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がまんしない、と彼女は言った
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マリアは育ての親であるタレッソ伯爵家に来ていた。
籠にはパンがたくさん詰まっている。
伯爵夫人は泣いている。
「あの、泣かないでください、タレッソ夫人……」
「そんな他人行儀な呼び方……!」
ハンカチが用を為さないのではないかと思うくらい泣かれてしまった。
「お母さま、と今も呼んでいいのでしょうか」
「当たり前でしょう」
「……それでも、新しく迎えられた方にどう思われるか」
マリアが家を出たあと、新たに養子を迎えたと聞いた。
タレッソ伯爵家は昔、遠縁ではあるが一族から養女を迎えた。それがマリアだ。両親は大切に育てていたが、マリアが誘拐された子供で平民だとわかった。
そのまま貴族として生活することもできたけれど、両親は自分達の死後にマリアに真実が明かされることを恐れた。
血統を調べる魔術が発達していて縁談などのときに調べることもあると聞く。
もし婚家で判明したあとにどのような目に合わされるかわからなかった。離縁や慰謝料もともかく、マリアの心がどれほど傷つくかわからない。
誘拐されたことも何かの拍子で思い出すかもしれない。
伯爵夫妻は悩んだ末にマリアに告げることにした。
そして、本人の希望を叶えると誓った。
マリアは呆然としたあと、
「今まで育ててくださってありがとうございます」
と優雅に礼をした。
武門の出であるタレッソ家。
伯爵はマリアの態度を騎士のようだと思った。
「マリアを引き取った日のことを忘れない。本当に私の誇りだ。」
そう言って抱き合って三人で涙を流した。
使用人たちも泣いた。
マリアが家を出ると決めた日も、同じように抱き合った。
本来なら平民であるマリアは伯爵家に来ることは難しい。
時々、パンの注文があってマリアが届ける。
それは口実で、お菓子や布が用意されている。
伯爵夫人がマリアに会いたくて我慢できなくなったときに呼ばれている。
今日も、パンを届けに来たのに応接室で座るように言われた。
今回はマリアの作ったパンも入っている。
「マリア、恋人の……彼とはどうなの?」
そわそわとした様子から、ずっと気になっていたのだとわかる。
「順調です、よ。とても大切にしてくださって」
そこでいつものように笑顔を浮かべて安心させようとした。
それなのに、つい気が緩んだのか、目を潤ませてしまった。
「どうしたの?何かあったの?彼とは上手くいっていないの?」
「そうではないんです。
とても、幸せで。好きな人と恋人になれただけで充分なのに、それなのに私、どんどん欲張りになってしまって」
結婚の話が出ないのとか、ヒューゴさんが挨拶のようなハグとおでこへのキスから進んでくれないこと。
気がつけばほとんど喋ってしまっていた。
ソファに並んで座り、肩を抱かれた。
「マリア、あなたは頑張りすぎではないかしら。うちに居た時も心配していたのよ」
そんな風に甘えるのは子供の頃のようで、マリアは気持ちが落ち着いてきた。
「焦ることではないとわかっているんですが」
「もしよかったら、領地のほうへ遊びに行くのはどう?彼も一緒に。祭りでは皆がマリアを待っているわ」
「懐かしいですね、でも私……」
「それこそ領主も家臣も民も一緒にお祝いするから気にしなくていいわ。みんな、あなたの元気な顔を見たら安心するし」
マリアは、気分転換になるかもしれないと思った。
「ヒューゴさんは無理だと思いますが、領地の皆さんにも会いたいし行ってみようかしら」
「みんな喜ぶわ。それと、マリア。頑張らなくていいし諦めなくて良いのよ。それに領地にもうちにもマリアのことを慕っている者は多いからヒューゴさん以外に好きな人ができても、あなたが幸せならそれで良いのよ」
マリアはお茶をむせそうになった。
「そんなことはありません。」
「そうね、少し飛躍しすぎたわね。、そうだとしても、あなたは後悔しないでという意味よ」
変わっていくけれど、関係が終わるとは限らない。
「私、もう我慢しません。自分からヒューゴさんに気持ちを伝えていきます。」
キリッとしたマリアをみて、昔のようだわと夫人は思った。
籠にはパンがたくさん詰まっている。
伯爵夫人は泣いている。
「あの、泣かないでください、タレッソ夫人……」
「そんな他人行儀な呼び方……!」
ハンカチが用を為さないのではないかと思うくらい泣かれてしまった。
「お母さま、と今も呼んでいいのでしょうか」
「当たり前でしょう」
「……それでも、新しく迎えられた方にどう思われるか」
マリアが家を出たあと、新たに養子を迎えたと聞いた。
タレッソ伯爵家は昔、遠縁ではあるが一族から養女を迎えた。それがマリアだ。両親は大切に育てていたが、マリアが誘拐された子供で平民だとわかった。
そのまま貴族として生活することもできたけれど、両親は自分達の死後にマリアに真実が明かされることを恐れた。
血統を調べる魔術が発達していて縁談などのときに調べることもあると聞く。
もし婚家で判明したあとにどのような目に合わされるかわからなかった。離縁や慰謝料もともかく、マリアの心がどれほど傷つくかわからない。
誘拐されたことも何かの拍子で思い出すかもしれない。
伯爵夫妻は悩んだ末にマリアに告げることにした。
そして、本人の希望を叶えると誓った。
マリアは呆然としたあと、
「今まで育ててくださってありがとうございます」
と優雅に礼をした。
武門の出であるタレッソ家。
伯爵はマリアの態度を騎士のようだと思った。
「マリアを引き取った日のことを忘れない。本当に私の誇りだ。」
そう言って抱き合って三人で涙を流した。
使用人たちも泣いた。
マリアが家を出ると決めた日も、同じように抱き合った。
本来なら平民であるマリアは伯爵家に来ることは難しい。
時々、パンの注文があってマリアが届ける。
それは口実で、お菓子や布が用意されている。
伯爵夫人がマリアに会いたくて我慢できなくなったときに呼ばれている。
今日も、パンを届けに来たのに応接室で座るように言われた。
今回はマリアの作ったパンも入っている。
「マリア、恋人の……彼とはどうなの?」
そわそわとした様子から、ずっと気になっていたのだとわかる。
「順調です、よ。とても大切にしてくださって」
そこでいつものように笑顔を浮かべて安心させようとした。
それなのに、つい気が緩んだのか、目を潤ませてしまった。
「どうしたの?何かあったの?彼とは上手くいっていないの?」
「そうではないんです。
とても、幸せで。好きな人と恋人になれただけで充分なのに、それなのに私、どんどん欲張りになってしまって」
結婚の話が出ないのとか、ヒューゴさんが挨拶のようなハグとおでこへのキスから進んでくれないこと。
気がつけばほとんど喋ってしまっていた。
ソファに並んで座り、肩を抱かれた。
「マリア、あなたは頑張りすぎではないかしら。うちに居た時も心配していたのよ」
そんな風に甘えるのは子供の頃のようで、マリアは気持ちが落ち着いてきた。
「焦ることではないとわかっているんですが」
「もしよかったら、領地のほうへ遊びに行くのはどう?彼も一緒に。祭りでは皆がマリアを待っているわ」
「懐かしいですね、でも私……」
「それこそ領主も家臣も民も一緒にお祝いするから気にしなくていいわ。みんな、あなたの元気な顔を見たら安心するし」
マリアは、気分転換になるかもしれないと思った。
「ヒューゴさんは無理だと思いますが、領地の皆さんにも会いたいし行ってみようかしら」
「みんな喜ぶわ。それと、マリア。頑張らなくていいし諦めなくて良いのよ。それに領地にもうちにもマリアのことを慕っている者は多いからヒューゴさん以外に好きな人ができても、あなたが幸せならそれで良いのよ」
マリアはお茶をむせそうになった。
「そんなことはありません。」
「そうね、少し飛躍しすぎたわね。、そうだとしても、あなたは後悔しないでという意味よ」
変わっていくけれど、関係が終わるとは限らない。
「私、もう我慢しません。自分からヒューゴさんに気持ちを伝えていきます。」
キリッとしたマリアをみて、昔のようだわと夫人は思った。
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