【完結】探していた元魔術師が思っていたのと違いました

仙桜可律

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廊下をズンズン進んでいくと、夜風に気持ちが冷やされていく。それと同時に、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。

ずっと気になっていた。
一年前、たまたま出会った。王宮の寮の近くで、カトリーヌは一人でお酒を飲んでいた。
仕事もうまく行かなくて、騎士の彼とも別れたかった。

一つ一つは大きなことではない。いつもならやり過ごしていられたかもしれない。彼のことも許せたかもしれない。
何度も浮気を許してきたように。
だけど、彼が浮気ではなく本気の誰かを探しているんだと気づいてしまった。こっちから振ってやろうと思った。

「私は一番になりたいだけなのに。」

声に出てしまって、じわりと涙がでた。仕事も替わりがいくらでもいる。
だったら恋人くらい私を一番にしてくれる人がいい。それはそんなに高望みでもないと思うのに。

がさがさっと茂みが動いた。
野犬!?
と振り返ると、あの人がいた。フードを被った、魔術師だ。

「人がいると思わなくて……ごめん」

「こんなところに人がいると思わないですよね。聞こえました、よね。
すみません、みっともない姿を」

「そんなことはないけど」

「迷惑料代わりに一杯飲みますか?」

瓶を指差せば、少し迷った後に断られた。

「まだ調合が残っているから酒は飲めない」

真面目だなあ。
いいなあ。

「魔術師は、みんな人とは違う才能があって良いですね」

彼の顔色が変わった。
「人にできないことかできるし。私なんて、侍女ですもん。みーんな、同じ制服を着て立ってたら誰が入れ替わっててもわからないんだわ」

そんなことない、と慰められるのを待っているような卑屈な言い方になってしまって、途中から自分でもダメだと思いながら、言葉を止めることができなかった。

「魔術師のローブのほうが、誰が誰でもわからないと思う」

「え?」

「俺の方が誰にもわかってもらえないから、見つけてもらえないし一番になんてなれない」

一番になりたい、と言っていたのも聞かれていたんだった。
というか。
慰め方、下手すぎ。
慰めるつもりでもないのか、ただ事実を言っているだけなのかもしれないけど。
何だか悩んでいたのがバカらしくなった。少しだけ、気が晴れたような。

「これ、多分水仕事に良いと思うから。いる?」

小さな平たい缶をくれた。
「なにこれ」

「ハンドクリーム。」

「クリームなら色々塗ってるけど、それでも荒れてしまうのよ。仕事柄諦めてるわ」

「水仕事の前にこれを塗ってみて」

「ありがとう。なんでくれるの」

「……作りすぎて、余ったから持ち歩いている」

「じゃあもし良かったら次もくれる?」

彼が頷いた。

翌日から、もらったクリームを塗ると手荒れが良くなった。
仕事中に何度も手を触ってしまう。
寝る前もクリームを塗る。
それは短くても確かな、自分を大切にしている時間。ちょっとした儀式のように習慣になった。
「今日も一日お疲れさまでした」

私も、あの人も。
替わりなんていくらでもいるかもしれない。でも今日ここにいて頑張ったのは他の人じゃなくて私。

そのあと、彼にはなかなか出会えなくて。

三週間くらいたってから出会った時には
ハンドクリームと安眠の呪符をくれた。

ローブの下の服から色々取り出すのでポケットが多いのかと思った。
 子供の読むお話に、出てくる魔法使いみたい。
少しだけ笑ったら彼が不思議そうに笑った。
わかっている。魔法使いなんていないし、クリームも呪符も魔法じゃない。
彼が、手を動かして作ったものだ。

その次には、お礼を用意した。
カードと、ペンとクッキー。

彼は少し困ったような顔をして、待っててと言った。
戻ってきたときには袋にクリームをたくさん入れて、渡してくれた。
「しばらく作れないから」
元気で、とフードを取って軽く手を上げてくれた。

それきり、会えなかった。


そして、再会して。またあの人を見失って追いかけている。

庭園に続く廊下の途中でもたれて、月を見上げた。
出会った時から、もう王宮を辞める予定だったのかもしれない。
魔術師、辞めたんだ。

クリームをたくさん作って、他の人にもあげていたのは、辞めるから?
仲の良い侍女や他の人にあげるのに余ったから、初対面の私にもくれたのか。

そっか。

ため息をついた。

どこかで期待していた。
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