上 下
7 / 16
本編

しおりを挟む

宿に着き、騎士団員の一人に犬を運んで貰ったのだが、
その時、思い掛けず声を掛けられた。

「ティア、僕を覚えている?」

ベールを少し捲り、見ると、確かに何処か見覚えのある顔に思えた。
二十代の青年だ。
心当たりを探していると、先に相手が名乗った。

「ロバートの友人のジェイソンだよ」

わたしは「ああ!」と、それを思い出した。

「近所の、ロバート兄様のお友達ね!」

近所の子供で、ロバートと年が同じで仲が良かった。
わたしとは4歳離れているので、二十七歳の筈だ。

「思い出してくれたかい?それにしても、見違えたよ!
最後に会った時、君は13歳だったかな?」

「ええ、ロバート兄様と一緒の騎士学校に入られたと聞きましたが…」

「よく覚えているね!騎士学校を卒業した後は、隊も違ったし、
お互い忙しくて、交遊も途絶えたけどね」

王宮の騎士団は、グリフォン騎士団、ドラゴン騎士団、フェニックス騎士団と三つあり、
それぞれ十二隊から構成されているので、団が違うと顔を合わせる事も無くなる。

「立派になられたのですね」

「君こそ、驚いたよ!
あの小さなティアが、大聖女になって、レオナルド殿下と結婚するなんてさ!」

わたしは久しぶりに昔馴染みに会い、会話が出来た事で気が緩んでいた。
後々、侍女たちの会話を聞き、良く無い事をしたと気付かされた。

「彼女、騎士団員に声を掛けていたわ!」
「男好きなのよ!」
「犬を拾いに行った時、ベールを被らなかったのは、わざとね!」
「レオナルド殿下はご存じなのかしら?」

レオナルド殿下は気にしないかもしれないが、醜聞を招く行動をしてしまった。
王家の名に傷を付けた場合、離縁をされる事もあると、注意を受けていた。
誤解を招く行動は慎まなければ…


犬は宿で一晩過ごした事で、怪我は治ってはいないものの、落ち着いたのか、
元気を取り戻し、食欲も出てきた。
パンを食べ、水を飲み、頭を起こして短い尻尾を振った。

「いい子ね、沢山食べてね、力が付いて怪我も治るわ」
「オン!」

体はスマートで、短い茶色の毛に覆われている、腹の部分は白い。
大きな耳は垂れ下がり、鼻は黒く、目はチョコレート色。
猟犬だろうか?俊敏そうで賢そうだ。

「あなたの名は、バディよ、レオナルド殿下を助けて差し上げてね」
「オン!」

わたしは犬の頭を撫でてやった。

「すっかり懐いたみたいだね、君は昔から動物が好きだったね、ティア」

ジェイソンに声を掛けられ、わたしは戸惑った。
無視するのも悪いが、やはり立場を弁えなくてはいけない。

「ジェイソン、ごめんなさい、あまり話せないの…」
「気にする事は無いよ、昔馴染みだし、言いたい奴には言わせておけばいいさ!」
「ごめんなさい、そういう訳にはいかないわ…」
「まぁ、いいよ、君を元気付けたかっただけだから、迷惑だったらごめんよ」
「あなたの気持ちはとってもうれしいわ、ありがとう、ジェイソン」
「いいよ、けど、僕の事忘れないで欲しいな、君は僕の初恋の人だから」

初恋!?
思わぬ事を言われ、わたしはポカンとしていた。

「冗談なんかじゃないよ、ティア」

ジェイソンが微笑む。
バディが「オンオン!」と吠えたので、わたしは我に返った。
だが、どう返して良いのか分からなかった。
こんな事を言われたのは初めてだったから…

「あの…ごめんなさい」
「ただ、覚えておいて欲しいだけだよ、余計な事を言ってごめんね、ティア」

ジェイソンはバディを抱えあげ、馬車に運んでくれた。

初恋の人と言われ、うれしい気持ちはあったが、結婚している身では、
喜んではいけないだろう。
案の定、侍女たちが勝手な噂話を咲かせていた。

「あの二人、怪しいわよね?」
「旅に退屈してるのよ!摘まみ食いでしょう!」
「それにしても、不貞を働くなんて!最低な女ね!」
「あたし、レオナルド殿下に申し上げるわ!」

レオナルド殿下に知られては、わたしだけでなく、ジェイソンの立場も悪くなるだろう。
わたしは気を付けなくては…と、身を引き締めた。

その後、ジェイソンとは顔を合わせる事は無く、二日後、オウルベイへ着いた。



オウルベイは辺境の地にあり、山脈を背に開かれた土地だった。
家々が密集した町を抜けると、麦畑や酪農用の土地が広がり、
丘を上った所に、木々に囲まれ、古びた小さな城が建っていた。

「妃殿下、城へ到着致しました」

馬車が停まり、声を掛けられたわたしは、ベールを被り馬車を降りた。
バディはまだ足を引き摺っていたので、警備の者に運んで貰った。

城から現れたのは、老執事でわたしを中に促した。

「セレスティア様、遠い所、ご無事だったでしょうか」
「はい、殿下のご配慮のお陰で良い旅が出来ました」
「お疲れでしょう、どうぞ、こちらへ」

城付きの警備は三人居て、荷を運ぶのを手伝っていた。
馬車は荷を下ろすと直ぐに立ち去った。

わたしは城に入り、ベールを取った。
パーラーへ案内され、お茶を勧められたが、やんわりと断った。

「先に、レオナルド殿下にご挨拶をしたいのですが」
「はい、こちらへ」

目が見えないながらも、レオナルド殿下の部屋は二階にあった。
中央の階段を境に、右側が殿下の部屋、左側がわたしの部屋になっていた。
三階建てだが、三階は誰も使っておらず、使用人たちの部屋は母屋とは別で離れにあった。

執事が大きな扉を叩く。

「レオナルド様、セレスティア様が御着きになられました、ご挨拶にいらしております」
「入れ」

返事があり、執事が扉を開けてくれた。
わたしは「ありがとうございます」と礼を言い、中に入った。

部屋は広いが、ソファとテーブルしか置かれていない。
窓は全てカーテンが閉じられていた。
レオナルド殿下は仮面を着け、長ソファの中央に座っていて、
わたしは顔合わせの時を思い出し、顔が熱くなった。
殿下の目が見えなくて助かった。

わたしは近くへ行き、カーテシーをした。

「レオナルド殿下、只今到着致しました」
「目が見えぬ事は分かっているだろう、カーテシーなど不要だ」
「申し訳ございません」

目が見えないというのに、殿下は察しが良い。
わたしは畏まり頭を下げた。

「王子と結婚し、贅沢な暮らしがしたかったのであれば、残念だったな、
ここでの暮らしは、侘しく質素だぞ」

殿下の口元が皮肉な笑みを見せる。

「嫌ならいつでも言え、離縁して帰してやる」

「いえ、わたしは神殿で暮らして来ましたので、静かな場所は落ち着きます」

「フン、元大聖女だったな、だが、聖女といえ女だ、欲が無い訳ではあるまい?」

欲!?
わたしの頭に浮かんだのは、夫婦の営みで、わたしは答えに窮した。
だが、違う意味だった様だ。

「ここではパーティなどしない、派手なドレスや宝飾品も買う気は無い、
食事も町で仕入れられる物しか口にしない」

そんな事を宣言され、わたしは安堵した。

「はい、承知致しました」

尤も、レオナルド殿下の方は不機嫌そうに口を曲げた。

「全く、元聖女というのは厄介だな、まぁ、来てしまったのなら仕方が無い、
好きに暮らせ、但し、面倒は掛けるな、それと、俺に干渉はするな。
おまえとは顔を合わせる気もない。
それから、夫としての責任を果たす気は無いと言っておく。
不満があれば、いつでも言え、結婚を解消して家に帰してやる。
その後の暮らしも保証しよう」

レオナルド殿下が、わたしと結婚を解消したがっているのは分かった。
殿下は結婚する必要があった様に思えたが、それはもう済んだのだろうか?
わたしは用済みになったのかもしれない。
それとも、やはり、わたしは気に入って貰えなかったのだろうか…

「ここに置いて下さる、お許しを下さり、ありがとうございます」

「おまえに家は無いのか?帰る場所は無いというのか?」

「いえ、家は王都です、母と兄二人が居ます」

「それなら、帰れば良かろう、縁談が無いなら見つけてやる」

縁談!?
わたしの内に、強い嫌悪感が沸き上がった。
他の者との結婚など、考えられない___!

「わたしはレオナルド殿下に忠誠を誓いました。
殿下にお仕えする事がわたしの喜びです。
どうぞ、わたしの事は下女や奴隷だと思い、好きにご命令下さい」

わたしは深々と頭を下げた。
殿下は少しの間無言でいたが、やがて呆れた様に息を吐いた。

「俺などに忠誠を誓ってどうなるというのだ?
視力を失っただけでなく、仮面を着けていなければ、周囲は正気を失う。
俺は騎士団を辞さねばならず、王子としての仕事にも就けない。
ただ、生きているだけの役立たずだ、
ここを立ち去り、女としての喜びに生きろ、元大聖女」

「どうか、お願いでございます、レオナルド殿下!
わたしを御側に置いて下さい!
殿下を疎わせる事は致しません、ただ、お仕えしたいのです!」

「そこまで言う理由は分からんが…
世話をしたいというのであれば、使用人たちも助かるだろう、暫く置いてやる」

許しを得て、わたしは安堵した。

「ありがとうございます!レオナルド殿下!」
「部屋へ行き、今日は休め」
「はい、失礼致します」

わたしは頭を下げ、部屋を出た。


用意された部屋に向かうと、扉の前で若いメイドが一人立っていた。

「セレスティア様のお世話をさせて頂きます、アンです」
「よろしくね、アン、この町の方?何歳?」
「はい、十六歳になります、学校を出たばかりです」
「着替えを手伝って貰えるかしら?」
「はい」

アンを連れて部屋に入ると、バディが起き上がり、足を引き摺りながら迎えてくれた。

「バディ!無理しなくていいのよ、早く怪我を治さなきゃ」
「オン!」

バディは安心したのか、その場に伏せた。

「犬を飼われているんですね!可愛い!」

アンが少女らしい声を上げ、バディはそれにまんざらでもない顔をし、
短い尻尾を振った。

「怪我をしているの?」
「ここに来る途中に、馬車で轢いてしまったの」
「可哀想!でも、優しいご主人様に拾われて良かったわね!バディ」

クローゼットの中には、王都から送ってくれたのだろう、服がずらりと揃えられていた。
どれも上等な布で作られた、上品なドレスばかりだ。
わたしには過分だったが、妃殿下らしい装いをと言われているので、受け入れるしかない。

アンに手伝って貰い、着替えを済ませた。
アンは髪を梳かしてくれ、器用に結ってくれた。

「上手なのね、アン」
「ありがとうございます!他にご用はありませんか?」
「バディに何か食べさせてあげたいの、調理場に案内してくれる?」
「それなら、あたしがお持ちします!」
「ありがとう、アン、でも、わたしは動くのが好きだから、自分の事はなるべく自分でするわね」
「セレスティア様って、変わっていらっしゃいますね!皆、もっと威張っているものですよ!」
「わたしは貴族でも無いし、元聖女だから、威張るなんて逆に恐ろしいわ」
「元聖女様…納得です!それでは、ご案内しますね!」

何が『納得』なのかは分からなかったが、アンは好意的だったので、
聞くのは止めておいた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

強面騎士の後悔

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:205pt お気に入り:35

【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

BL / 完結 24h.ポイント:660pt お気に入り:976

騎士団長の幼なじみ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:582pt お気に入り:633

あなたと私の嘘と約束

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:1,282

だって、コンプレックスなんですっ!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:851

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:617pt お気に入り:6,242

ゼーレの御遣い

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:122

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,975pt お気に入り:1,461

処理中です...