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本編

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玄関を入って来たクロエは、夜会かと思う程に豪華なドレスを身に纏い、着飾っていた。
それだけでも、圧倒されるというのに、彼女は身長もあり、体格も良く…
そして、目力があった。

「ユーグは呼ばなくて結構よ、あの子の妻に会いに来たんだから。
ユーグの心を掴んだのは、あなたね」

クロエがユーグと同じ、深く濃い青い色の目をわたしに向けた。
勿論、緊張はしたが、連日の練習の成果を見せる時だ___
わたしは家庭教師に習った通り、彼女に向けてカーテシーをし、薄い笑みを作った。

「初めまして、ブーランジェ男爵夫人、ユーグの妻、アリシアと申します。
どうぞ、お掛けになって下さい」

パーラーのソファに促すと、彼女は迷いなく、長ソファの中央に座った。
堂々としていて、貫録もあり、女王の様だ。
わたしは、この館の女主人だというのに、召使にでもなった気分だった。

「ユーグはこれまでに沢山縁談があったの、だけど全て断ってきた。
どんなに美女でも、どんなに富があっても、揺ぎ無い意思で撥ね付けてきたわ。
それなのに、二十歳も年下の小娘と慌ただしく結婚するなんて、
不思議に思っても仕方無い事よね?」

皆、エリーズの事を知らないのだ。
だが、亡くした恋人の生まれ変わりを待っていたと聞かされた所で、
正気を疑われるだけだろう。
ユーグが話さなかったのは賢明だわ。

「わたしも詳しくは知りませんが、彼がわたしを愛してくれている事は確かです」

「まぁ!凄い自信なのね!見た所、普通の小娘の様だけど、
あなたにどんな魅力があるのか、教えて下さる?」

クロエは、あけすけではっきりとしている。
だが、陰口を言われるよりは余程スッキリする。

「ユーグとは、わたしが住んでいた町のカーニバルで出会いました。
カーニバルには幾つか決め事があり、その夜は皆、ハーフマスクで顔を隠しているんです。
その中から一人を選び、ダンスをし、惹かれ合った者たちは、
《愛の女神の祝福》を受け、《運命の恋人》となります」

クロエは顔を顰め、頭を振った。

「あのユーグが、そんなおかしな迷信で結婚を決めたと言うの?
あり得ないわ、ユーグは皮肉屋で現実主義者よ」

「ユーグはとても愛情深い方ですわ、それに一途で繊細です、とても情熱的な方ですわ」

クロエは鼻を鳴らした。

「愛した者には違うという事?
確かに、そうかもしれないわ、あの子は昔から本心を見せない所があったから。
結婚相手も自分で見つけたかったんでしょう、あの子が満足しているなら、文句は無いわ。
それで、あなたは、ユーグを愛しているの?」

クロエに聞かれ、わたしはギクリとした。

「はい、勿論、愛しています」

そう答えながらも、言葉は浮いていた。
クロエは胡乱にわたしを見た。

「カーニバルのジンクスだからって、従う必要は無いでしょう?
《運命の恋人》だなんて、ただの偶然よ、結ばれた者たちがどの位いるの?
別れた者たちも多い筈だわ___」

「姉さん、俺たちの仲を裂くような真似は止めてくれ」

ユーグの声がし、わたしはビクリと背を伸ばした。
ユーグに聞かれてしまった?何時から居たのだろう…

ユーグはわたしの隣の椅子に座り、わたしの手を握った。

「『伯爵ならば結婚しなければいけない』と煩く言っていただろう?
いざ結婚したら、反対か?勝手過ぎる。
そもそも、親族であっても、結婚に口を挟むべきじゃない」

「そうはいかないわ、あなたは伯爵なんだから、変な女と結婚して貰っては困るの」

「だったら、分かっただろう?アリシアは素晴らしい女性だ」

ユーグはわたしの手を取り、唇を落とした。

「あなたが熱烈に恋をしている事は分かったわ、だけど、彼女はどうかしらね?
あなたから解放されたがっているんじゃないの?
若い娘を無理矢理に攫って来たとなれば、伯爵の名に傷が付くじゃないの」

わたしの家への援助や、わたしが連れて来られた経緯を思うと、
血の気が引いた。

「そんな事はありません!ユーグはわたしの運命の人です!」

「ほほほ!《運命の人》ですって!
若い娘には正しい判断が出来ないのよ、ユーグ、そこを利用して、
カーニバルで適当な娘を引っ掛けたのね?
これが知れたら、皆、どう思うかしら?良い年をして恥ずかしいわ!」

わたしはユーグを侮辱され、カッとなった。

「《運命の人》を信じられないのは、《運命》を感じた事が無いからよ!
それを知っていれば、どんなに離れても、年を取ってしまっても、
仮面で顔を隠していても、見つけられるわ!」

わたしが言い終わるや否や、ユーグがわたしに覆い被さる様に、キスをしてきた。
それは短いものだったが、甘いキスだった。

「《運命》を感じた事が無いですって?
確かに、最近は無かったわ、結婚を決めた時は、この人こそ運命の人だと思ったものよ。
つまらない大人になってしまったものね…
あなたたちは子供って事よ、だけど、いいわ、望む答えは知る事が出来たから」

クロエは言うと、優雅に紅茶を飲んだ。

「アリシア、ユーグをお願いね、私の可愛い弟なの、幸せにしてあげて」

クロエは結婚を反対していた訳では無いのだと、わたしは知った。
ユーグを心配していたのだ。
愛しているから…

「はい、お約束致します、ブーランジェ男爵夫人」

「クロエでいいわ、若しくは、『お義姉様』と呼んで頂戴。
ユーグが結婚した暁には、呼ばせようと思っていたの、こんなに待たされるとは思わなかったけど」

「はい、お義姉様」

「私はあなたたちの味方だけど、他の親族は敵だと思った方がいいわ。
年若い娘を妻に貰えば、こういう面倒事が湧いて来るの」

「分かっている、ありがとう、姉さん」

クロエはユーグと抱擁を交わし、そして、わたしとも抱擁を交わし、帰って行った。

「すまなかった、驚いただろう?あの人は何の連絡もせずに来るんだ」

ユーグが困った顔をし、頭を振った。
姉弟仲が良いのだろうと分かる。

「驚きましたわ!お義姉様は、あなたと髪の色も目の色も同じだから、
あなたが女性だったら、きっと、あんな風だと思ったわ!」

わたしが笑うと、ユーグも笑った。

「止めてくれ、俺はあんな風にはならない、まるで女王様だろう?」
「ええ!堂々とされていて、風格がありますわ!それに、とても賢い方ね?」
「ああ、そう思う、姉が男だったら、俺は伯爵を継がずに済んだのにと良く思ったものだ」

ユーグは嘆息し、何処か遠い目になった。
ユーグは伯爵を継ぎたく無かったのだろうか?
聞いてみたかったが、「すまない、仕事に戻るよ」とユーグは行ってしまった。


◇◇


それから、数日後、親族の何人かが館を訪ねて来た。

「ユーグを呼んで頂戴!あなたに用は無いわ!
何て身の程知らずなのかしら、汚らわしい、下がりなさい!」

親族はわたしを下がらせ、ユーグを呼び付けると、言いたい放題に捲し立てた。
それは声も大きく、メイドや使用人たちにも届いた。

「ユーグ!勝手に結婚するとは、どういうつもりだ!」
「そうですよ!それも、あんな若い娘と!しかも、平民というじゃないの!」
「どうせ財産目当てだろう、分かっているのか?」
「あなたは正気じゃないわ!今の内に早く離縁なさい!」
「全部、毟り取られるぞ!」

ユーグは一通り聞いた後、動じずに答えていた。

「前々から結婚しろと言っていたでしょう?喜ぶかと思いましたがね」

「おまえは伯爵だぞ!釣り合う相手でなくてはならん!」

「ですから、私は長い月日を掛け探し求めました、彼女以上の人はいません。
文句があるなら、全て私に言って下さい、彼女に言う事は許しません。
彼女を侮辱し蔑ろにする事は、私を侮辱し蔑ろにする事です、覚えておいて下さい。
用がお済みならば、お引き取りを、私には仕事がありますので___」

ユーグは言うだけ言うと、パーラーを出て行った。
親族たちはまだ文句を言っていたが、その内引き上げて行った。

「旦那様は奥様に相当入れ込んでいるわね」
「若い娘はいいわね」
「あたしも若かったら、チャンスがあったかしら?」
「あなたは無理よ!」

メイドたちも声を抑えたりはしない。
わたしに聞こえても構わないのか、聞こえる様に言っているのか…

「バウバウ!」

わたしは足元にすり寄って来たアミを抱きしめる。

「あなたは、わたしの味方よね?」
「バウ!」

アミは豊かな尻尾を振った。
不思議と、アミにはわたしの意思が分かる様だった。

「アミ、あなた程賢い犬を、わたしは見た事が無いわ!」
「バウ!!」

長い舌を出しているアミは、愛嬌もあり、わたしは笑ってその頭を撫でた。


◇◇


伯爵夫人としての教育が終わり、伯爵夫人の仕事を本格的に始めた。
館のトラブルが無いかを執事から聞き、館内を見て周るのだが、
使用人たちは、まるでわたしを密偵だと言わんばかりに、敵意の目を向けてきた。

「何か困っている事はありませんか?」
「いいえ、奥様」
「足りない物は?」
「いいえ、奥様」

わたしには話す気が無いらしい。

「使用人たちと仲良くなるのが先かしら?」

だが、方法が思いつかない。
商家の手伝いをしていた時も、気難しい客は来ていたが、
求める物が貰えれば、相手は喜んだ。
使用人たちが、わたしに望むものは何だろう?
わたしの生まれは変えられない、他の事で信頼を得なければ…

「働き易くなるといいのかも…」

わたしは館内を練り歩き、周囲を観察し、それを考えた。
そして、思いついた所から、改善していく事にした。

古くから続く建物なので、全てが古く、道具も古い。
商家では、新しい商品が入れ替わり、立ち代わり入るので、わたしは雑貨に詳しかった。

「古い道具を入れ替えるのはどうかしら?もっと手軽で使い易いものもあるし」

幾つか考えたものを執事に見せた。
執事はユーグに忠誠を持っている為、ユーグの不利益になる事はしない、信頼出来る人だ。

「皆、古くから働いて居ます、使い慣れた物が良いと言うでしょう」

愛着もあるし、年が上になる程、古い物を好むだろう。

「確かにそうだわ、それなら、試しに使って貰うのはどうかしら?
例えば、掃除道具だけど、腰を屈めて床を磨くのは大変でしょう?
良く磨けるブラシがあるの、それに、ミルクを使うよりも、磨き粉の方が効果的よ」

「磨き粉は床が傷付きますので…」

執事は渋い顔をしたが、わたしはニヤリと笑った。

「最近は傷を付けない磨き粉もあるの!家で使っていたから、お勧めよ!」
「それでは、旦那様に聞いてみましょう」
「ユーグは忙しいのでしょう?晩餐の時にわたしから話しましょうか?」
「急ぎでなければ、そうなさって頂けますか」
「ええ、分かったわ」

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