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それからの僕は、大忙しだった。
馬車を急がせ、速攻で館に戻り、部屋の中をグルグルと歩きながら、すべき事を書き出した。
その合間にも、強烈な感情の波が寄せては返し、僕を翻弄する。

「オースティンを雇った!」

こんな事が自分に出来るなんて、とても現実とは思えなかった。

「オースティンが僕の使用人になる!」

こんな事、夢でしかあり得ない。
だけど、現実であって欲しい…

「これからは、ずっと、オースティンと一緒にいられるんだ…!!」

叫び出したい気持ちを抑える為、僕はクッションに顔を伏せ、ジタバタとした。


◇◇


戦略を立て、準備を整え、朝が明けると同時に行動を開始した。
そして、僕は必要な物を持ち、約束の日に合わせてカーライル伯爵家を訪ねた。

尤も、カーライル伯爵の館は既に売られていて、今は田舎の別邸に住んでいる。
こじんまりとした館で、庭も広くはなかった。

迎えたのは、執事ではなく、オースティンその人で、僕は心の準備が出来ておらず、目をいっぱいに見開き、見惚れてしまった。
だって、白いシャツにズボン姿なんだもん!!
痩せてしまってはいるけど、焼けた肌に良く似合っている…眩し過ぎるよ!

僕が見惚れている間、オースティンも固まっていた。
そのいっぱいに開かれた緑色の目は、僕に向けられているけど、勿論、僕に見惚れていた訳ではない。

「本当に来たのか…」
「うん、約束したからね」
「良く家が分かったな?」

あの日、余計な話は一切していなかった。
僕は『オースティンを雇える!』という事態に舞い上がり過ぎて、思考能力が半減していたからだ。
それに、カーライル伯爵家の事は前々から調べて知っていたので、聞く必要も無かった。
だけど、そんな事を言えば、ストーカー認定されて嫌われるだろう…

「僕の情報網を見縊って欲しくないな」

「まぁ、おまえなら、簡単か…」

意外にも、すんなりと納得されて、僕の方が驚いた。

「おまえならって、君は僕の事、知ってるの?」

探る様に聞くと、オースティンは怪訝な顔をした。

「知ってるから、話に乗ったんだろう。
素性の知れない、変な奴のうま過ぎる話に、誰が乗るかよ」

僕は「確かに!」と笑いながらも、頭の中はパニック状態だった。

ええ!?
オースティンは僕の事を知っていてくれたの?
どうして?どこまで知ってるのかな?
もしかして、僕に好意があったりする??

…って、それは流石に、図々しいよね。
いけない、いけない、また舞い上がりそうになってしまった。

「けど、都合が良過ぎて、夢かと思ってた…」

僕もだよ!

奇妙な顔のオースティンに、心の中で同意し、「詳しく状況を聞かせてくれる?」と促した。


こじんまりとしたパーラーらしき部屋で、詳しい状況やオースティンの希望を聞いた。
大体、想定内だった為、驚く事もなかった。
僕はカーライル伯爵家の借金を立て替え、完済し、治療費と生活費などの援助をする事にした。
それから、妹リリアンの事も…

「数日中に医師が訪ねて来るから、診て貰うといいよ、腕は確かだから大丈夫」

「ありがとう…」

オースティンが力無く零す。
感謝をされるのは良いが、元気が無いのが気になった。

「他にも何か、心配事があるの?」

「いや、話がうま過ぎて怖い…」

そういえば、オースティンの叔父は、伯爵家の財産を使い込み、挙句、金品まで根こそぎ持ち、行方をくらませている。
その所為で、オースティンは学院を辞めなくてはいけなくなったのだから、警戒心を抱くのも当然だろう。

それに、この話に《裏》があるのも真実だ。

オースティンと一緒にいたい…

一生添い遂げたいなど、大層な事は望んでいない。
一瞬だけでいい、彼を自分のものにしたい。
それが金で手に入るなら、僕は幾らだって払うだろう___

これはそんな下心で成り立っている。

「確かに、うまい話には裏があるよね、僕は君に嫌な仕事をさせるかもしれない。
君は後悔するかもしれないね…」

僕が同性愛者だと知ったら、僕の気持ちを知ったら、オースティンは逃げ出すだろう。
前世の彼の様に、顔を顰め、僕を罵倒するかもしれない。
そうなれば、また、辛い記憶を重ねてしまうだろう…
前世よりも、ずっと辛い気がする…
僕は耐えられるだろうか?

「いや、金の為なら何だってするよ、その覚悟は当に出来ているんだ」

オースティンは強く目を光らせた。
潔く、そして断固とした意志を感じる。
だけど、それは《金》の為ではなく、《家族》の為だ。

そういう所も好きだな…

だけど、そんな風に言われたら、自分を抑えられなくなりそうだよ…

僕がオースティンにして欲しい事は、幾らだってある。
金の為でいいから、して欲しい…

「分かったよ、それじゃ、契約しよう___」

僕は用意して来た契約書にサインを求めた。


話が纏まり、契約書を交わしてから、オースティンの両親を呼んで貰った。
先に両親を呼ばなかったのは、この契約に水を注されたく無かったからだ。
これに関して、僕とオースティンの意見は合った様で、互いに指摘はしなかった。

オースティンの家族を心配させない為、表向きは、「同級生のよしみで援助する」という事にした。
そして、代わりに、自分の護衛と仕事を手伝って欲しいと言った。

カーライル伯爵、伯爵夫人は共に痩せていて、顔色が悪く、疲れも見えたが、話を聞く内に、目に輝きが戻ってきた。

「お申し出に感謝します、ダウェル伯爵子息!」
「ああ!有難うございます、ダウェル伯爵子息!」
「これで娘にも十分な治療を受けさせてやれます…」
「オースティンも傭兵なんて危ない仕事をしなくても済むのね…」

伯爵夫人は息子が戦地に行くのを嫌がっていた様だ。
僕も同じで、オースティンが傭兵になったと聞いた時から、彼の身を案じない時は無かった。

「僕は足が少し不自由なので、手助けが必要になる時もあり、誰か信頼出来る人を雇いたいと思っていました。
オースティンとは学院が一緒でしたので、彼の人となりは分かっているつもりです。
勿論、十分な給金はお支払いしますし、十分な睡眠と休息、衣食住も保証します。
オースティンの名誉を傷つける様な事は、決して致しません。
お許し頂けるのでしたら、オースティンを連れて帰りたいのですが、いかがでしょうか」

僕は思いつく限りの好条件を提示し、神妙な面持ちでカーライル伯爵の返事を待った。
伯爵は微笑み、頷いた。

「オースティンには苦労を掛けたので、好きにさせる様にしています。
おまえに任せるよ、オースティン」

伯爵の言葉を継ぎ、オースティンは頷いた。

「一緒に行くよ、ダウェル伯爵子息、給金分は働くと約束する」

その口元には、僅かに笑みが見えた。
僕はオースティンが受けてくれた事がうれしく、飛び上がりそうになったが、何とか抑えて、頷き返した。

「お願いするよ、オースティン」


オースティンが荷造りをしている間に、僕はリリアンを見舞わせて貰った。
彼女は簡素な部屋で、一人、ベッドに寝ていた。
痩せていて、顔色も悪い。
眠っている様なので、起こさない様にしようと思っていたが、その前に彼女が瞼を上げた。
彼女の方が薄いが、兄と同じく緑色の瞳だった。

「誰?」

掠れた小さな声だった。
警戒されている事に気付き、僕は慌てた。

「ああ、ごめんね、寝ていたから声を掛けなかったんだけど…
僕はオースティンの友人で、ウイル・ダウェル伯爵子息です。
ウイルから話を聞いて、見舞いに来させて頂きました」

つい、《友人》なんて言ってしまった。
オースティンが知ったら、気を悪くするかもしれないな…
少し後悔したが、リリアンは喜んだ様だ。

「お兄様の、お友達が来て下さるなんて、初めてです…
兄はあまり話さないから…ううん、あたしがこんな風になって、話さなくなったから…
以前の兄は、とても明るくて、友達も沢山いたんです…」

「うん、オースティンは明るいし、気さくで話し易いからね、学院でも人気者だったよ」

リリアンは声を出さずに笑った。
だけど、次の瞬間、ふっと、顔が曇った。

「お兄様…学院を辞める事になって…可哀想…」

「そうだね、僕もあの時は酷く残念だったよ。
だけど、最近再会してね、立派になっていて、流石だなって思ったんだ。
オースティンなら、何処ででも生きて行ける気がするんだよね、逞しいから」

リリアンがまた笑う。

「そう、です、お兄様は、逞しくて…!
金が無いなら、俺が稼いできてやる!って、傭兵になったんです…
それで、あたしたちは暮らせていたんですけど…今度は、あたしが、こんな風になってしまったから…」

リリアンは自分を責めているみたいだ。

「大丈夫だよ、これからは良くなるばかりだからね。
オースティンには僕の所で働いて貰う事になったんだ、ステインヘイグだよ、少し遠いかな?
でも、誓って危ない仕事はさせないからね。
それに、月に一度は見舞いに帰らせるね、楽しみにしていてね」

「うん、ありがとう、ウイル様」

リリアンに手を振って部屋を出ると、オースティンが立っていて、危うく声を上げそうになった。

「お、オースティン、いたの?」

「ああ、妹に挨拶しとこうと思って…
おまえ、妹を口説いてないだろうな?」

オースティンが目を眇めるので、僕は両手を上げた。

「神に誓って、口説いたりしないよ!」

「なら、いい、何か楽しそうに話してたから…」

拗ねた様に漏らす。
楽しそう?
それは、やっぱり、『大好きなお兄ちゃん』の事だから…

「妹に挨拶したら、直ぐ行くから」

オースティンは僕の脇を通り、部屋に入っていった。

オースティンは、シスコンなのかな??

何にしても、兄妹仲が良いのは、羨ましい。
僕の弟、妹は僕の事など、心配していないだろう。

「そういえば、二年以上会ってないなー」

思い出しても、一向に寂しくならないので、僕も彼等の事は言えないかもしれない。

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