【完結】すり替わられた小間使い令嬢は、元婚約者に恋をする

白雨 音

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夏休暇

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長期休暇に入り、生徒たちのほとんどが帰省して行き、寮はガランとし、静かになった。
寂しくもあったが、その分、勉強や読書をして気を紛らわせようと思った。
勉強が忙しく、最近は本を読めていなかったので、調度良かった。

その日、図書室の端の机に着き、勉強道具を広げた時だった。

「エバ」

名前を呼ばれ、振り向くと、隣にウィリアムが座っていて驚いた。
全く気付かなかったわ!

「ウィリアム様!?どうして図書室に?」

ウィリアムは王宮で過ごすのだとばかり思っていた。
それに、王宮にはここよりもずっと、書物が充実しているだろう、
学園の図書室に来る理由があるだろうか?と、目を丸くするわたしに、
ウィリアムは冗談の様に言った。

「学園の生徒なら、出入りは自由な筈だよ?」
「それは勿論…ですが、王宮の図書室で十分ではありませんか?」
「そうだね、でも、ここの雰囲気も好きだから、君も?」
「はい、ここは落ち着きます」
「家には帰らなかったんだね」
「はい、新年度に備えて、勉強に励もうと思います」
「学園生の鑑だね」

ウィリアムに微笑まれ、わたしの胸はチクリと疼いた。
偉そうな事を言っても、わたしには帰る場所が無いだけだ。

「サマンサ先生が寂しがっていてね、
少しでいい、顔を見せてあげてはくれないか?」

ウィリアムに頼まれ、わたしは色を失った。
そんな風にサマンサに思って貰えて、凄くうれしいし、
わざわざウィリアムに声を掛けて貰う事も、申し訳無く思う。
長期休暇とはいえ、ウィリアムは公務もあり、きっと忙しい人なのに…

「すみません…わたし…」

上手い言い訳がみつからず、わたしは俯き唇を噛んだ。

「先生と何かあったのかい?」

思い掛けない事を言われ、わたしは思わず「そんなっ、違います!」と
声を上げていた。「はっ」として、手で口を覆ったが、不思議にも、
周囲の生徒はこちらに気付く事は無かった。
王子であるウィリアムと二人で居る処を誰かに見られでもしたら、
どんな噂をされるか分からない!
だが、ウィリアムは少しも動じてはいなかった。

「大丈夫、結界を張っているからね。
それに、まやかしの魔法で、僕の姿は僕とは認識出来ない」

「そ、そうでしたか…」わたしは、「ほっ」と息を吐く。

「僕の事で、何か言われたのかい?」

アクアマリンの目がスッと細くなり、わたしは「いいえ!」と慌てて否定した。

「先生を避けるのには、何か、理由があるんじゃないの?オーロラかい?」

その名を出され、わたしはビクリとしてしまった。
ウィリアムは白金色の髪を揺らし、嘆息した。

「分からないな、君とモラレス家との契約は、終わっているのだろう?
何故、オーロラに君を拘束する力があるのか…」

「それは…オーロラ様には、恩がありますし…
その、実家に、援助をして頂いていますので…」

咄嗟に嘘を吐いた。
ウィリアムは何か思案している様だったが、それについては何も言わなかった。

「…そう、それで、オーロラは何と言ったの?」
「オーロラ様には、内緒にして頂けますか?」
「約束するよ」

ウィリアムが頷いたので、わたしは続けた。

「サマンサ小母様には、会うなと…」
「理由は?」
「理由は…」

わたしはまた俯き、唇を噛む。
ウィリアムはさらりと話を逸らした。

「どうしてオーロラに知られたのかな?」
「サマンサ小母様のお屋敷に行く際に、
迎えの馬車に来て頂くのですが、乗る所を見られてしまって…」
「ああ、馬車か…先生の所の馬車は目を惹くからね…」

ウィリアムは納得し、少し思案すると…結論を言った。

「オーロラには内緒で会えばいい、オーロラがそこまで君に干渉する
権利は無いだろう…とはいえ、君が罪悪感を拭えないのなら、
僕が共犯になるよ」

ウィリアムが二コリと笑う。
だが、『共犯』という、何とも穏やかでは無い言葉に、わたしは戸惑った。

「あの…ウィリアム様、『共犯』とは…?」

「オーロラに知られてしまった時には、僕が君に命令したと言えばいい」

「ええ!?」

驚いたが、確かにウィリアムの命令であれば、彼女も無碍には出来無いだろう。

「僕の家庭教師が隠居し、生活に困っていたから、世話を頼んだ…とか、
知られた時には、適当に言ってあげるよ」

ウィリアムは簡単に言う。まるで、嘘を吐き慣れているかの様に…

「婚約者に嘘を吐かれる事に、罪悪感は無いのですか?」

「必要な嘘なら、罪悪感は無いよ。
今のオーロラは行き過ぎていると思うし、それを正すのも婚約者として
当然だからね…とはいえ、僕はオーロラの為には何もしていないけどね…」

ウィリアムが独り言の様に呟く。
彼が無意識なのか、意識しているのかは分からないが、
『今のオーロラ』と言いう言葉に、わたしは少しだけ希望を持ってしまった。
もしかしたら、彼が気付いてくれるのではないかと…
だが、ウィリアムが気付いたとしても、それで、何が変るというのだろう?
彼の中で、オーロラは今も昔も、厄介な存在ではないのか…

「酷い婚約者だね、僕は」

彼を責めたつもりは無かったが、沈んだわたしに気付き、
ウィリアムが苦笑した。わたしは何も言えず、頭を振った。

「今、オーロラは屋敷に戻っているが…念の為、これからは馬車を寮に
着け無い方がいいね、何処か待ち合わせ場所を決めよう。
先生には僕から話しておくよ、エバ、先生に会って貰えるかな?」

オーロラに知られたら、どんな事になるか分からない。
だが、サマンサには大恩がある、それに何より、大好きな小母様だ。
ウィリアムも力になってくれる。危険を犯してでも、会いたい___

「サマンサ小母様に会いたいです!わたしからウィリアム様にお願いします、
どうか、わたしがサマンサ小母様に会えるよう、お力をお貸し下さい!」

わたしが願い出ると、ウィリアムは二コリと笑い、頷いた。

それから、ウィリアムは色々と手を打ってくれ、
わたしはこれから二週間、サマンサの屋敷で過ごす事に決まった。

「オーロラには、サマンサとは会っていない、連絡を取っていないと言うんだよ。
知られなければ、その方がいいからね___」

ウィリアムは念を押し、わたしは頷いた。


◇◇


わたしはカッチリとした木作りの鞄に着替えの服や下着を詰め込み、
布製のバッグに勉強道具や化粧品等を詰めた。
二週間分の荷物がどの位必要か、見当が付かなかったが、
最低限の物あればなんとかなるだろう。

ウィリアムが決めてくれた、寮近くの待ち合わせ場所で、迎えの馬車に
乗り、サマンサの屋敷へ向かった。
オーロラに見つかったら…と、少し怯んでいたが、屋敷に近付くにつれ、
わたしは興奮してきた。


「良く来てくれましたね、エバ!」

屋敷では、サマンサが両手を広げ歓迎してくれ、
わたしは荷物を放り出し、その胸に飛び込んだ。

「サマンサ小母様!!」
「あらあら、寂しかったのね、エバ、私も会えてうれしいですよ」

サマンサは、たっぷりとわたしを抱擁してくれた。
そのふくよかな腕を解くと、わたしを促した。

「まずは部屋に案内しましょう、荷物を置くといいわ」

執事の後に続き、わたしが案内された部屋は…
寮の部屋より少しだけ広く、木目調のベッドや机、家具が揃っていて、
キルトのベッドカバーやラグ、様々な大きさのふっくらとしたクッション、
花模様の刺繍をあしらったフリル付きのカーテン、
花瓶にたっぷりと生けられたレースフラワー…
全てが可愛らしく、温か味があった。わたしを歓迎する思いに溢れている…
自分の為に用意してくれたのだと思うと、胸がいっぱいになる。

以前オーロラだった時の部屋は、贅を尽くした豪華な部屋だったが、
あの時は感動などしなかった、当然の事だと思っていた。
退屈すると、『もっとレースを増やして!』『壁の色をピンクにして!』と
我儘を言っていた。なんて、愚かで世間知らずだったんだろう___

今、わたしは心の底から、感動し、感謝に溢れていた。

「ああ!とっても可愛らしくて、なんて素敵なの!
こんな素敵なお部屋で二週間も過ごせるなんて!夢みたい!
ああ、サマンサ小母様、ありがとうございます!」

「よろこんで貰えてうれしいわ、クローゼットの中も開けてみて」

サマンサに言われ、わたしは白いクローゼットを開ける。
そこには、数着のワンピースと、ドレスが三着、掛けられていた。

「ええ!?小母様、これは!?」
「あなたにと思って、揃えておいたの、
これでいつでも、遊びに来られるでしょう?」
「そんな…こんなにして頂くわけには…」
「いいのよ、孫が出来たみたいで、私も楽しんでるのよ」

他にも、下着や靴、帽子まであり、わたしは恐縮したが、
サマンサはそんなわたしを見て、楽しそうに笑っていた。


荷物を置いたわたしは、サマンサとリビングでお茶をした。

「エバ、成績を教えてくれてありがとう、頑張ったのね、素晴らしいわ!
あなたはわたしの自慢の名付け子ですよ」

サマンサに褒められ、わたしはうれしかった。
勉強は自分の為だが、こうして褒めてくれ、喜んで貰えると、
不思議と心が満たされた。
思えば、自分はオーロラの時から、周囲をガッカリさせてばかりだった。
褒められるのは容姿位で、唯一の得技はダンス…と、不意に
ウィリアムとのダンスを思い出し、わたしは慌ててそれを隅に追いやった。

「そうそう、馬車の事では、ごめんなさいね」

サマンサに言われ、わたしはギクリとした。
サマンサは気付かずに続けた。

「ウィリアムから聞きましたよ。同じ寮の生徒に、焼きモチを妬かれて
しまったのですってね。色々な事情を持つ生徒さんがいるものね…
気が付かなかったわ、辛い思いをさせてしまって、ごめんなさいね、エバ」

ウィリアムはそんな風に説明していたのか…
彼の説明はそれ程外れてはおらず、わたしは驚いた。

「サマンサ小母様の所為ではありません!謝らないで下さい…
わたしの方こそ!こんなに良くして下さる小母様に、わたしは嘘を吐いて…」

わたしは、サマンサの名付け子の『エバ』では無い…
ずっと、嘘を吐いている___

「わたしの方こそ、小母様に申し訳無くて…」
「いいのよ、あなたは優しい子ね、エバ」

サマンサがわたしの手を優しく叩く。

「さぁ、お菓子を頂きましょう、エバ、あなたの為に用意したのよ___」


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