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エドガー様は「あの」エドガー様だった
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ライラは男爵家の末っ子だった。
実直で頼りになる兄。
勉強が得意でしっかり者の姉。
のんびり屋さんでぼんやり空想しがちな末っ子のライラ。
父親は伯爵家の三男で、男爵位を継いで王都に出てきた。
伯爵領の特産である名木を使った家具を流通させる商会を立ち上げた。
暮らしは平民と変わらない。
兄と姉は高等学園に進んだが、ライラを進学させる余裕はないと言われた。
ライラは中等学校は友達と楽しく通ったけれど勉強が好きなわけでもないし、家事を手伝う方が好きだった。
「ライラ、兄さんはともかく私まで進学したのにあなただけ働けだなんて。ごめんなさいね。平民用の学校なら学費も安いし、うちに来て通うこともできるわ。あと、職人学校もいろいろあるし、特待生制度もあるから、ほら」
姉はたくさんの資料を持ってライラを抱き締めて涙ぐんで、
とても早口で説明を始めた。
「平民用といっても、しっかりと学べるし大学に進んだり教師になる道もあるのよ?だからライラも諦めないで」
「えーっと、お姉ちゃん?申し訳ないんだけど……私、あんまり勉強が好きじゃなくてね、実は」
姉は、きょとんとした。
「ライラ成績悪くなかったしお友達と集まって勉強してたから、嫌いじゃないでしょう」
「お友達との勉強会は好きだったよ。休憩のためにオヤツ作ったり、お互いに苦手を教えあったりするのは楽しかったけど。お姉ちゃんみたいに勉強そのものが好きってわけじゃないのよ」
「そうだったの、私が早とちりしたのね。家事も得意だし、もしかして早く結婚したいとか思っているの?」
「そういうわけでもないんたけど」
しばらくしてから、また資料をたくさん抱えた姉がやって来た。
既視感しかない。
「いい働き口を集めてきたわよ!」
仕事が早いよお姉ちゃん。
「父さんの手伝いなんてしてたらそのうちに父さんの気に入った人と結婚させられるわよ」
「父さんの気に入らない人よりは気に入ってる人でいいけど~」
「ダメよ!ライラは流されやすいんだから、うっかり押しの強い人にぼんやりしてる間に結婚してました、とか実際にありそうなんだから」
そういって、旦那さんにも協力してもらって行儀見習いの先の候補も用意できると言ってくれた。
実際にきつい仕事をするわけではなく、令嬢の付き添いやドレスの着付け、手紙の分別などだ。そこで気に入られたら他の屋敷に紹介状も書いてもらえるし縁談にも箔がつくらしい。
王宮の侍女も、学校の推薦があれば試験を受けられるだろうと言われた。こちらも縁談に有利だ。
これは義兄の薦めもあるんだろうなと思った。
義兄は悪い人ではないのだが
少し、いやかなり学歴や勉強のことにこだわりがある。姉とは恋愛結婚ではあるが、
「女の癖に勉強をする、頭のいい女を選んだ自分」を誇っているような態度がチラホラと感じられる。姉のことを愛しているし尊重もしているけれど、ライラに対しては違う。
中等学校だけで働くなんて、変な男に騙されたり平民と結婚しても援助はしないから、とはっきり言われた。
心配もしてくれているのだろうけど、その直後に姉に懲らしめられていた。姉よ、お腹にグーパンチはやりすぎです。
ライラは受け答えもおっとりしているので、馬鹿にされていても気付いていないと思われているのかもしれない。実際、食堂に来る客もライラのことを平民だと思っているのか偉そうに言う人もいる。
若いというだけでデートに誘われたりすることもある。
「エトガー様は違うわ」
婚姻届を眺める。
世の中の令嬢のなかで、あの人と結婚したいと願う人も多いと思う。これを切望する人もいるのに、望んでいなかった自分の手に今、これがある。
一生の思い出になるわ。
ライラは断ろうと思った。あんなに素敵な人で、仕事熱心なんだからしっかりした家の方と結婚した方が出世の後ろ楯になるはず。
婚姻届をしまおうとしたところで、ドアがノックされた。
「ライラ~!
今日泊めて!もう耐えられない。離縁よ離縁!」
婚姻とか離縁とか、今日は忙しすぎるわね……
力が抜けて、手のひらから紙が落ちた。
「え?これ、婚姻届じゃない。なんでライラがこんなものを」
「それはいいから、お義兄さんには泊まることを伝えてあるの?」
「とりあえず執事には言ったから大丈夫よ。あの人が何時に帰ってくるかは知らないけどね!」
義兄が仕事関係で家に帰ってこないというのが喧嘩の原因なら、今までにも数度ある。
「そんなことより、ライラ。それはどういうこと?あなた、恋人はいないって言ってたのに。なぜそんなものを用意しているの?」
「えっと、その」
渡されたから?結婚してくれって?二回しか会ってない人で、お付き合いはしてなくて、
ダメだ。どう考えても常識人の姉に反対されそうだ。騙されてるとか思われそう。それはエドガー様に申し訳ないし、
「言えないような関係なの?」
「言えないと言うか、私も混乱してて」
言えるような何かはっきりとした関係性がないというか
「言えない関係、混乱、結婚、……まさかライラ!
ひどい、まさかそんな目に合ってたなんて!気づいてあげられなくてごめんなさいね」
「いや、無理よお姉ちゃん。私も今日知ったことが多くて、どうすればいいのかわからなくて」
「その、いつなの?お相手と、そうなったのは」
「えっと、初めましての時はかなり前なんだけど」
「かなり前に?季節はいつ?何月?」
「初夏かな?その時はあまり話さず、それっきり会わなくて」
「それっきり!?会わなくて!?」
お姉ちゃんすごく怒ってる
「今日、再会して」
「なんで私たちに相談しなかったの」
「こんなことになるとは思ってなくて」
「ごめんなさい、ライラを責めてるんじゃないのよ。不安定な時期にごめんなさい」
お姉ちゃんが不安定だけど大丈夫?
「で、どこのどいつよ。ライラをそんな目に合わせ……」
姉の目が婚姻届に釘付けになる。
「エドガー・アーベン」
「……お姉ちゃん?」
「エドガー・アーベンって、エドガー、?アーベン??
エトガー、アーベンって読めるんだけど、ライラ?黒髪の?王宮勤めの、エドガー様っていやまさか誰かが詐称して、」
「とりあえずお茶入れるわ。座って」
「いやいやライラこそ座って。身重のあなたにそんなことさせられないわ」
「え?身重?だれが」
改めてライラの体を見た姉。
異変はない。
「ごめんなさい、少し勘違いをしたようね。お茶をお願いするわ」
額に手をおいて座った。
「で、ライラ、どういうことなの」
「あのね、私も信じられないんだけど。今日エドガー様に求婚されちゃって。エへへ」
「それまでに二人はどんな関係だったの?食堂にお客さんとして来ていたの?」
「一度、倒れていたのを助けただけなんだけど。今日、食堂の監査にいらっしゃって。」
「それだけ?」
「うん」
「まあエドガー様なら、私たちの考えが及ばなくても仕方ないかもしれないわ。」
「お姉ちゃん知ってるの?」
「知ってるというか、実在したんだ、くらいの有名人よ。ライラもアーベンという家名は知らなくても『神童エドガー』は知ってるでしょう」
「あ、知ってるわ。学校でも有名だったし、おまじないが試験前に流行ったし。
お義兄さんが時々話してたし。
みんなが伝説みたいに言うから、昔の人だと思ってたわ」
「確かに、エドガー様にあやかって名付けられた子供もいるものね。」
「すごい人なんだ、エドガー様」
「だけどね、憧れと恋愛と結婚は別よ。
どんな優れた頭脳でも、好きだった人でも、仕事ばかりして家に!帰ってこないなんて、論外よ!論外!」
ドアがノックされた。
「アメリー、すまなかった。話し合おう」
義兄だ。
実直で頼りになる兄。
勉強が得意でしっかり者の姉。
のんびり屋さんでぼんやり空想しがちな末っ子のライラ。
父親は伯爵家の三男で、男爵位を継いで王都に出てきた。
伯爵領の特産である名木を使った家具を流通させる商会を立ち上げた。
暮らしは平民と変わらない。
兄と姉は高等学園に進んだが、ライラを進学させる余裕はないと言われた。
ライラは中等学校は友達と楽しく通ったけれど勉強が好きなわけでもないし、家事を手伝う方が好きだった。
「ライラ、兄さんはともかく私まで進学したのにあなただけ働けだなんて。ごめんなさいね。平民用の学校なら学費も安いし、うちに来て通うこともできるわ。あと、職人学校もいろいろあるし、特待生制度もあるから、ほら」
姉はたくさんの資料を持ってライラを抱き締めて涙ぐんで、
とても早口で説明を始めた。
「平民用といっても、しっかりと学べるし大学に進んだり教師になる道もあるのよ?だからライラも諦めないで」
「えーっと、お姉ちゃん?申し訳ないんだけど……私、あんまり勉強が好きじゃなくてね、実は」
姉は、きょとんとした。
「ライラ成績悪くなかったしお友達と集まって勉強してたから、嫌いじゃないでしょう」
「お友達との勉強会は好きだったよ。休憩のためにオヤツ作ったり、お互いに苦手を教えあったりするのは楽しかったけど。お姉ちゃんみたいに勉強そのものが好きってわけじゃないのよ」
「そうだったの、私が早とちりしたのね。家事も得意だし、もしかして早く結婚したいとか思っているの?」
「そういうわけでもないんたけど」
しばらくしてから、また資料をたくさん抱えた姉がやって来た。
既視感しかない。
「いい働き口を集めてきたわよ!」
仕事が早いよお姉ちゃん。
「父さんの手伝いなんてしてたらそのうちに父さんの気に入った人と結婚させられるわよ」
「父さんの気に入らない人よりは気に入ってる人でいいけど~」
「ダメよ!ライラは流されやすいんだから、うっかり押しの強い人にぼんやりしてる間に結婚してました、とか実際にありそうなんだから」
そういって、旦那さんにも協力してもらって行儀見習いの先の候補も用意できると言ってくれた。
実際にきつい仕事をするわけではなく、令嬢の付き添いやドレスの着付け、手紙の分別などだ。そこで気に入られたら他の屋敷に紹介状も書いてもらえるし縁談にも箔がつくらしい。
王宮の侍女も、学校の推薦があれば試験を受けられるだろうと言われた。こちらも縁談に有利だ。
これは義兄の薦めもあるんだろうなと思った。
義兄は悪い人ではないのだが
少し、いやかなり学歴や勉強のことにこだわりがある。姉とは恋愛結婚ではあるが、
「女の癖に勉強をする、頭のいい女を選んだ自分」を誇っているような態度がチラホラと感じられる。姉のことを愛しているし尊重もしているけれど、ライラに対しては違う。
中等学校だけで働くなんて、変な男に騙されたり平民と結婚しても援助はしないから、とはっきり言われた。
心配もしてくれているのだろうけど、その直後に姉に懲らしめられていた。姉よ、お腹にグーパンチはやりすぎです。
ライラは受け答えもおっとりしているので、馬鹿にされていても気付いていないと思われているのかもしれない。実際、食堂に来る客もライラのことを平民だと思っているのか偉そうに言う人もいる。
若いというだけでデートに誘われたりすることもある。
「エトガー様は違うわ」
婚姻届を眺める。
世の中の令嬢のなかで、あの人と結婚したいと願う人も多いと思う。これを切望する人もいるのに、望んでいなかった自分の手に今、これがある。
一生の思い出になるわ。
ライラは断ろうと思った。あんなに素敵な人で、仕事熱心なんだからしっかりした家の方と結婚した方が出世の後ろ楯になるはず。
婚姻届をしまおうとしたところで、ドアがノックされた。
「ライラ~!
今日泊めて!もう耐えられない。離縁よ離縁!」
婚姻とか離縁とか、今日は忙しすぎるわね……
力が抜けて、手のひらから紙が落ちた。
「え?これ、婚姻届じゃない。なんでライラがこんなものを」
「それはいいから、お義兄さんには泊まることを伝えてあるの?」
「とりあえず執事には言ったから大丈夫よ。あの人が何時に帰ってくるかは知らないけどね!」
義兄が仕事関係で家に帰ってこないというのが喧嘩の原因なら、今までにも数度ある。
「そんなことより、ライラ。それはどういうこと?あなた、恋人はいないって言ってたのに。なぜそんなものを用意しているの?」
「えっと、その」
渡されたから?結婚してくれって?二回しか会ってない人で、お付き合いはしてなくて、
ダメだ。どう考えても常識人の姉に反対されそうだ。騙されてるとか思われそう。それはエドガー様に申し訳ないし、
「言えないような関係なの?」
「言えないと言うか、私も混乱してて」
言えるような何かはっきりとした関係性がないというか
「言えない関係、混乱、結婚、……まさかライラ!
ひどい、まさかそんな目に合ってたなんて!気づいてあげられなくてごめんなさいね」
「いや、無理よお姉ちゃん。私も今日知ったことが多くて、どうすればいいのかわからなくて」
「その、いつなの?お相手と、そうなったのは」
「えっと、初めましての時はかなり前なんだけど」
「かなり前に?季節はいつ?何月?」
「初夏かな?その時はあまり話さず、それっきり会わなくて」
「それっきり!?会わなくて!?」
お姉ちゃんすごく怒ってる
「今日、再会して」
「なんで私たちに相談しなかったの」
「こんなことになるとは思ってなくて」
「ごめんなさい、ライラを責めてるんじゃないのよ。不安定な時期にごめんなさい」
お姉ちゃんが不安定だけど大丈夫?
「で、どこのどいつよ。ライラをそんな目に合わせ……」
姉の目が婚姻届に釘付けになる。
「エドガー・アーベン」
「……お姉ちゃん?」
「エドガー・アーベンって、エドガー、?アーベン??
エトガー、アーベンって読めるんだけど、ライラ?黒髪の?王宮勤めの、エドガー様っていやまさか誰かが詐称して、」
「とりあえずお茶入れるわ。座って」
「いやいやライラこそ座って。身重のあなたにそんなことさせられないわ」
「え?身重?だれが」
改めてライラの体を見た姉。
異変はない。
「ごめんなさい、少し勘違いをしたようね。お茶をお願いするわ」
額に手をおいて座った。
「で、ライラ、どういうことなの」
「あのね、私も信じられないんだけど。今日エドガー様に求婚されちゃって。エへへ」
「それまでに二人はどんな関係だったの?食堂にお客さんとして来ていたの?」
「一度、倒れていたのを助けただけなんだけど。今日、食堂の監査にいらっしゃって。」
「それだけ?」
「うん」
「まあエドガー様なら、私たちの考えが及ばなくても仕方ないかもしれないわ。」
「お姉ちゃん知ってるの?」
「知ってるというか、実在したんだ、くらいの有名人よ。ライラもアーベンという家名は知らなくても『神童エドガー』は知ってるでしょう」
「あ、知ってるわ。学校でも有名だったし、おまじないが試験前に流行ったし。
お義兄さんが時々話してたし。
みんなが伝説みたいに言うから、昔の人だと思ってたわ」
「確かに、エドガー様にあやかって名付けられた子供もいるものね。」
「すごい人なんだ、エドガー様」
「だけどね、憧れと恋愛と結婚は別よ。
どんな優れた頭脳でも、好きだった人でも、仕事ばかりして家に!帰ってこないなんて、論外よ!論外!」
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義兄だ。
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