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夏休暇

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それから、ウィリアムは何度か屋敷を訪ねて来た。
わたしはその度に、ケーキやお菓子を焼いた。
ウィリアムはそれらを気に入ってくれ、いつも褒めてくれた。

ケーキやお菓子目当てでも構わない、
彼に会えるなら、彼の笑顔が見れるなら___

だが、あの夜以降、一度もダンスはしなかった。
それを寂しく思いながらも、何処かで安堵もしていた。

『オーロラ』だと気付かれるかもしれない…という不安と、
ウィリアムの事を、愛し過ぎてしまいそうで…





その日も、昼の食事の後、サマンサは部屋で休み、
わたしとウィリアムで外に出た。

屋敷近くには、大きな樹の生い茂る森林があり、ウィリアムの目的はその奥にあった。
ウィリアムは道無き道を、迷わずに進んで行く。
わたし一人ではとても無理だろう。

進んで行くと、開けた場所に出た。
その中央には大きな石盤があり、周囲を薔薇の木が囲み、
美しく鮮やかな水色と白色の薔薇が咲き乱れていた。

ウィリアムは石盤の前に立つと膝を付いた。
わたしも習い、ウィリアムの隣に膝を付く。

「ここはね、我がウィバーミルズ国の、初代王の墓だよ」

ウィリアムに言われ、わたしは思わず声を上げる所だった。

「それでは、あの、ノアシエル様と共に戦った、水の騎士様の?」

「そう、水の騎士、クリストファー・ルイス・ウィバーミルズ」

その石盤の文字は古く朽ちていて、とても読めるものでは無かったが、
僅かに、竜と騎士の紋章が見えた。だが、それも、今の国の紋章とは違う。
王族と結び付けるものは何も無かった。

「でも、どうして、こんな場所に…王族の墓は王宮の地下では?」

ウィリアムは頷く。

「クリストファー・ルイス・ウィバーミルズが王として国を治めた期間は、僅か、
十年足らずなんだ。その後は臣下に王座を譲り、この地に移り住んだ。
理由は様々言われているが、彼は疲れていたのかもしれないね___
名を捨て、姿を偽り、次第に彼は世間から忘れられていった。
歴史書を見ても、彼の存在は伝説の様に曖昧だろう?」

はっきりとした記述が無いのは、遠い昔の事だからだと思っていた。
それに、『水の騎士の伝説』は、物語として多々あり、基本の部分は同じだが、
内容や性格、何を成し遂げたのかは、どれも異なっていた。

「ウィリアム様は、何故ご存じなのですか?
王族の方にのみ、語り継がれているものなのですか?」

「いや、王族程、真実は知らない、自分たちに都合が悪いからね、
伝説にしておきたいんだ」

都合が悪い?

「水の騎士が王座を譲った臣下は、立派な王になったが、後継者に恵まれ
無かったんだ。彼が亡くなった後は、親族中で王座の奪い合いとなった。
そして次第に内戦へと広がろうとしていた時、ノアシエルが城に降り立ち…
『英雄はいなくなった、我は国を去る』と言い残し、飛び去った」

「ノアシエル様は、この国にはいないのですか!?」

愕然とするわたしに、ウィリアムは安心させる様、「ふっ」と笑った。

「守護竜ノアシエルに見放されたと分かり、慌てた王族たちは直ちに
争いを止め、新しい国王を立てた。そして、争いの無い国を目指したんだ。
そうすれば、ノアシエルが戻って来てくれるのではと期待してね。
そして、時が流れ、ある年、ある日、王家の所有する湖に虹が掛かり、
ノアシエルが降り立った」

ノアシエル様が帰って来られた!

「それと同じ日、国に聖女の誕生を告げる兆しが現れた」
「それでは、聖女の誕生を祝福しに戻って来られたのですね!」

ウィリアムは頷き、微笑んだ。

「王族たちはね、ノアシエルが国を捨て去った事が公に知られるのを恐れ、
隠そうとしたんだ、それにより、水の騎士と二代目の王の話を都合良く繋げ、
その後の争いを無かった事にし、
水の騎士が指名した後継者を、三代目の王の事にしたんだ」

「それで、初代王は名君として知られているのですね…」

消された二代目の王の存在。

「知りませんでした…」

「文献には残せ無いからね、
でも、一番近いものを、君に読んで貰いたかった…」

「以前、ウィリアム様がお貸し下さった、本ですね」

持ち歩ける小型の本で、ノアシエルと水の騎士の物語だった。
それは、今まで読んだ中で、一番詳しく、具体的に書かれてあった。

「そう、君は目を輝かせて、話していたね…」

ウィリアムのアクアマリンの瞳が、わたしの目を覗き込み…
わたしは魅入られた様に、目が離せ無くなった。

彼の顔が近付く…
触れる程に近くに…

わたしがビクリとすると、それは離された。
ウィリアムは立ち上がり、わたしに手を差し出した。
わたしはそれを掴み、立ち上がる。

今のは何だったのか…
もしかして、キスをされようと…?

そんな考えが頭を過り、わたしは一気に顔が熱くなった。

まさか!そんな!ウィリアム様に限って…!!
それも、わたしなんかに…!!

わたしは『絶対に有り得ない!』と、必死にそれを否定した。
だが、ウィリアムは瞼を伏せ、嘆息した。

「すまない、君は友なのに…忘れて欲しい」

ドキリとした。
わたしの胸はときめき、そして、一瞬後、熱は引き…
それは深く、底まで落ちた。

『友』だと。
『忘れて欲しい』と。

当然の事なのに、わたしの胸は痛んだ。

「気になさらないで下さい…何も、無かったのですから」

それに、わたしは『エバ』では無い。
彼女の体で彼とキスをするなんて、そんなのは嫌だ___!
その想いが顔に出てしまったのか、ウィリアムにもう一度謝られた。

「すまない、こんな事、してはいけなかった…行こう、エバ」

わたしは俯き、彼の後に続いた。

わたしの中にあった疑問は、この事ですっかり霧散していた。
ウィリアムが何故、この場所を知っているのか、
古い、文献にも載っていない事を知っているのか…


その日、ウィリアムはわたしに、「新学期、学園で」と言い、帰って行った。
それは、もう、わたしが居る間は、サマンサの屋敷を訪れないという事だ。
それに気付き、わたしは沈んだ。

彼は先の事を気にしているのだろう。
後悔しているのだ。
わたしも、この体に触れられたいとは思わない。
だけど、避けられるのはもっと嫌だ___

「沈んでいるわね、エバ、ウィリアムが帰ってしまって、寂しい?」

サマンサに聞かれ、わたしは唇を噛み、頭を振った。

「いいえ、あの方には婚約者がいますから…
それに、わたしなんて、釣り合いませんし…身の程は分かっています」

「そんな風に言うものでは無いわ、エバ。
自分を卑下しては駄目、あなたはとっても素敵で魅力的な令嬢ですよ。
それに、彼も、傍にいれば、恋せずにはいられない、魅力的な男性よ。
ただ一つ、婚約者がいたのは残念ね…身を引こうとするあなたは立派よ。
とても美しい心を持っているわ、だからこそ、彼も…」

サマンサが慰める様に、髪を撫でてくれた。
わたしはサマンサの膝に頬を寄せ、目を閉じた。


◇◇


ウィリアムが去った後、余計な事を考えたく無かった事もあり、
わたしはサマンサの授業に集中した。

サマンサの指導もあり、わたしの『鑑定魔法』は腕を上げ、
サマンサからは、『中級の資格が取れるでしょう』と、お墨付きを貰った。

この滞在期間で作った薬や、常備するべき薬剤を、小さな試験管に入れ、
栓をし、小さなポーチに詰めた。
ポーチや試験管等は、サマンサが用意してくれた。

「いつも持っていなさい、緊急の場合に役立つ物ばかりよ」

「サマンサ先生、ご指導ありがとうございました!」

わたしは最後の授業を終え、サマンサに感謝を伝えた。

勿論、屋敷を出て寮へ戻る時は、「敬愛するサマンサ小母様」に戻り、
熱い抱擁を交わしたのだった。


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