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本編

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◆◆ クリスティナ ◆◆

自分こそが《運命の相手》であると分かれば、魔王の妻の座が手に入る!
そう考えていたクリスティナだったが、結果は碌に相手にもされず、
ただ侮辱されただけだった。
それも、自分が見下してきた妹ソフィの前でだ___

「許さない!!あの二人…今に後悔させてやるわ!!」

怒りの炎を燃え上がらせ、報復を誓ったクリスティナは、
ベッドに臥せると、王を呼び付け、泣きついた。

「ああ、オーレリアン様!私、魔王様から酷い侮辱を受けましたのよ!
どうか、一刻も早く、あの者を城から追い出して下さい!」

だが、王の方は難色を示した。
王は魔王から貰う報酬に目が眩んでいて、波風を立てるよりも、友好を保ちたかったのだ。

「うむ…侮辱は許されるものではないが、追い出すというのは乱暴ではないか?クリスティナ。
魔王様は部屋から出る事も少ないんだ、おまえが訪ねて行かない限り、
滅多に会う事も無いだろう、我慢だよ、クリスティナ」

取りなそうとする王の笑みは、クリスティナの逆鱗に触れた。

「私はこれまで、魔王様に快適にお過ごし頂こうと、努めて来ましたわ。
昼食を一緒にし、打ち解けようとして参りました。
そんな私を、魔王様は無理やりに…ああ!とても私の口からは申せませんわ!
後はルイーズに聞いて下さい!!」

クリスティナは大仰に泣き、ベッドに伏せた。
王は『只事では無い』と察し、ルイーズを呼び付け、話を聞いた。

「クリスティナに何が遭ったのだ!?」
「王妃様は魔王様に無理矢理に…」
「何だと!?許せん!!魔王め!!直ぐにでも城を追い出してやる!」

王は怒りを露わにし、部屋を出て行った。
クリスティナはベッドから起き上がるとニヤリと笑った。

ここまで言えば、流石の王も魔王を追い出すだろうという算段だった。
悪くすれば、魔王は首を刎ねられるだろう。

クリスティナは吉報を心待ちにしていたが、
程なくして戻って来た王は、何と魔王を連れていた。
クリスティナはギョッとし、喚いた。

「その獣を私に近付けるなど!酷いですわ!!」

「それがな、魔王は我が妃を犯した事を認めない、おまえが嘘吐きだと言うのだ!
そこで、おまえにはこれを食べて貰う!」

王が差し出して来たのは、小さな赤い果実だった。

「オーレリアン様、これは何ですの?」

「これはな、《真実を告げる実》だ、魔王様から頂いたのだ。
さぁ、証明してやるのだ、クリスティナ!」

果実を突きつけられたクリスティナは顔色を悪くした。
そして、上掛けを被ったのだった。

「オーレリアン様は、私を嘘吐きだと申すのですか!?
夫に信じて貰えないなど…酷いわ!あんまりよ!!」

声を上げて泣くクリスティナに、王は自分が悪い気になってきた。
困り立ち尽くしている王に、魔王は言った。

「侍女が証言したのなら、その者に食べさせよ」

「そうであったな!ルイーズ、おまえが食べるのだ!」

突然、標的となったルイーズは、「ひっ」と声を上げ、助けを求めてクリスティナを見たが、
彼女が上掛けから出て来る気配は、微塵も無かった。
王の命令に従うしかないルイーズは、その実を振るえる手で取り、震えながら口に入れた。
王はそれを見届けると、厳しい表情でルイーズを問い詰めた。

「王妃が魔王に襲われたというのは本当か!」

「いいえ、王妃の思い付きです。
王妃は魔王から相手にされず、怒ってましたから。
報復したかったんですよ。私も面白そうなので話に乗りました。
でも、こんな事になるなんて、やっぱり馬鹿な王妃の浅知恵になんて、
乗るのでは無かったわ…」

「おだまりなさい!ルイーズ!!」

クリスティナは飛び起きると、ルイーズの顔目掛け、枕を投げつけた。

「キャ!!全く、王妃は馬鹿で乱暴で軽薄なんだから!
幾ら美人だからって、頭空っぽの平民の女に、妃なんて務まる筈が無いのよ!
側室で満足しておけばよいものを、そんな事も分からないんだから…」

「ルイーズ!!許さないわ!!」

「本性を出したわね!平民女!」

クリスティナはルイーズに飛び掛かり、二人は乱闘になった。
王は止めようとしていたが、魔王は退屈そうにそれを見ていた。
結局、衛兵を呼び、二人を引き離す事になった。

実を食べた事で起きた事なので、ルイーズにお咎めは無かったが、
再教育という事で、メイド長の身分は剥奪され、メイドの身になり、
当然だが、クリスティナのメイドからは外された。

一方、嘘を吐き、魔王を貶めようとしたクリスティナの方には処遇は無かった。
だが、この事は直ぐに城で噂となり、「魔王を嵌めようとした」「王妃様は悪女だ」
「メイドを虐めているらしい」等々、彼女の信用は地に落ちた。

そして、クリスティナの代わりに、王は魔王に陳謝する事となった。

「魔王様、あらぬ疑いを掛けてしまい、申し訳ございませんでした…
王妃がこの様な事をしでかしてしまうとは、お恥ずかしい限りでございます…
この城にご滞在というのは、魔王様にとっても良くない事かと…
この上は、報酬はお返し致しますので、城を出て頂けないでしょうか…」

王は折角の報酬を返す事となり、涙を流し震えていた。

「いや、今暫く、滞在したい。
迷惑を掛けるのだから、報酬を上乗せしよう」

魔王が懐から小さな巾着を取り出し、王に渡した。
その中には、金の粒がかなりの量入っていて、王は目を見開き、息を飲んだ。
そして、その報酬に、文字通り目が眩んだ。

「この様な事までして頂けるとは!どうぞ、ご滞在下さい、魔王様!
今後、王妃の事は私が厳しく見張っております故、ご安心なさって下さい___」



◆◆ 他 ◆◆


王は思わぬ報酬に喜んでいたが、彼の側近たちは、魔王の事を良く思っていなかった。

「王様、魔王を信用されてはいけません!きっと、何か目的がある筈です!」
「この国を手に入れるつもりかもしれませんぞ!」
「この期に魔王を追い払うべきです!」

口々に言う側近たちに、王は渋い顔を見せた。

「ならば、証拠を持って参れ!魔王様は大人しくしておいでではないか、
おまえたちが騒いでいるだけで、何も起こってはおらんのだぞ!
それに、この国を手に入れたいのであれば、とっくにしておろう___」

側近たちが幾ら忠告しようと、王はまるで相手にしなかった。
側近たちはそんな王に不信感を抱いていた。

王には任せておけない、我々の手で始末を___!

何度か、これまで刺客を放ってみたが、どれも上手くいかなかった。
全員、魔王に返り討ちにあっている。
その事は更に側近たちを恐怖に突き落とした。

「油断した処を一突きするか…」
「だが、それで死ぬだろうか?魔王だぞ」
「情報はまだか!何故、誰も探れないのだ!」

酒を持たせ向かわせた侍女たちも、皆得るものは無く、怯えて帰って来ていた。

「魔王が執着しているソフィという侍女から聞き出そうとしましたが、
口が堅く、何も聞き出せていない様です…」
「ソフィを捕らえて拷問に掛ければ良いのだ!」
「ですが、ソフィから聞き出そうとした者が、魔王に返り討ちにされております故…」
「それに、ソフィは王妃の妹君ですぞ、滅多な事は出来ません…」
「また王妃か!よくよく、足を引っ張ってくれるわ!」

妃教育を受けないと宣言し、公務も放り出しているクリスティナは、
側近たちの目の上の瘤だった。

「何か良い手は無いのか…」
「魔王を油断させる方法ならば、一つ、思いついた事があります…」

側近の一人が言い出し、皆が彼を注目した。



◇◇ ソフィ ◇◇


【呪いにより、私は自分の指輪を通し、その娘の事を少しばかり知る事が出来た。
居場所や、成長具合、生きているかどうか位だがな。
だが、その時から、私は彼女を見守り、彼女を想い続けてきた。
そして、出会い、想像を超えてくる彼女に恋をし、愛に変わった___】

【《運命の相手》がまやかしというのは、間違いだ。
私が出会った者はまやかしだったが、そこから、不思議にも、おまえに繋がった。
《運命》というのは、得てしてそういうものではないのか?】

【私の《運命の相手》は、おまえだ、ソフィ】


エクレールの告白が忘れられない。
頭から追い出そうとしても、ふとした瞬間に、ひょこりと顔を覗かせる。

憎たらしい人!

あんな事を言っておいて、エクレールの態度は変わらない。
相変わらず、わたしをからかい、主人の顔をし、そして、時には保護者の態度を見せる。
わたしを《運命の相手》と言っておいて…

だけど、わたしとしても、その方が、都合が良かった。

わたしはレイモンと結婚の約束をしている身だ。
誰からも興味を持たれなかったわたしに、彼だけが優しく声を掛けてくれた。
彼の事を想っていたからこそ、エクレールから身を守る事が出来、
ここに帰って来る事も出来た___

「そうよ、わたしにはレイモン様がいるの…」

【その者がおまえにとって、本当に運命の相手か、愛を捧げるに値する者か、確かめろ】

不意に、エクレールの言葉が浮かび、わたしは「去れ!」と吠えた。

ああ、本当に、忌々しい方だわ!


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