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第二章

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「《次》って、予定が決まっているの?」

「はい!クレイブとルシンダが考えてくれています、こちらです!」

ウィルは小さな用紙を取り出し、わたしに向けた。
恐らく、それは、二人から口止めされていたのではないか?
それをすんなり忘れてしまえるのが、ウィルらしい…

「ええと…観劇《愛しのルイーズ》、これは今の芝居ね。
その後は、フローレンスにて昼食、ジェム・ホリーにて贈り物?
噴水広場で休憩、オースグリーン館に戻りお茶…ここまで決まってるの?」

お姉様ってば!気を遣ってくれるのはいいけど、お膳立てし過ぎだわ!
それに、これって、わたしの気持ちに気付いているって事かしら?
クレイブも??

わたしは顔を顰めた。

姉とクレイブは上手くいっているから良いが、わたしは、ただの片恋だ。
それなのに、勝手にこんな計画を押し付けられ、
無理矢理デートさせられているウィルを思うと、気の毒になった。

「気に入りませんでしたか?」

「気に入らないわ!だって、あなたの意志ではないんでしょう?
そんなの悪いし、楽しめないわ…」

贈り物だって、姉とクレイブが決めた物を貰ってもうれしくはない。

「それは誤解ですよ!僕はこういった事が苦手なので、二人に意見を求めた所、
こうして、素晴らしい案を出してくれました!
でも、それにOKを出したのは僕です!」

「OK」しただけだというのに、大仕事をしたかの様に胸を張るウィルに、
わたしは唖然とし、そして、吹き出してしまった。

「分かったわよ!だけど、苦手でもいいから、わたしはウィルに選んで欲しかったわ。
あなたはわたしを何処へ連れて行きたいの?」

「ピクニック…ああ、でも、誕生日らしくはありませんよね?
僕はどうも、こういった事は苦手で…」

「ピクニック、いいじゃない!それじゃ、何処かでサンドイッチを買って、
ピクニックに行きましょう!丁度馬車もあるから、直ぐに行けるわ!」

「それなら、良い店を知っています、持ち帰り様に作って貰えるんです…」

ウィルに案内され、店で持ち帰り用にサンドイッチと紅茶を詰めて貰った。
バスケットと紅茶を入れた水筒、それから敷物は、後日返したので良いと言われた。

「お二人でピクニックですか?今日は良く晴れていますし、丁度いいですね」

「はい、今日はエレノアの誕生日なんですよ!」

「エレノア様の!?それは、おめでとうございます、
誕生日にウチの店に来て頂けるなんて、光栄ですよ!」

そんなに光栄な事かしら??
不思議だったが、店主が「お祝いに」とカップケーキを付けてくれたので、考えない事にした。

これは後日の話だが、わたしたちが買ったサンドイッチと紅茶、貰ったカップケーキは、
《エレノア様お誕生日ピクニックセット》として、売りに出され、
町の人たちがこぞって買って行ったそうだ___

そんな事になるなど知らないわたしたちは、呑気にピクニックに出かけた。
ウィルが案内してくれた場所は、丘の上の草原で、見晴らしが良く、
気持ちの良い場所だった。

「ああ、素敵だわ!」

わたしは両手を広げ、その解放感を味わった。

「良い所でしょう?幼い頃に、両親とクレイブと来ていた所です。
まだ少し早い様ですが、ここは一面に、小さな桃色の花が咲くんですよ…」

ウィルが草原を懐かしそうに眺める。

いつか、曾祖母が見せてくれた事がある。
草原を花畑に変えた…
わたしにも出来るかしら?
《精霊の家》のある土地だもの、相続人のわたしなら、出来るかも___

ウィルが見た景色を、わたしにも見せて___

目を閉じ祈った時、強い風が吹き抜けた。
そして、次の瞬間…

「エレノア!?花が咲いています!一面に!!」

ウィルの驚く声でわたしは目を開けた。
草原だった場所一面が、小さな桃色の花で埋まっていた。

「これですよ!僕があなたに見せたかった景色です!
どうです?素敵でしょう?ああ、懐かしいな…」

ウィルははしゃいでいたが、不意にそれを思い出したのか、
わたしを振り返り、眼鏡の向こうの青灰色の目を大きくして、覗き込んできた。

「もしかすると、これは、あなたの力ですか?」

「精霊にお願いしたの、きっと、届いたんだわ…」

「流石、オースグリーン館の主ですね!」

ウィルは屈託なく笑う。
わたしも笑みを返した。

「さぁ!昼食にしましょう!」

わたしたちは最高の景色の中、サンドイッチとカップケーキを食べた。
それから、敷物の上に仰向けになった。

「ウィル、眠ったの?」

返事が無い、どうやら眠っているらしい。
わたしはそっと、手を伸ばし、ウィルの手に触れた。
反射的になのか、ギュっと握り込まれ、わたしはドキリとした。

少し、ウィルの方ににじり寄る…

寝ていると思うと、大胆になれた。

「ウィル、素敵な誕生日をありがとう___」

わたしはそっと、その頬にキスをした。





丘を降り、町に戻り、バスケットと水筒、敷物を返した。
それから、噴水広場を歩き、オースグリーン館に戻り、お茶にした。
その頃になり、ウィルはそれを思い出した。

「ああ!僕とした事が!あなたへの誕生日の贈り物を、買っていませんでした!」

ウィルが一大事の様に大袈裟に言うので、わたしは笑ってしまった。

「贈り物はいいわよ、今日は最高の日だったもの!」

「そうですか?でも、僕は…」

「ウィルも楽しかったわよね?」

「勿論です!そう、正に、最高の日でした…」

「それなら、贈り物なんて必要無いわ!」


だが、その後、ウィルに誘われ、コルボーンの館の晩餐に出席した折、姉からは呆れられた。

「贈り物を貰わなかったの?」

「ええ、必要無いもの!」

わたしはキッパリと言ったが、姉は『やれやれ』という様に頭を振った。
この時は、姉たちのお膳立てを無視した事に、呆れているのだと思っていた。

マックスがわたしの為にケーキを焼いてくれ、皆から誕生日を祝福して貰え、
わたしは幸せだった。

正に、これ以上無い程に、最高の誕生日だった。

ウィルがオースグリーン館まで送ってくれた時も、わたしはまだ夢見心地だった。

「ウィル、今日はありがとう!とっても楽しかったし、料理もケーキも美味しかったわ!
プリシラ様やマックスさんたちにも伝えておいてね!」

玄関まで来て、わたしはクルリと向きを変え、ウィルに言った。
ウィルは「その…えっと…」と、何やら困った様に頭を掻き、
跳ねた髪を益々跳ね散らかしていた。

「どうしたの?何か問題があった?」

「いえ、その、本当は贈り物を買ってからにするべきだという事は、
重々承知の上なのですが…」

「また贈り物の話?」

いい加減に忘れてくれたらいいのに…

「それに、先に伝えるべきは、ご両親にではないかとも思うのですが…
その、大抵の事は父がしてくれていたものですから、いざ、僕一人でやろうとすると、
何から手を付ければいいのか…」

「何の話?」

何故、両親まで出て来るのか?
わたしは「ご両親」と聞いただけで、反射的に顔を顰めていた。

「ああ、怒らないで下さいね!僕は本当に、至らない男ですよね…
それで、その、妻にも愛想を尽かされましたし…」

「怒ってなんていないわ!そんな事で、愛想を尽かしたりもしない」

そんな女と一緒にしないで!
元奥さんの事なんて、さっさと忘れちゃえばいいのに!!

これまでウィルが、元妻の事を話したのは、一度だけだった。
あんな風に傷付けられたのだ、そう簡単には忘れられないだろうが…
それでも、引き摺っていると思うと、良い気はしなかった。

「そうですか?それなら、良かったです!」

ウィルは安堵の息を吐いた。
結局、言いたい事は何だったのだろう?
内心で頭を傾げつつ、わたしがお別れの挨拶を口にしようとした時だ…

「エレノア!」

ウィルの表情が真剣な色に変わった。
眼鏡の向こうで、青灰色の目が強い光を持ち、わたしを見つめる。
初めて見る表情に、息を飲む…

「僕と結婚して下さい!」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。
あまりに、突然だったからだ___

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