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エルネスト相手に、気の済むまで打ち込みをすると、幾らかスッキリし、
わたしは満足の息を吐いた。

「ああ、いい汗を掻いたわ!」

やはり、エルネストの存在は大きい。
彼を手放すなんて、考えられないわ___

「ねぇ、エルネスト、わたしが結婚したら、あなたはどうするつもりだったの?
わたしに付いて来てくれた?」

エルネストは綺麗なハンカチで、汗を拭うと、肩を竦めた。

「侍女ならまだしも、実家の教育係を連れて嫁ぐなど、先方は嫌がりますよ」
「そんなの、気にしなければいいわ!」
「残念ながら、私には常識がありますので、丁重にお断り致します」

雇われの身だというのに、あっさりしている。
だが、エルネストならば、何処ででも仕事を見付ける事は出来るだろう。

「それなら、父と兄の秘書をするの?」
「いいえ、良い機会ですので、また放浪でもしようかと思っています」
「自由で良いわね」

わたしは無意識に言っていた。
だが、考えてみれば、放浪し世界を見て回るなんて、深窓の令嬢なんかよりも、ずっと心惹かれる。

「でも、当分それはお預けよ、エルネスト」

いつも通り、わたしたちは庭師の小屋に木刀を仕舞った。

「どうでしょうね?あなたには、これからまた、良い縁談が来るでしょう。
あなたは一見、深窓の令嬢ですからね、先の舞踏会で目を付けた方も
多かったと思いますよ?あなたは実に上手く立ち回っていましたからね」

「立ち回る?意地悪令嬢たちをやり込めた事?」

「ええ、あなたは大変図太く、頭の良い女性です。
ですが、頭の悪い男たちには、あなたは『守ってあげたい深窓の令嬢』に見えたでしょう」

『大変図太い』ですって!?失礼ね!!
大変気を悪くしたが、わたしは『むっ』とした顔をしただけに止めた。

「どうでも良いわ、今は、結婚する気も無くなってるし…」

「ですが、あなたは『今』が『売り時』ですよ?
年齢的にも、今を逃せば、条件は悪くなる一方です」

「別にいいわよ、結婚は。結婚したい相手が見つかった時に、するわ。
伯爵令嬢なんだもの、最悪、結婚なんかしなくたって、養って貰えるし」

「それでは、この先、何十年も、あなたはここで、この暮らしをするつもりですか?
皆から甘やかされ世話をされ、『お嬢様』と呼ばれ、それに甘んじて暮らす…
犬か猫と同じですね。今は良いですが、三十年も経ってみなさい、
あなたを心から尊敬する者など、居なくなっていますよ___」

確かに…前世で言う、『ヒモ』だものね。

「それじゃ、仕事をするわ」
「何か出来る事があるのですか?」
「剣術を教えるわ」
「伯爵令嬢から剣術を教わりたい者など、伯爵、男爵家の令嬢位でしょう。
嗜みと思って来る者たちに、あなたは教えられるのですか?」

ううう!!!
無理だわ!!

「あああああ!!わたしは一体、どうしたらいいのおおおーーー!??」

想像し、わたしは思わず発狂してしまった。
だが、エルネストは慌てず騒がず、冷静に告げた。

「結婚なさればよろしいかと、お嬢様」

わたしは肩を落とし、嘆息した。

誰にも分かって貰えないと思うが…
フレデリクの事で、わたしは酷い痛手を負ったのだ。

彼を、前世の初恋の君の生まれ変わりと信じていた。
だけど、彼はわたしの事を、親の操り人形、夫に従う都合の良い女と見ていた。

前世では、『女として見られない、男だ』と言われ、
誰からも認められる令嬢になろうと、頑張った結果が…
『都合の良い女』

「男から見て、わたしは魅力が無いのよ…
猫をかぶらなきゃ、誰も女として見てくれない。
頑張って猫をかぶっても、骨太で逞しい、胸の無いお人形よ!
恋愛なんて、結婚なんて、わたしには無理なのよ!」

これが、モテない女の魂の叫びよ!!どやっ!!
だが、目の前のこの男は、微動だにもしなかった。

「ある程度、客観的に自分が見えている様ですね」

わたしの、このやるせない心の内を聞いた相槌が、それなの!?
男はみんな、デリカシーというものが無いのよ!!
ギロリと睨み付けたが、エルネストは気にせずに続けた。

「ある程度と申し上げた通り、幾つか修正しなければいけませんが…
あなたに魅力が無い訳ではありません。
ただ、ほとんどの男が、恐れ慄くというのは確かでしょう。
あなたは大変肝が据わっていますし、剣の腕も立ちますからね、
それに頭も良い、大抵の男は自分よりも愚かで弱い女性を求めるものです」

「全く救いになってないわよ!」

恐れ慄くなんて、わたしは言って無いし!!

「ですが、世の中、『物好き』というのは、何処にでもいます」

「エルネスト、もう、黙っていいわよ?」

傷口に塩を塗る気なの!?
だが、エルネストは続けた。

「そして、あなたより強い男もいるでしょう、悲観する事はありません…」

「わたしより強い男ですって!?」

わたしは声を上げ、エルネストの言葉を遮っていた。

「そんな人、居る訳ないじゃないの!」
「あなた、どれだけ自信家なんですか」
「少なくとも、わたしとの結婚の条件を満たす者の中にはいないわ!」

わたしに勝てるとしたら、幼い頃から、剣術を学んで来た者だろう。
そして、剣の道に生きる者___
そこいらの、お上品に育った貴族令息が、わたしに敵う筈が無い!

「でも、そうね、面白いわ…」

わたしが呟くと、エルネストは初めて目を眇めた。
そして、サラリと話を変える。

「お嬢様、部屋に戻り、晩餐の支度をなさって下さい」
「ええ、そうするわ、エルネスト」

わたしは、殊更上品な笑みを作って見せたのだった。


晩餐の席上、わたしは父に強請った。

「お父様、わたし、今回の事で思い知りました。
わたしの夫となる者は、社交的で華々しい方よりも、堅実な方が良いと」

勿論、見目が良い方が良いが、取り敢えず、そこは黙っておこう。

「そうだね、私もそう思うよ」

父は同意し、母もにこやかに頷いていた。
まぁ、父も兄も、華々しい感じでは無いものね。
ブーランジェ家の者は、それこそ、誠実堅実、そしておっとり家族だ。

「堅実と言えば、剣の道を極めた者かと…
わたしを守れる程の、剣の腕の立つ者ならば、わたしも安心です」

「そうだね、そういう方なら、私も安心だよ」

「そこで、剣術大会を催して頂けないでしょうか」

今までにこやかに頷いていた父、母、兄、兄嫁は、流石に笑みを止めた。

「剣術大会とは、どういう事かね?リリアーヌ」

「わたし、リリアーヌ=ブーランジェは、剣術大会で優勝した者に、嫁ぎたいと思います」

二コリ、笑みを見せるわたしに、
父、母、兄、兄嫁は、ポカンとしていた。

「だがね、リリアーヌ、そんなに適当に決めて良いのかい?」
「剣術大会に参加出来る者は、お父様の審査を通った者にして下さい」
「成程ね…それなら、いいかもしれないね」

父が頷き、母も頷いた。

「ええ、良い考えですわ!私も観戦してよろしいのでしょう?リリアーヌ」
「はい、公平を期す為にも、皆で観戦出来る様にしたいですわ」
「参加対象の条件を決めて、広く募集をしよう、僕も手伝うよ!」

兄も乗り気だ。観戦となると、人が集まり、領地も潤うからだ。
兄嫁は大人しい人で、側で微笑み頷いていた。





「剣術大会で結婚相手を決めるなど、呆れますね」

エルネストが『やれやれ』と頭を振る。

候補者の募集やら、選考やらの準備で、エルネストは大忙しなのだ。
仕事を増やして悪いとは思うけど。

「良い考えだって、皆言ってくれてるわよ?
町の人たちの娯楽にもなるし、観戦目当てで他の領地から人が来れば、町も潤うって」

「ですが、優勝賞品があなたとの結婚というのは、些か品が無い様に思います。
あなたの持参金を目当てに集まって来る者など、碌な者はいないでしょう」

「相変わらず、悲観的ね、事前に選考はするわよ」

だが、少なくとも、それなりの人数が集まってくれなければ、大会は盛り上がらない。
勝ち抜き戦よりも、トーナメント方式にして、予選と本選で二日は掛けたい。
その分、盛り上がるというものだ。
なので、選考基準は緩くするつもりだが…そこをエルネストは見抜いているのだろう。
彼は『どうだか』という風に、肩を竦めた。

募集の基準もかなり妥協している。
二十代、独身の男性、爵位は準爵以上、若しくは、騎士団員かそれに準ずる職業の者。
推薦人の名を記す事、推薦人はその者に責任を持つ事___

恋人は居ないか、女遊びはしていないか、悪事に手を染めていないか、
問題を起こした事は無いか…その辺の調査は、密偵を雇い行う事にしている。
費用は掛かるが、先のフレデリクの件で、ドロン侯爵から賠償金…口止め料を
貰っているので、それを当てるつもりだ。

「エルネスト、あなたも参加なさい!」

わたしはエルネストに言い付けた。
エルネストは眼鏡の奥の目を眇める。

「何故、私が、その様な馬鹿騒ぎに付き合わねばならないのですか?」

「馬鹿騒ぎですって!?剣術大会を馬鹿にしないで!
男と男が剣を合わせ、真剣に戦い、最強を決めるのよ!?
名誉ある事だし、これ程、血が燃え滾る事は無いわ!!」

これぞ、熱血よ!!男のロマンだわ!!
わたしは拳を突き上げる。

「いえ、剣術大会を馬鹿にした訳ではありません、そこに付属するものです」

付属??
領地興しの事かしら?

「まぁ、いいわ、あなたはわたしの弟子でしょ、
わたしの弟子に勝てない様な、貧弱な相手に嫁ぐ気は無いの!」

「私が勝ったらどうするのです?」

わたしはニヤリと笑う。

「決勝戦の相手はわたし、リリアーヌ=ブーランジェなの、
あなたに優勝は無いわ!」

わたしが胸を張って、言い放つと、エルネストは頭を振った。

「酷い大会ですね、馬鹿騒ぎよりももっと悪質と申し上げておきましょう」

そう、つまり、優勝者を決めるのはわたしなのだ。
嫌な相手が勝ち残っていれば、打ち負かせば良いという事だ。
わたしはわたしで、勝ち残って来た猛者と闘えるのだから、
わたしにとっては良い事しかない!!

「ああ!大会が楽しみね!エルネスト!」


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