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「イレールの結婚式を台無しにするなんて!酷い婆さんね!」
「全くだ、何故招待されないのか、考えれば分かりそうなものだ!」
「分からないから問題なんですよ!結婚式に押し掛けて来るなんて!非常識ですよ!」
「前の時は館に押し掛けてきて、嫌味を言われただけだったからな…」
「予言ですって!馬鹿馬鹿しい!私たちに嫌がらせをしたいだけですよ!」

結婚式が終わり、伯爵と伯爵夫人が大声で喚き散らしながら、館に入って来た。
ロクサーヌの件で酷く腹を立てている様だったが、わたしに気付くと一旦、それを止めた。

「アリエル、先の事は気にしないで頂戴!
あの方は自分を《魔女》だと思っている、変人なのよ」

「魔女?」

古代、不思議な力を持ち、人々を護って来た者たちだったが、
次第に力を失い、忌み嫌われる様になり、迫害された事から、姿を消した。
今も何処かに隠れ住み、報復を企んでいると噂され、危険視されている。

「ああ、本物じゃないのよ、
自分は特別だと思い込んで、魔女ごっこをしているのよ、きっと病気ね」

伯爵夫人は嘲る様に言い、鼻で笑った。
その隣で伯爵は苦笑した。

「私の伯母でね、厄介な親戚だよ…
予言など馬鹿馬鹿しい、君も信じたりはしないだろう?」

伯爵から有無を言わさぬ圧を感じ、わたしは「はい」と頷いた。
伯爵と伯爵夫人は急に笑顔になり、
「披露パーティは来週だ、二人でゆっくり過ごしなさい」と、わたしたちを部屋に促した。


わたしに与えられた部屋は、イレールの部屋と寝室を挟んだ隣にあり、
男爵家の自分の部屋よりも、数段広く豪華だった。
家具、衣類等、必要な物のほとんどを、伯爵家が用意してくれていた。
裕福だからなのか、驚く程気前が良い。
両親や兄は手放しで喜んでいたが、わたしとしては空恐ろしく感じられた。

「一生、逆らえないわ…」

『二人でゆっくり過ごしなさい』と言われたものの、イレールが部屋を訪ねて来る事は無かった。
わたしは安堵し、その日はのんびりと読書をして過ごした。


晩餐には伯爵、伯爵夫人の姿もあり、
何かしら、突っ込んだ質問をされるのでは?と身構えた。
伯爵、伯爵夫人はこれが《白い結婚》だとは思っておらず、
寧ろ、その悪評を拭おうと躍起になっている様だ。

「少しは仲良くなれたかしら、アリエル」

イレールが誰とも目を合わせず、発言もせず、黙々と食事をしているからか、
伯爵も伯爵夫人もイレールに聞かずに、わたしに聞く。
わたしばかり窮地に立たせて…
イレールは全く意に介さず、食事を進めている。
わたしは結婚したばかりだというのに、少々、夫が憎らしくなった。

「これから、少しずつ仲良くなれたらと思います」

わたしが言葉を選んで返すと、伯爵と伯爵夫人の表情は陰った。

「イレールは積極的ではありませんからね、アリエル、あなたから声を掛けてあげて下さいね」

「アリエルとであれば、上手くいくだろう、気が合いそうじゃないか!」

わたしはそれらの言葉に、「はい」とか「ええ」とか、曖昧に答え誤魔化した。

わたしはこの結婚を、軽く考え過ぎていた様だ。
干渉し合わず、互いを《居ない者》として過ごす事を想像していたが、
伯爵と伯爵夫人にとっては、そうあっては困るのだ。

伯爵と伯爵夫人の望みは、《子の誕生》だろう。
それがあれば、《男色家》だの、《不能》だのという不名誉な噂さも、一瞬にして、払拭出来る。

ただ、本人にだけは、その気が無いのよね…

わたしはチラリと隣のイレールを見た。
イレールは無表情で、ゆっくりと料理を口に運んでいる。

美味しいとも、不味いとも、その表情からは読み取れない。
綺麗な顔をしている事もあり、まるで人形だ。
元々、こういう人なのだろうか?
それとも、何か酷く悲しい事があったのだろうか?

いっそ、『大叔母に魂を抜かれた』と言われた方がスッキリするわ…





寝支度を済ませ、意を決し、わたしは寝室への扉を開いた。

ベッドは大きいながらも、一つだ。
性行為をしないまでも、一緒に寝る事は避けられない。
わたしは他の者と一緒に寝る習慣は無く、気が重かった。

イレールの姿はない、「今の内に眠ってしまおう」と、わたしはベッドに入った。
ベッドの端で目を閉じる。
イレールが何かしてくるとは思わなかったが、それでも、緊張を解く事が出来ない。
まんじりともせずにいた所、小さく扉の開く音がし、イレールが入って来たのが分かった。
わたしは耳を澄ませ、神経を研ぎ澄ませて彼の気配を追った。

ボン!!

「!!」

大きくベッドが揺れ、わたしは驚き、寝たふりも忘れて飛び起きていた。
身の危険を感じ、シーツを盾にして伺うと、イレールがベッドに大の字でうつ伏せていた。

ベッドに飛び込むなんて、子供かしら?
それとも、酔っているのかしら?

然程飲んではいなかったし、酔っていた様子も無かったけど…

「あの…大丈夫ですか?」

声を掛けない訳にもいかず、恐る恐る声を掛けて見ると、
イレールはむくりと上半身を起こし、のろのろとベッドに入ってきた。
そして、こちらを見る事無く、「失礼しました」と背を向けたのだった。
唖然とするばかりだ。

意味が分からない…

変な人。

わたしは緊張していた自分が馬鹿馬鹿しくなり、ベッドに仰向けになった。


◇◇


イレールの事は理解しようとしても、出来ない気がした。
わたしはイレールの事は《ペット》か、《得体の知れない何か》だと思う事にし、
極力気にしない事にした。
だが、伯爵、伯爵夫人への対策は必要で、わたしはそれを話してみた。

「伯爵、伯爵夫人は、わたしたちが普通の夫婦になる事を期待されています。
今はまだ誤魔化せていますが、何れは難しくなるでしょう」

イレールの態度が問題なのだ。

「伯爵、伯爵夫人を安心させる為にも、少しは仲良くした方が良いのではないでしょうか?」

毎日責め立てられては敵わない。
わたしは両手を重ね、イレールの返事を待った。
幾らか重い沈黙の後、返って来たのは…

「善処します」

たった一言だった。

全く、信用出来ないわ!

わたしは出掛かった言葉をぐっと飲み込み、「よろしくお願い致します」と返したのだった。

結婚の条件は素晴らしく良いものだったが、
そこに落とし穴が存在するという事を、両親や兄は分かっていなかったのだ!
わたしは両親や兄を責めながら、何とか気持ちを鎮めた。

伯爵、伯爵夫人、イレールの事で、わたしは翻弄させられ、
気付けば、エリックとシャルリーヌの事を、随分思い出していない事に気付いた。
喜ぶべきかもしれないが、だからといって、わたしが幸せという訳でもない。

「シャルリーヌが羨ましい…」

愛した人と結婚出来るのだから…
愛した人との結婚生活は、さぞかし、甘く幸せだろう…

「早く子を作れとは言われるかもしれないけど…」

それだって、きっと直ぐに叶う筈だ。

「ああ…、わたしはどうして、結婚なんてしたのかしら?」

両親と兄が決めた、良く知りもしない相手。
イレールに初めて会った時に抱いた印象は、《変わった人》だった。

わたしは結婚がしたかった訳ではない。

わたしはエリックを失い、胸にぽっかりと穴が開いてしまっていた。
エリックを愛していたかといえば、違うかもしれないが、彼の事が好きで、
彼との結婚に全てを注いでいたのだ!
直ぐに他の誰かとなど、とても考えられなかった。
それに、エリックに裏切られた事で、何処か臆病になっていた。
彼はわたしには良い顔をし、その実、裏切っていたのだから…

『私は結婚しても、お互い干渉はしない事を望みます』
『私があなたを抱く事は無いと思って下さい』

イレールとであれば、結婚しても、《夫婦》にならずに済む。
傷付かずに済む…

わたしにも打算はあったと、認めなければならないだろう。

思えば、イレールは宣言通りにしているだけだ。
結婚した途端に、人が変わったりもしなかった。

イレールは正直だ。

「ただ、伯爵、伯爵夫人に対しても、そうであって欲しかったわ…」

伯爵、伯爵夫人からわたしが責められていても、イレールはいつも知らん顔をしている。
だから、伯爵も伯爵夫人も、望みを持っているのだ!

「でも、真実を知れば…きっと、もっと悪くなるわ…」

二人は噴火の如く、怒るかもしれない。
それは全てを焼き尽くし、後には草も生えていないだろう…

わたしは恐ろしさに身を震わせた。


◇◇


イレールはわたしが眠ってから寝室に入り、そして、わたしが目覚める前に寝室を出て行く。
余程、わたしと顔を合わせたくないのだろう。
そんな風に思うと、この結婚が益々色褪せて見えた。

ガタ!!ドタン!!

いつもであれば、わたしは眠っていて気付かないのだが、今朝は凄い物音がし、目が覚めた。

何事!?

わたしは飛び起きたが、早朝の薄暗い寝室は、何事もなく静まり返っていた。
いや、何かはあった。
ムクリと動いた黒い影に、わたしは息を飲み、シーツを掴んで身構えた。
だが、その影はどうやらイレールの様で、彼は頭を掻きながら、のろのろと寝室を出て行った。

「寝ぼけてたのかしら?」

あの、氷の貴公子様が?
いつも、何にも興味が無さそうで、無感情で冷たく澄ましている彼が??

「まさか!あり得ないわ!」

それを想像すると、急に笑いが込み上げてきて、わたしは必死に声を殺し、笑ったのだった。

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