火が消えました」
わたしが自信満々に答えると、ルネの顔に恐怖が浮かんだ。
わたしの肩を掴む手にも力が籠る。
「今のは、雨では無く、僕の魔法です」
「え?わたしの雨乞いが利いたのでは無かったのですか?」
「火に気付いた警備の者が知らせに来てくれ、駆けつけてみたら、
塔の一帯が火に撒かれていたので、咄嗟に魔法で水を出し消しました…」
うええ!?は、恥ずかしい!!
てっきり、わたしの雨乞いが利いたのだと思ってたわ!!
「ヴァレリー、あなたは、まさか、逃げられたのに、ここで雨乞いをしていたのですか?」
ルネの顔が怖いわ…!
日頃温和な人が怒ると、底知れない迫力があるわ…
「織物が燃えてしまったらと心配で…
折角、ここまで織りましたのに、みすみす灰には出来ません!」
一緒に織ったのだから、ルネも気持ちは同じだと思った。
だが、ルネは綺麗な眉を寄せ、きっぱりと言った。
「こういう時は、織物など放って逃げて下さい!織物はまた織れば良い、
幾らでも織ります、ですが、人の命はそうはいきません!
ヴァレリー、あなたが無事で良かった___」
ルネに抱きしめられ、わたしは固まった。
ルネは本気で、わたしを心配してくれていた…
わたしを想ってくれている…!
わたしはそれに気付き、震えていた。
「ヴァレリー、可哀そうに、怖かったのでしょう、震えている…」
ルネが腕を解き、わたしを落ち着けようと、わたしの頭や肩を撫でてくれた。
違う!怖かったんじゃない!!
わたしはルネの肩に額を押し付け、その体に腕を回していた。
「もう、大丈夫ですよ…ヴァレリー」
ルネがあまりに優しいので、わたしは訳も無く、泣きそうになっていた。
もう少しで、声を上げて泣く処だったが、わたしたちを邪魔する者が現れた___
「ルネ様!離れて下さい!!その女は危険です!!」
扉から駆け込んで来た者が、大声で喚いたのだ。
それがエミールだという事は、声と殺気で直ぐに分かった。
ルネはわたしの腰を抱き、彼の方を見た。
「エミール、ヴァレリーは僕の婚約者だよ、口を慎みなさい」
「ルネ様は騙されているんですよ!今も塔が火に撒かれたではありませんか!
その女が《滅びの星》を持つ者だからです!このままでは塔だけでなく、国を亡ぼされますよ!!」
《滅びの星》
以前、エミールに絡まれた時、自分で調べろと言ってやったが…
彼は本当に調べ出したのだ!
そして、わたしを断罪しようとしている___!!
流石にわたしは青くなった。
もっと、後先考えて言うのだった…
今更そんな事を後悔しても遅いが、それが悔やまれた。
あの頃は、穏便に脱走する術しか考えていなかった。
こんなにもルネが大事な人になると、思っていなかったのだ…!
ルネがどんな顔をするか、どんな目でわたしを見るか、そして、どんな風に罵るのか…
わたしは視線を足元に落とし、体を固くし、身構えた。
ルネはわたしの腰を抱いたまま、「はぁ…」と嘆息した。
「エミール、言っただろう?《滅びの星》など、信じるのは5歳の子までだよ」
「!?」
驚き、顔を上げる。
そこには、軽蔑の表情は無かったが、困った様な表情があった。
だが、『言っただろう』という事は、ルネは前から知っていたという事だ。
一体、いつから?それには気付かなかったが、
どちらにしても、ルネは全く信じていないという事が分かり、わたしは安堵した。
「塔が火に撒かれたのは、ヴァレリーの所為では無いよ。
塔を放火しようと、火を投げ入れようとした者の所為だ。
窓に硬化魔法を掛けていたから、無事だったけどね、それでも、周囲が燃えれば、
ただでは済まない。煙に巻かれ、熱にやられる事も十分にあった。
死んでいても不思議では無いんだよ?」
改めて危険だったと知り、わたしはヒヤッとした。
だが、エミールは尚も険しい顔でわたしを指さし、非難した。
「その女が《滅びの星》を持っていなければ、誰も放火などしなかったでしょう!」
そんな事で放火を正当化されたんじゃ、たまったもんじゃないわ!!
言い返そうとしたが、ルネがそれを押さえた。
「エミール、僕が気付かないと思う?お願いだから、止めてくれないか?
誤解は解くから、僕を信じて…」
ルネの口ぶりからだと、放火の犯人はエミールだと察しが付いた。
これ程、危険思考の暴走男だとは思っていなかった。
完全に『自分は正しい事をしている』と思っている。
《滅びの星》を持つ者を罰するのは正義であり、自分は国を救う英雄だと。
ルネがわたしに騙されていると、エミールが思っているなら、ルネが説得出来る筈は無い___!
わたしがそれに気付いた時には、遅かった。
「おまえは、ルネ様を惑わす者だ!!」
エミールは素早く腰の剣を抜くと、わたしに向かって来た。
だが、その刃を受けたのは、わたしでは無く、わたしの前に身を投げたルネだった___
「!?」
「ルネ様!?」
エミールは驚愕し、焦ったのだろう、剣を抜いた。
「エミール、気は済んだ?」
ルネの体がガクリと力を失い、崩れ落ちる。
わたしは咄嗟に支えたが、このままでは危険だと本能的に分かった。
わたしは赤く染まる傷口を手で押さえた。
「誰か!早く、主治医を呼びなさい!!」
わたしが声を上げると、警備の者が走って行った。
ルネはわたしよりも背が低く、わたしを狙った刃は心臓から離れている。
だけど、早く止血をしなければ…!!
じわじわと血が滲み広がっていく。
「…これ以上、ヴァレリーを傷つけないでくれ、エミール、お願いだよ…」
ルネの灰色の目は半ば伏せられ、焦点が合っていない様に思えた。
ぞくりとする___
「ルネ!喋らないで!わたしは大丈夫よ…あなたが助けてくれたもの…
だから、あなたも絶対に、死んだりしては駄目よ!そんなの、絶対に許さないわ!!」
わたしが強く言うと、ルネは「ふっ」と微笑んだ。
だが、そのまま意識は途切れてしまった。
「ルネ!ルネ!死んでは駄目!!」
わたしはただ、彼を呼ぶしか出来無かった。
「いえ、ルネ様の魔法があってこそですわ、わたしは集めただけですもの」
「いいえ、あなたは僕の五倍は働いていました」
体力的にはその位は働いただろう。
ルネがそれを認め、褒めてくれる事に驚く。
アンドレであれば、自尊心を傷つけられたと、絶対に認めたり、褒めたりはしないだろう…
「わたしは…出過ぎた真似をしておりませんか?」
わたしが聞くと、ルネは灰色の目を丸くした。
それから、困った様に苦笑する。
「僕は感謝を伝えたかったのですが、分かり難かったですね、申し訳ありません。
あなたの働き無しでは、あれ程の収穫は出来ませんでした。
そうであれば、皆ガッカリしていたでしょう。
皆の喜ぶ顔が見れたのも、あなたのお陰です、感謝しています、ヴァレリー」
「お役に立てたのでしたら…光栄です…」
赤くなり、ぼそぼそと返すと、ルネは「くすくす」と笑った。
わたしは誤魔化す様に、紅茶を飲んだ。
「皆、ルクシュの実を喜んでいましたが、城のルクシュは、他の物と違うのですか?」
この地方では馴染みがあると言っていたが、皆有難がっていた。
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「城のルクシュを売ったりはしないのですか?」
「城の敷地ですからね、収穫の半分は城で使っています。
残りは町の市場で売りますが、値が高いので手に入り難いのだと思います」
値を同じにすると、農園の物が売れなくなってしまうのだという。
色々と問題があるものだ。
「それでは、今回は良い機会だったという事ですね」
「はい、僕たちの象徴になりますので、毎年、僕たちの結婚記念日には、
今日の様に、城のルクシュを配ろうと思います」
「それは良いですわ!《ルクシュ祭り》はいかがですか?」
「どういった祭りですか?」
「ルクシュを使った料理やお菓子を持ち寄り、売っても良いですし、皆で食べるのも良いと思います」
「それは楽しそうですね、考えてみましょう」
こういった催しならば、リーズも喜ぶだろう。
わたしたちは夢中になって、まだ先の催しの事を話し合っていた。
教会で休憩をさせて貰った後、わたしたちは軽くなった荷馬車で城へと戻った。
ルクシュの実を配っていた時に、町の人から様々な差し入れを貰っていたので、
それで昼食にする事にした。
具が沢山挟まれたサンドイッチ、パンケーキ、ローストビーフ…
飲み物や酒、デザートの差し入れまであった。
わたしは大食漢だが、家族以外の前では小食に止めていた。
理由は言わずもがな、『人間離れした胃袋』と揶揄されない為だ。
一般的な令嬢の胃袋はこんなものだろうと手を止めると、
「もう、よろしいのですか?」とルネに驚かれた。
「はい、十分に頂きました」と、澄ませて答えたものの、
珍しい料理や美味しそうな匂いに「ぐー-」と鳴ってしまった。
相手がアンドレや妃教育の教師たちであれば、罵倒の嵐だっただろう。
だが、ルネは嫌な顔処か、「くすくす」と笑い、料理を勧めてくれた。
「遠慮なさらずに、召し上がって下さい、その方が町の者たちも喜びますので」
押しつけがましくなく、わたしに負担を掛けない言葉…何という神対応なのか!
でも、本当に食べても良いのだろうか?
「大食漢の王太子妃など、みっともないと思われませんか?」
「大食漢の王太子妃は、我が国では大歓迎です、僕もですよ。
僕は体が弱く、体質的に食も細いので、あなたが羨ましい位です。
あなたには、いつまでも健康で長生きをして頂きたい」
それはうれしいが、やはり、何処かズレている気がする。
この国の風潮では『大歓迎』というのも、分かる気はするが…
大食漢の王太子妃など、外交では恥にならないか?
外交は無いと言っていたが、別に鎖国している訳でもないし…
いや、それよりも!
「わたしは背も高いですし…これ以上逞しくなっては…
ルネ様の…女性の好みから、外れませんか?」
自分が傷つかない様、言葉を選んでみたものの…
大して違いは無かった。
背が高い、逞しいなんて!
それに、好きに食べていたら、肉が付き太る…など、やはり言えないわ!!
ルネは灰色の目を丸くし、それから「ふっ」と笑った。
「僕の女性の好みでしたら、正に、あなたですよ、ヴァレリー」
!!!?
ああ…それが真実であるなら、どれ程良いだろう?
《竜の血を引く一族》と知っても、変わらないでいてくれたら…
一抹の不安はありつつも、わたしはその甘い言葉にうっとりとしてしまっていた。
仕方が無いのよ!今まで、誰からも、こんな風に言われた事は無かったのだから…
気付けば、わたしはルネに促されるまま、美味しい料理で胃袋を満たしていたのだった。
◇◇
二日程、織物が出来なかったので、その分を取り戻す為、集中し織っていた。
徹夜をしても平気だが、何時間か仮眠を取ろうと、わたしは手を置いた。
その時だった、「コン!」と何かが窓に当たった気がした。
「何かしら?」
虫か小動物だろうと思い、気にせずに二階へ行こうとしたが、
窓の外がやけに明るい事に気付いた。
引き返し、窓から外を覗いたわたしは、唖然とした。
窓の外が燃えている!!!
炎が大きく、一体、何処が燃えているのか、何処まで燃えているのか分からない。
「火を消さなきゃ!!」
そう思ってみても、小さな火ならばまだしも、どうやって消せば良いのか分からない。
だが、このままでは、炎は塔まで焼き尽くし…
折角織った敷物が灰になってしまうわ___!!
「そんなの、絶対に駄目よ!!!」
この織物と織機は絶対に守らなければ!!
「わたしは竜の血を引く一族の末裔よ!雨位、降らせられる筈だわ!!」
何といっても、ご先祖様は天地を操ると言われる竜だ!!
「さぁ!雨よ!降りなさい!!」
わたしは両手を高く天井に伸ばし、念じた。
だが、雨が降る処か、部屋の中が熱くなってきている。
額から汗が流れ落ちる。
身体も汗ばんできた…
「雨よ降れ!!お願いだから、降ってよー――!!!」
叫んだ時だ、ザー―――――――!!!
凄い音を立て、雨が降って来た。
桶を引っ繰り返した様な凄い水量に、わたしは茫然としていた。
「想像とは違ったけど、助かった…」
わたしが織機を抱きしめた時だ、バン!!と勢いよく扉が開き、ルネが駆け込んで来た。
「ヴァレリー!!」
ルネは見た事も無い、真剣な表情でわたしの両肩を掴み、わたしを覗き込んだ。
わたしはその剣幕に驚き、目を丸くした。
「ルネ様?」
「ヴァレリー!息は出来る?気分は悪くない!?」
「は、はい、わたしは何処も悪くありません…」
わたしが答えると、ルネは目を閉じ、深く息を吐いた。
「良かった…!」
「ええ、雨乞いが利いて良かったですわ!」
「雨乞い?」
ルネが訝し気な顔をする。
「はい、雨乞いをしました処、無事に雨が降り、この通り、火が消えました」
わたしが自信満々に答えると、ルネの顔に恐怖が浮かんだ。
わたしの肩を掴む手にも力が籠る。
「今のは、雨では無く、僕の魔法です」
「え?わたしの雨乞いが利いたのでは無かったのですか?」
「火に気付いた警備の者が知らせに来てくれ、駆けつけてみたら、
塔の一帯が火に撒かれていたので、咄嗟に魔法で水を出し消しました…」
うええ!?は、恥ずかしい!!
てっきり、わたしの雨乞いが利いたのだと思ってたわ!!
「ヴァレリー、あなたは、まさか、逃げられたのに、ここで雨乞いをしていたのですか?」
ルネの顔が怖いわ…!
日頃温和な人が怒ると、底知れない迫力があるわ…
「織物が燃えてしまったらと心配で…
折角、ここまで織りましたのに、みすみす灰には出来ません!」
一緒に織ったのだから、ルネも気持ちは同じだと思った。
だが、ルネは綺麗な眉を寄せ、きっぱりと言った。
「こういう時は、織物など放って逃げて下さい!織物はまた織れば良い、
幾らでも織ります、ですが、人の命はそうはいきません!
ヴァレリー、あなたが無事で良かった___」
ルネに抱きしめられ、わたしは固まった。
ルネは本気で、わたしを心配してくれていた…
わたしを想ってくれている…!
わたしはそれに気付き、震えていた。
「ヴァレリー、可哀そうに、怖かったのでしょう、震えている…」
ルネが腕を解き、わたしを落ち着けようと、わたしの頭や肩を撫でてくれた。
違う!怖かったんじゃない!!
わたしはルネの肩に額を押し付け、その体に腕を回していた。
「もう、大丈夫ですよ…ヴァレリー」
ルネがあまりに優しいので、わたしは訳も無く、泣きそうになっていた。
もう少しで、声を上げて泣く処だったが、わたしたちを邪魔する者が現れた___
「ルネ様!離れて下さい!!その女は危険です!!」
扉から駆け込んで来た者が、大声で喚いたのだ。
それがエミールだという事は、声と殺気で直ぐに分かった。
ルネはわたしの腰を抱き、彼の方を見た。
「エミール、ヴァレリーは僕の婚約者だよ、口を慎みなさい」
「ルネ様は騙されているんですよ!今も塔が火に撒かれたではありませんか!
その女が《滅びの星》を持つ者だからです!このままでは塔だけでなく、国を亡ぼされますよ!!」
《滅びの星》
以前、エミールに絡まれた時、自分で調べろと言ってやったが…
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今更そんな事を後悔しても遅いが、それが悔やまれた。
あの頃は、穏便に脱走する術しか考えていなかった。
こんなにもルネが大事な人になると、思っていなかったのだ…!
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わたしは視線を足元に落とし、体を固くし、身構えた。
ルネはわたしの腰を抱いたまま、「はぁ…」と嘆息した。
「エミール、言っただろう?《滅びの星》など、信じるのは5歳の子までだよ」
「!?」
驚き、顔を上げる。
そこには、軽蔑の表情は無かったが、困った様な表情があった。
だが、『言っただろう』という事は、ルネは前から知っていたという事だ。
一体、いつから?それには気付かなかったが、
どちらにしても、ルネは全く信じていないという事が分かり、わたしは安堵した。
「塔が火に撒かれたのは、ヴァレリーの所為では無いよ。
塔を放火しようと、火を投げ入れようとした者の所為だ。
窓に硬化魔法を掛けていたから、無事だったけどね、それでも、周囲が燃えれば、
ただでは済まない。煙に巻かれ、熱にやられる事も十分にあった。
死んでいても不思議では無いんだよ?」
改めて危険だったと知り、わたしはヒヤッとした。
だが、エミールは尚も険しい顔でわたしを指さし、非難した。
「その女が《滅びの星》を持っていなければ、誰も放火などしなかったでしょう!」
そんな事で放火を正当化されたんじゃ、たまったもんじゃないわ!!
言い返そうとしたが、ルネがそれを押さえた。
「エミール、僕が気付かないと思う?お願いだから、止めてくれないか?
誤解は解くから、僕を信じて…」
ルネの口ぶりからだと、放火の犯人はエミールだと察しが付いた。
これ程、危険思考の暴走男だとは思っていなかった。
完全に『自分は正しい事をしている』と思っている。
《滅びの星》を持つ者を罰するのは正義であり、自分は国を救う英雄だと。
ルネがわたしに騙されていると、エミールが思っているなら、ルネが説得出来る筈は無い___!
わたしがそれに気付いた時には、遅かった。
「おまえは、ルネ様を惑わす者だ!!」
エミールは素早く腰の剣を抜くと、わたしに向かって来た。
だが、その刃を受けたのは、わたしでは無く、わたしの前に身を投げたルネだった___
「!?」
「ルネ様!?」
エミールは驚愕し、焦ったのだろう、剣を抜いた。
「エミール、気は済んだ?」
ルネの体がガクリと力を失い、崩れ落ちる。
わたしは咄嗟に支えたが、このままでは危険だと本能的に分かった。
わたしは赤く染まる傷口を手で押さえた。
「誰か!早く、主治医を呼びなさい!!」
わたしが声を上げると、警備の者が走って行った。
ルネはわたしよりも背が低く、わたしを狙った刃は心臓から離れている。
だけど、早く止血をしなければ…!!
じわじわと血が滲み広がっていく。
「…これ以上、ヴァレリーを傷つけないでくれ、エミール、お願いだよ…」
ルネの灰色の目は半ば伏せられ、焦点が合っていない様に思えた。
ぞくりとする___
「ルネ!喋らないで!わたしは大丈夫よ…あなたが助けてくれたもの…
だから、あなたも絶対に、死んだりしては駄目よ!そんなの、絶対に許さないわ!!」
わたしが強く言うと、ルネは「ふっ」と微笑んだ。
だが、そのまま意識は途切れてしまった。
「ルネ!ルネ!死んでは駄目!!」
わたしはただ、彼を呼ぶしか出来無かった。
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