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本編

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長い馬車旅の中、わたしは本を読み、時々カーテンの隙間から景色を眺めて過ごした。
わたしが馬車を降りるのは、休憩処や町の宿屋に着いた時位だったが、
それも、侍女5名に囲まれ、完全に周囲から守られていた。

部屋は侍女も一緒なので、寛ぐ事は出来ない。
身支度や着替え等、何かと侍女が手伝いに来るので、わたしはやんわりと断った。

「一人で出来ますので、大丈夫です」
「はい、失礼致します」

侍女たちはあっさりと引き下がってくれたが、わたしが居ない所では、
散々愚痴を言っているらしかった。

「大した事無いじゃない、あれで良くレオナルド殿下と結婚出来たわよね」
「大聖女だったからでしょう」
「だからって、ダイアナ様を追い出すなんて、身の程知らずよ!」
「本当よね、彼女とダイアナ様とでは、天と地程の差があるわ___」

わたしが大聖女の特権を使い、レオナルド殿下を手に入れたと思っている様だ。
直接自分に言われた訳でも無いので、反論する事は出来ない。
いや、妃殿下として、反論などはもっての外だろう。

「それに、本当の所は、わたしにも分からないわ…」

レオナルド殿下とダイアナの婚約解消が、どういう経緯なのか。
レオナルド殿下が捨てられたのか、ダイアナが捨てられたのか。
それとも、双方の合意だったのか…

「ダイアナ様の後釜がわたしでは、文句を言いたくなるのも仕方がないわよ…」

自分が美しくない事位、分かっている。
女性として魅力があるとも思えない。
加えて、相手があの美しいダイアナとなれば、わたしなど益々品祖に見えるだろう。

「でも、わたしでも良いと言って下さった…」

正確には違うが、それでも、結婚して貰えたのだ。

あの、レオナルド殿下に___


公式行事の際は大聖女も参列するので、そこで何度か、レオナルド殿下を見た事があった。
立派な体躯に、美しい金髪、それに整った顔立ち…
凛々しく若き騎士団長に、女性たちは見惚れ、心惹かれるのだった。
大聖女、聖女と言えど、それは同じで、殿下が出席すると知った日は、皆浮き立っていた。
そして、わたしも例に漏れず、その内の一人だった。

わたしが初めてレオナルド殿下の存在を知ったのは、三年前、二十歳の時だ。
その年、わたしは大聖女として認められ、初めて公式行事への参列を許された。
その公式行事というのが、新しく編成されたフェニックス騎士団のお披露目、
レオナルド殿下の騎士団長就任式だった。

その就任式には父も出席する事になっていた。
父はこの時、副団長で、主には新人騎士の育成を任されていた。
式が終わった後、少しの時間ならば会えると言われ、わたしは楽しみにしていた。
就任式でも、それとなく目を馳せ、父の姿を探した。
この時は、若き騎士団長よりも父の事で頭がいっぱいだった。
十五歳で家を出てから、家族に会えるのは一年に一度だけで、家族が恋しかった。

「レオナルド・ルーセントを、フェニックス騎士団の団長に任命する!」

その時、初めて、わたしは壇上に向かうその人を見た。
堂々とし、美しい人で、一瞬にして目を奪われてしまった。
これ程のカリスマを感じた事は初めてで、衝撃的だった。


式が終わり、待ち合わせの場所…回廊の隅で父を待っていた時、
思い掛けず、回廊を通って行くレオナルド殿下の姿を目にした。

「ああ!あの方だわ!」

わたしは目を見張り、凝視していた。
殿下は供も連れず、足早に一直線に、何処かへ向かっていた。
その時、殿下が何かを落とした事に気付いた。
わたしは彼が去ってから、そこに向かった。
落ちていたのは、紙の包みだった。

「何かしら?」

好奇心から、わたしはその包みを開いた。
中には、三枚のビスケットが入っていた。

「ビスケットだわ…」

それも、至って普通の、素朴なビスケット。

「王子様なのに…」

そのアンバランスさに驚きつつ、わたしはそれを包み直した。
殿下が向かった方へ追って行くと、
渡り廊下から見える庭に、その姿を見つけた。
わたしはそっと体を屈め、身を隠した。

彼はこちらに背を向け、しきりに服を漁っていた。

「おかしいな、ここに入れていた筈なんだが…」

隠れてビスケットを食べるつもりだったのかと思ったが、
向きを変えた時に気付いた。
彼は腕に小さな猫を抱いていた___

「待ってろ、直ぐに見つかる…」
「ニャー」
「腹が空いているんだな、分かっている、直ぐにみつけてやるから…」

猫と会話をしている姿は、就任式で見た姿とはかけ離れていて、
可愛らしく、微笑ましかった。

これが、本当のレオナルド殿下なんだわ!

わたしは思わず、くすくす笑い出していた。

「どうやって、ビスケットを渡そうかしら…」

わたしは包みを見て困った。
殿下に話し掛けるなど、恐れ多い、禁じられている事だ。
わたしはハンカチを取り出し、包みを更に包むと、
大きく腕を振り、彼の広い背を目掛けて…投げた。

「いて!」

それは彼の後頭部を直撃してしまい、わたしは慌てて身を隠した。

「なんだ、これは…」

彼はそれを拾い上げ、ビスケットに気付いた様だった。
キョロキョロと周囲を見回した後、「くそ、見られたか?」ぶつぶつと零しながら、
猫にビスケットをやっていた。

「ほら、割ってやる…美味いか?ふふ…」

微かに聞こえてくる笑い声に、何故か胸がドキドキとした。

わたしはずっと見ていたい気分だったが、待ち合わせもあり、それは叶わなかった。
足音を忍ばせて渡り廊下を戻り、急いで元の場所へと向かう…
待ち合わせの場所には父の姿があり、わたしを笑顔で迎えてくれた。

「セレスティア!」
「お父様!」

わたしたちは抱擁を交わした。

「お父様、会えてうれしいわ!」
「私もだ、セレスティア、元気だったかい?」
「はい!お父様もお母様もお兄様たちも、お変わりは無いですか?」
「ああ、皆、元気だよ、そうだ、おまえに渡して欲しいと言われてね…」

父が取り出したのは、母の自慢の料理、木の実のタルトだった。

「うわぁ!うれしい!わたしの好物よ!」
「良かった、これから寒くなるだろうから、体に気を付けるんだよ、セレスティア」
「はい、お父様!」

わたしはふと、それを聞いてみた。

「お父様は、レオナルド殿下をご存じ?」

「ああ、殿下が騎士団に入った頃…5年前だが、少し世話をしたからね、
才能にも技量にも恵まれている、それに、正義の心を持っている。
彼は立派な団長になるだろう」

わたしはそれを聞き、自分が褒められた時の様に、うれしくなった。


懐かしい、そして、決して忘れる事のない、思い出だ。
あの時から、わたしは密かに、レオナルド殿下を慕ってきた。
勿論、結婚したいなど思っていた訳では無い。
好きだとか、愛しているとか、そんな次元では無く、憧れの様なものだ。

だけど、結婚した___

「わたしは、レオナルド殿下の妻なのね…」

指に嵌るその金色の指輪は、光を増す。
わたしは指輪をそっと撫でた。


◇◇


ガタンと馬車が揺れたので、何かあったのかと思い、わたしは御者に声を掛けた。

「何かあったのですか?」
「ああ、犬です、急に飛び出して来たから…」
「撥ねたの!?直ぐに馬車を停めて!」

急に馬車が停まると、後方の馬車も停まる事になり、行列が乱れ、
迷惑を掛ける事になる。だが、わたしは見過ごす事が出来なかった。
ベールもせずに馬車を降りると、地に蹲っている茶色の塊りに向かい、走った。

「ええ!?セレスティア様!?」
「何をなさっているのですか!」
「馬車にお戻り下さい!」

わたしは周囲の声を無視し、犬を抱き上げた。
大型犬で、足から血を流しているが、息はある。
ああ、こんな時、聖女の力があれば良かったのに!!

「誰か!手当をして!」

わたしが叫ぶと、バタバタと何人かが走って来て、手当を始めた。

「ああ、ごめんなさい!どうか、死なないで…」
「大丈夫ですよ、足を引っ掛けただけですから」

足を引っ掛けただけだなんて!
それがどれだけ痛いか、想像出来ないのだろうか?

「ごめんなさい、痛いでしょう…」

わたしは犬に声を掛け、痛みが和らぐ様に祈り、撫でた。

「その犬は、どうされますか?」
「連れて行きます」

わたしは騎士団員に犬を抱えて貰い、自分の馬車に乗せて貰った。

「善人ぶってるわね、流石元聖女様」
「オウルベイに着くまで、何匹になってるかしら」
「汚らしい犬!レオナルド殿下は追い出すでしょうよ!」
「そうしたら、聖女様も出て行くかしら?」

意地悪には耳を塞ぎ、わたしは座席に横たわる犬を撫でた。

「大丈夫よ、殿下はお優しい方だから、追い出したりしないわ…」

犬は舌を出し、わたしの手を舐めた。


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